血塗れダンジョン攻略

甘党羊

文字の大きさ
73 / 146

ヤベー奴

しおりを挟む
 他のモンスターよりも賢くて厄介だけど、やっぱりモンスターはモンスターって事だな。

「「グルァァァァァァァッ!!」」

「オラァ!!」

 飛び込んできたオルトロスAの喉へ悪魔骨棒を、オルトロスBには針山の針を捻じ込んだ。悪魔骨棒は全力でコークスクリューブローのように回転させながら突き込んだので、飛び込んでくるスピードとオルトロスの自重もあって棒でも簡単に刺さった。

 だがオルトロスも只ではやられず、飛び込んできた勢いそのままに振るった前腕が右肩と左脇腹を抉り取った。だがこれくらいなら瞬時に回復する。
 まぁここまでの流れは想定内であるから問題はないが、こちらの回復スピードと戦闘スタイルを後方に控えていたケルベロスに見られた事が痛い。

「「「グルルルル......ッ」」」

 下僕の二頭があっさり殺られた事と、そう軽くない手傷を負わされた事でケルベロスの警戒心が高まり、今までのような安直な攻撃はしないだろう事が伺える。
 これは自分も気を引き締めて掛からねば......となる所だろうが、こちらはもうそれどころではなくなっている。ヤバい。とにかくヤバい。

「アハハ......アハハハハ......アハァッ」

 心臓が煩い
 正気が保てない
 身体が疼く

 ダメだ......目の前で棒や針を伝って流れ出る血から漂ってくる芳醇な香りが、それを今すぐ取り込め! 欲しいぞ! と、欲求を刺激する。
 まだこの場にはケルベロスが残っているのに、そんなのは放っておけと本能が騒ぐ。

「「「グルァ......!?」」」

「いいぞ......警戒しろ......食事が終わるまで、貴様はそこで大人しく......オ座りシていロ......

 そうダ、それデイい......頂きマーす」


 痙攣する瀕死状態のオルトロスBから針を引き抜き、その傷口にすかさず口を付けて血を直接吸い出す。だが、それだけでは入ってくる量が少ない......

 もどかしさでいっぱいになった自分は、オルトロスの傷口に指を差し込み一息に皮を剥ぐ。剥き出しになった柔らかそうな肌から滲み出る血が、ビクビクと痙攣しているピンク色の表皮がそれはもう艶めかしくて堪らない......

 今の自分に必要なのは血のみ。不必要な肉は邪魔だったが、我慢できずにそのまま齧り付いて啜る。

 ――嗚呼、美味い......満たされていく

 今思えば飢餓状態だったのかもしれないが、この階層で一度行動不能になってからは妙にイライラしやすくなっていた。そんな状態で血の滴る新鮮な肉塊ご馳走を目にしたらどうなるかなんて誰でもわかるだろう。
 辛抱なんて出来るはずもなく、まだ生きているケルベロスの事は頭から消え去り、ひたすら血を取り込む事だけ......それだけが頭を占めていた。

 何やらケルベロスが唸りながら発光しているように見えるが、今はそんな事に構う暇は無い。心底どうでもいい......オラ! もっと血を出せ! 寄越せ! 出が悪くなってんぞ!

「ジュルッ......ズゾゾゾゾゾッ! 美味いな、アハハッ!! あーそうだ! 血流を操れば最後の一滴まで搾り取れるじゃんか」

 作法など無い食事を行い、とりあえずの飢餓状態を脱却したからか思考能力が多少戻ってきた。血を吸い出すのにより有効な方法を思いついたので試すと、それが正解だったようでこれまでのもどかしさなぞ何のその、スムーズに血を吸引出来ていて幸福感が全身を支配する。

「もっと......ッ!! もっとだ、もっと血をに寄越せぇッ!!」

 無我夢中で血を啜り、最後の一滴まで吸い付くされたカラッカラに干上がったオルトロスが完成したので、用済みになったソレから口を離す。

 まだ満たされきっていない身体はもう一匹の獲物に狙いを定めて飛び掛かる。我ながら不用心だと後から思ったが、ケルベロスの事など忘れて一心不乱にオルトロスを喰らう。

 が猛スピードで人間からかけ離れていくのが理解できて笑えてくる。まぁこのダンジョンに侵入した時からそうだったんだけど、この階層にきてからはそれが著しい。
 今、不思議なことにその状況を笑いながら俯瞰視点で観察出来ている自分がいた。何より其の行為を見て悦んでいる自分がソレを物語っている。
 己の中に在る悪魔の因子、残虐性、暴力性、臆病さ、とっくに壊れていた感情、抑圧されて鬱屈し捻れた感情が入り乱れ、感情はグチャグチャに引っ掻き回され、ぶっ壊れている己を観察したら見えてきたモノ。それを認めた。

 ここまであまり深く考えないでいた自分らしくない行動を取る自分を認めた。
 自分の中にある二面性を自覚したのだ。

 それが出来た途端、精神と身体が歓喜した様に脈動を始める。




 ――嗚呼、なんだ......簡単な事だったじゃないか。血に酔って出てきていたのは暴力大好きな自分。

 自分に自信がなく、理不尽に晒され、我慢して我慢して我慢して、我慢だけしてきたこれまでの自分と、ダンジョンで変質したと思っていたが、実は封じて込めるだけして見ていなかった、知ろうとしていなかった中身を認知すればよかっただけなんじゃないか。

 これまで抑圧され我慢を強いられてきた自分、暴力が大好きで生物を破壊するのが楽しくて仕方ない戦闘狂の自分、血に狂って本能の儘に暴走する俺。その三つが今急速に混ざり合って一つの形と成る。

 「あー、スッキリした。それにもういいよね、戦いで人の形をする事に拘らなくても」

 もっと......もっと、敵を楽に殺し、壊し、奪う。その事に特化しよう。

 ほら――回復を終えた犬っころが自分を殺しに来てるから備えろよ、



 ◆◆◆



 ケルベロスはただただ恐怖していた――

 忠実な下僕である二頭にあたまを二匹従え、極稀にやってくる罠でボロボロになった侵入者を喰らうだけ......それがこの迷宮に生み出された己に与えられた役目だった。

 それを長い間してきた。人間であればとうに気が狂うであろう時間を迷宮のルールに縛られて過ごした。

 いつからか自身の守る領域に侵入者は来なくなり、寝て過ごす時間が主になっていった。

 それからどれくらいの時を経たか――数えるのを止め、ひたすら侵入者が来るのを待った。

 そして漸く侵入者が現れる。
 魔力を持ち鍛え上げられた人肉の味を覚えたケルベロスは内心歓喜するが、やってきたのは下僕と分けたら僅かし喰えない大きさのが一匹だけ。

 一瞬落胆するも、すぐに気付く。

 今回のは活きがいいぞ、と。

 ケルベロスはすぐに下僕へと指示を出す。

 焼きながら甚振り、少しずつ末端から喰らえ――と。

 当初はすぐに決着が尽く予定だった。初撃で動けなくし、焼き、喰らう。それだけだった。

 だが、違った。

 身動きも碌に取れない中空で初撃を躱すどころか反撃し、こちらに手傷を負わしたのだ。

 人型生物が持つ武器の攻撃程度で傷付くほど柔では無いのだが、アレは易々と切り裂いてきた。

 これまでに傷を負う事はあった。だが、ここまでの傷を負った事は数える程しかない。

 ケルベロスは壁にぶつかり傷を負った侵入者を脅威と認め、下僕へと指示を出す。傷を治すから時間を稼げ、手負いだろうが油断せず同時に掛かれと。

 そう指示するだけでどうにかなる筈だった。

 だが、侵入者は簡単に下僕を仕留めてしまった。潰れ、ひしゃげていたであろう身体は何も無かったかのようにピンピンしており、最早理由がわからない。

 己の傷は全快しておらず万事休すかと思われたが、侵入者が次に行った行動に混乱は加速する。

 下僕の皮を剥ぎ、喰らい始めたのだ。
 それは自然の摂理であり、納得は出来る事なのだが、その人型の生物はよく見ると肉は喰らわず血を啜っているではないか。

 そこで迷宮が与えられた知識から辿り着く。
 人型生物の頂点であるヴァンパイアという怪物に。

 驚異的な回復能力を持ち、圧倒的な膂力で獲物を蹂躙する怪物。それならばケルベロスとオルトロスを相手しにも立ち回れる......と。

 己よりも格上の登場に混乱と恐怖に苛まれる。
 下僕を吸い終われば次は己の番だ。アレを倒そうにもヴァンパイアよ弱点など付けない己がアレを殺すには、アレを胃に収めて復活限界まで耐える事。それだけだ。

 幸い、アレは食事に夢中になっている。

 殺すには今しか無い。

 覚悟を決めると気配を殺し、音も無く駆けた。

 乾坤一擲

 己の全力をこれから行う一撃に込め、死角から襲い掛かった。目標との距離は後爪一つ分――

 アレは未だこちらに気付いていない。った!!

 衝撃と共にそう確信したのも束の間、一向に獲物との距離が近いていない事に気付く。

 胸が熱い。
 口から液体が溢れる。
 何が起きた。

 徐々に霞む視界が最期に捉えたのは、こちらに一瞥もくれずに真っ黒な腕をこちらに突き出した獲物の姿だった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...