血塗れダンジョン攻略

甘党羊

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猫と女/黒いの

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 どちらかと言うと不意打ち特化な一人と一匹が、異様な緊張感の中対峙する。
 猫特有のしなやかさと隠密性で撹乱しながら急所を切り裂く猫と、最も気が抜けたタイミングで致命の一撃を与える女。
 タイプがタイプなだけに勝負は一瞬で決まる――のだが、互いにシンパシーを感じるのか何となくだが両者共に相手の狙いがわかってしまい、安易に攻撃に移れない。

 ジリ......ジリ......サークリングして隙を探りつつ、細かなフェイントを織り交ぜる女。
 サークリングする女の動きに合わせ、その円の中心でドッシリと構えつつ女の正中線を外さない猫。

 ――互いに想う

 本気で動けば、殺れる、と。
 だが恐らく無傷では殺れない、とも。仕掛ければ必ず手痛い反撃を食らうと。


 それでも、このまま無視して穏便に別れる選択肢は互いに無かった。両者互いに、コイツはここで仕留めなければならないと思っていた。
 同族嫌悪という言葉がピッタリだろうか。
 両者共に復讐者であり、復讐の真っ最中であり、自分以外には何も信じない。生き物を殺す事に何の躊躇いもない危険なヤツら。性別も種族も違う......が、この世の誰よりも互いが互いに通じ合っていた。

 肌を刺すような殺気と緊張感の中、集中力が研ぎ澄まされていく。

 一秒が一時間に感じる。
 一mm動くだけでも筋肉に乳酸が溜まる錯覚に陥る。
 息が詰まる。
 苦しい。
 それでも相手の事はよく視えている。

 己の心臓の音しか聞こえない程の深い集中の中、女の顎から汗が一雫垂れた瞬間、両者共に仕掛け――





 ――ようとした刹那、ボス部屋の扉が開いた。


 死と死が交差しかけた瞬間だったが、互いは目と目で通じ合う。
 一人と一匹は突然......でもないが現れた乱入者へと視線を向け、即座に殲滅行動へ移った。

「あー疲れt......って、うわっ!? なんだコ......カヒュッ」
「ちょっと五月蝿い!! 一体何なのよ゛っ゛」
「んだよ......ッはぁ!? な、お前......ら......」
「う、嘘でキョブッ」

 現れた1パーティはボス戦を終えた安堵から、完全に気を抜いていた。残念な事に生死を賭けた戦いを強制中断された猫と女にはそんな理屈は通じず。
 一人は喉を切り裂かれ、一人は背後から心臓を刺し貫かれ、一人は脳天にナイフが生え、一人は喉笛を噛み千切られて絶命した。この間、五秒に満たない僅かな時間であった。

「......にゃぁ(萎えた)」
「......そうね」
「......」
「......」

 猫が発した言語は絶対に通じていない。だが、確実に女は意思を疎通してみせた。最高潮まで高まった集中力と緊張が霧散してしまい、はいじゃあ仕切り直しますよー!! とは、流石にいかなかった。
 両者は顔を見合わせ頷いた後、猫は爪と口に付着した血肉を死んだ探索者の衣服で拭くとそのままボス部屋へと消えていった。女は猫を見送ると、猫と同じ様にナイフの汚れを死んだ探索者の衣服で拭い目ぼしい物を押収してダンジョンの外へと歩いていった。

 両者はそうして別れクールに去っていった......が、両者共に冷や汗ダラダラであった。

(あの、ヤバい)

 最初の見立て通り戦闘していたら、もし殺せたとしても確実に致命傷若しくはそれに近い傷を負わされていた。見立ての甘さと相手の強さに内心慄いていた。

 心の中で誓う。もっと強くなろう、と。

 現時点で最高峰の実力(地上では)を持っている一人と一匹はこれ以降ストイックに殺戮を続けて更なる成長を遂げ、人間とモンスターの両方に阿鼻叫喚と恐怖を撒き散らす存在へ成っていく――



 ◆◆◆◆◆



 漆黒の湖の中を揺蕩っていた。

 上も下も右も左も前も後ろも時間もわからず、目も耳も鼻も口も手も足も頭も全く機能しない。
 そんな自分が自分とも認識出来ないような中、ただただ感情だけは異常なまでに活発であった。

 ――憎い

 わかる。憎いよね。何もかもが。

 ――辛い

 わかる。辛いよね。生きるって行為が。

 ――苦しい

 わかる。苦しいよね。人の世って。

 ――煩わしい

 わかる。煩わしいよね。他人って。

 ――死ねばいい

 わかる。死ねばいいよね。害にしかならないヤツらって。

 ――殺したい

 わかる。殺したいよね。悪感情をぶつけてくるヤツらって。

 ――助けて

 無理だよ。誰も助けてくれないんだよ。自分が死ぬか、相手を殺さないと自分は助からない。

 ――何故?

 知らない。自分でどうにかしろって事じゃない?

 ――許せない

 許さなくていいよ。好きに恨めばいい。

 ――殺したい!! 殺したい!! 殺したい!!

 そうだ。殺したければ殺せばいい。そうすれば大体は解決する。

 ――殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す

 そうだ、目障りなモノ全て殺せ!! 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺して殺して殺し尽くせ。

 ――殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!

 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!! 殺せッッッ!!



 問答みたいのが始まって終わった。途中から殺せしか言わなくなったけど。そしたら周囲の黒いのが俺と一体化してくる。気持ち悪いんだろうけど不思議と何も思わない。

 なんでか心地が良い。

 まるで徹頭徹尾俺の為だけに用意されたオーダーメイドのベッドで寝ているような気分だ。まぁそんなので寝た事無いけど......

 それで......なんだっけ?

 なんで俺はこんなとこにいるんだっけ?

 此処の居心地は生まれてきてからこれまでで一番と言ってもいいくらい良いから問題ないけど。寧ろずっと居たいくらい。

 なんだっけこういうのって......

 あぁそうだ。優しい世界ってヤツだ。合ってるかわからないけど。

 黒いのは相変わらず、ずっと殺せしか言わない。五月蝿いとも思わない。逆に子守唄みたいで寝れそう。

 俺に優しくしてくれるのはニンゲンじゃないモノ。よく知ってる。

 ニンゲンのヤサシサはもう要らない。コイツらに言われる迄もない。

 俺はニンゲンやニンゲンっぽいモノにもう何も期待しない。経験値と血の詰まった肉袋。

 よくわかってる。

 よくわかってるよ、そんな事。

 黒いのが今更言わなくても。よぉくわかってる。

『ニンゲンに嵌められて殺された。憎い』
『騙されて全てを奪われた。殺してやりたい』
『貴族に村を滅ぼされた。復讐したい』
『馬鹿な王子に一族郎党処刑された。呪ってやる』
『娘が貴族のガキに犯されて殺された。同じメに遭わせてやる』
『親に口減らしで殺された。お前が死ねばよかったのに』
『婚約者が詐欺師だった。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い』
『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す』

 不幸自慢ありがとうございます。なんか俺の不幸なんて生温く感じてくるけど......不幸に貴賎は無いよね。時代や国が違えば不幸の形も違うし。

 死んでまで苦しむアンタらのその恨み辛み貰ってあげるよ俺が。心地良さのお礼に。
 アンタらの怨む相手が誰か知らないし会えないだろうから、目に入ったニンゲン共を片っ端から殺していけばいつかは恨みも晴れるよね。だからもう喚かなくていいよ。

『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ』

 心地良さが無くなって煩くなってきた......ニンゲンの虐殺ショーはこのダンジョンから出たら幾らでも見せてやるから黙ってろ。

『イツマデモミテルカラナ』

 はいはい。

『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ』

 ..................

 ...............



「うるっせぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 なんか夢を見ていた気がする。寝起きの一発目がコレって相当な悪夢だったんだろうなぁ......

「......あ、そっか。俺は呪いに呑まれて......」

 あんなのに呑まれても俺はなんとかなったんだな。さすが耐性、いい仕事してくれたよ。

「......身体怠ッ。背中痛ッ。動きたくねぇ」

 耐性有っても流石に全部を跳ね除けるのは無理だった。すっごい怠い。背中痛い。

「寝よ......」

 インフルエンザに罹った時のような身体の怠さと頭の重さに抗えずに、収納から毛布を出してうつ伏せになって目を閉じ、そのまま眠る。
 うつ伏せで寝る匠のその背中には、重ね竜胆柄に似た刺青のような紋様が不気味に煌めいていた。




 ──────────────────────────────

 おまけその1

 きなこもち

 茶トラ猫

 職業:元家猫

 Lv:49

 HP:100%
 MP:100%

 物攻:34
 物防:1
 魔攻:1
 魔防:14
 敏捷:34
 幸運:20

 SP:0

 魔法適正:―

 スキル:
 暴食
 畜生道
 愛嬌
 凶爪
 刃牙
 知性Lv3
 狩りLv5
 威嚇Lv4

 装備:
 フェルト生地の首輪
 シュシュ

 ──────────────────────────────
 ──────────────────────────────

 おまけその2

 淡輪 杏奈

 職業:未設定

 Lv:57

 HP:100%
 MP:100%

 物攻:30
 物防:30
 魔攻:1
 魔防:15
 敏捷:28
 幸運:16

 残SP:0

 魔法適性:-(氷)

 スキル:
 短剣術Lv4
 精神耐性Lv5
 急所穿ちLv4
 存在希薄
 闇堕
 断罪
 因果応報

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