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愚かな親心

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 陽は、稜禾詠ノ国 一。いや、日の本の国 一の幸せな男だと思っている。

 父が、桜家の軍事面。主に、ご領主様と、殿様の護衛 《有事.戦時には作戦を練る》の任に任ぜられたのを機に、陽は 楓希姫の護衛兼遊び相手に選ばれたのだから……



 楓希姫が、二歳。陽が三歳の時であった。


 日本人形のように 愛らしかった 楓希姫。美しく成長した 楓希姫……

(お慕いしていても…… )


 いつかは、諦めねばならぬ想い…… そう思っていた。

 それが。

「陽。私と……夫婦になって下さいませんか?」

「はい……」

 幸せ過ぎて涙溢れた陽。同じく涙されている楓希姫をぎこちなく抱きしめた陽。


『受け入れてもらえた』

 と。楓希姫が小さな声で呟いたのだ。

 その瞬間、女性から結婚を申込みをする事への勇気……を思うと。

(あぁ、己の方から伝えて差し上げたかった……)

 そう、思った陽であったのだ。


  稜禾詠ノ国 ……否、日の本の国全体で、男から女性に婚姻の申し込みをするものである……

 その価値観に縛られて、楓希姫自ら……後悔の念を抱いたはずなのに。


 楓菜姫の想いを叶えてやりたい……親の我が儘から。これも根強い価値観。相手の出自を気にして、先回りして楓菜姫に確認を取ったり……


 相手が爽である……兄の幸の息子。陽からしたら、甥である。と安堵して……


 身勝手な親だ。と思いつつ、  爽に楓菜姫の想いを伝えて……

 楓菜姫を幸せにしてあげて欲しい……生涯守り抜く覚悟をして欲しい。


 少しでも早く知らせたなら、楓菜姫と婚姻するのだ。と覚悟を深めてくれるのではないか……


 愚かなる親の暴走を、はるかに爽は越えて来てくれたのである。

 婚姻の申し込みを、楓菜姫より先に……


 陽が古きしがらみに縛られたり、勇気が出ずに。"諦めた"事を……


 陽は、 爽が羨ましかった。


 楓希の方と、二人。楓菜姫は爽と共に幸せになれると安堵していたのに……


「『私』より『公』。楓菜姫の覚悟が痛い程分かるから辛うございます。私も跡継ぎが出来なかったら……どうすべきか考えましたから……領主として、稜禾詠ノ国を優先なさい。より、 愚かな親の……せめて側室より先に子供を授かりますように…… そう祈る事をお許し下さい」


「楓希姫、私も同じ想いゆえ……愚かな親でございます。楓菜姫の決断を見守りましょう……」


 さめざめと泣く楓希の方を、抱きしめ、慰めながら。 その言葉しか言えない。己……


(楓菜姫……)


 陽は歯がゆくて、情けなくて……仕方なかった。

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