白花の咲く頃に

夕立

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水の国《ライプツィヒ》編 狂楽の祀り

2-2 捜索

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 ◆

 ゼフィールがいなくなってから三日。
 リアンとユリアは彼の行方を捜していた。
 始めはゼフィールが行きそうな場所――泉、酒場、各種商店など――を回り、見つからなかったので、町中をくまなく探した。
 酒場や商店で行方を尋ねてみたりもしたが、彼の足取りはようとして知れない。

 何かが起きているのは間違いなかった。
 ゼフィールがふらりといなくなることはたまにあったが、何も言わずに一日以上帰らなかったことは無い。
 それに、彼の荷は、竪琴以外全て宿に置かれたままだった。出掛けるのであれば金銭くらいは持って行くだろう。それが置かれたままだということは、彼が長時間出掛けるつもりではなかったことを指している。

 二人が真っ先に思い浮かべたのは人さらい。
「青い血を持つ者は人狩りにあう」――商隊の団長からも釘を刺されていた事だった。
 しかし、一体いつ彼の青い血を見られたのだろう。彼が人前で怪我をする事のないよう、常に注意を払ってきたはずだ。

「あと話を聞いて無いのは貴族達くらいかしら」

 街路樹の作る日陰に入りながらユリアが呟いた。口にこそ出しているが、リアンに意見を求めているのではなく、自らの行動を確認している。そんな口調だ。

 元々保養地だったミーミルの町には貴族達の別荘が多い。そのほとんどが木造二階建ての小ぶりなもので、泉の周囲に広がる森や町並みに実に馴染んでいる。
 こういったセンスの良さは《ライプツィヒ》貴族の洗練されているところだ。

「そうだけど、どうやって聞きに行くのさ? 敷地に黙って入ったら怒られそうだけど」
「だからって、もしどこかの別荘に捕まってたらどうするのよ?」
「そりゃ僕もどうにかしたいけどさ。僕達が怒られても彼が帰ってくるわけじゃないし。まぁ、何か飲みながら考えようよ」

 すぐ目の前に見える喫茶店をリアンは指さした。
 季節は初夏。猛烈に暑くはないが、それでも、日中は日陰を求める程度に暑い。暑さはそれだけで人の忍耐力や思考力を削る。
 決して我慢が得意ではないユリアに落ち着いてもらうため、リアンは彼女に少しでも快適になってもらう道を選んだ。

 店に入ると、席に座り二人分の飲み物を頼む。運ばれてきた飲み物に早速口を付けると、冷たくて美味しい。ユリアを落ちつけるために入った店だが、冷えた飲み物のお陰で自分も涼めた。心持、頭の回転も良くなった気がする。

(なんかいい方法ないもんかな~。危なくない方向で)

 机に頬杖を付きながらリアンが思案していると、通りを眺めていたユリアが口を開いた。

「もしもゼフィールをさらったとして、隠すなら自分の家よね?」
「だろうね。少なくとも、僕ならそうする。あ、でも、ユリア。それを言い出したら、貴族達の別荘だけじゃなくて、一般人の民家にいる可能性もあるから。とりあえず、貴族達に話を聞く事を考えよう」
「あんたやたら落ち着いてるわね。あいつのこと心配じゃないの?」

 ユリアが机をバンと叩いた。振動でグラスがわずかに跳ねる。考えていることを口に出さなくても、彼女の場合は表情が雄弁に語ってくれる。今だと、冷たいやつだ。と、思っているようだ。

「心配だよ? だから、こうやって捜してるんじゃないか」

 リアンとて、ゼフィールを心配していないわけではない。ただ、ユリアほど表に出さないだけだ。
 それに、焦るユリアの姿を見ると、逆に自分は冷静にならねばと思うのだ。二人で焦ったところで良い結果は生まれない。

「とりあえずさ、どこの別荘に今人がいるのか調べてみようよ。で、その後で、使用人なり、貴族なりに話を聞いてみるってことで」
「わかったわ」
「強引に敷地に侵入して警備に捕まらないようにね。調べた別荘はこの地図にチェックして行こう」

 リアンはポーチから一枚の紙を取り出すと、それをユリアに渡した。先日露天で買ったミーミルの町観光地図だが、意外にも子細に貴族達の別荘も描かれている。二度手間になったり、調べ残しを回避するために印付けするのにはもってこいだ。

「それぞれ地図にチェックしておいて、宿に戻ってきた時にお互い報告ね」
「わかったわ。それじゃあ私は北側の別荘から調べて行くわね」
「んじゃ、僕は南から」

 飲み物を飲み干すと、二人は南北に別れて調査に向かった。



 夜、宿に戻ってきた二人は情報をまとめた。頭を掻きながら、リアンは情報の描きこまれた地図を眺める。

「人がいるのは合わせて一二宅っと。結構あるね」
「明日も別れて動くの?」
「いやー。明日は使用人なり貴族なり捕まえないといけないし。何があるかわからないから、二人一緒に行動しようよ」

 リアンとしては、ユリアが暴走して何かしでかすのを止めるために一緒に行動したいのだが、本音は言わずにおく。
 言ったら逆に「私だってそんなに馬鹿じゃないわよ」とか言って、問題を起こすのが目に見えているからだ。双子の姉ながら面倒臭い性格である。

「あ、そういえば」

 ユリアが何かを思い出すように首を傾けた。

「どうかした?」
「泉の近くの別荘なんだけど、なんか変だったような……。確か、昼間なのにカーテンが閉まってる部屋が二階にあったのよね」
「日に焼けると困る物でも保管してる部屋だったんじゃないの?」
「それなら元々一階北側とかに作らないかしら? 私が見たの、南東の部屋だったのよね」

 納得いかない。と、ユリアは相変わらず首を捻っている。
 けれど、随分と些細な違和感だ。それに、別段あり得ない話でもない。寝たきりの病人がいるとか、そんな事もあるだろう。

(だけど、こういう時のユリアの勘って、結構当たるんだよね)

 何らかの成果を上げてくる可能性が高い以上、その館の話は聞き流すべきではないだろう。

「なんとも判断がつかない所だね。明日一番に調べに行ってみよっか。それどこ?」
「ココよ」

 泉周辺部の森の中に隠れるように建つ一軒の別荘をユリアは指さした。


 ◆

 ユリアが見つけた別荘はミーミルの泉から歩いてすぐの所にあった。
 ぱっと見だと分かりにくいが、遊歩道とは別の小道が湖畔から館まで伸びている。下藪は自然ながらも邪魔にならぬ程度に刈り込まれ、人が通っているからか、草もさして伸びていない。

 そんな小道を通って二人は別荘へ向かった。館の近くまで行くと、木々の陰に隠れ様子を探る。
 湖畔の別荘も他の貴族達の別荘の例に漏れず、こじんまりとした造りをしていた。木造二階建ての建物の壁は木目調で、屋根も同じくである。外装に下手に手を入れてないお陰で森に良く馴染み、景観を壊していない。
 二人が通ってきた道とは別に馬車が乗り入れ出来そうな道があるので、そちらが正式な出入り口なのだろう。

「ほら、あそこよ」

 ユリアが指した場所をリアンは眺めた。確かにカーテンがひかれている。他の部屋のカーテンは全て開けられているにも関わらずだ。
 人がいる気配はあったので、二人は誰かが外に出てくるのをじっと待った。

 半刻ほどして、アゴに白い髭を蓄えた男性が出て来た。剪定用の鋏を持っているので庭師だろう。
 庭師が小道に入ってきたところで、ユリアが彼に話しかけた。

「この別荘の方ですか?」
「そうじゃが、お前さんは?」

 突然現れたユリアに庭師が警戒する。慌てて二人の間に入ると、リアンは笑顔を庭師に向けた。

「突然すいません。僕達旅の者なんですが仲間とはぐれてしまって。今探しているところなんです。泉で落ち合おうって言ってたんですけど、見つからなくて。こうして探し回ってるんですよ」

 嘘を交えながら、二人がここにいる理由としてもっともっぽい話をでっち上げる。しかし、それで庭師は納得してくれたようで、警戒を解き、好々爺の顔になった。

「探し人じゃったか。確かに、たまにこの屋敷まで来てしまう者もおるのう。どれ、どんな人を探しておるんじゃ?」
「ゼフィールっていう、僕達と同じ年頃の男なんですけどね。長い銀髪と緑の瞳をしてて、僕よりちょっと背が高くて細身です。多分竪琴とか持ってると思うんですけど、どこかで見かけたりとかしてません?」
「銀髪に緑の瞳のぅ……」

 リアンがゼフィールの特徴を掻い摘んで説明すると、庭師は髭を撫でながら何かを考える素振りを見せた。

「お前さん達が探している人物かわからんが、似たような人物なら三日ほど前に見たのぅ」
「どこで!?」

 弾かれたようにユリアが反応した。彼女は詳細が聞きたいのか、庭師にずいっと詰め寄る。そんなユリアに特に動じるでもなく、庭師は髭を撫で続けた。

「小道の手入れが終わって帰ってきたら、王都に戻る奥様の馬車に乗せられていたのをのぅ。グッタリしてたから瞳の色はわからんし、竪琴も持っていたかわからんが。年頃と背格好はそれくらいじゃないかの」
「リアン!」

 勢いよくユリアが振り向いた。見つけた! と、ユリアの目が輝いている。今まで一切情報が無かった中で、初めて手に入れた情報だった。
 ユリアに頷くと、リアンは庭師に質問を投げかけた。やっと見付けた手掛かりを持つ人物だ。彼から引き出せるだけ情報を引き出しておきたい。

「あの、王都のどちらの貴族様のお宅に伺えば奥様にお会いできますかね? まだ決まったわけじゃないんですけど、他に情報も無いので、そちらに伺ってみたいんですが」
「お前さん達探しに行くのか……」

 庭師がもったいぶった言い回しをした。続きがあるのか歯切れが悪い。黙って待っていると、庭師は髭を撫でるのを止め、バツが悪そうに少し遠くを見つめた。

「そうじゃのう。クリストフ侯爵家を訪ねれば探し人に会えるかもしれん。出来れば、奥様を止めてくれぬか?」
「「??」」
「お前さん達は旅人と言っておったから知らんじゃろうが、この国には年に一度、守護神アフロディテに捧げるまつりが行われるんじゃ。祭司である二侯爵家がそれぞれ代表を出し合って剣舞を奉納してたんじゃが――」
「じゃが?」
「最近は殺し合いになってしもうた。それも、金で雇った者や、どこかからかさらってきた者を使ってじゃ。奥様はその度に心を病んでしまわれてな。ワシにはそんな奥様が不憫でならんのじゃ」
「ちょっと待って! それって、ゼフィールがその祀りに担ぎ出されるってことなの!?」

 ユリアが庭師の襟元を掴んだ。リアンが慌ててその手を引き離すと、庭師は苦しそうに咳き込む。それでも彼は文句を言うでもなく、言葉を続けた。

「祀りまであと二カ月じゃ。時期的にはおかしくないの」
「ふざけんじゃないわよ! リアン、さっさと王都に行くわよ!」

 もはや振り返りもせず、一目散にユリアが駆け出した。そのまま王都へ向かうつもりなのだろう。庭師への礼と謝罪もそこそこに、リアンも彼女を追いかけた。
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