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熱2

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 ピーッと音がして、湯が止まった。
 ひとりが入ってちょうどいい量に設定してあるので、ふたりで浸かっている今は、縁ぎりぎりまでなみなみと湯がある。それが、とても楽しい気分にしてくる。

「服、濡れちまったな。このままだと風邪を引きそうだから、脱いだ方がいいな」

 普段とは違うバスタイムをもっと堪能したいが、このままでは駄目だと気づき、いそいそと服を脱いでいく。湯を吸った服は肌にへばりついて脱ぎにくかったが、なんとか全て剥ぎ取って洗い場に投げる。
 服越しよりも、直接触れた方が何倍も気持ちがいい。はぁー、と満足げに息を吐いてバスタブに背中を預けると、ユーリが服を着込んだままなことに気づいた。

「ユーリも早く服を脱げよ」
「いや、僕は……」
「湯を吸った服は脱ぎにくいもんな。俺が脱がせてやるよ」

 ユーリのシャツに手を伸ばす。だが、その手はパシンと払われてしまった。
 楽しくてたまらなかった気分が、急降下していく。

「最下位種の家政夫ごときとは、一緒の湯に浸かれないってわけか」

 ふわふわしていた頭が、冷水を浴びせられたようにはっきりしてくる。非日常な出来事に浮かれていた自分が馬鹿みたいだ。

「違うんだ……」

 か細い声でそう言うユーリの純白の耳は、怯えるように垂れ下がって震えている。
 俺は、マンションで暮らさざるを得ない原因を作った女社長と、同じことをしてしまったのか?

「変に浮かれてしまっていたんだ。悪かったな」

 傷つけてしまったユーリの前から消え去りたくて、逃げるようにバスタブから立ち上がる。だが、立ち眩みを起こして、ユーリに覆い被さるように倒れてしまった。

「ごめん。本当にごめんな……」

 自分の体ひとつ、思うように動かせない己が情けない。全裸で抱きつくという、ユーリの傷を更に深めるだろうことをしてしまった自分に悔いていると、ある違和感に気づいた。腹に、何か硬いものが当たっているのだ。
 なんだろうと思い、それに手を伸ばしてみる。よく知っている形に驚いた体が、まだこんな力が残っていたのかと思うような勢いで動き、ユーリから離れた。
 目でも確認してみる。スラックス越しでも、ユーリのモノが雄の形に変化しているのがはっきりと分かる。
 俺の視線に気づいたのだろうユーリは、ばつが悪そうに顔を伏せてしまった。

「なんで勃ってるんだよ?」
「ごめん……」

 戸惑いを隠せない俺の問い掛けに、泣きそうな声で謝ってくるユーリ。
 ユーリは、俺にとても親切にしてくれて、こっちが恐縮してしまうくらい優しかった。それは俺を懐柔して、性奴隷にするための下準備だったのだ。なんの裏もなく、最下位種の俺によくしてくれるなんて虫のいい話、あるわけなかったんだ。
 母が俺を身籠った一件の影響もあり、体を売ることだけはするものかと誓ってきた。誓わなくても、最下位種の俺を求める奴などいなかったので、まさか最上位種のユーリに狙われているなどとは気づかなかった。

「あんた、俺のケツ目当てで家政夫にしたのか?」

 沸々と込み上げてきた怒りのせいか、自分が思っていたよりも冷たい声がでた。

「違っ……」

 伏せていた顔を上げて、否定するユーリ。その瞳には、涙の膜が張っている。

「あんた、男が好きなんだろ?」

 同性に反応するということは、そういうことだ。耳も尾も垂れ下がっているのに、未だに勃ち上がっているソコを見てせせら笑う。

「確かに女性に対しては、そういう気持ちにはならないよ。でも……でも、違うんだ。僕は……僕は、男の子のを、女の子みたいに捩じ込んで欲しいんだ。変態で、ごめっ……」

 必死で言葉を紡ぐユーリの瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちる。真珠みたいで、とても綺麗な涙だ。俺に真意を悟られないようにする言い訳なのではなく、本心の言葉なのだろう。

「その……勘違いして悪かった。隠しておきたい秘密を告白させて、本当にすまなかった。まぁ、その……性癖も十人十色だし、ユーリがユーリであることには変わらないわけだし……」

 勘違いして暴走した俺のせいで、したくない告白をさせてしまったのに、火事をグラスの水で消すようなフォローしかできない。

「ダイくん……」

 泣き腫らして上気した顔で、俺を見つめて微笑むユーリ。その顔が妙に色っぽくて、胸が高鳴ってしまう。

「俺はもう出るから、ちゃんと服を脱いで温まれよ」

 ずっと見つめていたら変な気持ちになってしまいそうで、逃げるように浴室を出た。
 体を拭いていたら、また眩暈がしてきた。もしかしたら、熱があるのかもしれない。だから、色々と変だったのだ。
 合点がいったら、胸を覆っていたモヤモヤが吹っ切れた。家事は明日の早朝にやろうと決め、自室に戻って眠りについた。
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