その男、幽霊なり

オトバタケ

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お屋敷訪問(雅臣視点)

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「ほら、大丈夫だったでしょ?」

 何事もなく階段を昇り終え、ふうっと安堵の息を吐く拓也に微笑み掛ける。

「昇るのは、な」
「降りる時も一緒に降りましょう。拓也の不安が消えるまで、不安が消えた後もこうやって」

 まだ陰りの残る顔に苦笑を浮かべている拓也と繋いだままの掌に力を込めると、はっとしたように目を見開いて顔を背けてしまった。漆黒の髪の先にちらりと覗く頬は、食べ頃の果実のように赤く染まっている。

「僕の部屋は此方です」

 齧り付きたい衝動に耐えながら繋いだ手を引くと、顔は背けたままだが抵抗せずに付いてきてくれる。

「あっ……」

 部屋に入ると、小さく声をあげた拓也が手にしていたスポーツバッグを床に落とし、手を繋いでいる僕を引き連れたままクローゼットの前に歩み寄っていく。

「これ……」
「えぇ、階段を転げ落ちた時に着ていた燕尾服です」

 クローゼットの取っ手に掛けてあるのは、拓也の傍らにいた霊体の僕が身に付けていた服と同じものだ。其れに手を伸ばし、懐かしそうに撫でる拓也。

「触り心地は一緒ですか?」
「えっ……まぁな」

 燕尾服を撫でる手の動きが止まり、ばつが悪そうに俯いてしまった顔は赤みを帯びてきている。この燕尾服に触れられたのは拓也が熱に侵されている時だった。布の感触と共に艶事も思い出しているのだろう。
 触れ合えても服を脱ぐことは出来なかったため、服を着込んだまま昂ったモノを治めてもらった。拓也だけが素肌を晒して快感に酔う様は扇情的で、何度も何度も昂ってしまったのだったな。魂が肉体に戻った今も、拓也の妖艶な姿に抑えが利かなくなるのは変わらないのだが、と胸中で苦笑を漏らす。

「久しぶりに着てみましょうか?」
「え……なんでだよ?」

 燕尾服が掛けてあるハンガーに手を伸ばすと、顔をあげた拓也が瞠目する。

「生身の燕尾服姿も見て欲しいんです」
「着たいなら勝手に着ろよ。俺は疲れたから昼寝でもさせてもらう。ベッド使わせてもらうな」

 にこりと笑いかける僕から顔を逸した拓也は、繋がれた手を無理矢理解いて壁際に置かれているキングサイズのベッドに歩み寄っていってしまう。

「えぇ、二人で眠るベッドですからお好きにお使いください」
「二人でって……アンタのベッドだろ。俺の使う客間を教えてくれたらそっちで寝る」

 進路を変えて入口に向かおうとする拓也の腕を掴んで引き寄せ、胸に押し付ける。

「駄目です。拓也が眠るのは僕の腕の中でです。無駄に大きなベッドが初めて機能を果たすんですから」
「初めて……。仕方ねーから、ここで寝てやる」

 胸に押し付けた拓也の耳許で囁くと、ぴくりと肩を揺らしてぶっきらぼうに呟いた。
 平均よりも高い身長の僕でも大きすぎるベッドに、僕以外が横になったことはない。そもそも、この部屋に掃除担当の使用人以外を入れたのは、拓也が初めてだ。プライベートな空間である此処には家族が入ってくるのも嫌で、思春期以降は極力掃除も自分でして使用人が入る回数も減らしていた。自分だけの城という気持ちが強くあった場所なのに、拓也が一緒にいてくれることがこんなにも嬉しいだなんて。

「寝るから離せ」

 身を捩り突っ慳貪に呟く拓也を解放してあげると、逃げるようにベッドに駆け寄って布団に潜り込んでしまった。

「着替え終えたら起こしますね」
「熟睡してたら起きないからな」
「嫌でも目覚める起こし方をしてあげますね」

 フフッと笑いながら盛り上がった掛け布団を撫でると、聞こえないと言うように、グーグーと大袈裟な鼾が聞こえてきた。
 布団の中の拓也は霊体の僕とした艶事を思い出し、茹で蛸のように顔を染めてオドオドしているのだろう。可愛い困惑顔を想像してクスクス笑いながら、今回は布も布の下も触ることが可能な懐かしい燕尾服に腕を通していく。

「着替え終わりましたよ。拓也、起きてください」
「グーグー」

 ベッドに腰掛け膨らみを軽く叩くが、芝居がかった鼾が返ってくる。

「紅茶を淹れて差し上げたいのですが、一階のキッチンに行かなければならないんですよ」
「……」

 鼾がピタリと止まる。膨らみから手を離すと、布団の中から出てきた腕に手首を掴まれた。

「離してくれなければ紅茶を淹れに行けないのですが」
「紅茶なんていらねーから。階段は一人で……一人では……降りる、な」

 徐々に小さくなっていく声量に対して、手首を掴む力は増していく。

「分かりました。一人では絶対に降りません。起きたのならば顔を見せてください。側にいるのに顔を見られないのは寂しいです」

 まるで手錠のように僕の手首を掴んでいる掌を優しく撫でながら告げると、ゆっくりと捲られた掛け布団の中から、頬をぷくりと膨らませた拓也が顔を出した。不安や羞恥など様々な感情が混ざった表情を誤魔化すためなのだろう、その膨れっ面が愛しくてたまらない。

「どうです?」
「まぁ、懐かしい気はする」

 腕を広げて燕尾服を見せると、チラチラと横目で其れを確認した拓也が、掛け布団を目元まで引き上げてぼそりと呟いた。

「あの時と同じ格好ですが、普通の状態でも触れ合えるんですよ」

 僕の手首を掴んでいる手の力が弱まってきたので、離れていく前に今度は僕が拓也の手首を掴み、前屈みになって頬を触らせる。

「それに今は恋人同士ですから、こんなことだってできる」

 頬に手を当てたまま布団を捲り、現れた真一文字に結ばれた唇にキスを落とす。

「もっと深い処で繋がるのも可能です」

 頬に触れさせている手をベッドに戻し、覆い被さって再び唇を重ねる。先程の触れるだけのものとは違い、もっと奥で繋がりたいと唇の間を舌先で突くと、受け入れてやってもいいと言うように空いた隙間から舌を侵入させる。
 歯列をなぞったり内頬を擽ったり、かくれんぼの鬼のように口内をくまなく探してようやく見つけ出した舌は熱を持っていた。愛撫に感じてくれているのだと分かり興奮した血を抑えきれず、獲物を見付けた蛇のように絡めとってしまう。舌が刺激されて溢れた唾液は寝転がる拓也の口内に流れ込み、拓也の出したものと混ざりあいグチュグチュと官能を刺激する音楽を奏でる。

「ふぁっ……」

 息苦しそうに鼻から声が漏れたので、名残惜しいが舌を解いて唇を離す。
 風呂上がりのように頬を上気させて潤んだ瞳で虚ろに天井を見上げる拓也の唇は、紅を差したように赤く染まっていて、口の端からは二人の混ざりあった唾液が流れ落ちている。立ち上る色香に、ドクンドクンと体内を流れていく熱湯のような血液が、拓也の中の良さを知っている中心に集まっていく。
 酸素を求めて半開きになっている唇は誘っているようにしか見えない。貪りつきたい衝動に駆られるが、掛け布団の上からでも胸部が激しく上下しているのが分かるので、拓也の呼吸が落ち着くまで耐えることにする。

「眉間、皺寄ってるぞ」

 呼吸が落ち着いたのか唇を閉じ、焦点のあった目で僕を見上げた拓也が人差し指で眉間を突いてくる。

「襲い掛かりたい衝動に耐えていたんです」
「俺は柔じゃねーんだから多少のことじゃ壊れない。だから遠慮なんてするな」

 ニヤリと不敵に笑った拓也が僕の首に両腕を絡めてくる。理性はすぐさま砕け散り、噛み付くような口付けをする。
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