その男、幽霊なり

オトバタケ

文字の大きさ
168 / 179
雅臣が異世界トリップ!? そこで出会ったのは……(雅臣視点)

しおりを挟む
 洞窟内に篭って三日が過ぎた。駆除部隊が近付いてきている気配はない。

「腫れは引きましたね」

 拓也の右足に巻いていたネクタイを外すと、昨晩までは残っていた赤味は消えていた。

「念のために、明日までは冷やしておきましょう」

 ネクタイを濡らすために立ち上がろうとすると、拓也の手が僕のシャツを掴んだ。

「必要ない」
「もう痛みはないんですか?」

 こくんと頷く拓也。
 不意打ちで患部に触れてみる。だが、顔色は微塵も変わらなかったので、本当に痛みは収まったのだと分かり安堵の息を吐く。

「水、飲んでくる」

 ゆっくりと立ち上がった拓也が、洞窟の奥に向かう。その足取りは軽やかだ。
 昨日から洞窟内を歩けるようになった拓也だが、右足を引き摺っていた。一晩であそこまで回復したのは、獣人だからなのだろう。明かりがなければ洞窟の最奥の水場まで辿り着けない僕とは違い、無灯で向かうということは闇の中でも目が利く証拠だ。
 獣の能力を色濃く残した人間。だが、この世界の人間が卑しむような野蛮な種族ではないと、数日を共に過ごしてより確信した。
 人間達は人としても崇高な上に身体能力も優れている獣人を恐れて、優越欲を満たすために虐殺しているのではないだろうか。
 姿も、そして心も美しい獣人に憧れ、自分達にはないそれに嫉妬して、醜い感情を生み出す原因の獣人を悪だとみなして滅ぼす。その行為が、益々自らを醜くしていることにも気付かずに。

「飯、食いにいくぞ」

 音もなく戻ってきた拓也が独り言を呟くように言い、洞窟の入り口に向かっていく。
 慌ててその後を追い掛ける。

「綺麗な森ですね」
「綺麗? 人間達が獣臭いと言って近寄らない原始の森だぞ、ここは」

 正気で言ってるのか、と言わんばかりの呆れた顔で僕を見る拓也。触れ合えるほど近くにいても、手にかける仕草を見せなかった僕を見て、拓也の警戒心は徐々に薄れてきたようだ。
 殺害など絶対にしないが、恋い焦がれ過ぎた想いが爆発して襲い掛かってしまう心配はある。性的なことには無知な拓也を怯えさせないよう、必死で抑え込んでいるが。

「これにする」

 あの赤い実が実る木の下で立ち止まった拓也が、実を摘まんで食べ始める。
 この森になっているのはこの赤い実だけで、毎食これだ。同じ味なのに何故か飽きず、僕もこれだけで空腹を満たしている。

「旨いのか?」

 指に付いた赤い果汁をジュルッと啜った拓也が、不思議そうに聞いてくる。
 赤い実を食べる僕を、いつも怪訝そうに眺めていたのには気付いていた。美味しい、と答えたいのに、艶やかに濡れた唇に釘付けになってしまい声が出せない。
 無理矢理口を開けば、欲情で濡れた掠れ声が漏れるのは明白だ。雄の顔を見せて、拓也を怯えさせるわけにはいかない。
 肯定が伝わるように何度も頷き、赤い実を口に含んでいく。いつもは甘さの方を強く感じるのに、酸っぱさばかりが内頬に染みる。

「人間は野蛮な実だとか言って絶対にこの実は食べないのに、つくづくアンタは変な奴だよな」

 僕の中で燃える劣情の炎には気付いていない様子で、肩に止まった青い鳥に摘まんだ実を与えている拓也。
 無邪気に微笑むその顔を、恐怖で引き攣らせてはいけない。拓也が心を開いてくれるまで、この想いは隠し通さなければ。
 護り抜くべき微笑を確認するために見つめていると、脳内で警鐘が微かに鳴った気がした。慌てて辺りを見渡すが、生き物の気配はない。

「そろそろ戻りましょうか」

 万が一の事態に備え、洞窟に戻ることを提案する。空腹が満たされたのか、拓也は素直に頷いた。
 あの洞窟を詳しく調べると、奥の壁に這えば人一人が通れる横穴があり、岩山の裏側まで通じていることが分かった。もし駆除部隊が洞窟を探し当てても、其処から逃げることができる。
 余程拓也の肩が気に入ったのか、飛び立とうとしない鳥を乗せたままの拓也と連れ立ち、洞窟まで戻っていく。

「あっ……」

 洞窟の前まで来ると、ピィと甲高い声で鳴いた鳥が拓也の肩から離れ、森の中に飛び去っていった。寂しそうに鳥の消えた先を見つめる拓也を、抱き締めたい衝動に駆られる。
 僕はずっと拓也の側にいる、永久に離れはしない。想いが体から溢れ、拓也に向かって腕が動きだす。
 背中に指先が触れた刹那、ひきつけを起こして地面に崩れ落ちた拓也。

「拓也?」

 何が起こっているのか理解できず、答えを求めるように拓也の名を呼ぶ。体は激しく痙攣しながらも、瞳は鋭く僕を射抜いてくる。
 いや、憎悪の眼差しを向けている相手は僕ではない。視線の先を追って振り返ると、宇宙人が着ているようなメタリックシルバーのボディースーツ姿の男が三人いた。その手に握られたレーザー銃が、僕らを狙っている。

「くそっ、あの鳥……」

 はぁはぁと大きく肩を揺らして喘ぎながら、悔しそうに吐き捨てる拓也。
 拓也の肩に乗って離れなかったあの青い鳥が、真ん中にいる男の肩に乗っている。褒めて、とでも言うかように、男の頬に頭を擦り寄せて甘えているではないか。森の中で感じた警鐘は、やはり気のせいではなかったのだ。
 最後の力を使い果たしたように、地面に倒れ込んでしまう拓也。その身を掬い上げ、胸に抱く。熱いくらいの体温と、微かに伝わってくる震動で、まだ命の灯火は消えてはいないことを知る。

「拓也、目を覚まして! 僕を置いていかないで!」

 骨が軋むほどに抱き締めても、何の反応も返ってこない。

「永久に共にいるから、僕をひとりにしないで、拓也……」

 微動だにしなかった拓也の肩がピクリと跳ねる。そっと顔を覗くと、縋るような瞳が僕を見ていた。

「僕は貴方を、拓也を愛しています」

 高まった感情を瞳から溢れさせて嗚咽をあげながら告げると、拓也は無邪気に笑いかけてくれた。そして、うたた寝をするように瞳を閉じて僕に体を預けてきた。温もりは消えていないが、僅かにあった震動は感じられない。
 拓也が僕を置いていくなんてあり得ない。僕らは魂の伴侶で永久に共にいるんだ。
 そうだ、これは眠っているだけなんだ。心地好い眠りを与えられるように、拓也の背中を撫でてやる。
 目覚めたら、どんな夢を見たのか教えてくださいね。僕はずっと起きていて、拓也を見守っていますから。

「裏切り者は死罪」
「死罪、死罪、裏切り者は死罪」

 背後からする不気味な声に振り返る。すぐそこまで迫ってきていた男達が、僕に向けて銃を構えている。
 色付きのゴーグルをしているので、どんな目付きをしているのかは分からない。だが、醜く歪んだ唇から、淀んだ瞳をしているのだろうことは容易に想像がつく。
 これが拓也が憎んでいた人間なのか。不思議なことに、憎悪は微塵も感じない。僕の中にあるのは、拓也が愛しいという想いだけだ。

「拓也……」

 滑らかな肌に頬擦りする。
 僕らの幸せな時間を邪魔するような耳障りな音が鼓膜を不快に揺らす。すると、背筋に痺れが走って体が痙攣しだした。
 拓也の眠りを妨げてしまわぬよう必死で震えを抑えていると、猛烈な眠気が襲ってきた。眠るわけにはいかないのに、意識は闇の底に沈んでいく――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

男の娘と暮らす

守 秀斗
BL
ある日、会社から帰ると男の娘がアパートの前に寝てた。そして、そのまま、一緒に暮らすことになってしまう。でも、俺はその趣味はないし、あっても関係ないんだよなあ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...