先生、教えて。

オトバタケ

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 ピピピ ピピピ ピピピ

 同じリズムを刻む電子音が遠くの方で鳴っている。
 聞き覚えがあるが、なんの音だったのだろう?
 あぁ、目覚まし時計の音だ。もう起きる時間か。
 起き上がろうと頑張るのに、浮上を拒む意識は夢の中に沈んでいってしまう。
 背中にあたる柔らかい感触と、体を包み込む温もりが心地好すぎるからだ。

 今日の予定はどうだっただろう? もう少し眠っていても大丈夫だろうか?
 シフト表を思い出そうとした頭に浮かんだのは、外でお世話をしてきて欲しいと告げる所長の顔だった。
 あぁそうか、俺は施設ではなく国重家にいるのだった。
 ……国重家?

 パッと意識が覚醒して瞼を開いた先に見えたのは、光沢を放つ黒い布だった。
 これは一体何なんだ?
 一瞬パニックに陥って思考が停止するが、頭上から聞こえてくる穏やかな寝息で、それの正体が分かった。
 これは、昨日俺が用意した直人のパジャマだ。
 目の前にこれがあり、頭上から寝息が聞こえるということは、ここは直人の胸の中ということか?

 今、自分が置かれている状況を理解した途端、体温が急上昇していく。
 ドクンドクンと高速で脈を刻む心臓、じわりと染み出る汗。
 そして、朝の生理現象とは言えないくらい硬く熱を持ってしまっているアソコ。

 気持ち良さそうに眠る直人から、体の変化に気付かれないように少しずつ離れていく。
 そして、音を立てないように注意して、そっとベッドから降りる。
 目覚まし時計を止め、急上昇した体温を下げるべく顔を洗うために、抜き足差し足忍び足で浴室に向かう。

 浴室の扉をそっと閉じ、ほっと息を吐いて見上げた先の洗面台の鏡に映ったのは、男のブツをぶっ挿して欲しくて堪らないと訴えている、欲情して目の潤んだ淫乱な獣の顔だった。
 男に股を開くことしか能のないあの女にそっくりなその顔に、ぐわっと吐き気が迫り上がってくる。
 息を止め、えずきが収まるのを待ち、穢れた血を洗い流すように顔を洗う。

 何度も何度も洗い、やっとまともな顔に戻ったのを確認できた。
 そっと扉を開けて耳を澄ますと、規則的に繰り返される直人の寝息が聞こえてきた。
 性的なことを知らない直人に、汚い獣の姿を知られるわけにはいかない。
 直人に欲情してしまっているなんてことは、絶対に知られてはいけない。

 浅ましい自分が現れないように、天使のような瞳が閉じられて大人の男にしか見えない直人の寝顔を見ないように注意しながら、鞄を漁って着替えを取り出す。
 また忍者のように足音を立てないように気を付けて浴室に向かい、寝間着を脱いで仕事着のTシャツとジャージに着替えていく。
 仕事着に着替え終えた自分の姿を鏡で確認すると、先生の顔に戻ってきていた。
 お前は大丈夫だ、と鏡の中の自分に暗示を掛けるように睨み付ける。

 暫くそうして心も体も落ち着ちつかせて部屋に戻ると、ベッドの上の直人がモゾモゾと体を捩っていた。
 時間を確認すると、七時を少し回ったところだった。
 そろそろ起きるのだろうな。そう思い、そっとカーテンを開けて、太陽が昇ったばかりの朝の柔らかな光を室内に入れてやる。
 覚醒が近かった直人は、部屋の明るさが変わったのを感じ取ったのか、瞼を擦りながら上半身を起こした。
 ゆっくり開いた瞼の下の鳶色の瞳がぼんやりと辺りを見渡し、俺の姿を捉えるとパッと見開き、嬉しそうに細められた。

「先生、おはよう」
「あぁ、おはよう。よく眠れたか?」
「うん。すごくいいゆめを見たよ」
「どんな夢だ?」
「うーん、わすれちゃったけど、すごくたのしかった」
「そうか、今日はその夢よりもっと楽しい一日を過ごせるようにしような」
「はいっ!」

 期待に満ち溢れた瞳が、朝日を浴びてキラキラと光っている。
 この無垢な魂を護るために、先生として今日も一日頑張ろう。

「じゃあ、まずは顔を洗ってみようか」
「上手にできるかな?」
「最初は上手く出来なくても段々上手になっていくから、挑戦してみような」
「うん、がんばるっ!」

 歯磨きを自分でしたことのなかった直人は洗顔も自分でしたことはないようで、不安げに俺を見上げていた。
 だが、俺の言葉に自信が沸いたのか、新しいことに興味津々といった表情でベッドから降りた。
 直人を引き連れて洗面台の前まで行き、見本を見せるためにもう一度顔を洗う。
 ゴシゴシとタオルで顔を拭き、横で一連の動きを見ていた直人の方を向くと、早く自分もやりたくて堪らないという顔をしていた。

「一人で出来るところまでやってみような」
「はいっ!」

 どうせパジャマはすぐに脱ぐのだし濡れても構わないだろう、と思い、少な目の水を出して直人の力だけで顔を洗わせてみる。
 大きな掌で水を掬い、俺がやっていたようにバシャバシャと顔に掛けていく直人。

「よし、もういいぞ。これで顔を拭いてみな」

 五、六回それを繰り返したところで声を掛け、左腕を掴んでタオルを渡す。
 水を止めながら直人を見ると、タオルに埋めた顔を左右に小刻みに動かして一生懸命に拭いていた。
 デカい大人の男の体がする小動物のような動きを見て、自然と頬が緩んでくる。

「先生、ふけたよ」
「あぁ、上手に洗えたし、上手に拭けてる」
「やったぁ!」

 受け取ったタオルでビショビショの髪を拭いて整えてやりながら言うと、直人は嬉しそうに破顔した。
 濡れて色気の増した顔を見ても動悸は早くならない。
 直人の純粋さに触れる度に、穢れた血が浄化されていくようだ。
 直人の魅惑的な容姿に囚われて獣に堕ちていってしまわぬよう、その真っ白な魂を見つめ、先生としての自覚を常に保っていかなければならない。
 無垢な魂を護ることが自分の生きる道ならば、その魂を汚した時は自分が死ぬ時なんだ、というくらいの覚悟を持つんだ。

「先生、冷たいよぉ」

 前面が濡れて色の変わってしまっているパジャマを摘まんだ直人が、不快そうに眉を下げる。

「あっ悪い、すぐ脱がせてやるな」

 プチプチとボタンを外すと現れた引き締まった体に揺り動かされそうになる劣情も、無垢な魂を護りぬくという先生としての意思で抑え込む。

「よし、じゃあ次は着替えをしような」
「はいっ!」

 上半身が裸の直人を連れて、着替えるために寝室に戻る。
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