先生、教えて。

オトバタケ

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「服を出すからちょっと待っててくれな」

 ベッドの脇に直人を立たせ、クローゼットを開けて服を見繕う。
 体の大きな直人に合わせた特注品なのか、同じ英語名のメーカーの似たようなデザインのシャツの中から、淡い水色のシャツを選ぶ。

「ぼく、このズボンがいい」

 同様に同じメーカー名のタグがついたズボンの中から適当に一本選ぼうとしていると、いつの間にか背後に来ていた直人が、俺の肩口からクローゼットを覗き込んで濃紺のズボンを指差した。
 不意に耳元を擽った甘いバリトンにドクンと鼓動が跳ね上がったが、無垢な魂を護る先生、という意思を呪文のように脳内で唱えて、卑しい気持ちが沸き上がってこないようにさせる。

「あぁ、分かった。これだな」

 直人の指差したズボンを取って振り返ると、うんうんと満足そうに頷いている。

「お父さまといっしょなの」
「お父様は、こういうズボンをよく穿いてたのか?」
「うん」
「今日は、お父様とお揃いだな」
「おそろい、やったぁ! ぼくもお父さまになれるかな?」
「お父様はお父様、ナオくんはナオくんでいいんだよ」
「ぼくはぼく?」
「ナオくんがナオくんだから、お父様もお母様も、勿論先生もナオくんが好きなんだからな」
「うん、ぼくはぼくでいるね」

 直人がこのまま無垢な直人でいられるために、大切に護ってきた両親の努力を無駄にしないために、俺は先生であり続けなければならないのだ。

「まず、シャツを着てみようか」
「うん、がんばるっ!」

 きっちり全てのボタンを嵌めて綺麗に畳んであるシャツを、ボタンを外して着やすいように広げてベッドに置いてやる。
 右腕を通した直人は、なかなか入らない左腕にうんうん呻きながらも、俺の手助けなしで両腕を通すことが出来た。

「一人で上手に出来て凄いぞ。後で一つボタンを嵌めてもらうから、先生が嵌めるのを見ててくれな」
「うん、見てるっ!」

 直人から手元がよく見えるように、腕を伸ばして離れられるところまで体を離して、上から順にボタン嵌めていく。
 真ん中の一個を残して嵌め終わって直人の顔を見上げると、もうやってもいいのか問うように首を傾げていた。

「嵌めていいぞ」

 俺の号令と共に長い指をボタンに向かわせ、真剣な眼差しで指先を見つめている直人。
 俺が嵌めるのをしっかり観察していたのか、元々が器用なのか分からないが、二、三度指を絡ませた後にボタンを嵌めることが出来た。

「上手いぞ。これならズボンのボタンも嵌められそうだな」
「ほんとぉ? もっと上手になったら先生のボタンもはめてあげるね」
「あぁ、頼むな」

 出来ることが増えて嬉しくて堪らなくて出た直人の言葉だと分かっているのに、直人に押し倒されてボタンを外されている自分の姿が一瞬頭を過ってしまい、慌てて打ち消す。

「じゃあ、お父様とお揃いのズボンを穿くから、パジャマのズボンを脱いでくれるか?」
「はいっ!」

 元気のよい返事と共に勢いよく下げられたズボン。
 だが、また足首に絡まってしまい地団駄を踏んでいる。

「ベッドに座ってみな」

 俺の助言を素直に聞き入れてベッドに座った直人が、助けを求めるように俺を見上げる。

「ここまで下げられただけで上出来なんだからな。なんでもかんでもすぐに上手くは出来ないんだから、心配しなくていいからな。ほら、こっちの足から抜いてみな」

 昨夜と同じ状況に陥って落ち込んだ様子の直人に笑い掛け、ズボンを掴んで右足をつつく。
 右足、左足とツルンと抜け、よかったなと見上げると、ほっとした様子の直人が微笑み返してくれた。
 パジャマのズボンが抜けた足に濃紺のズボンを穿かせ、先程直人が自分でズボンを下げた時と同じ状況を作る。

「このままズボンを上げて穿いてみな」
「はいっ!」

 立ち上がった直人はズボンを引っ張りあげ、クネクネと腰を捻りながら腰まで上げていく。

「じゃあ、ボタンを嵌めてみようか」
「先生、ボタン見えないよぉ」

 シャツの裾で隠れて見えにくいようで、困り顔の直人が助けを求めてきた。

「えっ、じゃあ、これならどうた?」
「うん、見えるっ!」

 直人の背後に回り、シャツの裾を胸元まで持ち上げてやる。
 ボタンの嵌め具合も確認しなければならないので、大きな背中を抱きしめるような体勢になってしまう。
 密着した体から伝わってくる温もりと甘い香りに、体温が急上昇していく。
 先生としての指導なんだ、と高鳴り続ける心臓に言い聞かせて、懸命にボタンを嵌めている直人の手元に意識を集中させる。
 シャツよりも固い生地に手間取っていた直人だが、粘り強く挑戦して自分の力だけで嵌めることが出来た。

「ナオくん、凄いじゃないか」
「上手にできた?」
「あぁ、凄く上手だぞ」

 半分くらいまでしか嵌められないだろうと思っていたので、最後まで嵌められたことを称賛すると、背後にある俺の顔を覗き込んできた顔が花が咲いたように綻んだ。

「今日はファスナーは先生が上げるな」

 ボタンを嵌めるのに集中力を使い果たしてしまった様子なので、無理矢理上げて股間を挟んでしまわないように俺が上げていく。
 背中を抱き締めてファスナーを上げている自分の姿を想像して浅ましい気持ちを抱かないように、慎重にしながらも手際よく済ませて体を離した。
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