先生、教えて。

オトバタケ

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 洗濯物を持って一階に降りていき、キッチンを覗くと既にテーブルには朝食が並んでいた。

「おはようごさいます。朝食の準備を手伝えなくてすいません」
「先生、ナオくん、おはよう。簡単な物しか作ってないから構わないわよ。朝はナオくんのお世話で大変でしょうから、これからも私が準備するから気にしないでね」
「はい、よろしくお願いします」

 七時過ぎに直人が目覚め、洗顔や着替えなどなんだかんだとやっていたら、もうすぐ八時になろうかという時刻になってしまっていた。
 なるべく家事の手伝いはしたいが全ては無理なので、比較的怪我をした足に負担の少ない料理は夫人に任せてもいいのかもしれない。

「お母さまのサンドイッチおいしいんだよ」

 玉子サンド、野菜サンド、ハムサンドなど、栄養バランスを考えて様々な具を入れてあるサンドイッチの乗ったテーブルを見て、直人が自慢気に俺に告げてくる。
 母親の手料理を食べてここまで大きくなったのだろうな、と思ったら胸の奥の傷がズキリと痛んだ。

「そうか、食べるの楽しみだな。先生はまず洗濯を回してくるから、先に食べてていいぞ」
「先生と一緒に食べる」
「じゃあ、急いで回してくるから待っててくれな」

 国重家に来てから疼くことの多くなった古傷に眉を顰めながら、洗濯機のある一階の浴室を目指して駆ける。
 昨夜回した洗濯物を取り出し、これは直人の尿まみれになった服だ、とあの時の映像と感覚を思い出して甘い痺れが背中を駆け抜け、ブルリと体を震わせてしまう。
 頬を叩き、それ以上の卑しい思いを抱かないように止め、今から洗う分の洗濯物を洗濯機に入れることだけに集中する。
 洗濯機を回し、朝食を前に待てをしている直人の元に急いで戻る。

「先生、お母さまに先生とお勉強して、いっぱいいろんなことができるようになったって教えてあげたの」
「ナオくん、一気にお兄さんになっちゃって、お母様とても嬉しいわ」

 自信いっぱいの直人を見つめる夫人は、嬉しそうだが少し寂しそうだ。
 成長を喜ぶ気持ちと同じだけ、自分の手から離れていってしまう寂しさもあるのだろう。

「お母様も喜んでくれるから、今日も新しいことに挑戦してみような」
「うん、がんばるっ!」
「じゃあ、力を蓄えるためにご飯をいっぱい食べるぞ」
「はいっ!」

 ハムサンドを掴み、ガブリと食らいついた直人。
 俺も負けじと野菜サンドに食らいつくと、そんな二人を夫人が優しい眼差しで眺めていた。
 擽ったいけれど温かな気持ちになれるその眼差しに、俺はこれをずっと求めていたんだなと思い、また古傷がズキリと痛んだ。

 朝食を終え、直人が食洗機に食器を入れる仕事を済ますと、後は夫人に任せて直人と共にキッチンを出た。

「先生、トイレ」
「あぁ、分かった」

 洗濯機があとどれくらいで終わるか確かめにいこうと浴室に向かっていると、直人が眉を下げて伝えてきた。
 トイレは浴室の向かいにあるので、直人の膀胱を刺激しないようにしながらも、なるべく早足でそこに向かう。

 トイレの扉を開けて、便器の前に直人を立たせて急いでズボンと下着を下げてやる。
 危惧していた股間に目を奪われる暇も与えず、直人は素早く便器に座った。
 はぁっと安堵の息を吐きながら放尿を済ませた直人は、うんうんと呻きだした。

「大きいのも出そうか?」
「出る」

 施設でも排泄補助をしているし、失敗してしまった子の糞尿の処理もしているので、抵抗なく直人の排便を見守る。
 ぷーんと漂ってきた便の臭いと、直人の顔がすっきりとした表情になったことで、排便が終わったと知る。

「自分で拭いてみようか」
「はいっ!」

 カラカラとトイレットペーパーを巻き取った直人が、身動ぎしながら前と後ろを拭いていく。

「水も流せそうか?」
「こう?」

 いつも母親がやっているのを覚えているのか、レバーを動かしてちゃんと流すことが出来た。

「やったぁ! ふくのも流すのもできたよ」

 また新しいことが出来て嬉しいのか、万歳でもしそうな勢いで立ち上がった直人がニコニコ顔で俺を見る。

「あぁ、上手だったぞ。じゃあズボンを穿こうな」

 シャツの裾の下からチラチラ見える立派な男の象徴に向かってしまった視線を、慌てて無垢な笑顔の方に向け、先生として褒めて次の課題を与える。
 狭いトイレ内で下着を上げようと頑張る直人だが、膝の辺りで止まってしまい、なかなか上手く上がらないようだ。

「広いところに出てやってみようか」

 廊下に出て手招きすると、コクンと頷いた直人はズボンの絡まった足でよちよち歩きながら廊下に出てきた。

「あっ!」

 前のめりになった直人が、そのままスローモーショでこちらに倒れてきた。
 抱き留めなければと腕を広げたが、俺の力ではウエイトのある直人を支えきれなかった。
 直人に押し倒されるような形で、廊下に倒れてしまう。

「っ……」

 背中を強かに打ち付けて、息が止まる。

「先生、だいじょうぶ?」

 泣き出しそうな顔で俺を見下ろしている直人の不安を取り除けるように、今できる精一杯の微笑みを向けてやる。

「先生、死んじゃいやだぁ!」

 悲痛な叫び声をあげた直人は、痛いくらいに俺を抱き締めてくる。
 力強い締め付けのせいで声が出せないので、大丈夫だと伝えるために直人の背中を擦ってやる。
 何度も擦っていると、直人も落ち着いたのか、俺を抱き締める力が弱まってきた。

「死なないから大丈夫だよ」
「いたいのは?」
「背中がちょっと痛いかな。ナオくんは痛いところはないか?」
「おむねがいたい」
「先生を心配してくれたから胸が痛くなっちゃったんだな。それはナオくんが優しいって印の痛みなんだ。心配してくれてありがとう」

 俺の肩に埋められた直人の顔がコクコクと頷き、さっき俺がしたように背中を擦ってくれる。
 何故だか懐かしい直人の甘い香りと温もりはとても心地好くて、眠りに落ちそうになる。
 ふわふわする意識が途切れそうになった刹那、昨日から直人に触れる度に脳裏に浮かんできた靄の向こうの風景が見えた。

 夜の街の薄汚れた路地裏で、ぼろ雑巾のような俺を包み込む長身のスーツの男――。
 あんな男に包み込まれた記憶は、俺の中にはない。
 あれは、俺の願望なのか?
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