先生、教えて。

オトバタケ

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 俺は、地元では顔の利く地方議員と、その愛人のホステスとの間に産まれた私生児だ。

 俺には、母親に抱きしめられた記憶が数える程しかない。
 母親は議員がうちに訪れた時だけ、貴方の子供は大切に育てているわ、と告げるように母親らしい態度で俺に接した。
 議員と血の繋がった俺がいなければ、議員からの資金援助が受けられないからだ。
 だから、議員がうちを訪れた回数しか抱きしめられたことがないのだ。

 物心ついた頃から、俺は常に独りだった。
 母親と同じ部屋にいても、存在していないかのように扱われていたからだ。

 物心がつく前、自分では何も出来ない時期には母親が世話をしてくれていたのではないかと期待していたが、中学の時に偶々街で会った男によって、その淡い期待は打ち消された。
 俺が赤ん坊の頃に母親の男だったそいつは、大家族の長男で弟妹の面倒をみていて赤ん坊の扱いには慣れていたため、母親の代わりに俺の世話をしていたのだという。
 大きくなったな、と感慨深そうに言った男が続けて放った言葉を聞き、俺は慌てて逃げた。
 そして人影のない路地裏に入って、胃の内容物を吐き出した。

『アイツにそっくりな美人に成長したな。育ててやった礼は体で返してくれるんだよな?』

 吐いても吐いても、爬虫類のような目をぎらつかせて、舌舐めずりをしながら俺を見るそいつの姿と声は消えなかった。

 小学校に入った頃から、母親は俺を空気のような存在として扱わなくなった。
 家政婦として扱うようになったのだ。
 小学生の俺に、家事、炊事、洗濯、全てを任せた。
 議員がいる時しか俺を見てくれなかった母親に頼りにされて嬉しくて、懸命に家事を頑張った。
 どれだけやっても褒めて貰えることはなかったが、いつかは頑張りを認めて貰えるはずだと信じて、毎日手を抜かずに家事を続けた。

 もちろん、勉強も頑張った。
 議員がうちに訪れた時に百点のテストを見せたら褒めてくれ、母親も議員と一緒に笑ってくれたからだ。
 どんなに頑張っても褒めてもらえないと気付いてからも、もしかしたらを信じて家事も勉強も手を抜くことはしなかった。

 母親は俺が居ても関係なく男を連れ込んで事に及んでいた。
 ガキの頃はそれが何か分からなかったが、俺には触れようとしないのに知らない男とはくっついて楽しそうに笑っている母親に、寂しくて仕方なかった。
 小学校高学年になりそれの意味が分かると、一定の周期で変わる相手の男に、貴方だけよ、としなだれかかる母親に苛立ちを覚えた。
 第二次成長期を迎えても、壁の向こうから聞こえてくる淫らな水音にも、肉がぶつかり合う度にあがる嬌声にも吐き気を覚えるだけで、官能は揺さぶられなかった。
 反対に、そういう行為に嫌悪感を覚えた。

 中学三年になり進路を決めることになった時、俺は就職を希望した。
 三年間学年トップの成績を維持してきた俺に、教師達は進学を勧めた。
 勉強を続けたい気持ちもあったが、母親の元から早く独立したいという気持ちの方が勝っていた。
 俺の家庭環境を知り、どれほどの熱意なのか感じ取ってれた担任が他の教師達を説き伏せてくれ、寮のある就職先を探し出してくれた。

 俺と担任の熱意に就職先の社長も快く俺を受け入れてくれると決まった冬、母親が死んだ。
 付き合っていた男と心中したのだ。
 いや、男が付き合っていると思っていただけで、母親はそんなつもりはなかったのかもしれない。
 湖の畔に止めた車内で練炭自殺した二人は、真逆の表情を浮かべていたという。
 愛する女と天に召されることを喜ぶように、穏やかな顔をしていたという男。
 逃げ出さないようにするためか、ロープで手首と足首を縛られていた母親は、苦しそうに顔を歪め、白目を剥き、噛んだ唇から血をしたらせ、般若のような顔をしていたそうだ。
 相手の男の殺人罪が成立しそうなそんな無理心中も、議員によって事故死として処理され、残された俺は議員の元に引き取られることになった。

 議員の家には、妻と三十近い娘がいた。
 愛人風情とは格が違うと見せ付けたいのか、妻は俺に必要以上に親切に優しく接してきた。
 俺を思っての行為ではないということは、微笑みを湛えていても目だけは冷めているのを見てすぐに気付いた。
 俺は、夫に自分の懐の深さを見せつけるための道具に過ぎないのだ。
 心の内では俺を見下しているのに、表面では母のように接してくる妻に、すぐに息が苦しくなった。
 娘のように蛆虫を見るような目で見られ、無視される方がましだ。

 そんな生活も、中学を卒業すれば就職先の寮に入れるのだと思い我慢した。
 しかし、議員は俺の就職先に勝手に断りを入れてしまっていた。
 中学の卒業間近にそれを知らされ、愕然として膝を付いて項垂れてしまった。
 そんな俺に議員は、良家の子息が集まる全寮制の男子校に入学の手続きをしたと告げてきた。
 俺の成績と議員の口利きで、試験は免除で入学が許されたのだという。
 この家から離れられるならと、俺はその高校に入ることを承諾した。
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