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姫子さんと克己を見送り、庭に出たついでに洗濯物を取り込むため物干し台に向かう。
今朝、俺達に美しく花開くところを見せてくれた朝顔は、もう萎れて下を向き土に還る準備を始めている。
朝顔が一日花だとは分かっているが、大切な我が子の命の灯火が消えた様を見るのはやはり胸が痛い。
彼も同じ気持ちなのか、辛そうにその姿を見つめている。
二人の再会を祝うように咲いてくれた我が子は一日だけの命を終えたが、その兄弟が立派に花開いた長子の後を追い次々と開花していくだろう。
見守っているからなと伝えるように、明朝には咲きそうなぷくりと膨らんだ蕾に触れると、彼もそこに指を重ねてきた。
愛しむように二人で我が子を撫で、悔いのないよう咲き誇れ、と心中で語り掛ける。
彼も同じことを考えているのか、優しい眼差しで我が子を見つめている。
あまり撫ですぎて花弁を傷付けてしまわないように指を離し、洗濯物を取り込みに物干し台に移動する。
かつてナオくんがしたように、彼の洗濯物だけを取り込み始めた俺に、照れ臭いのか仏頂面になった彼も俺の洗濯物だけを取り込んでいく。
その表情とは裏腹に、優しい手付きで丁寧に取り込んでいく彼に、胸が温かくなり自然と頬が緩んでいく。
洗濯物を全て取り込み玄関先まで運ぶと、それを畳むために室内に入っていこうとする彼の手を掴んで再び庭へと連れ出す。
屋敷の影が伸びていて幾分か熱さの和らぐ芝の上まで来ると、掴んだ手を肩の高さまであげ、もう一方の手は彼の腰に回す。
春の陽気の中で踊ったダンスを、真夏の空の下で再び彼と踊る。
不機嫌そうに眉を寄せながらも、俺の動きに付いてきてくれる彼。
「ダンスを踊ったのは、君とが初めてなんだ」
再び彼と踊れたことが感慨無量でその事実を噛み締めていたが、伝えなければならないことがあるではないかと口を開く。
「え……こんなに慣れてるのにか?」
「母の脳機能が停止する以前の記憶はあまり残っていないと話しただろ? 数少ないその記憶の中に、父と母が庭でダンスを踊っていたものがあるんだ。とても幸せそうで、俺も愛する人が出来たら両親のようにダンスをしたいと思っていたんだ」
「それって……」
「俺が初めて愛したのは君だということだ」
「ナオ……」
声を詰まらせた彼が、俺の肩に顔を埋めてくる。
小刻みに震える体を抱き寄せ、俺の中で愛し合うこと、そして幸せの象徴であるダンスを、伴侶である彼と踊る。
存分にダンスを堪能し、玄関先に置いた洗濯物を持って二階の寝室に上がっていく。
「君を連れていきたい所があるんだ」
「俺も行って欲しい所がある」
階段を昇りながら告げると、彼が申し訳なさそうに言ってきた。
伴侶の俺に遠慮を見せる彼に少し寂しさを覚えるが、そういうところも誇り高き孤高の獣の彼らしさの一つなのだろうと納得する。
そんな彼が唯一子供のように甘えられる存在になりたいと思いながら、手の中の彼の洗濯物を抱き締める。
部屋に入って彼の洗濯物を畳もうとすると、腕を伸ばして制してきた彼が首を横に振った。
「出掛けるならそれに着替える。シャワーを浴びてきてもいいか?」
「あぁ、では俺は、その間に自分の洗濯物を畳んでおくな」
自分の服を掴み、浴室へと駆けていく彼の後ろ姿を見届けて、共にシャワーを浴びたいと騒ぐ雄の本能を抑えて洗濯物を畳んでいく。
今、彼を求めてしまえば、確実に外出は出来なくなるだろう。
どうしても今日中にあそこへ彼と共に訪れる必要があるので、彼を欲しがる熱が暴れださないように飲み下す。
大人に戻っても彼を求める気持ちは幼児だったナオくんと変わらず、否、ナオくん以上に欲していて、どちらが子供なのか分からないなと自嘲しながら、畳み終わった洗濯物をクローゼットにしまっていく。
浴室から出てきた彼の、まだ少し水気の残る烏の濡れ羽色の髪とほんのり朱の差した顔に、抑え込んだ熱が沸き上がりそうになるが、再び飲み下して出掛けるべく一階に降りていく。
屋敷に隣接する車庫に向かうと、後をついてきている彼が不思議そうな顔をした。
「車で出掛けよう。さぁ、乗ってくれ」
「これベンツか?」
助手席のドアを開けて導くが、彼は車体の正面に付けられたエンブレムを見て目をぱちくりさせて立ち尽くしている。
「そうだが、乗るのが不満か?」
「いや、ベンツなんて初めて乗るから、ちょっと興奮しちまった」
「そうか。俺はこんな鉄の塊より、君に乗る方が何倍も興奮するがな」
「なっ……さっさと出掛けるぞっ!」
熟れたトマトのように真っ赤に顔を染めた彼が、乱暴に助手席に乗り込む。
可愛らしい反応に微笑しながらドアを閉め、俺も運転席に乗り込む。
エンジンを掛け出発させた車が屋敷を囲む林を抜けると、不貞腐れて黙っていた彼が口を開いた。
「お前の目的地に行った後でいいから、駅前に行ってもらっていいか?」
「駅前?」
「あぁ。東口のロッカーに荷物がしまってあるんだ」
「分かった。先に寄っていこう」
駅前ならば、あそこに向かう道すがらだ。
今朝、俺達に美しく花開くところを見せてくれた朝顔は、もう萎れて下を向き土に還る準備を始めている。
朝顔が一日花だとは分かっているが、大切な我が子の命の灯火が消えた様を見るのはやはり胸が痛い。
彼も同じ気持ちなのか、辛そうにその姿を見つめている。
二人の再会を祝うように咲いてくれた我が子は一日だけの命を終えたが、その兄弟が立派に花開いた長子の後を追い次々と開花していくだろう。
見守っているからなと伝えるように、明朝には咲きそうなぷくりと膨らんだ蕾に触れると、彼もそこに指を重ねてきた。
愛しむように二人で我が子を撫で、悔いのないよう咲き誇れ、と心中で語り掛ける。
彼も同じことを考えているのか、優しい眼差しで我が子を見つめている。
あまり撫ですぎて花弁を傷付けてしまわないように指を離し、洗濯物を取り込みに物干し台に移動する。
かつてナオくんがしたように、彼の洗濯物だけを取り込み始めた俺に、照れ臭いのか仏頂面になった彼も俺の洗濯物だけを取り込んでいく。
その表情とは裏腹に、優しい手付きで丁寧に取り込んでいく彼に、胸が温かくなり自然と頬が緩んでいく。
洗濯物を全て取り込み玄関先まで運ぶと、それを畳むために室内に入っていこうとする彼の手を掴んで再び庭へと連れ出す。
屋敷の影が伸びていて幾分か熱さの和らぐ芝の上まで来ると、掴んだ手を肩の高さまであげ、もう一方の手は彼の腰に回す。
春の陽気の中で踊ったダンスを、真夏の空の下で再び彼と踊る。
不機嫌そうに眉を寄せながらも、俺の動きに付いてきてくれる彼。
「ダンスを踊ったのは、君とが初めてなんだ」
再び彼と踊れたことが感慨無量でその事実を噛み締めていたが、伝えなければならないことがあるではないかと口を開く。
「え……こんなに慣れてるのにか?」
「母の脳機能が停止する以前の記憶はあまり残っていないと話しただろ? 数少ないその記憶の中に、父と母が庭でダンスを踊っていたものがあるんだ。とても幸せそうで、俺も愛する人が出来たら両親のようにダンスをしたいと思っていたんだ」
「それって……」
「俺が初めて愛したのは君だということだ」
「ナオ……」
声を詰まらせた彼が、俺の肩に顔を埋めてくる。
小刻みに震える体を抱き寄せ、俺の中で愛し合うこと、そして幸せの象徴であるダンスを、伴侶である彼と踊る。
存分にダンスを堪能し、玄関先に置いた洗濯物を持って二階の寝室に上がっていく。
「君を連れていきたい所があるんだ」
「俺も行って欲しい所がある」
階段を昇りながら告げると、彼が申し訳なさそうに言ってきた。
伴侶の俺に遠慮を見せる彼に少し寂しさを覚えるが、そういうところも誇り高き孤高の獣の彼らしさの一つなのだろうと納得する。
そんな彼が唯一子供のように甘えられる存在になりたいと思いながら、手の中の彼の洗濯物を抱き締める。
部屋に入って彼の洗濯物を畳もうとすると、腕を伸ばして制してきた彼が首を横に振った。
「出掛けるならそれに着替える。シャワーを浴びてきてもいいか?」
「あぁ、では俺は、その間に自分の洗濯物を畳んでおくな」
自分の服を掴み、浴室へと駆けていく彼の後ろ姿を見届けて、共にシャワーを浴びたいと騒ぐ雄の本能を抑えて洗濯物を畳んでいく。
今、彼を求めてしまえば、確実に外出は出来なくなるだろう。
どうしても今日中にあそこへ彼と共に訪れる必要があるので、彼を欲しがる熱が暴れださないように飲み下す。
大人に戻っても彼を求める気持ちは幼児だったナオくんと変わらず、否、ナオくん以上に欲していて、どちらが子供なのか分からないなと自嘲しながら、畳み終わった洗濯物をクローゼットにしまっていく。
浴室から出てきた彼の、まだ少し水気の残る烏の濡れ羽色の髪とほんのり朱の差した顔に、抑え込んだ熱が沸き上がりそうになるが、再び飲み下して出掛けるべく一階に降りていく。
屋敷に隣接する車庫に向かうと、後をついてきている彼が不思議そうな顔をした。
「車で出掛けよう。さぁ、乗ってくれ」
「これベンツか?」
助手席のドアを開けて導くが、彼は車体の正面に付けられたエンブレムを見て目をぱちくりさせて立ち尽くしている。
「そうだが、乗るのが不満か?」
「いや、ベンツなんて初めて乗るから、ちょっと興奮しちまった」
「そうか。俺はこんな鉄の塊より、君に乗る方が何倍も興奮するがな」
「なっ……さっさと出掛けるぞっ!」
熟れたトマトのように真っ赤に顔を染めた彼が、乱暴に助手席に乗り込む。
可愛らしい反応に微笑しながらドアを閉め、俺も運転席に乗り込む。
エンジンを掛け出発させた車が屋敷を囲む林を抜けると、不貞腐れて黙っていた彼が口を開いた。
「お前の目的地に行った後でいいから、駅前に行ってもらっていいか?」
「駅前?」
「あぁ。東口のロッカーに荷物がしまってあるんだ」
「分かった。先に寄っていこう」
駅前ならば、あそこに向かう道すがらだ。
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