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ぐうっと騒がしく鳴る音に瞼を開けると、同じように瞼を開けた彼と目が合った。
「腹減っちまった」
腹を押さえ、ばつが悪そうに俺を見る彼。
あの音は、彼の腹の虫が騒いだ音だったのか。
盛大な腹の叫びに吹き出してしまうと、頬を染めた彼が睨み付けてきた。
「もう二時か。飯にしよう」
ヘッドボードに置かれた時計を見ながらクローゼットに向かい、全裸の彼のためにバスローブを取り出す。
バスローブを持って振り返ると、彼はヘッドボードを凝視していた。
ベッドに乗り、肩にバスローブを掛けてやりながら彼の視線の先を見る。
「これ……」
「君が教えてくれないから一人でやったんだ。どこかおかしかったか?」
ヘッドボードには互いを互いが描いた絵と、四つ葉のクローバーが入った額が飾られている。
彼が描いた俺と、俺が描いた彼に挟まれた、互いに贈りあった四つ葉のクローバーをじっと見つめていた彼の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
「四つ葉のクローバーの花言葉は幸福なんだそうだ。そしてシロツメクサは……私を想って」
彼の頬を両手で包み、俺の方を向かせて甘く囁く。
「シロツメクサの冠を載せるという行為は、私のものになってという意味があるんだ」
かつて、彼の頭に載せたそれの跡を辿るようにキスを落としていく。
耐えきれずに涙を零した彼が、嗚咽をあげ始めた。
「俺が想ってるのは直人だけだ。俺はっ……直人だけのものだっ」
俺にしがみつき、息を乱しながらも必死に伝えてきてくれる彼。
「分かっている。俺も君だけを想っている。俺も先生の、光太郎だけのものだ」
結婚を誓いあった時に何度も交わした、永久に共にいることを誓う神聖なキスを交わし、今度こそ離れ離れにはならないと固く抱き締めあう。
昼食を摂るため、また彼を横抱きに抱えて階段を降りていくと、派手な足音を立ててキッキンから姫子さんが飛び出してきた。
「ナオくん、いつまで寝て……光太郎……くん?」
いつから待っていたのか分からないが、昼を過ぎても寝室に籠っているのを心配していたのだろう姫子さんが、俺の腕の中の彼を見て動きを止めた。
「よかった、見つかったのね」
母がよくしていたのと同じ、聖母のような笑みを浮かべて涙を零す姫子さん。
「こりゃ、一晩中再会を喜びあってたってやつか? 先生を探してたのはお前だけじゃねぇんだから、お楽しみを堪能する前に連絡しろってんだよ」
騒がしい階段下の様子に気付いたのか、キッチンから顔を出した克己が、抑えきれない笑みを仏頂面で必死に隠し、やってられねぇな、と面倒臭そうに頭を掻く。
表現の仕方は違うが、姫子さんも克己も彼の帰宅を喜び、二人が再び結ばれたことを祝ってくれている。
じわじわと温かくなった胸が満たされていくのを感じていると、腕の中の彼が暴れて無理矢理床に降り立った。
「梅田先生、ご迷惑とご心配をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした」
床に付きそうなくらいに頭を下げる彼。
「いいのよ。無事に戻って来てくれたんだもの、それで十分よ」
頬を伝う涙を掌で拭きながら彼に優しく微笑みかけ、その顔を俺にも向けてくれる姫子さん。
「けっ、俺には謝罪はなしかよ。本当失礼な夫夫だな。男同士だから、ちゃんと夫と夫でフウフって呼んでやるオレ様くらいの気遣いを見せろってんだ」
拗ねたように克己が言い、そこにいる全員が吹き出した。
先生と過ごした春の日溜まりのような温かで穏やかな空気が、辺りを包んでいる。
四人揃ってキッチンに入っていくと、俺一人分の食事しかないから、と夕飯用に作っておいてくれたお好み焼きを鼻唄混じりで温め始めた姫子さん。
昼食用に買ってきてくれたカツサンドの載るテーブルに彼と並んで座り、昨日までの俺だったら絶対に受け付けなかった揚げ物を、なんて美味いのだろうと噛み締めながら食べていく。
相当空腹だったのか、食べ盛りの少年のように掻き込んでいく彼に微笑みながら、残りを彼の手前に置いてやる。
申し訳なさそうに目を伏せた彼だが、空腹には敵わなかったのか掃除機のように残りのカツサンドを胃に収めていった。
「ほらよ、オレ様が特別にデコレーションしてやったお好み焼きだ。心して食えよ」
彼が食べ終わるのと同時に、温まったお好み焼きをテーブルに置く克己。
「ちょっ、ざけんなよっ!」
お好み焼きにかけられたマヨネーズを見て、顔を紅潮させた彼が克己に噛み付く。
「事実なんだからいいじゃないか。さぁ、冷めないうちに食べるぞ」
羞恥で潤んだ瞳で克己を睨み付けている彼を宥め、相合い傘の下に、先生、ナオくん、と書き込まれたお好み焼きに箸を付ける。
示し合わせてなどいなかったのに、相手の名前が書かれた方を食べ進めていく俺達に、克己は呆れ顔で大袈裟な溜め息を吐き、姫子さんは嬉しそうに目を細める。
心が満たされて正常に機能し始めた胃も満たされ、ゆったりと食後のお茶を啜っていると、時計を確認した姫子さんが帰りの支度を始め、それに続いて克己も面倒臭そうに動き始めた。
「腹減っちまった」
腹を押さえ、ばつが悪そうに俺を見る彼。
あの音は、彼の腹の虫が騒いだ音だったのか。
盛大な腹の叫びに吹き出してしまうと、頬を染めた彼が睨み付けてきた。
「もう二時か。飯にしよう」
ヘッドボードに置かれた時計を見ながらクローゼットに向かい、全裸の彼のためにバスローブを取り出す。
バスローブを持って振り返ると、彼はヘッドボードを凝視していた。
ベッドに乗り、肩にバスローブを掛けてやりながら彼の視線の先を見る。
「これ……」
「君が教えてくれないから一人でやったんだ。どこかおかしかったか?」
ヘッドボードには互いを互いが描いた絵と、四つ葉のクローバーが入った額が飾られている。
彼が描いた俺と、俺が描いた彼に挟まれた、互いに贈りあった四つ葉のクローバーをじっと見つめていた彼の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
「四つ葉のクローバーの花言葉は幸福なんだそうだ。そしてシロツメクサは……私を想って」
彼の頬を両手で包み、俺の方を向かせて甘く囁く。
「シロツメクサの冠を載せるという行為は、私のものになってという意味があるんだ」
かつて、彼の頭に載せたそれの跡を辿るようにキスを落としていく。
耐えきれずに涙を零した彼が、嗚咽をあげ始めた。
「俺が想ってるのは直人だけだ。俺はっ……直人だけのものだっ」
俺にしがみつき、息を乱しながらも必死に伝えてきてくれる彼。
「分かっている。俺も君だけを想っている。俺も先生の、光太郎だけのものだ」
結婚を誓いあった時に何度も交わした、永久に共にいることを誓う神聖なキスを交わし、今度こそ離れ離れにはならないと固く抱き締めあう。
昼食を摂るため、また彼を横抱きに抱えて階段を降りていくと、派手な足音を立ててキッキンから姫子さんが飛び出してきた。
「ナオくん、いつまで寝て……光太郎……くん?」
いつから待っていたのか分からないが、昼を過ぎても寝室に籠っているのを心配していたのだろう姫子さんが、俺の腕の中の彼を見て動きを止めた。
「よかった、見つかったのね」
母がよくしていたのと同じ、聖母のような笑みを浮かべて涙を零す姫子さん。
「こりゃ、一晩中再会を喜びあってたってやつか? 先生を探してたのはお前だけじゃねぇんだから、お楽しみを堪能する前に連絡しろってんだよ」
騒がしい階段下の様子に気付いたのか、キッチンから顔を出した克己が、抑えきれない笑みを仏頂面で必死に隠し、やってられねぇな、と面倒臭そうに頭を掻く。
表現の仕方は違うが、姫子さんも克己も彼の帰宅を喜び、二人が再び結ばれたことを祝ってくれている。
じわじわと温かくなった胸が満たされていくのを感じていると、腕の中の彼が暴れて無理矢理床に降り立った。
「梅田先生、ご迷惑とご心配をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした」
床に付きそうなくらいに頭を下げる彼。
「いいのよ。無事に戻って来てくれたんだもの、それで十分よ」
頬を伝う涙を掌で拭きながら彼に優しく微笑みかけ、その顔を俺にも向けてくれる姫子さん。
「けっ、俺には謝罪はなしかよ。本当失礼な夫夫だな。男同士だから、ちゃんと夫と夫でフウフって呼んでやるオレ様くらいの気遣いを見せろってんだ」
拗ねたように克己が言い、そこにいる全員が吹き出した。
先生と過ごした春の日溜まりのような温かで穏やかな空気が、辺りを包んでいる。
四人揃ってキッチンに入っていくと、俺一人分の食事しかないから、と夕飯用に作っておいてくれたお好み焼きを鼻唄混じりで温め始めた姫子さん。
昼食用に買ってきてくれたカツサンドの載るテーブルに彼と並んで座り、昨日までの俺だったら絶対に受け付けなかった揚げ物を、なんて美味いのだろうと噛み締めながら食べていく。
相当空腹だったのか、食べ盛りの少年のように掻き込んでいく彼に微笑みながら、残りを彼の手前に置いてやる。
申し訳なさそうに目を伏せた彼だが、空腹には敵わなかったのか掃除機のように残りのカツサンドを胃に収めていった。
「ほらよ、オレ様が特別にデコレーションしてやったお好み焼きだ。心して食えよ」
彼が食べ終わるのと同時に、温まったお好み焼きをテーブルに置く克己。
「ちょっ、ざけんなよっ!」
お好み焼きにかけられたマヨネーズを見て、顔を紅潮させた彼が克己に噛み付く。
「事実なんだからいいじゃないか。さぁ、冷めないうちに食べるぞ」
羞恥で潤んだ瞳で克己を睨み付けている彼を宥め、相合い傘の下に、先生、ナオくん、と書き込まれたお好み焼きに箸を付ける。
示し合わせてなどいなかったのに、相手の名前が書かれた方を食べ進めていく俺達に、克己は呆れ顔で大袈裟な溜め息を吐き、姫子さんは嬉しそうに目を細める。
心が満たされて正常に機能し始めた胃も満たされ、ゆったりと食後のお茶を啜っていると、時計を確認した姫子さんが帰りの支度を始め、それに続いて克己も面倒臭そうに動き始めた。
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