LIFE ~にじいろのうた~

左藤 友大

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第一話 孤独

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真っ暗で何もない世界。空は暗く風は唸り荒れ地に来たかのような枯渇な景色が広がっていた。
目の前は、全く建物の影すら見えなくヒョウヒョウと吹く風はなぜなのかとても寂しく聞こえた。
ぼくは何もない枯渇な景色を見渡しながら裸足で乾いた大地を踏みしめ前へ進む。何かないか見渡しながらもぼくは唸り風だけしか聞こえない不気味で怪しくて、奇妙な世界を歩いた。
誰かいないか声をかけようと思ったが、声をかけてもこんな何もない荒れ地に人がいる訳ないと思い声をかけずただ黙って先へ進む。
まるで、空襲に襲われて跡形もなく消されたような風景に見えて仕方がない。ここで一人歩くのはすごく心細い。
ぼくは唸り風に吹かれながら歩いた。歩いても歩いても同じ景色が見える。まるで、同じ場所を何度も歩き回っているかのような感じだ。もしかすると、ここは世界は同じ場所で何度も何度も歩き回る終わりのない世界かもしれない。
勘弁してくれ。
何度も歩き回るなんてごめんだ。まるで、タイムリープを繰り返しているみたいじゃないか。
早く、こんな薄気味悪い世界を抜け出したい。ぼくはそう思った。
こんな何もない荒れ地を一人で歩くなんてごめんだ。何か、何かここを抜け出す手がかりはないか。
足はそろそろ限界に向かえそうだし体力も尽きそうになる。子供の体力じゃ長続きはしない。
ここを歩いてからどのくらい経ったのだろう。
天が真っ暗で星さえ見えない。
足裏から乾いた地面の感触を感じる。
そろそろ足が重くなってきた。
ぼくは先へ先へ、もっと先へと歩いた。結局、同じ景色ばかりの繰り返しだ。本当にもう疲れちゃう。
足を止め膝に手をつけて俯いた顔を上げた。
その時だ。いつの間にかぼくの目の前先に人影が見えたのだ。ぼくはハッと気づきやっと、やっと人を見つけたと分かると嬉しかった。
この暗くて殺風景な世界を一人で歩いているぼくにしてはとてもラッキーなこと。
ぼくは居ても立っても居られなく疲れて足を止めていた足を動かし乾いた地面を蹴り走った。人影を見つけた時、嬉しさで笑っていたかもしれない。だって、淋しかったんだもの。

もうすぐ、人に会える。そう思って人影の近くまで走った時、ぼくの足は止まった。
ぼくは驚いた顔をして人影の正体を見た。そう。人影の正体は、死んだ両親と兄だった。背を向けていた両親と兄はゆっくりと振り向いた。
目鼻のバランスと顔の形が整っている父親に綺麗な顔をした母親、そしてとても優しそうな顔をしている兄。三人はぼくを見て微笑んでいた。
まさか、この暗闇の世界で死んだはずの家族に会えるとは思わなかったのでぼくは感極まって泣きそうになった。父親とはあまり過ごした記憶はほとんどないが、写真で見た事あり母親はぼくが5歳の頃に戦地へ究明に行ったっきり帰らぬ人となった。そして、歳が離れた兄との思い出は今でも鮮明の憶えている。だって、ぼくは兄が大好きだったから。ぼくは目に涙を浮かべ声をかけようとすると、三人は振り返り何も言わず先へ歩く。
「お父さん!お母さん!兄ちゃん!」
ぼくは叫んで追いかけた。しかし、手は届かなかった。三人はぼくより先に前へ進んで行く。ぼくは走って走って走り続けたが、前進する様子がない。まるで、ランニングマシンで走っているみたいだ。お父さんとお母さん、そして兄ちゃんはぼくを置いて奥へと進み暗闇の中へと消えて行った。
ぼくは消えて行く家族に涙の雫を溢しながら叫んだ。

「兄ちゃん!!!」
ぼくの目の前には上着をしまう木製のキャビネットが立っていた。ベッド上にいるぼくの左側には普段使っている机とタンス、そして本棚。右側にはカーテンがある。カーテンから光が差し込んでいた。タンスの上にはアナログ時計が飾っていて午前6時40分を指していた。
ぼくは夢かと呟いた。そして、目覚めた時からぼくは涙を流していた。夢の中に死んだ家族に会った。夢の中とはいえまるで、実際に会えた感じがして不思議だった。ぼくは頬に涙が伝っていたのを気づき手で拭った。そして、カーテンを開いた。外から見えるのは、一本の木に芝生。空は明るくとても晴れていた。ぼくは一本の木を眺めたままベッドから降りようとはしなかった。あの夢を見て元気は出なかった。いつものことだけど。
家族の夢を見たのは今回だけではない。去年の夏にも兄ちゃん達が出てくる夢も見た。今日見た真っ暗で殺風景で荒れ地しかない世界ではなくあの時は自分が住んでいた家に家族がいて突然姿を消すという悲しい夢だ。
ぼくは、東京に住んでいたのだ。しかし、3年前の夏、兄がもう帰ることができない戦地へ送られた為、ぼく一人だけ母さんの故郷である宮古島に来たのだ。兄が死んだと分かったのは、3年前の10月頃だ。当時、兄の年齢は24歳だった。両親より兄と過ごすのが長かったので、大好きだった兄が死んだと聞いた時は知っていたとはいえ言葉は出なかった。兄が死んで悲しむより逆に恨んでいた。その恨みをぶつけたのは、兄を帰らない戦地へ送った軍人と日本政府だ。最初は日本政府なんて何とも思わなかったが、兄や多くの人の命を失ったことで政府と軍人による敵対心を持つようになる。お父さんを殺したのも政府と軍人だということは、おぼろげながらお母さんに聞いたような気がする。
あの忌々しく愚かな第三次世界大戦が終戦してから早2年。家族がいないこと、大好きだった兄がいないこと、そして、家族と過ごした思い出の住んでいた家はもう無くなったと思った時、ぼくの心にポッカリと穴が空いたような気がした。
ぼくが窓越しから見える木を眺めているとトントンと軽くドアを叩く音が聞こえた。
「こーちゃん。起きてる?朝ご飯できたから降りて来なさい」
おばあちゃんの声だ。ぼくは返事するとおばあちゃんは下へ降りたみたいだ。この2年間、ぼくは祖父母と一緒に暮している。ぼくがいる子の部屋は昔、お母さんが使っていた部屋みたいでぼくの為に準備してくれたのだ。あんまり気乗りしないぼくはベッドから降りタンスから服とズボン、靴下を引っ張り出して半袖のパジャマを脱ぎ捨てた。今日も学校へ行くので時間割表を見てちゃんとランドセルに教科書とノート、宿題が入っているか確認した。確認した後、ランドセルを担ぎ部屋を出て下へ降りた。

食卓には焼いた食パン2枚にドラゴンフルーツジャム、トマトが乗ったサラダに目玉焼きとウィンナーという超シンプルなメニューだ。
ぼくはバターナイフでドラゴンフルーツジャムを食パンに塗ったくり食べた。おばあちゃんは、お茶を啜りながら優しい目で朝食を取っているぼくを見ていた。おじいちゃんは、この時間まだ居間で寝ている。おじいちゃんは海中公園で働いている。もうすぐ80になるのに大したものだ。おばあちゃんは普段、家にいるけど農家の田原さんの手伝いへ行っている時がある。
「今日は農業の手伝いあるの?」
ぼくは訊いた。おばあちゃんは「今日はお休みだから今日一日家にいるよ」と優しく教えてくれた。
「・・・そう」
素っ気ない返事をしぼくは牛乳パックを持って牛乳をコップに入れ飲んだ。そして、朝食を済んだら洗面所へ行き顔を洗い歯磨いた。
鏡にはぼくの塩顔が映り元気なさそうな姿が見える。正直、学校に行くのはなんとなく嫌なのだ。
歯磨いた後、食卓の椅子に掛けていたランドセルを持って「いってきます」とおばあちゃんに言った。おばあちゃんは微笑みながら「いってらっしゃい」とぼくを見送った。
外に出ると晴れているのか6月だというのにカラッとしていた。まったくジメジメとした湿気もなくとても過ごしやすい。
過ごしやすいのにぼくの心はちょっと重い。あの夢を見たせいかもしれない。
まずぼくは、学校へ行くのに使うバス停へ向かった。与那覇バス停から洲鎌バス停まで行き降りて歩かなければならない。
この町はほとんど車が通らなく緑があってとても静かなところだ。昔住んでいた東京都はだいぶ違う。最初、初めてこの町に来た時は静かすぎてなかなか落ち着かなかったが、今はすっかり慣れてきた。そして、住宅の至る所にコンクリート塀がある。朝の町は玄関前で掃き掃除しているおばあさんもいれば、犬を連れて散歩している老人に仕事場へ向かう大人達の姿も見える。普通で在り来たりないつもの日常だ。
ぼくは黙々とバス停へ向かった。
与那覇バス停の看板を見つけたぼくはそこで足を止め時刻表を眺めた。あと10分でバスが来る。与那覇バス停の周りには鉄格子の窓がある小さな建物と伸びた枯れ草がある。ここからバスに乗る人は少なく大抵、ぼく一人の場合もある。でも、ちょうどぼくより先に付いていた腰を曲げた白髪一色のお婆さんがウォーキングキャリーと杖を持ってバスが来るのを待っていた。
10分後、バスが着た。バスのスライドドアが開くとお婆さんは杖を使って段差に上がりその後、ウォーキングキャリーを持ち上げた。ぼくはお婆さんがバス賃を払い終わるまで後ろで待った。お婆さんが座席の方へ向かうとぼくはバスに乗り運転手さんの近くにあるICカードのパネルに通学定期乗車券をタッチした。ぼくの通学定期は3ヶ月間だけ使える。なので、定期切れはちょうど、明日になるのでまたおばあちゃんかおじいちゃんにお願いして新しい通学定期を買ってもらわくなちゃいけない。
乗り込んだぼくは一番後ろの広い座席に座り背負っていたランドセルを抱えた。バスのスライドドアは閉じ出発した。
バスの乗客席は空いていて乗っている人はほとんどしかいない。ぼくはバスに揺られながらスマホを眺めていた。スマホ画面に映っているのは今朝のニュース記事だ。ニュース記事にはこう書かれている。

『松部総理大臣に対する遺族への怒り』

第三次世界大戦で多くの人を戦場へ送った人だ。そして、ぼくの父を処刑した張本人だと亡き母から聞いたことがある。松部総理大臣は、戦場で亡くなった人達の遺族に哀悼の意を表したが、戦争反対で処刑された無実な人達の遺族に対し仕方がないことだと言い表したことで彼に殺された遺族達は侮辱され責任取って大臣の座から降りろなどたくさんの怒りを松部総理大臣にぶつけた。そして、第三次世界大戦にならぬよう和解を求める者がたくさんいたのにそれに応えなかったことで不信感を抱く人も多い。終戦後、SNSでは反対だった戦争を無理矢理参加した松部総理大臣に対する引退宣言を求める声が多かった。でも、時代の流れに連れほとんどの人は松部総理大臣への怒りは少しずつ薄れてきている。
彼が公言した『今後、このような悲しみを起こさないよう全身全霊国民の皆様の為に力を注ぎ今生きる子供達の未来の為にもこの国を、この日本を元の豊かさと平和を取り戻し国民の皆様の命と今までの責任を背負い守っていきます。そして、戦場で亡くなられた遺族の皆様に哀悼の意を込めて申しあげます』と記者達の前で総理大臣だけではなく政府関連のお偉いさん達が土下座したのだ。
国民達は、松部総理大臣を信じようと思った人もいる半分、信じないうえ許せないと納得がいかない人もいる。そのうえ、彼らに処刑された人達の遺族は『戦場で亡くなった人達の遺族だけ追悼の言葉をかけたとはいえ、処刑された人達の遺族には謝罪すらしない』という納得いかない声が上がっている。松部総理大臣は戦争を反対していた人達に『大変申し訳なく思っている。しかし、日本も戦わなければ他国に支配され日本は滅んでいた。仕方がなかったのだ』。この言葉に今でも彼の大臣引退を申し出る人が多い。もしかすると、テロになる可能性があるので今、松部総理大臣率いる日本政府は処刑された人達の遺族にどう対応するか話をしている。
ぼくは、父を殺し母と兄を戦場へ送り亡き者にした政府と軍人が憎い。でも、憎いからって復讐する気もない。ここ宮古島には元軍人の人もいるのでぼくは彼らを敵対視をしている。そうするしか他にはなかったのだ。
ぼくはスマホから目を離し場どの外から見える景色を眺めた。緑の草木に多くの家や店の建物が見えるだけ。バスに揺られながらぼくは一人静かに洲鎌に着くまで座っていた。

洲鎌バス停に着いたぼくはバスを降りていつも通っている道を歩いた。
横断程を曲がって真っ直ぐ進むと建物は無い草木と畑しかない道がある。ぼくはその道を通って学校へ行っている。でも、建物がないとはいえぼくと同じ学校に通う学生達がたくさん通るので淋しくもない。同じ学校に登校する子達や中学校に通うお兄さんお姉さんがいてぼくみたいに一人で歩く子もいれば友達と一緒に歩いている子もいる。友達と歩いている子はとても楽しそうに話をしたりふざけ合ったり走ったり兄弟姉妹揃って登校している。
でも、ぼくは友達がいて楽しそうな子達を見てもちっとも羨ましくなかった。東京の学校で仲良くしていた友達はほとんどいたけど、ここ宮古島に来て新しい学校に通い始めてからは友達はいない。いや、自分から作っていないといえばいいのか?
やっぱり、兄の死がショックで誰も友達と馴染めないみたい。そのうえ、音楽と歌も嫌いになった。ぼくが今の学校に通い始めたのは、3年前だ。ぼくはかなりの人見知りというか、自分で言うのは難しいが初めて来る場所は苦手なのだ。東京にいた頃は、おじいちゃんとおばあちゃんとは電話やリモートで話すぐらいしかなく実際に会うのはなかった。初めて祖父母に会ったのは、ぼくが兄ちゃんに連れられて生まれて初めて宮古島に来た時だ。おじいちゃんとおばあちゃんはリモートで顔を知っているし何度か話しているから平気だったが、違う学校に通う事になった時は、いつも通っていた東京の学校とは違ってあんまり知らない人がたくさんいて緊張もした。でも、なかなか馴染めなくてずっと一人だった。
今も変わらず一人だ。でも、一人で寂しいと思ったことはない。

ぼくが通っている学校は大きい。屋根は屋根は薄いクリーム色、壁は白で塗られていて校庭は広場となっていて芝生もある。
初めて来た時は東京の小学校とは少し違う光景で驚いたもんだ。ここは、開放感があってとても過ごしやすい。
玄関口に入りぼくは自分がいるクラスの下駄箱に来て上履きに履き替えた。ぼくが入っているクラスは5年2組だ。
5年2組の下駄箱を見るともう学校に来ている子達の靴がほとんど入っている。
ぼくは上履きに履き替えた後、騒ぐ子達の中で自分の教室へ向かい階段に上った。

教室の引き戸は開いていた。ぼくはそのまま教室に入り自分の席へ向かった。みんなは、ぼくのことを気づいていない、いや、無視しているかのように友達と話したり一人で好きなことをしている。気のせいかもしれないが、誰かがぼくを見て笑っているような声が聞こえた。
ぼくは自分の机を見つけると足を止めた。机上に落書きが描かれていた。しかも、ピンクと白のチョークで。不格好なぼくらしき顔がギャグマンガみたいに描かれた絵に背景のつもりなのかぐちゃぐちゃに机を塗りつぶしていた。
完全な嫌がらせだ。でも、ぼくは気にもしなかった。ぼくはランドセルを背負いながらハンガーに掛かった雑巾を手に取り水道へ行って濡らした。濡らした雑巾でチョークで描かれたしょうもない絵を消した。ぼくの机が落書きされたことも気づいていないかのようにクラスのみんなは誰一人ぼくに声をかけなかった。でも、これは当たり前のことなのでもう慣れている。
雑巾で机を拭く終えると水道で汚れた雑巾を洗い絞ってハンガーに掛けた。ぼくは綺麗になった机の上にランドセルを置き中身を取り出して引き出しの中に移した。すると、後ろから聞きなれた声が聞こえた。
「よ~っ。ユーレイくん」
ぼくは振り替えず教科書やノートを引き出しに移す。ぼくに話しかけてきたのは田内という坊主刈りで小太りの男の子だ。田内の隣にはヒョロッとした体を持つ水上とずる賢そうな顔をしている小佐田がいる。田内はぼくのクラスのガキ大将みたいな奴だ。この現代にガキ大将がいるなんてさすがに時代遅れだ。この三人はよくぼくにちょっかい出したりいたずらしていじめてくる。そして、ぼくのあだ名はユーレイくん。塩顔で暗くて影が薄いからそう名付けたらしい。名付けたのはうるさい田内だ。
田内はぼくの肩を組んで顔を近づかせてきた。
「お前、せっかく描いてやった絵を消したんだよ?大傑作だったのによ~」
絡んでくる田内にぼくは目障りだと思った。せっかく一人の時間を過ごそうと思ったのに。それに、顔を見なくても声で分かる。こいつは、ぼくをからかうのを楽しんでいる。
すると、「描いたのはおれなんだけどな」と水上が言った。
田内は鬱陶しいほどぼくに絡み続ける。しつこいなと思いながらぼくは田内を無視しながらランドセルを机の横に付いているフックに掛け机に置いた本を手に取って開いた。すると、田内はぼくにこう投げかけてきた。
「おれ達がせっかく描いた絵を消した罰だ。みんなの前で犬座りしてワンワンって言え。そしたら次はチンチンしろ」
田内はおもしろがりながら僕に恥をかかそうとする。
「ぼく、田内くんのペットで~す。キラーンって入れるのもいいんじゃない?」
小佐田が付け足すとクラスのみんなはクスクスと身を潜めながら笑った。でも、僕は奴らの言うことは全て無視している。こんなバカな奴らと付き合うアホじゃない。こんな奴らの言うことを聞く必要はない。それに、嫌がらせやからかわれるのはもう慣れっこだ。
こいつらがぼくをどう思っているのかは知ったことはない。ぼくはそのまま本を読み続けると田内が僕の本を取り上げた。
「おい。無視すんじゃねぇよ」
田内は少し重みがある声でぼくに言った。すると、水上と小佐田が僕の腕を掴んで無理矢理立たせた。クラスのみんなは僕が犬のマネをするのを期待して待っている。みんなもぼくのことを影が薄い奴だって小馬鹿にしている。
すると、田内が皮肉な声で突然言い出した。
「それとも、お兄ちゃんが恋しいの?ママとパパに恋しいのか?」
それを聞いてぼくは一瞬、強張った。今朝見た家族の夢が頭の中に出てくる。
「パパ~ママ~。会いたいよ~。兄ちゃ~ん。会いたいよ~。会いたいよ~」
田内が甲高い声で大げさなでわざとらしい態度を取ってふざけはじめた。「会いたいよ~」という言葉を連続で言いながら体を大きく激しく動かしふざけている田内を見てノリに乗って水上と小佐田も「パパ~ママ~兄ちゃ~ん」と笑いながらぼくをからかう。
クラスのみんなもクスクスと笑い出した。ぼくはともかく、死んだ家族を使って笑い者のタネに使うなんて許せなかった。俯いたままぼくは強く拳を握り締めた。こいつらはいつも、ぼくに邪魔ばかりしてせっかく一人で過ごせる時間を台無しにする。
あまりにも我慢できなくふざけてみんなを笑わす田内を睨んだ。
「・・・・・・鬱陶しいんだよ」
ぼくの呟きに田内は振り向いた。
「あ?」
「・・・・・鬱陶しいし目障りなんだよ。お前ら存在そのものが」
ぼくは怒りを込み上げながら落ち着いた声で言い放った。
こいつらは害虫。ぼくはその害虫を黙らせる。
田内はさっきまで肌色だった顔を赤くし声を上げ鋭く睨んだ。
「んだと・・・・?どの口言っていやがる!」
声を上げると田内はぼくの胸倉を掴み上げた。でも、ぼくは決して怯まなかった。そして、我慢ができなかったのだ。ぼくのことはいくらでもバカにしてもいい。だが、死んだ家族を侮辱させられるのはどうしても許せなかったのだ。田内が声を上げた後、教室は沈黙し笑う声さえ聞こえなかった。誰もぼくの味方になってくれる人はいない。
すると、廊下の方から男の人の怒鳴り声が聞こえた。
「こらーっ!田内、また乱暴しているのか!?」
担任の福原先生だ。40代後半ぐらいの先生で普段はとても優しいが怒らせるとすごく怖い。
もうそろそろ朝のホームルームの時間なので先生が来たのだ。田内はすぐぼくの胸倉を離しビビりながら何もなかったかのように首を振った。
「し、してません!してません!こいつが─」
しかし、福原先生は「問答無用!」と突きつけた。
「それとお前、昨日は低学年の子をいじめたそうだな?昼休み、職員室に来い!」
今のも加え低学年をいじめたとか悪さマシマシだなと僕は思い福原先生が席につくよう呼びかけぼく達は席についた。

授業中、クラスは静かに先生の話を聞きながら教科書を読んでいる。
社会の授業で先生の話を聞きながらぼくは窓から見える景色を見た。見えるのは、草木と畑だけで何もない。だが、緑色に染まる草はまるで絨毯みたいで良い色をしている。浮かない顔で窓から見える草木を見てあの夢を思い出した。去年に続きまた死んだ家族の夢を見るなんてどうしてだろうと思った。もしかして、今のぼくが心配で夢に出てきたのかな。兄が死んだあの日からぼくは音楽と歌を耳にすると死んだ兄ちゃんと一緒に歌を歌ったりした記憶が自然に蘇る。お母さんが生きていた頃も一緒に歌っていた。でも、音楽や歌を聞くと兄と両親の死に繋がる辛い過去を思い出しますます自分が惨めになるからおじいちゃんとおばあちゃんには本当に申し訳ないけどぼくがいない時に歌番組を観るようお願いしている。そもそも死んだお父さんが音楽が好きでその影響で兄ちゃんも音楽好きになったと聞いたことがる。ぼくだって元々は音楽や歌が好きで人前で歌うのは苦手だったが、よく兄ちゃんと二人で合唱したものだ。
でも、今はもうすっかり音楽嫌いになって変わり果てた。ぼくはずっと最後の家族だった兄がいなくなり泣いたりもしていた。もう一度、お母さんやお父さん、そして兄ちゃんに会いたいって心底思ってもいた。
もしかすると、ぼくは家族に会いたいっていう強い想いを持っていたことで去年に続き今回の夢に出てきたのかもしれない。
空はとても晴れているのにぼくの心は曇ったままで晴れない。

昼休み─
給食を終えみんなが自由に遊んでいる時、ぼくは一人読みかけの本を読んでいる。
朝みたいにあの三人組が絡んで来る様子はなくやっと至福の時が来たと思うと安堵した。また、あいつらに絡まれでもしたらせっかくの昼休みが台無しになる。窓は開いていてかすかに風が吹いてくるので気持ちがいい。
すると、風の流れに乗ってきたのか黄色い声が聞こえてきた。ぼくは窓の外を見た。
校庭に多くの女子が集まってる。集まっている女子には6対6で別れている男子の姿が見え校庭にサッカーゴールが見える。
男子達がサッカーの試合をやっているのだ。そして、女子達が黄色い声を出している理由は分かる。
女子達が黄色い声を送っているのは5年4組の邑上 爽馬(おうがみ そうま)だ。邑上くんは背が高くイケメンでルックスがよく人柄がとても良いので女子達だけではなく男子にも人気がある。ぼくとは全く正反対だ。昨年まではで全国サッカー大会小学部門はなかったが、今年の8月に約8年ぶりに全国大会が開催される。8年は本当に長かった。8年間も戦争があったからおそらく、世界の人口はかなり減ったんじゃないかとぼくは思った。これはあくまで噂で聞いたのだが、邑上くんは将来サッカーの日本代表選手になるが夢らしい。
ぼくは、夢なんて持っていない。そもそも、夢ってどうやって見つければいい?

放課後、ぼくは悪ガキ三人組の田内達に呼び止められ誰もいない校舎裏に連れていかれた。
田内はぼくに先生からこっぴどく怒られたことで文句を言われた。
「お前のせいで先生に怒られたんだぞ!」
そんなの知るか。もとはと言えばお前らがぼくの家族を使ってバカにしたのが悪いんじゃないか。
「罰として腹パンの刑に処す!」
そう言うと水上と小佐田がぼくの腕を押さえ田内は指の骨を鳴らし拳を握りしめた。

校舎裏で田内から受けた腹パンの痛みに耐えながらお腹を抱えて倒れた。しばらくして痛みが引いてきたらゆっくりと体を起こし校舎裏を出た。空は茜色に染まりぼくはお腹を擦りながら校庭を歩いた。
あいつ、手加減なしにやりやがって。
ぼくはそう思いながら歩いていると後ろから楽しそうな声が聞こえた。振り向くと後ろにはさっき、昼休みで見かけた邑上くんがいた。
邑上くんの周りには男子四人がいる。サッカークラブの練習が終わって今、学校を出たのだ。
すると、チラリと邑上くんがこちらに視線が届いた。ぼくはふいっと振り返り歩こうとした時、邑上くんがぼくを呼んだ。
「羽藤くん」
ぼくは無視して歩こうとしたが、彼に呼ばれてしまい足を止めたまま動かなかった。
邑上くんはとても明るい声でぼくに訊ねる。
「今、帰りなの?珍しいね」
「うん・・・」
ぼくはゆっくりと振り向き邑上くんの顔を見た。彼の笑顔はまるで太陽のように明るかった。クラブで疲れているだろうにそんな様子を全く見せない。すると、邑上くんは何かに気がついたのかぼくに訊ねる。
「お腹、どうかしたのか?」
ぼくは自分のお腹を擦っていた手を下ろした。
「いや。なんでもない」
さっき、田内に腹パンされたことを黙っていたぼくは「じゃあ・・・」と振り返り歩こうとした。
すると─
「待って」
邑上くんに呼び止められた。ぼくはまた歩こうとした足を止めてしまった。
「田内の奴にやられたのか?」
知っているも無理はない。ぼくが田内達にいじめられていること彼は知っているから。でも、ぼくはうんと頷かず振り向いて「何でもない」と言い残し歩こうとした。そしたら、また邑上くんがぼくを呼び止める。
「羽藤くん。おれ達と一緒に帰らないか?」
邑上くんは根暗なぼくを誘ってくれた。これまでも去年の頃から何度か誘われたが全て断ってきた。それに、ぼくは邑上くんとは違って明るくもないし友達もいないしイケメンでもないし人柄も良くない。こんなぼくと一緒にいたら他の友達に申し訳ない。だから、ぼくはずっと断り続けている。彼は優しい人だということは分かるが、ぼくのせいで邑上くんの雰囲気を壊したくないのだ。
「ありがと。でも、遠慮しておく。早くしないとバスの時間に間に合わなくなるから」
そう言ってぼくは「じゃあね」と素朴な声で伝え走った。
ずっと断り続ているぼくを見て邑上くんはどう思っているんだろう。
でも、これは邑上くんの為に断っているのだ。ぼくの判断は正しいと自分に言い聞かせながらバス停へ走る。
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