LIFE ~にじいろのうた~

左藤 友大

文字の大きさ
11 / 11

第十話 Media・Interview

しおりを挟む
オリジナルソング「太陽」がEHR(アース)にてプレミアム公開してから半日が経った。たった半日で再生回数が2万突破した。
プレミアム公開の時の視聴回数はとてもすごかったが、今回の再生回数もすごい。ネットやSNSでは、NIJI(ぼく)が最初にして初めてのオリジナルソングを公開した事で話題を呼びTwitterのトレンド2位にもなった。

日本人:女性15歳《NIJIのオリソン最高!もっともっと聴きたい!》

アメリカ人:男性31歳《Shinme is doing a good job. It complements NIJI properly(神馬、いい働きをしてる。ちゃんとNIJIを引き立たせている)》

ロシア人:女性22歳《Это как послание людям, которые далеко, и эта песня заставляет вас чувствовать себя хорошо.(まるで、遠くに離れている人へのメッセージみたいで元気が出る曲だね)》

スペイン人:男性11歳《Perdí a mi familia en la guerra. Escuchar esta canción me recuerda a mi familia muerta. Al principio, estaba deprimido y quería conocer a mi familia, pero escuchar la canción de NIJI me hizo sentir mejor. Viviré tan firmemente como esta canción. NIJI, gracias por la maravillosa canción.(ぼく、戦争で家族を失いました。この歌を聴くと死んだ家族を思い出します。最初は落ち込んで家族に会いたいという気持ちがありましたが、NIJIの歌を聴いて元気が出ました。ぼくもこの歌のようにしっかりと生きようと思います。NIJI、素敵な歌をありがとう)》

オリジナルソングについてのいろんな感想がMVのコメント欄にたくさん埋め尽くされていた。でも、ぼくはこれで終わりとは思わない。
神馬くんに言われたとおり、ぼくはEHR(アース)を初めてデビューしてからまだ一ヵ月。まだたくさん学ばなくちゃいけない事もあるしいろんな人にぼくの音楽を知ってもらう必要がある。カバーソングだけじゃなく、ちゃんとぼくのオリジナルソングをみんなに聴かせてあげたい。
学校はもう夏休みに入っていてぼくは、神馬くんと一緒にガジュマルの木がある広場に来ていた。広場にはたくさんの子供や親子連れがいて賑わっている。広場には4両のキッチンカーが来ていた。暑い日差しにも構わず子供達は遊びガジュマルの木陰でシートを引き寛いでいる人もみかける。ぼくと神馬くんは広場のウッドテーブルでキッチンカーで買った冷たくいかき氷を食べていた。神馬くんは一度だけ、ぼくのオリジナルソングのMVを撮る時にこの広場に来ている。もしかすると、広場にいる人達はぼくのMVを観た事で来たのかもしれない。場所は世間に公表してはいないが、近くに住んでいる人ならばどこなのか分かる。
「見ろよ。これ」
神馬くんがぼくにスマホを見せた。
スマホに映っていたのは、ペニーズのインタビュー動画だ。
前回は、ぼくの事を認めていないかボロクソに言っていたペニーズだが今回は
〈ええ。新曲聴きましたよ。まあ、よかったちゃあ、よかったけどまだまだね。今まではカバーソングが多かったけど、オリジナルソングになるとなんか、まあまあの出来でそんなにすごいというわけでもありませんでした。でも、まあ頑張って歌詞を作ったつもりだろうけどまだまだツメが甘いですね。それに、中にはボイスチェンジャー疑惑を抱いている人もちらほら見かけますし〉
〈楽曲を担当した藤目神馬さんはどう思いますか?〉
〈なかなかの出来ね。でも、NIJIに楽曲を提供するとは思いもしませんでしたが、うちと比べればいまいちだったわね。あたし、あまり藤目神馬の曲は知らないけどちょっと自己主張しすぎる気がするのよね。まるで、自分の存在感をアピールしているみたいな?まあ、地道にやっていけば何とかなるでしょ〉
彼女のコメントは相変わらずの嫌味だ。しかし、ぼくはあまり気にしていなかった。自分の評価よりも好きに歌える事の方が一番大事だと思っているから。ぼくだってペニーズの名前は知ってても曲は聞いた事ないし何がすごいのかいまいち分からない。評価だけが全て正しいとはぼくは思えない。
しかし、神馬くんは彼女のコメントに納得していないみたいだ。
神馬くんは眉間に皺を寄せ不自然そうな顔をしていた。そして、ぼくの前で文句を言いだし始めた。
「なんかおれをバカにしているかのようにしか聞こえないけど、どう思う?」
ぼくはスプーンを銜(くわ)えたまま
「してるっぽいね」
「だろ?」
神馬くんはふんと鼻を鳴らした。
「嫌味を言う奴は自分を過信しすぎているバカの証拠だ。大胆不敵になればなるほど、自分の醜さが増して赤っ恥をかくだけだ」
「でも、リスナーの中には彼女の言う事は正論だと思っている人がいるよ」
「そんなのただ好き勝手に嫉妬しながら彼女の言う事は正しいと思い込んで満足しているくっだらない奴がやることだ。そんな奴、どこにでもいるし相手してもきりがないからな。そんな奴はスルーだスルー。他人の才能を羨んでいる奴はしょせん、心が狭い根暗野郎がやることだ」
神馬くんは話を続けた。
「ああいう批判な態度を取る奴は迷惑千万なんだよな。まあ、初めて会った頃の虹くんは自信なくて自分を否定する弱虫なところはあったし正直、ちょっと情けないなって思ったよ。でも、今はすごい変わったよ。EHR(アース)を初めてまだあまちゃんなのに何千万人のフォロワーが出たり歌がヒットしたりしてきみを誘ったかいがあったよ。もし、おれと会っていなかったら今頃、きみはウジウジしながら一生、暗い人生歩んでいたかもしれないね─」
彼の言葉にぼくはかき氷を穿(ほじく)りながら言った。
「きみって意外に毒舌なんだね。初めてNIJIがすごくバズった時、批判する人にクソ野郎とか晒し者にするとか言ってたし。それに、余計な一言が多いし。いつもそうなの?」
ぼくの言葉に神馬くんは眉間を寄せ否定した。
「失敬な。普段は穏健派で通っていて他人を叩くようなひどい男じゃないぞ。」
「きみが穏健派だなんて初めて聞いたぞ。それに遠慮なくズバズバと思った事や余計な一言をしっかりと口に出しているじゃないか」
「心外だ。おれはそんなひどい事をしないと思うんだけどな」
神馬くんは、あまり批判する人に対しての毒舌と余計な一言が多いという自覚は全くないみたいだ。自分は気づかなくても聞いている方だとはっきりと聞こえるのだ。平気でぼくをディスったくせに、それすら全く気付いていない・・・いや、気にしていないだけか。でも、このままにしているといずれ、神馬君の周りが敵だらけになるやもしれん。
ぼくは軽く注意した。
「神馬くん。毒舌はいいとして、これからは余計な一言をなるべく控えた方がいいと思うよ。下手すれば敵増えるよ」
神馬くんはかき氷を食べながら、はいはいと軽い返事をした。
この人、ちゃんと分かっているのかなと思いもしたが、余計にまた注意したら年下のくせにと嫌な目で見られるかもしれないので言わない事にした。
かき氷は夏の暑さに耐えられなかったのか半分だけ氷が溶けて色のついた氷水になった。

夕方頃、神馬くんと別れ自宅に着くと玄関に一人のおばあさんがいた。
玄関の段差に座っている小太りのおばあさんは帰ってきたぼくに気づいた。
「あら。こーちゃん。こんにちは」
ぼくは軽く会釈する。
「こんにちは」
この小太りおばあさんの名前は確か、島さんだったはず。
おばあちゃんの三味線仲間で一緒に宮古島民謡を歌っている。ぼくはあまり詳しくないが、うちに来る度に顔だけは憶えている。どうやら、島さんはおばあちゃんと話をしていたらしい。
「そうだ。さっちゃん。今度の演奏練習、こーちゃん連れてきたら?」
さっちゃん。おばあちゃんのニックネームだ。おばあちゃんの名前が早苗だから島さんを含め三味線仲間からさっちゃんと呼ばれているのだ。
それを聞いたおばあちゃんは
「そうね。こーちゃんどう?」
三味線の演奏。しかも、宮古島民謡かと思いぼくは考えた。思い返してみれば、あまり宮古島民謡を知らないし聞いた事もない。でも、民謡だから興味があるとは言えない。だって、民謡なんてジジくさいイメージが強いんだもの。
「さっちゃんから聞いたわよ。音楽聞けるようになったんでしょ?ならせっかくだし、聞きにおいで。こーちゃんが来てくれたらみんな喜ぶわ」
島さんはくしゃくしゃの笑顔でこちらを見てくる。ぼくは正直、島さんはちょっと苦手だ。なんというか、ちょっと強引なところがあるから。
「島さんが誘ってくれているから、こーちゃんも一緒に行きましょ」
おばあちゃんが後を押すかのように勧めてくる。
今までのぼくは音楽嫌いだということで知られてはいたけど、最近は音楽が聴けるようになったうえ、歌ったりもしているから嫌いではなくなった。
せっかくだし、もしかすると新曲のアイデアまたは歌いたいカバーソングを見つけられるチャンスがあるかもしれない。そう思った。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
承諾した。島さんは嬉しそうに
「それじゃあ明日、公民館でね」
そう言い島さんは体を起こし立ち上がった。
「それじゃあ、あたしはこれにて失礼するよ。さっちゃん。明日、公民館でね」
「ええ」
島さんはぼくに「じゃあね」と一言挨拶をして自分の家へ帰った。

風呂上がりのパジャマ姿をしたぼくは部屋のベッドに寝っ転がりながらYouTubeを観ていた。観ているのは、NIJI(ぼく)が歌った新曲PVだ。歌詞はうまく書けているかあまり自信はなかったけど、改めて聞くとまあまあの出来かなと認めている自分がいる。でも、歌っているぼくより神馬くんの方がすごい。ぼくがイメージした楽曲どおり、ちゃんと仕上がっている。FIREBALLの楽曲作りで忙しいはずなのにぼくが求めている楽曲を実現させるなんてすごいなと思った。
彼はプロのミュージシャンになるのが夢だって言っていたから、この楽曲なら間違いなくミュージシャンになれるんじゃないかと思った。こんなに、明るくリズムとテンポが合うこの曲に相応しい音楽を作ってくれた神馬くんに感謝しかない。誰かが彼の才能を否定しいてもぼくは神馬くんの才能を認めている。彼は〝天才〟だ。ぼくより音楽に優れている天才者だ。
それに比べ、ぼくはまだまだだ。アマチュアと言っていもいいぐらいだろう。でも、まだアマチュアだと思っているぼくが神馬くんより先に有名人になってしまった。あの時、ぼくの歌が世界中から称賛の声が上がりNIJI(ぼく)の存在が広がった時、神馬くんは有名人になったぼくを見てどう思っていたのか気になってはいた。もしかすると、妬んでいるんじゃないのか、EHR(アース)を紹介した自分より先駆けて有名人になるなんてずるいと思われていないか。正直、気にしていた。でも、電話をした時、彼は全く不満な声を出さずむしろ、喜んでいた。友達が有名人になって嬉しかったのだろう。でも、逆の考えをしてみると外見は嬉しそうに見えたけど内面はとても悔しくて恨んでいるんじゃないかって思いもした。感情を隠すのを得意とする人がいるなら話は別だ。でも、神馬くんはぼくの事を恨んでも妬んでもいないみたいだし、ぼくの歌唱力を称賛し協力もしてくれている。ちょっと口悪いところや思った事をズバッと言う悪い癖はあるけどとても頼もしい人なので信頼もしている。NIJIが誕生したきっかけを作ったのも神馬くんだと言ってもいいぐらいだ。
MVの映像と共にNIJI(ぼく)の歌声と神馬くんの楽曲が耳に流れてくる。
歌い終わり画面が暗くなった時、一通のメッセージが届いた。
DMを開いてみると朝のニュース番組からのメッセージが着ていたのだ。そのニュース番組は、毎週朝の6時半に日テレで放送している人気番組だ。
内容を読むと、来週の火曜日に放送するエンタメコーナー「SHOW TIMES」に出てほしいのでインタビューさせてほしいとのお願いだ。すると、また新しいメッセージの通知が着た。次は沖縄テレビ、テレ朝、TBSのニュースとドキュメンタリー番組からのインタビュー依頼だ。すごい番組からメッセージが着たのでぼくは驚愕し口を開けたままスマホ画面を見つめた。

「受けた方がいいぜ。こんなチャンス、二度と無いかもしれないんだぜ?」
神馬くんは即答した。
公民館の中は、少々狭いけどそんなに窮屈な部屋ではない。
公民館の部屋の中は三味線の音色が響いている。おばあちゃん達が宮古島民謡を歌いながら演奏しているのだ。ぼくは昨日、島さんに誘われたので神馬くんを連れて宮古島民謡の練習をしているところを見学していた。どうやら、来月やる夏祭りで披露するらしい。
ぼくは昨夜、ニュース番組やドキュメンタリー番組からインタビュー依頼が着た事を神馬くんに話した。
神馬くんは受けた方がいいと言ってくれたが、ぼくはその反対を言った。
「でも、ぼくがこうして歌えるようになったのは、神馬くんがEHR(アース)を誘ってくれたおかげなんだよ?神馬くんが受けるべきだよ。一応、NIJIのプロデューサーだし」
しかし、神馬くんは断った。
「いや。おれはNIJIのサポートをしているまで。インタビューに答えるなんてまだ早いよ」
断っているように見えるが、謙遜しているようにも見える。
「でも─」
「依頼が着たのは、きみの努力が報われた証拠だ。そう遠慮するな」
ぼくが神馬くんにインタビューの権限を譲ろうとしたのは、ただインタビューに答えたくないのではない。心配していることがあったのだ。
「でも、アバターとはいえ地声じゃNIJIが誰なのかバレちゃうんじゃないのかな?」
「大丈夫だって。バレやしないよ」
すると、ぼくの頭上から閃きが出てきた。
「そうだ。ボイスチェンジャーで─」
「そんな事したら、余計に噂が広まって悪化するぞ。きみの歌声を疑われたみたいに」
前に起きたぼくの歌声による疑惑だ。ボイスチェンジャーを使っていないのに勝手に疑われて最初は大変だった。今もちらほらと疑っている人はいるが、そんなの気にしなくなった。
でも、確かにインタビューする際、本当にボイスチェンジャーを使ったら噂が本当になってしまうかもしれない。そうなったら、NIJIはもう終わりだ。
でも、地声でインタビューを受けたら誰かに気づかれないだろうか。例えば、学校にいる生徒の誰かとか。ぼくがNIJIだと分かってしまったらもうEHR(アース)での活動はできなくなる。そう思うと少し怖くなった。
「・・・・・やっぱり、断ろうかな」
そう言うと神馬くんが
「断るなんてもったいない。インタビューを受ければもっとNIJIの存在をしってもらうチャンスなのに・・・。まぁ、でも受けるか受けないか決めるのは虹くんだから、おれが決める権利はないけどね。でも、プロデューサーとして一つだけ言うけど、インタビューを受けるのも音楽活動の一つだからね。インタビューを受ければ活動の幅が少しずつ広がるとおれは思う」
活動の幅が広がる・・・・。別にぼくは趣味感覚でEHR(アース)を始め歌を歌っている。でも、ぼくはふと思い出した。
虹は音楽に愛されている。夢の中で兄ちゃんが言っていた言葉だ。ぼくは音楽に愛されているから、自分で言うのもなんだかけどこの奇跡の歌声が出せるんだと思う。ぼくも再び音楽と歌が好きになり今は歌う事がとても楽しい。それに兄ちゃんは言った。ぼくには歌手になれる素質があると。
あくまで夢の中での話だが、夢とは思えないほど説得力があったのを今でも憶えている。ぼくは、兄ちゃんの言葉を信じる事にしている。でも、関するインタビューの件は受けるか受けないか、ちょっと迷走している。神馬くんは受けた方がいいというけど、本当に断った方がいいのか、それともDMをくれたプロデューサーの期待に応えた方がいいのかその迷いは宮古島民謡による演奏練習の見学が終わってもまだ続いていた─

DMでのインタビュー依頼が着てから三日経った。時計は午後12時を指していた。
ぼくは自分の部屋で2075年版のMacbook proを開いていた。画面の右上にはNIJIの顔が映っている。今、ぼくはNIJIとなってリモートに参加しているのだ。
ぼくが瞬きをするとNIJIも瞬きをする。緊張すればNIJIも緊張する。自分が動きを取るとNIJIも同じ動きをする。NIJIはぼく自身なので体がリンクしているのだ。
緊張しながら「参加は整いましたか?」と書かれた画面をジッと見ているとリモートの新着通知が出た。ぼくは新着通知を観た後、すぐ「参加する」のボタンをクリックする。
〈NIJIさん。こんにちは〉
ビデオ通話画面に映ったのは、人柄が良さそうで清潔感のある眼鏡を掛けたスーツ姿の30代後半の男性だった。ぼくは緊張しながら挨拶を交わすと
〈初めまして。私(わたくし)、日テレ系朝のニュース番組「フレッシュ!」でアナウンサーをしています朝戸です。本日は、貴重なお時間をいただき誠にありがとうございます〉
「い、いえ。こちらこそ」
知ってる。朝戸アナウンサーは朝のニュース番組「フレッシュ!」で活躍している日テレ系アナウンサーだ。ニュースだけではなくバラエティなど様々な番組の司会を務めていたり好きなアナウンサーランキングで2年連続1位に輝いている。確か、奥さんと二人の子供を持つ既婚者だ。
しっかりとした丁寧な挨拶に始まって数秒で手に汗が出た。もうこの時すでに撮影の本番が始まっているのだから。
〈今日、NIJIさんと対談するのをとても楽しみにしていました〉
「ぼくもです」
〈NIJIさんのご活躍は、私を含め「フレッシュ!」のメンバーも観させてもらってます。私もEHR(アース)のミュージック・コンテンツでNIJIさんの曲を聴いてとても感動しています〉
「あ、ありがとうございます」
〈たった1か月で世界中から注目され飛躍的な大活躍をされていますが、なぜEHR(アース)で歌おうと思ったのですか?〉
朝戸アナウンサーのインタビューにぼくはドキドキとしているこの緊張感を必死に落ち着かせようとした。
「えっと・・・自分を変えるためです。最初は友達の藤目神馬くんから紹介してもらったんです。ぼくの歌なら世界中認めてくれるはずだって言われて。EHR(アース)を初めてこうして歌えるのは、神馬くんのおかげなんです」
〈なるほど。先程、仰っていた自分を変えるためとは?〉
「ぼく、戦争で家族が死んだんです。特に兄が好きで、兄はプロの歌手になる為、ピアノとかギターなんでも弾けてライブハウスでLIVEをした事があったんです。ぼくも始めは兄の影響で音楽が好きになってよく一緒に歌を歌ったりしてました」
ぼくは、兄ちゃんと過ごした日々を思い返しながらインタビューに答えた。
「でも、そんなある日、兄が戦場へ行く日が来たんです。しかも、兄が行った戦場は、決して帰ることができない激しい戦地だったんです。ぼくは幼い頃にお父さんとお母さんを亡くしました。唯一、ぼくの家族は兄だけでした。兄は、戦争に参加する為、いや、強制的に参加されたのでぼくをお母さんの故郷であるここ宮古島へ連れてってくれたんです。それが、兄との最後の時間でした。それから戦争が終わって兄が死んだ事から歌えなくなりました」
朝戸アナウンサーが疑問を抱いてるかのように訊ねた。
〈歌えなくなったんですか?〉
「はい。その時のぼくは、音楽を聴く度に何度も体調を崩しました。なので、音楽の授業ありましら一人で教室に残ってました」
ぼくは自分はかつて音楽が嫌いだった事をこのインタビューで明かした。
「そんな音楽嫌いが続いた時、藤目くんと出会いました。彼は、ぼくに眠っている才能を引き出してくれた恩人なんです。彼に出会わなかったらぼくはEHR(アース)をやっていないどころか、ずっと音楽が嫌いでトラウマを抱えたまま過ごしていたかもしれません」
〈そうでしたか。いろいろと苦労されたんですね〉
ぼくは頷く。
確かに、苦しかった事はたくさんあった。でも、その苦しみと悲しみがあったからこそNIJIが生まれ再び音楽と歌が好きになったのだ。そして、ぼくが歌うきっかけを作ってくれたのは、紛れもなく神馬くんだ。
彼がいたから兄の死を乗り越えられた。ずっと残っていた心の傷が癒え背中を押してくれた。どんなに辛くても風当たりが強くても強く生きる為にも抗い続けなくちゃいけない。例え、どん底に落ちたとしても潰れないように頑張るしかない。このインタビューだって最初は抵抗があったものの、NIJIとしてもっと自分を知ってもらう為に彼らの依頼を受けたのだ。もっとぼくを知ってもらえるよう頑張って質問に答えるしかないのだ。嘘はつきたくない。事実を伝えたい。そして、ぼくを支えてくれるファン達の期待に応えたい。
NIJIというアーティストとしてできる所まで世界中の人達を笑顔で楽しませる曲を作る。それこそが、羽藤虹の新しい人生の生き方だ。
朝戸アナウンサーは、画面越しに映るぼくを観ている。Macbook proに映る朝戸アナウンサーの髪色は黒く肌は少し黄色味、眼鏡の奥に見える瞳は黒く赤いネクタイをしっかりと締め紺色のスーツを着こなし背筋はピンッと伸ばしている。朝の顔としてちゃんと身だしなみを整えているのかしっかりしている。30代後半とはいえよく見れば男前にも見える。こうして、好きなアナウンサーランキングのナンバー1と対話するなんて思ってもみなかった。
〈そんな大変な時期を過ごしたNIJIさんですが、藤目神馬さんの誘いに乗って始めたEHR(アース)で初めて歌唱したのが、ボーカルグループ GReeeNの「アカリ」なんですよね?〉
ぼくは頷く。
〈初めてカバーソングを歌った「アカリ」をEHR(アース)に投稿した後、たった一日で再生数467万回そして、3200万以上のフォロワーが集まったという異例が起こりましたが、NIJIさんはこれを見てどう思いましたか?〉
「びっくりしました。まさか、初日でここまで来るとは思ってもみませんでした。初日はやっぱり、フォロワーの数は20人ぐらいで再生数もそんなに伸びないと予想していました。でも、学校の昼休みに見てみたら、EHR(アース)を初めてまだ日が浅いのにたった二日で何万人の人がフォローしてくれて・・・。いいねやコメントの数もたくさん着て超ビビりました。あまりにもビビりすぎて神馬くんに連絡しちゃいました」
ぼくが笑うと朝戸アナウンサーも笑った。
でも、かなりビビったのは確かだ。だって、生まれて初めてたった二日目で何万、何千万の人達にフォローしてもらったからさすがにパニックもした。
〈かなり驚かれたんですね?〉
「はい。自分が想像していた以上にたくさんの方達からメッセージやボイスメッセージを聴いてくれていたので、すごい動揺しました」
ぼくは緊張を隠すかのように笑みを浮かべながら朝戸アナウンサーのインタビューに答える。背筋を伸ばし手汗が出ている拳を強く握りながらひたすら、Macbook proの画面越しに映る朝戸アナウンサーの顔をひたすら見ていた。アバターとはいえこの撮影が全国放送に使われるのは何だか気恥ずかしいし今後、NIJIの活動に支障が出ないか心配するところもあるが、今はインタビューに集中しようとジッと画面を見ていた。
〈NIJIさんは数々のカバーソングを出していますが、最近は初めてのオリジナルソングのMVを挙げたそうで〉
話が変わった。ぼくが作詞を務め神馬くんが作曲と編曲を担当してくれたオリジナルソング「太陽」の事について訊き出してきた。
「はい。挙げました」
〈私もMVを拝見しましたが、とても素晴らしかったです〉
朝戸アナウンサーは興奮交じりの明るい声で言った。
ぼくは「ありがとうございます」と頭を下げるとNIJIがぼくにつられて頭を下げる仕草をした。


テレビにNIJIの顔が映る。朝のニュース番組「フレッシュ!」の人気コーナー「SHOW TIME」で先日、ぼくが受けたインタビューがテレビに映っているのだ。しかも、全国放送なので誰もがNIJI(ぼく)のインタビューを観ている。
生の朝戸アナウンサーとリモートでインタビューをしたのは、20分ぐらいだ。あの時は、緊張していたもんだから自分が何て答えたのかほとんど覚えていないしインタビューの時間が長かったのか短かったのか全く分からないまま撮影が終わった。
放送しているテレビに映る朝戸アナウンサーが最後のインタビューに入った。
〈今は世界中に称賛されながらかなり活躍されているNIJIさんですが、今後はどんな風に活動していきたいとか目標などはありますか?〉
彼の質問にNIJIは答えた。
〈これからは、もっとオリジナルソングを作っていきたいと思っています。ぼくの歌を聴いてくれている世界中のみなさんの期待に応えられるよう精一杯頑張っていきたいです〉
〈最後にテレビをご覧になっている視聴者のみなさん、ファンのみなさんに一言メッセージをお願いします〉
朝戸アナウンサーがそう伝えると二人が映っていた映像画面がNIJIの姿だけアップされた。
〈みなさん、いつもたくさん応援してくれてありがとうございます。歌を歌い始めてからまだ一ヵ月で経験が浅くまだまだ未熟者でありますが、みなさんに寄り添えるような楽しい歌をたくさん届けられたらいいなと思っています。今後もNIJIをどうぞよろしくお願いします〉
テレビを見ている視聴者とファン達に向けてコメントを言い終えると
〈私達も今後の活躍を楽しみにしております。本日は、インタビューに答えていただきありがとうございました〉
〈ありがとうございました〉
画面越しで朝戸アナウンサーとNIJIがお辞儀した後、映像は生放送中の撮影スタジオに切り替わった。
朝戸アナウンサーは、スタジオにいる他のアナウンサーやコメンテーターにNIJIと話してどうだったか話していた。
ぼくは右手に茶碗、左手に箸を持ちながらコーナーの一部始終を観ていた。朝戸アナウンサーとのインタビューから一週間経ったが、ぼくにとってはまだ記憶に新しい。それに、他の番組からのインタビュー依頼も着ていたので、「フレッシュ」のインタビューが終わった後、沖縄テレビ系とテレビ朝系のニュース番組のインタビューを受けその次の日は、TBS系と前日と同じテレ朝系、日テレ系のドキュメンタリー番組のインタビューを受けたのだ。
二日連続のインタビューでさすがに疲れた記憶もある。取材後、神馬くんに連絡したら羨ましがられたが、ぼくは番組のインタビューを受けてテレビに出られる嬉しさよりも学校にいる生徒と教師や近所に住んでいる人達がNIJIの正体は羽藤虹だと気づかれないか不安を抱いている。もちろん、おじいちゃんとおばあちゃんにも知られてはいけない。正体がバレたらぼくはEHR(アース)を辞めるかもしれない。ぼくがもし、EHR(アース)をNIJIを辞めたらどうなるか大体は想像つく。納得できず残念がるコメントやバッシングの声、期待を裏切られて悲しむ人々の様子。素顔が明かされたからという理由でEHR(アース)を止めれば納得いかない人が多くなる。中には、理解してくれる人もいるかもしれないが、圧倒的にNIJIの辞退を納得しない人が一番多いだろう。そうならない為に、ぼくは自分の正体を隠さなければならない。いや、知られないよう気を付けて活動しなければならない。神馬くんは地声が原因でNIJIの正体が羽藤虹だとバレる心配はないと言ってくれているが、油断はできない。警戒しながら普段通りに過ごすのはさすがに無理だけど難しく考えずNIJIの正体が分からないよう慎重にやっていくしかない。そして、NIJIの正体がぼくだと誰も気づかれない事を祈る。それしかない。
とりあえず今は、全てのメディア・インタビューを受け終えた喜びを噛みしめて頑張った自分を褒めてあげよう。

よく頑張ったぞ。ぼく─
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...