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第一章 先祖還り
その22 精霊火(せいれいか)を畏怖する人々
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今夜は、親戚のみなさんをご招待しての晩餐会。
あたしアイリス・リデル・ティス・ラゼルの、三歳の『魔力診』の結果を発表して、ご馳走をふるまっての楽しい宴になるはず、だったんだけど。思わぬ事態のオンパレードです。
お客さまがたが恐れ、畏怖し、最高神《真月の女神イル・リリヤ》様のお名前を唱えて震えているのは、大広間に『精霊火』が出現したから。
大人の頭くらいの大きさの、青白い光球。それが『精霊火(せいれいか)』だ。あたしの前世の記憶にはない。この世界に特有の、自然現象だと思っていた。よく、たくさん集まって、野山を大きな河のように流れていくという。
このエルレーン公国首都シ・イル・リリヤでも、明け方には街中を流れていく『精霊火』の光の大河を見ることができる。
「サリー。みんなは、なぜ、あんなに、こわがっているの」
ずっと、あたしを守ろうと抱っこしてくれている乳母やのサリーに、尋ねた。
「お嬢さま。『精霊火』を恐れない者は、おりません」
「どうしてなの。せいれいさまの『たましいの火』なのでしょう。サリーや叔父さまがよんでくれた、えほんでは、とてもきれいだったわ。スーリーファに、たすけられたひとの、おはなしも、あったわ」
「心のきれいな人には、恐れる事は何もございません。精霊様も助けてくださいます」
けれど、と、サリーは震える声で、続けた。
「皆様が恐れているのは『精霊火』が、隠している罪を暴くからなのです。悪いことをして隠しおおせていても、精霊さまにはすべてお見通しなのです。あの『精霊火』に触れたら、自分が恐れていることが見えてしまうという言い伝えです」
恐れられている理由がわかったわ。
けれど気になるのは『漆黒の魔法使い』カルナックさまの身体から滲み出てきたということなの。
やがて『精霊火(せいれいか)』はカルナックさまのそばを離れて、広間の中を自由自在に飛び回った。数も増えてきて、光の河のようになって。
お客さまたちは皆、その場にうずくまったり、テーブルに顔を伏せ、身じろぎもせずに震えている。
口々に、懸命にイル・リリヤさまへの祈りを捧げているのが聞こえる。
太陽神アズナワクの母神である、真月の女神イル・リリヤさまは、この世の最高神。
闇夜を照らすから『死者と咎人と幼子の護り手』と呼ばれている、慈悲深い女神さまなの。
あたしは、といえば。
近くに漂ってきた『精霊火(せいれいか)』に、そっと触ってみた。
ちゃんと、さわれたわ!
嬉しくなった。
《それは、あなたの心が、きれいだからなのですよ、アイリス》
女神スゥエさまのお声が、胸に響いた。
なぜ女神さまだとわかったか?
それは当然のこと。聞き間違えるはずなんてない。
まるで、小さな銀の鈴を振るような、とても美しい、心がふるえるような、すてきなお声なの。
あえて喩えれば、カルナックさまが左足首につけているアンクレットの、鈴の音に、似ている。
シャン。
ほら、また。
鈴の音がした。
カルナックさまが、軽く、足を踏みならして、身を翻したのだ。
穢れを祓う、神さまに捧げる舞いのように。
空気が澄んでいく。
「お集まりの皆様。驚かせてしまって申し訳ない。どうぞご安心を。この『精霊火』は、皆様に害をなすことはない」
カルナックさまの声が響くと、広間に集まっていたお客さまがたのざわめきが、静まった。
「どういうことですか。まるで、あなたの中から精霊火が……」
テノール青年は、全身を震わせていた。
「出てきたのか、ってこと?」
カルナックさまは、微笑んで。
低く、答えた。
「簡単なことだよ。私の中は『精霊火(せいれいか)』で満ちているから。私は、人間じゃない」
「え?」
信じがたい事実を前にした人間は。それを受け入れられない。認識することができなくなる。
「冗談だ」
カルナックさまは、くすくすと笑った。
テノール青年の手を離れた『黒曜の杖』を拾いあげ、しっかりと手に握る。
すると、あんなにも沢山、広間を満たしていた『精霊火(せいれいか)』たちが、次々に、ふっと消えていったの。
けれどもカルナックさまの目は、まだ、青い光に染まっていた。
魔力が溢れだして、光っているのだ。
「この『黒曜の杖』は私の大きすぎる魔力を抑え、溢れそうになったら吸い込んで溜めておくものだ。試して悪かったな。痛かっただろ? 所有者以外には反発して弾き飛ばすようにできてる。通常は持つどころか近くに寄ることもできない。もともと保有魔力が多くない君だから、かえって触れたんだろう」
「魔力が、ないから。触ることができた? なんて皮肉なんだ」
力なく笑うテノール青年。
その頭を、カルナックさまは、優しく、撫でた。
「そうだな、いいことを思いついた。君には、先ほど告げた罪状を償ってもらわなくてはならないが、大公には報告しないでおく。魔導師協会が身柄を預かり、研究に協力してもらおう」
「はい?」
予想もしなかった展開に、テノール青年はついていけてない。
すぐに動いたのは、テノール青年の父親、ザイール家の当主テルミスさまだった。
「カルナック様! お慈悲に感謝いたします! 息子が、お役に立ちますならば、いかようにも。本来なら、息子は死罪、我が家も取り潰されてもおかしくございません」
平伏し、嗚咽をもらす。
「このたびの黒幕の意図はそこにあるかもしれん。あわよくば、伝統あるラゼル家、ザイール家、ともに力をそぎ、憎しみ合わせ、潰させることを企んだ」
コマラパ老師の言葉は説得力があり、とても重みがあるものだった。
「その計画に、むざむざと乗せられたんじゃ、つまらないからね」
カルナックさまは、楽しそうな、悪い顔をしています。
「テノール君は、得がたい人材だ。魔導師協会では、人体に害のない魔道具の開発研究をしている。魔力のない人間でも魔法と同じ効果を出せる、使い捨ての魔道具とか、魔力を充填して何度も使える魔石、とか。だけど困ったことに、協会には、魔力を持たない人間が、いない。そこでテノール君に手伝ってもらいたい」
「……え?」
「魔道具開発の研究員になってくれないか。きみが試しに使ってみてくれれば、一般家庭で使える魔道具を作って、生活に役立てることができるよ」
「ほ、本当ですか!!!!!?????」
「はははははは。まさに地獄で仏とはこのことじゃな」
コマラパ老師さま、それ日本語じゃないですか!
テノール君は降って湧いたような喜びで有頂天だから気がつかないみたいだけど。
まあ、誰が聞いても訳のわからない言葉だと思うし、いいのかしら?
「テノール君は身体が頑丈そうだし、もってこいだな」
カルナックさまが、何やら悪そうな笑みを浮かべていることは、あたしは知らないことにしよう。
「あいつ、気がついてないな。頑丈だから、もってこいだって。カルナック様の怖さをまだ知らないからな。まあ、それくらいの役には立ってもらわないと」
エステリオ叔父さまが、ものすごく物騒なことを呟いた。
いつもの叔父さまらしくもない、前世がダダ漏れな発言。
だけどお父さまも同意するように、大きく頷いた。
「ああ。アイリスをおびえさせた報いは、しっかりと受けてもらわなくては。エステリオ、やつの監視を頼む」
「まかせて、兄さん」
ああ~、お父さまも叔父さまも。顔が怖いです。
確かに二人は、兄弟でした!
「頼みましたよ、エステリオさん」
お母さままで!
テノール君を待ち受けているのは、
いったい、どんな実験なんでしょうか……。
ん~。
でもね。確かに、テノール君も、そう簡単に無罪放免になってもらっては、いけないわよね。
いくら操られていたとか、誰かの悪だくみに利用されたのかもしれないけど、ナイフを持って迫ってきたときは、すっごく怖かったんだから!
また死ぬのかなって、諦めそうになったわ。
少しくらいは、テノール君に(物理的に)痛い目を見てもらってもいいかなって思うの!?
大公には報告しないって、お目こぼしをしてもらえるんだし。
ねえ、カルナックさま。
あたし、カルナックさまを心の底から尊敬します。
お師匠さまと呼ばせていただきたいです!
弟子入りって、今からでも受け付けてくれるかしら?
今夜は、親戚のみなさんをご招待しての晩餐会。
あたしアイリス・リデル・ティス・ラゼルの、三歳の『魔力診』の結果を発表して、ご馳走をふるまっての楽しい宴になるはず、だったんだけど。思わぬ事態のオンパレードです。
お客さまがたが恐れ、畏怖し、最高神《真月の女神イル・リリヤ》様のお名前を唱えて震えているのは、大広間に『精霊火』が出現したから。
大人の頭くらいの大きさの、青白い光球。それが『精霊火(せいれいか)』だ。あたしの前世の記憶にはない。この世界に特有の、自然現象だと思っていた。よく、たくさん集まって、野山を大きな河のように流れていくという。
このエルレーン公国首都シ・イル・リリヤでも、明け方には街中を流れていく『精霊火』の光の大河を見ることができる。
「サリー。みんなは、なぜ、あんなに、こわがっているの」
ずっと、あたしを守ろうと抱っこしてくれている乳母やのサリーに、尋ねた。
「お嬢さま。『精霊火』を恐れない者は、おりません」
「どうしてなの。せいれいさまの『たましいの火』なのでしょう。サリーや叔父さまがよんでくれた、えほんでは、とてもきれいだったわ。スーリーファに、たすけられたひとの、おはなしも、あったわ」
「心のきれいな人には、恐れる事は何もございません。精霊様も助けてくださいます」
けれど、と、サリーは震える声で、続けた。
「皆様が恐れているのは『精霊火』が、隠している罪を暴くからなのです。悪いことをして隠しおおせていても、精霊さまにはすべてお見通しなのです。あの『精霊火』に触れたら、自分が恐れていることが見えてしまうという言い伝えです」
恐れられている理由がわかったわ。
けれど気になるのは『漆黒の魔法使い』カルナックさまの身体から滲み出てきたということなの。
やがて『精霊火(せいれいか)』はカルナックさまのそばを離れて、広間の中を自由自在に飛び回った。数も増えてきて、光の河のようになって。
お客さまたちは皆、その場にうずくまったり、テーブルに顔を伏せ、身じろぎもせずに震えている。
口々に、懸命にイル・リリヤさまへの祈りを捧げているのが聞こえる。
太陽神アズナワクの母神である、真月の女神イル・リリヤさまは、この世の最高神。
闇夜を照らすから『死者と咎人と幼子の護り手』と呼ばれている、慈悲深い女神さまなの。
あたしは、といえば。
近くに漂ってきた『精霊火(せいれいか)』に、そっと触ってみた。
ちゃんと、さわれたわ!
嬉しくなった。
《それは、あなたの心が、きれいだからなのですよ、アイリス》
女神スゥエさまのお声が、胸に響いた。
なぜ女神さまだとわかったか?
それは当然のこと。聞き間違えるはずなんてない。
まるで、小さな銀の鈴を振るような、とても美しい、心がふるえるような、すてきなお声なの。
あえて喩えれば、カルナックさまが左足首につけているアンクレットの、鈴の音に、似ている。
シャン。
ほら、また。
鈴の音がした。
カルナックさまが、軽く、足を踏みならして、身を翻したのだ。
穢れを祓う、神さまに捧げる舞いのように。
空気が澄んでいく。
「お集まりの皆様。驚かせてしまって申し訳ない。どうぞご安心を。この『精霊火』は、皆様に害をなすことはない」
カルナックさまの声が響くと、広間に集まっていたお客さまがたのざわめきが、静まった。
「どういうことですか。まるで、あなたの中から精霊火が……」
テノール青年は、全身を震わせていた。
「出てきたのか、ってこと?」
カルナックさまは、微笑んで。
低く、答えた。
「簡単なことだよ。私の中は『精霊火(せいれいか)』で満ちているから。私は、人間じゃない」
「え?」
信じがたい事実を前にした人間は。それを受け入れられない。認識することができなくなる。
「冗談だ」
カルナックさまは、くすくすと笑った。
テノール青年の手を離れた『黒曜の杖』を拾いあげ、しっかりと手に握る。
すると、あんなにも沢山、広間を満たしていた『精霊火(せいれいか)』たちが、次々に、ふっと消えていったの。
けれどもカルナックさまの目は、まだ、青い光に染まっていた。
魔力が溢れだして、光っているのだ。
「この『黒曜の杖』は私の大きすぎる魔力を抑え、溢れそうになったら吸い込んで溜めておくものだ。試して悪かったな。痛かっただろ? 所有者以外には反発して弾き飛ばすようにできてる。通常は持つどころか近くに寄ることもできない。もともと保有魔力が多くない君だから、かえって触れたんだろう」
「魔力が、ないから。触ることができた? なんて皮肉なんだ」
力なく笑うテノール青年。
その頭を、カルナックさまは、優しく、撫でた。
「そうだな、いいことを思いついた。君には、先ほど告げた罪状を償ってもらわなくてはならないが、大公には報告しないでおく。魔導師協会が身柄を預かり、研究に協力してもらおう」
「はい?」
予想もしなかった展開に、テノール青年はついていけてない。
すぐに動いたのは、テノール青年の父親、ザイール家の当主テルミスさまだった。
「カルナック様! お慈悲に感謝いたします! 息子が、お役に立ちますならば、いかようにも。本来なら、息子は死罪、我が家も取り潰されてもおかしくございません」
平伏し、嗚咽をもらす。
「このたびの黒幕の意図はそこにあるかもしれん。あわよくば、伝統あるラゼル家、ザイール家、ともに力をそぎ、憎しみ合わせ、潰させることを企んだ」
コマラパ老師の言葉は説得力があり、とても重みがあるものだった。
「その計画に、むざむざと乗せられたんじゃ、つまらないからね」
カルナックさまは、楽しそうな、悪い顔をしています。
「テノール君は、得がたい人材だ。魔導師協会では、人体に害のない魔道具の開発研究をしている。魔力のない人間でも魔法と同じ効果を出せる、使い捨ての魔道具とか、魔力を充填して何度も使える魔石、とか。だけど困ったことに、協会には、魔力を持たない人間が、いない。そこでテノール君に手伝ってもらいたい」
「……え?」
「魔道具開発の研究員になってくれないか。きみが試しに使ってみてくれれば、一般家庭で使える魔道具を作って、生活に役立てることができるよ」
「ほ、本当ですか!!!!!?????」
「はははははは。まさに地獄で仏とはこのことじゃな」
コマラパ老師さま、それ日本語じゃないですか!
テノール君は降って湧いたような喜びで有頂天だから気がつかないみたいだけど。
まあ、誰が聞いても訳のわからない言葉だと思うし、いいのかしら?
「テノール君は身体が頑丈そうだし、もってこいだな」
カルナックさまが、何やら悪そうな笑みを浮かべていることは、あたしは知らないことにしよう。
「あいつ、気がついてないな。頑丈だから、もってこいだって。カルナック様の怖さをまだ知らないからな。まあ、それくらいの役には立ってもらわないと」
エステリオ叔父さまが、ものすごく物騒なことを呟いた。
いつもの叔父さまらしくもない、前世がダダ漏れな発言。
だけどお父さまも同意するように、大きく頷いた。
「ああ。アイリスをおびえさせた報いは、しっかりと受けてもらわなくては。エステリオ、やつの監視を頼む」
「まかせて、兄さん」
ああ~、お父さまも叔父さまも。顔が怖いです。
確かに二人は、兄弟でした!
「頼みましたよ、エステリオさん」
お母さままで!
テノール君を待ち受けているのは、
いったい、どんな実験なんでしょうか……。
ん~。
でもね。確かに、テノール君も、そう簡単に無罪放免になってもらっては、いけないわよね。
いくら操られていたとか、誰かの悪だくみに利用されたのかもしれないけど、ナイフを持って迫ってきたときは、すっごく怖かったんだから!
また死ぬのかなって、諦めそうになったわ。
少しくらいは、テノール君に(物理的に)痛い目を見てもらってもいいかなって思うの!?
大公には報告しないって、お目こぼしをしてもらえるんだし。
ねえ、カルナックさま。
あたし、カルナックさまを心の底から尊敬します。
お師匠さまと呼ばせていただきたいです!
弟子入りって、今からでも受け付けてくれるかしら?
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