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第一章 先祖還り

その23 どうぞ、お弟子にしてください

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         23

 ヒュッ、と口笛に似た音が響く。

 それに呼応するかのように。
 コマラパ老師の描いた半円の中に、数人の人物が現れた。
 洗いざらしたリネンのような布でざっくりと仕立てた衣、二十代と思われる青年が四人。
 カルナック様のときと違って、はじめ、おぼろげな輪郭があらわれ、陰影が濃くなっていく。

「お呼びで」
「来ました」
「老師、指令を」
「お師匠様はどこに」

「あれは、手が離せない。だから呼んだのだ」

 コマラパ老師さまはてきぱきと指示を出していく。
 学生なのかな? コマラパ老師に従う青年たち。前世で見たTVドラマに出て来た特別捜査班に加わったなんとかアカデミーのインターンみたい。

「おまえたち、この件を『観測していた』だろう。この青年をとりあえず学院にご案内しなさい。学舎に部屋を用意し、滞在していただく。管理部には連絡してある。受け入れ期間はまだ決まっていないが後で報せる」

「了解」

 老師さまから説明を受けて、ザイール家のテルミスさまが、テノール青年をさとす。
「生まれ変わったつもりで、コマラパ老師さまに、カルナックさまにお仕えし、学院の皆様の言う通りにして、謙虚にして、全力で……」
 あとは嗚咽で、言葉にならなかったみたい、テルミスさま。

「わかったよ、父さん。これからは心を入れ替える」
 心を操られていたとカルナックさまはおっしゃった。

 そのとおりなのかもしれない。今では別人みたい。
 すっかりおとなしくなったテノール君は、コマラパ老師さまに招集された学生達に捕獲された。

 テルミスさまたちが連れてきていたお付きの人が、一緒に学院まで行ってくれるそうだ。テルミスさまはどうしてるかって? まだ、我が家の晩餐会は終わっていないので、最後まで出席していくという。
 なんて律儀なひとなのかしら!
 応援したくなっちゃう。

 テノール君、テルミスさまのためにも、がんばってね。 

          ※

「さて、そういえば、まだ今夜の主役にご挨拶をしていなかった」
 カルナックさまは呟いて、ひらりと身を翻す。

 足を動かすたびに、微かな鈴の音がした。
 いよいよ、目の前にカルナックさまがやってくる。

 乳母やが読んでくれたむかしばなしに出て来た『黒の魔法使いカルナック』さまは、精霊セレナンに愛された養い子で《世界の大いなる意思》のお気に入り。
 ものすごく大きな魔力を持っていて、できないことは何もない。

 おとぎばなしでは、囚われの姫君を助けてくれたり、悪人をやっつけてくれるの。
 そしてとても美しい人。
 絵本では、精霊さまかカルナックさまかっていうくらい。
 嘘じゃなかった。
 神々しいくらいの美しさだった!

 踵まで届く長い黒髪は、下半分だけ三つ編みにされている。
 漆黒の長衣、漆黒のローブ。
 抜けるように白い肌色は、人間というよりも精霊のよう。
 なにより不思議な、つややかな漆黒の瞳は、魔力を帯びたときにブルームーンストーンみたいに明るい青の光を放っていて。

 なんで?
 カルナックさまが近づいてきたら、コマラパ老師さまも講座の学生たちも、さーっと左右に分かれて、道を譲ってますぅ。
 ほんものの美人って、迫力あるのね。
 カルナックさまが女性なのか男性なのか、まだ迷っているあたしです。
 あんまりキレイだもの。
 この際、どっちでも構わないわって気持ちになっちゃう。
 
「初めまして。私はカルナック・プーマ。魔導師協会の長。ご招待いただきましたのに遅れまして申し訳ない。ここに来る前にちょっとした用事を片付けていましたのでね」
 柔らかな笑顔で、ご挨拶してくださるカルナックさま。

 お父さまもお母さまも、恐縮しまくりです!
「お初におめにかかります」
 と、まず平伏してから。

「恐れ多いことでございます。カルナック様がおいでになりませんでしたら、わたくしどもは今頃、全員、どうにかなっておりました」

「きっと殺されていましたわ! 感謝しかございません! このお礼をどうしたらよいのでしょう。弟のエステリオもお世話になって、ありがとうございます。ありがとうございます!」

 二人とも、何度も頭を下げ続けています。
 エステリオ叔父さまは緊張して顔をこわばらせています。

 おかしいな。
 叔父さまはエルレーン公国立学院に通う学生で、コマラパ老師さまの講座にいるのだから、カルナックさまには慣れているはずなのに。

『カルナックをよく知ってるから緊張するのよ!』
『あんなこわい人は、人間には他にいないわよ!』
 あたしの守護妖精、光のイルミナと風のシルルも、全力で訴えているわ。

 どういうふうに怖いのかは、あまり考えたくありません。
 特にテノール青年への処罰をかねているのだろう魔道具作りの実験への協力を強制(とは言ってなかったけど)するとか……。考えない、考えない。

「顔をお上げください、マウリシオ、アイリアーナ。身体をはって娘さんを守った勇気と行動力、素晴らしかったですよ。感銘を受けました」

 え!?
 テノール青年を怒っていたときとは別人みたいに柔らかくて優しい声と笑顔。

 耳を疑った、あたしです。
 顔をあげてカルナックさまを二度見しちゃったわ!

「か、かるなっくさま! さきほどのこと、感嘆しましたわ! わがやのめいよも、ザイール家の当主テルミスさままの顔も立てて、丸くおさめて。おかげでわがラゼル家へのねたみそねみも、おおっぴらに言うものは、いなくなることでしょう。エクセレントですわ!」
 思わず、言ってしまったの!
 ところどころなんか無我夢中でヘンなこと口走っちゃったかもしれない。

「どうか、あたしをお弟子にしてください!」

「ほほう」

 面白がっているような、その微笑みを見たとき。あたしは失敗したことを覚った。やっぱりさっき夢中で妙なことを言っちゃったんだ!

「ありがたい申し出。光栄です。アイリス・リデル・ティス・ラゼル嬢。今からでも、あなたは私の弟子にさせて頂きましょう」
 にっこりと微笑んで近づいた、美しい顔のままで。
 カルナックさまは、あたしの耳元に口を近づけて、ささやいた。

「ところで君は誰なのかな。ねえ、アイリスでもなければアリスでもない、迷える魂」

「え?」
 やだなあカルナックさま。
 あたしはアイリスで、そして……

 あれ?

 あたしは?

 だれ、だっけ?
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