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第二章 アイリス三歳『魔力診』後
その10 サヤカとアリスの学園生活(後編)
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あたし、月宮アリスと親友の相田紗耶香、二人でアイドル『サヤカとアリス』が春から入学した市立旭野学園高校というところは、とんでもない学校だった。
というのは。
たとえば、建物とか設備とかリッチなのに、授業料がすっっごい安い。
利益をあげようなんて思ってなくてオーナーの道楽なんじゃないの?
お金が余ってしょうがないから節税のために学園を経営してるんじゃないの?
そんな学校です。
学院の施設として病院があるとかカウンセラーがいるとか。やたら設備は整ってるし学食はただでおかわり自由でめちゃ美味しいし。
生徒会役員がスーパーな人ばかりだとかおまけに美形揃いだとか、しかもなぜか副会長は普通人。
そして学園の七不思議をあげたらきっと入ると思うことの一つ。
北欧系美少女スクールカウンセラー。
螺堂瑠璃亜さん。
彼女は人間と言うより妖精なんじゃないのかなって思うようなキレイな人で、見た目、あたしたちと年齢はそんなに変わらなそうなんだけど。気さくで屈託がなくて明るくて、ステキ。
おまかせでいいかって聞かれた、あたしと紗耶香は。思わず、お願いしますってハモっちゃった!
※
空中を……天井の方をちらっと見やって、瑠璃亜さんが言う。
「そうねぇ。今のところ、穏便な方法でいく? 少々回り道のようでも、そのほうがいいかもね。あたしが直接手を出すと、やりすぎちゃう」
「じゃあ、うちの子たちに、おつかいを頼もうかな」
なんのことか、わからないけど。
香織さんが、そばに付き従っていた白犬と黒犬に両手をまわして抱き寄せ。囁いた。
「おつかいだよ『牙』『夜』。あの子たちの匂いをたどって、みつけて、連れておいで」
すると『牙』と呼ばれた白犬が、あたしのほうへ。
そして『夜』と呼ばれた黒犬が、紗耶香のほうへ、タッタッと足取り軽くやってきてた。
しめった鼻先を、ぺたっとほっぺにつけて。ふんふんと、においを嗅いだ。
……、と思ったら、二頭はそのまま出入り口に向かって駆けていって。
壁を通り抜けた。
壁なんてなかったみたいに。
「え!?」
「やだ何!? なんなの?」
あたしと紗耶香が驚いて立ち上がろうとしたら、
「だいじょーぶよ! 座ってちょっと待ってて。お茶でもいかが? 雅人くん!」
「はいはい。用意してあるよ」
生徒会副会長である山本雅人くんが、ほかほかの湯気の立つティーカップを、あたしと紗耶香の前に置いた。
準備してあったってこと?
「カモミールティーと、紅茶のシフォンケーキ、生クリームホイップ添え」
笑顔につられてカップを口に運んだ。
「わあ。いいにおい!」
「おいしい!」
「よかった。カモミールはリラックス効果があるんだよ」
「初めていただきました!」
「へえ。アイドルって、おいしいものはいっぱい食べたり飲んだりしてるんじゃないの?」
素朴な疑問を投げかけてきたのは、香織さんの婚約者、沢口充さん。
「そんなことないですよ。うちの父はごく普通の会社員だし」と、紗耶香。
「うちもです。パパはIT技術者っていうのだけど、身体を壊して退職して、在宅でホームページ管理とかをフリーでやってるので」と、あたし。
紗耶香のうちもあたしの家も、普通に慎ましく暮らしている。ギャラは手つかずで預金してるって。あたしたちの将来のために。
「あたしたち、庶民的なアイドルなんです」
「妹とか子どもや孫みたいな感じで」
だから正直困ってる、ストーカー。
恋愛とか独占とかの対象にはしてほしくない。
あたしたち、いつか恋して結婚とかしたいなとは、ばくぜんと思ってるけど、リアルには考えてなかった。
ただ好きだから歌っているだけ。踊っているだけ。
それで誰かがひとときでも楽しんでくれたらいいなって。
「ふぅん。そうなの。あなたたち二人とも、かっわいいわね~」
気がついたら瑠璃亜さんが、ニコニコ笑ってた。
あれおかしいな。考えてること、だだもれで喋っちゃってたのかな。紗耶香と顔を見合わせた。
お互いに、きょとんとしてる。
「お茶、もう一杯いかが?」
雅人さんがおかわりを持ってきた。
「こんどのはローズヒップ。ビタミンCが豊富なんだ」
「雅人、茶にはまってるから」
「おまえも飲んどけ」
充さんにも、同じようにローズヒップ茶が渡された。
きれいな赤い色をしたお茶で、少し酸味がある。爽やかな味だ。
「いいのかな。あたしたち、おいしいお茶とお菓子をいただいて、のんびりしちゃって」
紗耶香がお茶を飲みながら、ほっこり、だけど腑に落ちないように首をかしげた。
「だいじょうぶ。そろそろ、戻ってくるよ」
香織さんの、予告どおりに。
壁に大きな穴が開いたと思うと、少し前に出て行った白犬と黒犬が、戻ってきたのだ。
二匹は何かを口にくわえていた。
そして香織さんの前に戻ると、咥えて運んで来たそれを、ぺっと落とした。
……二人の、男子を。
床に落とされた二人は、驚いたように周囲を見回した。
おとなしめの感じの二人。一人は純粋日本人で黒髪直毛メガネかけてて色白な少年で、もう一人は、金髪巻き毛の、整った顔立ちをした少年だった。
「こっ、ここはどこだ?」
「吉祥寺にいたはずなんだけど」
「あれっ」「あらっ」あたしと紗耶香は同時に声を上げた。
「このひと……電車で通学してたとき、よく駅のホームで見かけてたひとです」
あたしは黒髪直毛の少年の前に立った。
「こっちの人は、吉祥寺で道を尋ねてきたわ」
金髪巻き毛の少年を見下ろして、紗耶香が茫然として呟いた。
「へー。こいつらがストーカーなのか」
山本雅人さんが、今までとは違う、真剣で張り詰めた声を出した。
「ちょい待って! ちがう、ちがいます。なんだかわからないけど、ぼくたちはストーカーじゃありませんっ」
「むしろ逆! 親衛隊です! 二人にヘンなヤツが近寄らないようにいつも用心してるんですっ」
ちなみに床に吐き出された二人は、よだれまみれでした。香織さんの犬たちにベロベロなめられているの。
「ね? この子たち、ストーカーに心当たりがありそうよ。協力してくれるよね?」
瑠璃亜さんは、床にうち捨てられてへたり込んだままの彼らに近寄り、にっこり。
「もちろん協力してくれるよね? 最上(さいじょう)キリコくん、ジョルジョ・カロスくん」
「なんで僕たちの名前を?」
「見てたの!?」
「あたしの情報網はすごいのよ。うふふ」
瑠璃亜さんは曖昧に微笑んだ。
「我が校にようこそ。あたしは生徒会長、伊藤杏子。我が校の生徒を守るのは当然のつとめ。情報提供とか、協力してくれれば、悪いようにはしないわよ」.
「ちなみに協力してもらえない場合はそれなりの処遇をするので、そのつもりでね」
香織さんは冷ややかに宣言。
確実にあたりの気温が下がったような……。
「おれ……いや、わたしは並河香織。この学校のオーナー、並河家の娘だ。学園でのことは全て、わたしの裁量に任されている。返答は? きみたちは我々の味方か、敵か」
「香織さん、もうちょい柔らかに! 相手、凍ってるから!」
慌てたように充さんが割って入った。
このままだと香織さんが最上さんとジョルジョくんを血祭りにあげそうな気がしたのだろう。
あたしも、なぜか、そんな予感がして、怖くなっちゃったの!
するとキリコさんとジョルジョくんは思いあまったように、香織さんに訴えた。
「ぜんぶ言います! ぼくらの手にはあまって、どうしたらいいか困ってて」
「二人して彼女たちを付け狙ってるストーカーの素性を調べ上げたまでは良かったんだけど、ぼくら一般人だし捜査とかできる権限なんてなくて手詰まりで」
「じゃあ決まり」
瑠璃亜さんは、白い両手を打ち合わせた。
「情報提供で協力してくれたら、ストーカーは排除できるわ。それにきみたちは『サヤカとアリス』の恩人ってことで、すっごく感謝されるでしょうと。何よりのご褒美なんじゃない?」
いたずらっぽくウィンクしたのでした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
次回は、このエピソードの完結編です。
あたし、月宮アリスと親友の相田紗耶香、二人でアイドル『サヤカとアリス』が春から入学した市立旭野学園高校というところは、とんでもない学校だった。
というのは。
たとえば、建物とか設備とかリッチなのに、授業料がすっっごい安い。
利益をあげようなんて思ってなくてオーナーの道楽なんじゃないの?
お金が余ってしょうがないから節税のために学園を経営してるんじゃないの?
そんな学校です。
学院の施設として病院があるとかカウンセラーがいるとか。やたら設備は整ってるし学食はただでおかわり自由でめちゃ美味しいし。
生徒会役員がスーパーな人ばかりだとかおまけに美形揃いだとか、しかもなぜか副会長は普通人。
そして学園の七不思議をあげたらきっと入ると思うことの一つ。
北欧系美少女スクールカウンセラー。
螺堂瑠璃亜さん。
彼女は人間と言うより妖精なんじゃないのかなって思うようなキレイな人で、見た目、あたしたちと年齢はそんなに変わらなそうなんだけど。気さくで屈託がなくて明るくて、ステキ。
おまかせでいいかって聞かれた、あたしと紗耶香は。思わず、お願いしますってハモっちゃった!
※
空中を……天井の方をちらっと見やって、瑠璃亜さんが言う。
「そうねぇ。今のところ、穏便な方法でいく? 少々回り道のようでも、そのほうがいいかもね。あたしが直接手を出すと、やりすぎちゃう」
「じゃあ、うちの子たちに、おつかいを頼もうかな」
なんのことか、わからないけど。
香織さんが、そばに付き従っていた白犬と黒犬に両手をまわして抱き寄せ。囁いた。
「おつかいだよ『牙』『夜』。あの子たちの匂いをたどって、みつけて、連れておいで」
すると『牙』と呼ばれた白犬が、あたしのほうへ。
そして『夜』と呼ばれた黒犬が、紗耶香のほうへ、タッタッと足取り軽くやってきてた。
しめった鼻先を、ぺたっとほっぺにつけて。ふんふんと、においを嗅いだ。
……、と思ったら、二頭はそのまま出入り口に向かって駆けていって。
壁を通り抜けた。
壁なんてなかったみたいに。
「え!?」
「やだ何!? なんなの?」
あたしと紗耶香が驚いて立ち上がろうとしたら、
「だいじょーぶよ! 座ってちょっと待ってて。お茶でもいかが? 雅人くん!」
「はいはい。用意してあるよ」
生徒会副会長である山本雅人くんが、ほかほかの湯気の立つティーカップを、あたしと紗耶香の前に置いた。
準備してあったってこと?
「カモミールティーと、紅茶のシフォンケーキ、生クリームホイップ添え」
笑顔につられてカップを口に運んだ。
「わあ。いいにおい!」
「おいしい!」
「よかった。カモミールはリラックス効果があるんだよ」
「初めていただきました!」
「へえ。アイドルって、おいしいものはいっぱい食べたり飲んだりしてるんじゃないの?」
素朴な疑問を投げかけてきたのは、香織さんの婚約者、沢口充さん。
「そんなことないですよ。うちの父はごく普通の会社員だし」と、紗耶香。
「うちもです。パパはIT技術者っていうのだけど、身体を壊して退職して、在宅でホームページ管理とかをフリーでやってるので」と、あたし。
紗耶香のうちもあたしの家も、普通に慎ましく暮らしている。ギャラは手つかずで預金してるって。あたしたちの将来のために。
「あたしたち、庶民的なアイドルなんです」
「妹とか子どもや孫みたいな感じで」
だから正直困ってる、ストーカー。
恋愛とか独占とかの対象にはしてほしくない。
あたしたち、いつか恋して結婚とかしたいなとは、ばくぜんと思ってるけど、リアルには考えてなかった。
ただ好きだから歌っているだけ。踊っているだけ。
それで誰かがひとときでも楽しんでくれたらいいなって。
「ふぅん。そうなの。あなたたち二人とも、かっわいいわね~」
気がついたら瑠璃亜さんが、ニコニコ笑ってた。
あれおかしいな。考えてること、だだもれで喋っちゃってたのかな。紗耶香と顔を見合わせた。
お互いに、きょとんとしてる。
「お茶、もう一杯いかが?」
雅人さんがおかわりを持ってきた。
「こんどのはローズヒップ。ビタミンCが豊富なんだ」
「雅人、茶にはまってるから」
「おまえも飲んどけ」
充さんにも、同じようにローズヒップ茶が渡された。
きれいな赤い色をしたお茶で、少し酸味がある。爽やかな味だ。
「いいのかな。あたしたち、おいしいお茶とお菓子をいただいて、のんびりしちゃって」
紗耶香がお茶を飲みながら、ほっこり、だけど腑に落ちないように首をかしげた。
「だいじょうぶ。そろそろ、戻ってくるよ」
香織さんの、予告どおりに。
壁に大きな穴が開いたと思うと、少し前に出て行った白犬と黒犬が、戻ってきたのだ。
二匹は何かを口にくわえていた。
そして香織さんの前に戻ると、咥えて運んで来たそれを、ぺっと落とした。
……二人の、男子を。
床に落とされた二人は、驚いたように周囲を見回した。
おとなしめの感じの二人。一人は純粋日本人で黒髪直毛メガネかけてて色白な少年で、もう一人は、金髪巻き毛の、整った顔立ちをした少年だった。
「こっ、ここはどこだ?」
「吉祥寺にいたはずなんだけど」
「あれっ」「あらっ」あたしと紗耶香は同時に声を上げた。
「このひと……電車で通学してたとき、よく駅のホームで見かけてたひとです」
あたしは黒髪直毛の少年の前に立った。
「こっちの人は、吉祥寺で道を尋ねてきたわ」
金髪巻き毛の少年を見下ろして、紗耶香が茫然として呟いた。
「へー。こいつらがストーカーなのか」
山本雅人さんが、今までとは違う、真剣で張り詰めた声を出した。
「ちょい待って! ちがう、ちがいます。なんだかわからないけど、ぼくたちはストーカーじゃありませんっ」
「むしろ逆! 親衛隊です! 二人にヘンなヤツが近寄らないようにいつも用心してるんですっ」
ちなみに床に吐き出された二人は、よだれまみれでした。香織さんの犬たちにベロベロなめられているの。
「ね? この子たち、ストーカーに心当たりがありそうよ。協力してくれるよね?」
瑠璃亜さんは、床にうち捨てられてへたり込んだままの彼らに近寄り、にっこり。
「もちろん協力してくれるよね? 最上(さいじょう)キリコくん、ジョルジョ・カロスくん」
「なんで僕たちの名前を?」
「見てたの!?」
「あたしの情報網はすごいのよ。うふふ」
瑠璃亜さんは曖昧に微笑んだ。
「我が校にようこそ。あたしは生徒会長、伊藤杏子。我が校の生徒を守るのは当然のつとめ。情報提供とか、協力してくれれば、悪いようにはしないわよ」.
「ちなみに協力してもらえない場合はそれなりの処遇をするので、そのつもりでね」
香織さんは冷ややかに宣言。
確実にあたりの気温が下がったような……。
「おれ……いや、わたしは並河香織。この学校のオーナー、並河家の娘だ。学園でのことは全て、わたしの裁量に任されている。返答は? きみたちは我々の味方か、敵か」
「香織さん、もうちょい柔らかに! 相手、凍ってるから!」
慌てたように充さんが割って入った。
このままだと香織さんが最上さんとジョルジョくんを血祭りにあげそうな気がしたのだろう。
あたしも、なぜか、そんな予感がして、怖くなっちゃったの!
するとキリコさんとジョルジョくんは思いあまったように、香織さんに訴えた。
「ぜんぶ言います! ぼくらの手にはあまって、どうしたらいいか困ってて」
「二人して彼女たちを付け狙ってるストーカーの素性を調べ上げたまでは良かったんだけど、ぼくら一般人だし捜査とかできる権限なんてなくて手詰まりで」
「じゃあ決まり」
瑠璃亜さんは、白い両手を打ち合わせた。
「情報提供で協力してくれたら、ストーカーは排除できるわ。それにきみたちは『サヤカとアリス』の恩人ってことで、すっごく感謝されるでしょうと。何よりのご褒美なんじゃない?」
いたずらっぽくウィンクしたのでした。
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次回は、このエピソードの完結編です。
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