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第二章 アイリス三歳『魔力診』後
その32 アリス・イン・アンダーグラウンド
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32
「こんな暗くて狭いとこに落ちるのイヤ!」
思いっきり大声で叫んだ。
だって怖かったから。
すると、すぐそばで、お師匠さまの、穏やかな声がした。
「おや、きみには周囲が『暗い』ように見えているのかい?」
「え?」
「冷静になってよく見てごらん。ここは『魂の座』、共通無意識界。セラニス・アレム・ダルが言っていた『地獄』などではないし、もちろん闇の世界でもないよ。そうだな、いったん目を閉じなさい」
「はい……」
言われるままに目を閉じた。
とたんに、瞼の内側に光が溢れた。
銀色の、まばゆい光。
「目をあけて」
「うわあ! 明るい! 広い?」
「ここは本来そういうところなんだよ」
と、お師匠さまは軽やかに笑った。
だけどまぶしすぎて、目がくらんで、お師匠さまの姿が見えないわ。
まるで、銀色の世界にあたし一人だけみたい。
「それに、落ちているわけでもないのだ。きみはスカイダイビングは未体験かもしれないが、『自由落下』を体験する遊園地の乗り物は知らないかな?」
お師匠さま、いくらあたしが『先祖還り』だからって。
その例え、異世界的には、セーフ? どうなのかしら。
「あたし……月宮アリスは……イリス・マクギリスも、乗ったことがあるわ。ジェットコースターで登り切ったところから落ちるときにも……」
ふいに。思い出した体感。
ふわっと浮く感じがした、その感覚を。
こうやってけっこう長い間会話している気がするけれど、まだ、底に到達はしていない。
空中遊泳みたいに体重を感じなくなっていて。
ん?
重力はどこへいったの?
落ちているのか浮いているのかわからなくなる。
「まだ底にはほど遠いし人間の魂が到達できる深さではないから安心したまえ」
それって、全然、安心できる情報じゃないですよね、と、肉体年齢は三歳幼女のアイリスの中でハラハラしている成人女性の意識イリス・マクギリスは思ったが、口に出すことは、はばかられた。
この世界で最も頼りになるだろう存在こそは、アイリスの師匠である、この『漆黒の魔法使いカルナック』に違いないのだから。
とはいえ、イリス・マクギリスが大人しくしていたところで心の内などお見通しだろうけれど。
「ごらんアイリス! 世界の底からやってくる奔流を」
目をこらす。
「はい、見えます! きれいな銀色のリボンが吹き上がってくるわ」
……絡み合うリボンは、二重螺旋構造の、何かに似ているけれど。
「銀色の光は世界に満ちているエネルギーだ。人間たちの魂に寄り添い溶け込み一体となって表層に吹き上がる。だから、なかなか落ちていかないのさ。それと重力など考えてもムダだ。ここは『物理法則』を離れている。私たちは物質ではない」
「え?」
「魂だよ。でも、感覚は残っている。手をつなごう。でないと、精霊にさらわれるよ。本来はここでは従魔の力も弱るから、二匹ともきみの影から出られないしきみの守護妖精たちはもとより存在が希薄だから、こんなところまで潜れば雲散霧消してしまう」
あたしは心細くて、ぎゅっと、手をつないで。
そうしたら、やっと見えてきたの。
あたしの黒い髪と、日本人の肌色、十歳すぎくらいの少女の手。着ているものはふくらはぎまでの水色のワンピース、白いエプロンドレス。エナメルの靴?
「え!? アイリスじゃない? これ、月宮アリスだ……しかも、ちょっと小さい頃の」
「セラニスめ、レベルリセットする、なんて言ってたからな」
お師匠さまは相変わらず余裕の笑み。
そして手を握っている、カルナックお師匠さまは……。
長い黒髪で、色白の肌で。
やっぱり、神々しいまでに美しい人だった。
※
「へええ。ほんとにアリスだね!」
声が降ってきた。
幼い少年の、何も知らなければ無邪気そのもののような声。
だけど、
もちろん無邪気なんてものじゃないわよね!
「二人とも、転生してからの経験値はゼロにリセット。魂の根源、地下世界に落ちろ! あははっはははは!」
セラニス・アレム・ダルだ。
十歳くらいの見た目で、腰まで届く長い髪は、血のような鮮やかな赤。瞳は暗赤色だ。
灰色で腹が赤いドラゴンの背中に乗って飛んでいる。
ドラゴンにしては小さめかな?
飛行機の翼に似た、骨組みに膜を張ったような翼で滑空しているのね、羽ばたいていない。
「なんでドラゴンがいるの!?」
「驚いた? ふふん、火も噴くんだよ。いい子でしょ!」
自慢そうに胸をはる、セラニス。
「この子はルシファーっていうんだよ」
けれど、すぐにその表情は、驚きに変わる。
お師匠さまが、こう言ったからだ。
「失敗したな、セラニス・アレム・ダル。この、おれを起こすとは、バカなのか」
「こんな暗くて狭いとこに落ちるのイヤ!」
思いっきり大声で叫んだ。
だって怖かったから。
すると、すぐそばで、お師匠さまの、穏やかな声がした。
「おや、きみには周囲が『暗い』ように見えているのかい?」
「え?」
「冷静になってよく見てごらん。ここは『魂の座』、共通無意識界。セラニス・アレム・ダルが言っていた『地獄』などではないし、もちろん闇の世界でもないよ。そうだな、いったん目を閉じなさい」
「はい……」
言われるままに目を閉じた。
とたんに、瞼の内側に光が溢れた。
銀色の、まばゆい光。
「目をあけて」
「うわあ! 明るい! 広い?」
「ここは本来そういうところなんだよ」
と、お師匠さまは軽やかに笑った。
だけどまぶしすぎて、目がくらんで、お師匠さまの姿が見えないわ。
まるで、銀色の世界にあたし一人だけみたい。
「それに、落ちているわけでもないのだ。きみはスカイダイビングは未体験かもしれないが、『自由落下』を体験する遊園地の乗り物は知らないかな?」
お師匠さま、いくらあたしが『先祖還り』だからって。
その例え、異世界的には、セーフ? どうなのかしら。
「あたし……月宮アリスは……イリス・マクギリスも、乗ったことがあるわ。ジェットコースターで登り切ったところから落ちるときにも……」
ふいに。思い出した体感。
ふわっと浮く感じがした、その感覚を。
こうやってけっこう長い間会話している気がするけれど、まだ、底に到達はしていない。
空中遊泳みたいに体重を感じなくなっていて。
ん?
重力はどこへいったの?
落ちているのか浮いているのかわからなくなる。
「まだ底にはほど遠いし人間の魂が到達できる深さではないから安心したまえ」
それって、全然、安心できる情報じゃないですよね、と、肉体年齢は三歳幼女のアイリスの中でハラハラしている成人女性の意識イリス・マクギリスは思ったが、口に出すことは、はばかられた。
この世界で最も頼りになるだろう存在こそは、アイリスの師匠である、この『漆黒の魔法使いカルナック』に違いないのだから。
とはいえ、イリス・マクギリスが大人しくしていたところで心の内などお見通しだろうけれど。
「ごらんアイリス! 世界の底からやってくる奔流を」
目をこらす。
「はい、見えます! きれいな銀色のリボンが吹き上がってくるわ」
……絡み合うリボンは、二重螺旋構造の、何かに似ているけれど。
「銀色の光は世界に満ちているエネルギーだ。人間たちの魂に寄り添い溶け込み一体となって表層に吹き上がる。だから、なかなか落ちていかないのさ。それと重力など考えてもムダだ。ここは『物理法則』を離れている。私たちは物質ではない」
「え?」
「魂だよ。でも、感覚は残っている。手をつなごう。でないと、精霊にさらわれるよ。本来はここでは従魔の力も弱るから、二匹ともきみの影から出られないしきみの守護妖精たちはもとより存在が希薄だから、こんなところまで潜れば雲散霧消してしまう」
あたしは心細くて、ぎゅっと、手をつないで。
そうしたら、やっと見えてきたの。
あたしの黒い髪と、日本人の肌色、十歳すぎくらいの少女の手。着ているものはふくらはぎまでの水色のワンピース、白いエプロンドレス。エナメルの靴?
「え!? アイリスじゃない? これ、月宮アリスだ……しかも、ちょっと小さい頃の」
「セラニスめ、レベルリセットする、なんて言ってたからな」
お師匠さまは相変わらず余裕の笑み。
そして手を握っている、カルナックお師匠さまは……。
長い黒髪で、色白の肌で。
やっぱり、神々しいまでに美しい人だった。
※
「へええ。ほんとにアリスだね!」
声が降ってきた。
幼い少年の、何も知らなければ無邪気そのもののような声。
だけど、
もちろん無邪気なんてものじゃないわよね!
「二人とも、転生してからの経験値はゼロにリセット。魂の根源、地下世界に落ちろ! あははっはははは!」
セラニス・アレム・ダルだ。
十歳くらいの見た目で、腰まで届く長い髪は、血のような鮮やかな赤。瞳は暗赤色だ。
灰色で腹が赤いドラゴンの背中に乗って飛んでいる。
ドラゴンにしては小さめかな?
飛行機の翼に似た、骨組みに膜を張ったような翼で滑空しているのね、羽ばたいていない。
「なんでドラゴンがいるの!?」
「驚いた? ふふん、火も噴くんだよ。いい子でしょ!」
自慢そうに胸をはる、セラニス。
「この子はルシファーっていうんだよ」
けれど、すぐにその表情は、驚きに変わる。
お師匠さまが、こう言ったからだ。
「失敗したな、セラニス・アレム・ダル。この、おれを起こすとは、バカなのか」
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