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第1章
その24 黒の魔法使いカルナック誕生
しおりを挟む24
くるくると回れば、漆黒の衣の裾はひらひらと翻り。
闇夜のような長い黒髪は、さらりと揺れて。
「おっと、ローブも必須よね」
床にたたんで置かれていた、これも精霊に造ってもらった丈の長い上着を羽織る。
純白だった上着も、香織が身に纏ったとたんに全て黒く染まった。靴までも。
「これで杖とかホウキとか、とんがり帽子でもあれば完璧なんだけど、まあいいわ。これで良しとしましょう」
髪の毛も服も靴も、全てがもともと黒く、あるいは漆黒に染め上げられていた。
闇の魔女という呼び名にふさわしい黒装束に身を包んだ並河香織は、にっこり笑って、コマラパを振り返る。
「何度着替えても黒くなるのよね。いっそこれからの私は『黒の魔法使いカルナック』という二つ名でいこうと思うの。どうかしら? コマラパ。ん~、それとも、泰三(たいぞう)パパのほうがいい?」
「苛めんでくれ。わたしは、とっくに降参だ。香織。いや、カルナック」
コマラパは両手をあげた。
「うふふっ。パパは甘いから大好き」
並河香織はコマラパに駆け寄り飛びついた。
「香織! 香織、会いたかったぞ」
「パパ。今度こそ忠告を聞いて。早死にするなんて許さないから」
コマラパこと並河泰三は、娘との再会に、胸を打ち震わせ、抱きしめた。
しかし、しばらくして、はたと『コマラパ』としての我に返り、狼狽える。
大賢者の貫禄は、そこにはなかった。
「いかん。誤解されるような言動は慎しみなさい」
「え? なにが?」
きょとんとする表情は、幼いカルナックを彷彿させる。
「だってコマラパは前世のパパでしょ。それに今生の父母がどんなものだったか知っているのよね。だったら、もっと再会を喜んで。わたしを助けて!」
「そ、それは、もちろんだ! 全力で助ける。守るとも」
「ねえ、コマラパは最初に精霊の森で出会った時から、カルナックが気に入ってたよね。自分の子どもみたいな気がしていたでしょ。カルナックも、コマラパが本当のお父さんだったらよかったのにって思ってたんだから。あんな酷いことを強要する実の父、ガルデルなんかじゃなくて」
「香織も、その……覚えているのか」
「ええ。前世の記憶は、生まれたときから覚醒していたの。わたしは心を閉ざして意識の底に逃げ込んでいた。だから、子どものままのカルナックや、他の小さい子たちには悪いことしたわ。わたしだけ逃げてたの」
顔を伏せた香織に、精霊のラト・ナ・ルアが近寄り、顔を自分の方へ向けさせた。
無償の愛情に満ちた微笑みをたたえ、語りかける。
「違うわ。カオリ。あなたの他の人格は、あなたを守ることで救われていたのよ。魂の奥底には、誰にも穢されない聖域があると思うことで」
香織の目に浮かんだ涙を、そっとぬぐう。
と、香織の肩の力が抜けた。
「ありがとう。やっぱりラト姉さんは優しい」
「カオリ! わたしもいる。精霊は、みんな、きみの味方だ」
ラトに続いて声をかけたのはレフィスだった。
クイブロやカントゥータ、ローサ。周囲の人間たちが茫然自失で声を失っている中で、真っ先に声を上げたのは、コマラパ。そして精霊の兄妹だった。
「兄さん、姉さん。ありがとう。ほかの精霊族の皆にも、いくら感謝しても、たりないくらい!」
香織はラトとレフィスにも、激しい勢いで抱きついた。
※
『で? 感動の再会ってやつは、終わったわけ? よくわかんないけどさ。前世? 異世界転生? 人間って非合理の極みだよ。ずいぶん楽しそうだねえ』
すこぶる不機嫌そうにセラニスは言った。
「あら。待っててくれたのかしら?」
『そりゃあね。そっちが挑戦者なんだ。先に仕掛けるのは、きみだろ』
「妙なところが律儀なのね」
並河香織は妖艶に笑う。
「やっぱり人工知性は、融通がききにくいのね」
『それ褒めてないよね?』
眉をひそめるセラニスに対して。
「ええ、もちろん、皮肉よ」
満面の笑みをたたえて、香織は応じた。
『ふん。さてさてどういう仕掛けなんだろうね。きみは本当にレニウス・レギオン? さっきより成長してて、妙なゆとりがあるけれど』
「さっきも言ったでしょ。レニウス・レギオンじゃないわ。物理法則をねじ曲げる、闇の魔女カオリ。それに、かなり、むかついているの。そういうときはすごく冷静に怒っているのよ」
『怒っている? ぼくもだよ。ぼくの器のぶんざいでさ、きみ。レニでもカオリでもいいけど。言葉の応酬も虚しいよね。そろそろ、いこうよ。外に出る?』
「ええ。戦ったら、この家を壊してしまいそうだものね」
セラニス・アレム・ダルの姿が、一瞬、消えた。
すぐに、窓の外に、移動しているのがわかった。
あたりは深夜だ。
頭上には白い月が輝き、その真月(まなづき)に寄り添うように、小さな暗赤色の月が後から昇ってきている。
月光の下に佇んだ、赤い髪の青年が。
おいでおいでと。
妖しく、手招きをした。
「今行くわ」
香織は窓の縁に手をかけて飛び上がり、窓枠に足を乗せた。
向こう側に飛び降りようとした瞬間。
「待て。行くな」
呼び止めた声があった。
カントゥータだった。
両足をがっつり開いて仁王立ちだ。
「招くということは、出れば敵陣。どのような罠が張られているかもしれない。一人で行くな!」
次に、自分の胸を、ばしっと叩いて。
「戦うならわたしも助太刀する。わたしの末の弟クイブロのぶんも、やっつけなければ、気がすまん!」
「ありがとう」
香織は、切なく微笑んだ。
「……頼りにしているわ、おねえさま」
一声残し、黒の魔女カオリが、外へと飛び降りた。
「姉ちゃん!」
身体の自由がきかなくなっているクイブロは、母親のローサの腕に預けられていた。
動かせるのは口だけだ。
「おれも、おれも行く……カルナックを守るって、約束したんだ」
「指一本も動かせないのに、どうやって戦うつもりだい」
ローサが諫めた。
「ここにいな。戦士の邪魔はしちゃいけない。おまえはバカじゃない。姉ちゃんを信じて待てるだろ」
「おう。任せろクイブロ! それに、おまえの嫁は、ただものじゃないぞ。見ろ」
一足先に出たカオリの姿を指し示す。
よく見えるようにローサがクイブロを支えて窓に近寄る。
闇の中に、魔女はいた。
けれども、闇は、暗いばかりではなかった。
闇の魔女、香織は青白い精霊火を引き連れていたからだ。
精霊火の数は、刻一刻と、増えていく。
そしてカオリの両脇には、銀色の靄に包まれた、精霊の兄妹、レフィス・トールと、ラト・ナ・ルアが佇んでいたのだった。
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