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第4章

その33 破滅の淵で踊る

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              33

 セラニスは、数の上での圧倒的不利にもかかわらず、堂々として、楽しげに笑みを浮かべている。

「ローサ。『欠けた月』の村長。この村の地下、奥深くには、遠い昔の小型船が埋まっている。動力が生きてることは確認できた。村長には代々の申し送りがあるんだってねぇ?」

「なんでそれを」
 息を呑むローサ。

「知ってるかって? だってぼくはイル・リリヤから生まれた息子だよ。母さんのプログラムは全部、掌握してる。隠しおおせたつもりだったろうけどね」

 笑い声が、更に高くなった。

「あははははは! 愉快だ! さあ、弾けろ! 地底の竜、地底の『虚ろ船』! おまえが虚空に飛び立つときは、もはや永遠に訪れないのだから!」

「自爆でもするつもりか! おまえもただでは済まぬ!」
 銀竜(アルちゃん)の声に、セラニスは頷いて。

「それこそ望むところだよ」
 無表情に、呟いた。
「こんな野蛮な生物の身体に、こいつが死ぬまでずっと閉じ込められてるなんて、ぼくが我慢できるわけないだろ。……あ、でもガルデルには悪いことしたな。なんか土産を用意してやらないと……」

 それがセラニスの最後に発した言葉だった。

 赤い髪の少年の姿は消え失せた。
 それすらも幻影だったのだ。

 残されたのは一頭の駆竜。
 頭を振り立て、暗赤色に瞳を燃やす。

「こいつがセラニスの、仮の器だ」
 アトクは片刃の剣を握った。

 刃を振り払えば、銀色の閃光が放たれる。

「……流星!」
 叫ぶと、灼熱の球体が飛び出して、セラニスが『憑依』している駆竜めがけて飛んだ。
 
 そもそも大地に落ちた鉄隕石から創られた。
 その銘は『流星』である。

 放たれた火球は空中で更に幾つかに割れた。

 ドンッ!

 大火球が、散弾のように砕け散って、セラニスが『憑依』していた駆竜の巨体めがけて飛んだ。

 炎の雨に包まれて、燃え上がる駆竜。

「ウガァァァァー」
 駆竜は叫ぶ。

 部隊の頭領としての駆竜、「ルシファー」
 本来ならアトクが騎乗していた個体である。

「燃やしたくはないが。セラニス・アレム・ダルの器にされてしまった、おまえには、もはや滅びしかない。行く末を導いてやるのは、おれの努めだ」

 アトクの苦渋の決断だった。


「甘い。甘いなアトク。おまえと同じ、こいつはもう死んだも同然。情けをかける? バカなのか? それとも、それが《ヒト》の限界であり、……美徳なのか」

 忌々しそうな声がして、駆竜《ルシファー》の背中に、セラニス・アレム・ダルの幻影が再び、現れた。

「で、これが。死にゆくものに手向ける花?」
 周囲に飛ぶ火花を見つめ、その手につかもうとして、かすかに笑った。

「じゃあ、ぼくの返答も受け取って」

 駆竜ルシファーは、下を向いて。

 地面に向かって咆哮を轟かせた。

 足下に巨大な穴が穿たれる。
 音波による兵器だ。
 ビーム兵器は、地底に向かって、みるみる、穴を深く穿っていく。


「いかん、逃げろ!」
 銀竜が警告する。
「地下の《虚船》に!」

 ローサ、カントゥータ、クイブロ、カルナックは身を翻し。
 アトクは駆竜部隊を退かせた。

 地下に穿たれていく、赤熱した穴。


「待て!」
 そのとき響いた声がある。
 同時に、自ら赤熱した穴に身を投じようとしていた「ルシファー」の前に、突然、一人の男が出現した。

 カリートだ。
「銀竜様。このおれに、ローサの危機のときだけは発動できる、無限の力を授けてくださったことを。感謝致します」

「あんた!」
「とうちゃん!」
「親父!」
 叫びが交錯する。

「だめえ!」

 数秒後。
 地面が内側から大きくふくれあがり、灼熱の溶岩流と熱風が噴き上げてきた。


                ※


 爆発の噴煙は、遙か遠く離れた北方の国アステルやガルガンド、東のレギオン王国、南方のサウダージ共和国からも、望み見ることができた。

 もちろん、最も近いエルレーン公国では大騒ぎになった。
 首都シ・イル・リリヤでは、「この世の破滅だ」と、人々が逃げ惑い、疑心暗鬼にかられ、暴動へと発展しかねなかった。

 対して、グーリア帝国では、騒ぎは起きなかった。
 地震や火事、どんな天変地異よりも、帝国の神祖ガルデルのほうが恐れられていたからだった。


 黒曜宮殿に籠もっていたガルデルは、赤い魔女セラ二アに尋ねた。
「あの黒煙は、なんだ」

「なんでもないよ。それより、新しい映像をあげる」


 闇の中に映し出されたのは、一人の少女。
 駆け寄ってきて、腕の中に飛び込んだ。
 ガルデルには、そのように思えた。


「会いたかったの」
 潤んだ瞳で、少女は言う。
「すごく、会いたかったの」


「おお。わしもだ。どんなに会いたかったか」
 さしのべた無骨な腕は。
 だが、少女に触れることはかなわずに、すり抜ける。

「どいういうことだ! セラ二ア」
 激怒して振り返る、ガルデルの顔は、真っ赤に染まっていた。

「映像だって言ったろ」
 赤い魔女は、くすくすと笑う。

「良い子にして待ってなよ坊や。そのうち、いつかは手に入れてあげるからさ。その子、あまり歳をとらないみたいだし」
(確約はできないけどね)
 と内心で呟きながら。
(ま、あれくらいで、あの闇の魔女が死ぬとは思えないしね……)

                              ※

 かくして。
 太古の昔よりイル・リリヤ直属の使命を帯びていた『欠けた月』一族の村は、地上から姿を消したのだった。
 もともと、地図にも掲載されてはいない村であったのだが。

 聖なる雪峰ルミナレスは、少々、中腹が削られてしまったが、いまだ近隣、及び遠方からも畏敬と信仰の対象として見られている。

 現在、ルミナレスは、巡礼たちの訪れる聖なる峰だ。

 途方も無い大規模な噴火が起こったものの、すぐに静まったのが、さらに霊峰への信仰を深める原因となった。


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