リトルホークと黒の魔法使いカルナックの冒険

紺野たくみ

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第1章

その50 絵本に書かれなかった物語と、男子寮の新入生

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          50

『こうして真月の女神イル・リリヤに護られた人々は、新しき世界に降り立ちました。
 人々を見守る慈愛の光、若く青白き太陽アズナワクが天空高く輝いていました』

『暗赤色の光をたたえたもう一つの月、セラニス・アレム・ダルは、イル・リリヤの子として母なる女神を支え、寄る辺なき嬰児(みどりご)たちを守護するために、天空にあるのです』

『この新しき世界は、セレナン。精霊たちと同じ名前です。それは、精霊が、この世界の大いなる意思そのものが、人間達を見守るために遣わした存在だからです』

『最初に虚空に浮かぶ月の船から下りてきた人間達は、始まりの千家族。彼らは地上に降り立って、最初の精霊、第一世代の精霊と、約束を交わしました。この世界を汚さず破壊せず、つつましく美しく生きることを』

『約束を守らなければ、古き園と同じくこの世界でも人々は滅び去るだろう。世界は虹を空に掲げました。古き園で人々を最後まで護っていた女神を忘れないように』

          ※

 魔法学実践課の授業を終えた教室。
 生徒達が賑やかに出て行った後、しばらくして、女教師ジュリエットも退出した後のこと。学院長《呪術師(ブルッホ)》はソファに座っていた。

 自らの膨大な魔力で編纂した、子供たちのための絵本を、ここまで読み上げた《呪術師(ブルッホ)》は、唇の端に、皮肉な笑みを浮かべた。
 聞いているのは、目の前の椅子に腰掛けている人物、ただ一人。

「ご苦労さん。よくこんな長い本を書いたな。けど、学生達に配られた絵本には、この本の最後までは書かれてなかったな?」

「この部分は、公表はせずに伏せておいたほうが良いのだろう。これは、おまえだけのために書いた」

 《呪術師(ブルッホ)》と二人で教室に残っているのは。ガルガンド氏族長スノッリの養子リトルホークこと、十八歳に成長した『欠けた月』の村、村長ローサの三男クイブロ・プーマ。
 クイブロは十三歳で《呪術師(ブルッホ)》ことカルナックに出会った。
 一目惚れして迫りに迫って。カルナックを庇護していた精霊(セレナン)の許しを得て婚姻の儀までこぎつけた。
 けれど幼すぎたこともあり重ねたのはキスまでで、関係を結ぶこともないまま、婚姻から一年後には離れることになってしまったのだが。

「おれのために?」

「少し違う。おまえのためだけに、記した。ありのままの事実を。真実は秘められるべき場合もあるが、どこかに書き残しておかなければ散逸してしまう」

「大変だな……」

「いや、実はそうでもない」
《呪術師(ブルッホ)》は目を伏せた。
「感じていた。信じてた。ずっとずっと昔から。離れてもおまえがこの世界で生きていてくれれば、わたしは」

 クイブロは、椅子から立ち上がり、歩み寄る。
 腰掛けている《呪術師(ブルッホ)》の肩に、手をかけて。
 顔を寄せて、ささやいた。
「そうじゃないだろ。ほんとは側にいてほしいって、言えよ」
 少しばかり高圧的に。

「わたしはこの学院の長《呪術師(ブルッホ)》だ。年齢を止めてまで、おまえを信じて待っていたムーンチャイルドとは違う。弱音など吐いていられるものか」

「いいから。カルナック。ルナ。おれだけは、おまえの本当の姿を知ってる」

「な、なにを」

「出会ったときのこと忘れてないだろ? おまえは魔法はものすごいけど、どうしようもなく寂しがりやだ。それなのに、こんなに一人で気を張って」

「……バカ! おまえがいけないんだ、追ってくるのに四年もかかってるから」
 カルナックはクイブロの腕を掴んで引き寄せた。
「もう少しだけ……わたしのそばに」

 クイブロはふと誰かに見られはしないかと入り口のほうを振り向いたが、カルナックに首ねっこを抑えられた。
「ダメだ。ここにいて!」

「おまえ、ほんとの意味でのツンデレだな……」

「この場所には誰も近づかないように魔法をかけた。もう少しだけでいいから、どこへも行かないで」

「お願いなんかしなくたって、おれは、いつでも、おまえのそばにいるのに」

          ※

「おーい、リトルホーク!」
 回廊を歩いていたおれは、背後から呼びかけられて、振り向いた。
 黄金の髪の美少年と、赤錆色の髪をした精悍な少年が、小走りに追いすがってきていた。

「モルとブランじゃないか。午後はどうしてた?」

「それはこっちのセリフだよ」
 モル君こと、ルームメイトになった筋肉少年モルガンは、呆れた顔をした。
 赤錆色の髪をぐしゃぐしゃにかき回して、いらつきを表す。

「おれとブランとルーナは、みんなと魔法学実践課の授業を受けてた。おまえも一緒かと思ったのに、なんで来なかった」

「あの。すみません、ぼくが、リトルホークはどうしたんだろうって言ったりしたから、モルは心配して」
 ブランこと、金髪に金茶色の目をしたブラッド君が、申し訳なさそうに身を縮めた。
 もともとブランはモルより身長が低いのに。よけいに幼く見える。

 おれは肩をすくめて応える。
「今日から学院に入ったおれが、みんなと同じ授業についていけるわけないだろ。一年生のクラスで基礎から教わってた」

「え、そっそうか。一年生から学び始めるのかぁ。だよな~」
 悪いこと聞いたなとモルは頭を掻いた。

「そうだよ。何にも知らないんだ」
 おれは、へらっと笑った。
 せっかくルームメイトになる二人に、妙な警戒心など抱いてほしくはない。
「でも、早く二人と同じクラスに進めたらいいなあ。田舎じゃ歳の近い子どもがいなかったから、遊び相手がいなくてさ。いまさらだけど、仲良くしてくれるかい」

「もちろんですよ! ぼくたちは、もう友達です! それに紳士同盟の仲間ですっ」
 ブランは顔を輝かせた。

「お、おれもだ。やぶさかではないぞ!」
 真剣な表情で、モルは言った。

「ありがとう! 二人とも」
 紳士同盟というのは、ぶっちゃけ、ムーンチャイルドのファンクラブだ。

 おれの嫁ルナ(カルナック)は、このエルレーン公国首都シ・イル・リリヤでは、本名を隠してムーンチャイルドと名乗っている。

 人間離れした美貌は言うまでも無いが、精霊に愛され強大な魔力を持っているうえ大公の後ろ盾があり、なおかつ《呪術師(ブルッホ)》の妹であること、等々、上昇志向の強い輩にとっては非常手段に訴えてでも手に入れたい存在なのだという。
 ブランたちは見かねて、護るために同盟を立ち上げたのだ。
 それに、おれも誘われ、参加しているというわけなのだ。

「ところでリトルホーク。荷物はまさか、それだけか?」

「背負ってる袋一つにみんな入ってるわけないですよね」

「ああこれか。もちろんだ」
 おれは背嚢を抱え直した。
「荷物はよそに預けてあるんだ。寮に入ることになったから、こっちに届けてもらうようにした。案内してくれるか?」

「うんっ」
 二人は満面の笑顔で頷いた。
「男子寮に、ようこそ! リトルホーク!」
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