リトルホークと黒の魔法使いカルナックの冒険

紺野たくみ

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第1章

その29 レニウス・レギオン(仮)が言うことには。

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          29

 緩く三つ編みにした長い黒髪に、水精石色の目をした長身の美女、いや、美青年。
 さきほど中庭でレニウス・レギオンと名乗っていた人物だ。
 凍てつくような鋭い視線を感じる。

「やはり、年若い者は甘いな。レフィス・トール。ラト・ナ・ルア。人間などに、すぐにほだされる。カルナック、その者の手を離して、こちらへおいで」

 圧倒される、その存在感。
 戦士としても、桁違いに強い相手だと、おれの、傭兵の勘が告げている。
 こいつは、やばいやつだ。
 この『レニウス・レギオン』に命じられて、断れる者などいるだろうか?

 しかし、おれのルナは。
「いや!」
 命じられてもなお、逆らい、おれにすがりついたのだ。

「リトルホークをどうするの? ひどいことしないよね? やっと会えたんだもの。もう、離れるのはいやだ」

 なんと可愛いことを言ってくれるのだろう、おれの嫁は。

「ルナ。おれもだよ。もう二度と離れたくない」
 おれも、ルナを、ここぞとばかりに強く抱きしめた。

「あんたは誰だ? きのう出会ったレニウス・レギオンとは、違う人物だ」

「ほう。それくらいは、わかるのか」
 ほんの少しだが、レニウス・レギオンと名乗っている人物は、満足げな笑みを浮かべて頷いた。
「まあ、そうであってくれなくては困る。この世界の大いなる意思に愛されている、精霊の愛し子と縁組みをしようという無謀な者なのだからな」
 にやりと、笑う。
 固唾をのんで見守ってくれていたラト・ナ・ルアと、レフィス・トールの兄妹は、安心したように胸をなで下ろした。

「では、種明かしを……」
 レニウス・レギオン(仮)は微笑んで、両手のひらを上に向けてかざした。
 すると、いつしか部屋の中に、人間の頭ほどもある青白い光を迸らせる球体が、いくつも現れて群れをなす。
 おれの故郷でも、そしてこの国でも、『精霊火(スーリーファ)』と呼ばれ、よく見かけられる自然現象。
 精霊の魂だと信じられている、この光の球体は、実のところ高密度のエネルギーが集まったものだ。

 青白い光の球体に、びっしりと包まれ、レニウス・レギオン(仮)は、長い髪をひるがえして、くるりくるりと回る、そのうちに、変化が起こった。

 まず、纏っていた黒いローブが、裾の方から色が抜けたように白くなっていく。
 次には長い髪だ。
 夜空のような漆黒だった艶やかな髪が、ゆるりと三つ編みが解け、青みを帯びた銀色に変わり、足もとまで届く。
 そして目の色は変わらず水精石(アクアラ)の淡い青。
 顔立ちは、さっきまで装っていたレニウス・レギオンのそれとは異なっていた。
 もちろんレニウス・レギオンは人間とは思えないくらい美しいのだが、銀色の髪に変身した後の姿は、この世ならぬ美を体現したかのような、筆舌に尽くしがたい、至高の美そのもの。それこそが、人間ではあり得ないということの、証明だった。

「やっぱり、精霊(セレナン)だったのか!?」

「おや。それ以外の何だと言うのかね」
 銀髪の、長身の美女は、人の悪い笑みをたたえて微笑む。

「人間には知られていないことだが。我々、精霊は、自在に姿を変えることができるのだ。もともと、この世界そのものである『大いなる意識』によって生み出された目的は、人間たちと接触し、観察、交渉を行うためのインターフェースであるからな。時代も下がった今では、年若き者たちは、変身や幻影を好ましく思わなくなっているようだが」

 おれはどう応えて良いかわからなくなった。

「姉さま、ぶっちゃけすぎですわ」
 ラト・ナ・ルアは、頭を抱えた。

「以前も言いましたよね? 人間というものは、ロマンを求めるものなんです。姉さんみたいなのが精霊の代表だと思われては困ります」
 レフィス・トールも、困ったように、言った。

「きみたちもたいがい失敬だな」
 レニウス・レギオン(仮)は、それでも上機嫌を損なわれはしなかったようだ。まるで体重を感じさせずにふわりと動いて、おれとルナのすぐ側に、『出現』した。瞬間移動でもしたみたいに。
 そして、ルナの手を取って引き寄せた。
「ルナ!」
 動転するおれを、片手で制し。

「いやだっ」
 もがくルナの頬を、残る片手で、優しく撫でて。

「さっき中庭で、彼が再び求婚し、おまえが承諾した件だが。この都で婚姻を結ぶには、時期尚早だ。初めからやり直せと言っただろう、カルナック。カオリ、レニ。今では学院の関係者も多い。皆に認めさせなくてはならないのだよ。ここでは、形式も重要なのだ。彼、リトルホークが、この国の皆も認めるような男になればよいだけなのだから」

「……姉さま」
 ルナの目に、涙が浮かんで、こぼれた。

「我々の愛しい養い子よ。なに、心配するには及ばない。先ほどコマラパが、彼を留学という形で学院に受け入れることを決めた」

「はあ!?」

「初耳ではないだろう? コマラパから聞かされたはずだ。リトルホーク、きみは、我が魔法使い養成学院の留学生だ。特別に、授業料も寮の費用も無料でいい」
 そこから、急に、真顔になって。

「おまえにも魔法の使い方の基礎くらいは身につけてもらわなくてはならぬのだ。我らが愛し子を守ろうというならば」
 うら若き美女のような外見とは裏腹に、ひどく長い時を経た老兵のように。人生の暗い淵を垣間見た、諦観をうかがわせる、まなざしを、おれに向けた。

「我々の敵は滅びてはいないし過去のものでもない。いずれ対峙するときも、近い未来ではないとは言い切れないのだ」

 そのときおれは、まったく別の者を思い出していた。
 縁戚ではあれ血のつながりなどないおれを養子として受け入れてくれた、ガルガンドの氏族長、スノッリ・ストゥルルソンのことを。

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