リトルホークと黒の魔法使いカルナックの冒険

紺野たくみ

文字の大きさ
48 / 64
第1章

その47 幼稚園からの世界史入門

しおりを挟む

                    47

「さて、レギオン王国に保管されていた古い『祈祷書』が、ここにある。大昔は『聖堂』の礼拝の時に読まれていたそうだよ。今では禁書扱いだけれど」

 ジュリエット先生が立っている教壇の傍らに、《呪術師》は、椅子を置き、大きな本を膝に乗せていた。古びた羊皮紙を束ねて綴じたものだ。
 表紙には、飾り罫に囲まれた不思議な図が描かれていた。

 中央の小さな白い丸の周りに、十の丸い環。
 それを見た瞬間、おれは。
 強烈な、既視感にとらわれた。
 太陽の周囲を巡る十の惑星、および準惑星。

 これって、太陽系の図だよな?
 ……あれっ?
 なんで、そんなこと思ったんだろう?
 たいようけいって、なんだ?
 ……あたまが、いたい。

「この本は、どうでもいいことをすごく長々と書いてあるんだけど、最初に序文として簡単にまとめたものが記載されている」
 そして《呪術師》は、本を開いた。

                      ※

『かつて虚ろなる空の彼方に、白き太陽神ソリスの加護を受けし古き園あり。』

 長きにわたる繁栄を享受し、やがて人々は天地に満ち、遠き虚空へと手を届かせる。

 なれど時を経て、人々は堕落し大地を損ない、自ら大気を汚し、毒を放つ。
 よって、ついに神々の怒りに触れぬ。

 天空の彼方より放たれし神々の矢。
 えぐられし大地、人々の築きし栄華の都は、儚く砕けぬ。
 破壊の日、と、最後の人類は呼ぶ。
 これは約束である。

 大地は深き亀裂より熱した血を噴き出したり。人々が呼吸するごとに大気は肺を蝕み、赤く逆巻く海の水は血を毒するなり。
 やがて地上の生きとし生けるものは全て滅びたり。
 残されしは地下の繭。
 繭の中で父母なくして生まれながらに罪を背負いし咎人たち。
 この原罪を背負う無知なる嬰児たちを哀れみしは、あまたの神々のうちで夜と死を支配する月の女神のみ。
 女神はその白き腕に咎人たちを抱き、虚ろの空の大海を渡り、約束されし青き清浄なる大地セレナンに降臨す。

 死者と咎人と、生まれながらに罪を背負いし嬰児(みどりご)の護り手、真月の女神イル・リリヤと、彼女は呼ばれぬ。
 清浄なる大地をあまねく照らす青白く若き太陽神アズナワクは慈愛深き恵みの神。
 白き腕の真月の女神イル・リリヤは、赦しの神なり。
 女神イル・リリヤは古き園より運びし種を育て「別の月」と成し宙に放つ。
 空に掲げられしは「魔月」。闇を司りし「魔の月」。その名をセラニス・アレム・ダル。そは、魔物の守護者なり……。

          ※

「おや」
 本を読む手を止めて、顔を上げた《呪術師》は、くすりと笑った。
「みんな寝てしまったね。まだ序文の途中までしか読んでいないのに」

「難しすぎるんだよ」
 リトルホークは遠慮のないあくびで、答えた。
「みんな幼稚園児みたいなもんだから。わかるもんか。注意力も集中も続かない。ほら、ジュリエット先生も寝てる」
 可憐なミス・ジュリエットは、教壇に顔を伏せて、くーくーと寝息を立てていた。

 《呪術師》は、いたずらっぽく目を輝かせた。
「じゃあ、そういう君は理解できたのかな、リトルホーク」

「おれをなんだと思ってる」
 胸を張る。
「読み書きはコマラパ師に教わっただけだ。世界史も苦手だった。歴史を知って、なんかいいことあるのか」
 いったんは、そう切り捨てて。
「……まあ、おれは。前世の記憶があるから、わざとわかりにくく書いてる文章だなっていうのは推察する。そうだな。むしろ真実を隠したいって感じ?」

「わかった。君の意見を参考にしよう」
 《呪術師》は、ノートを開いて何事かを書き付け始めた。
「簡単で端的な内容で。絵本とかにしようかな?」

「それがいいぞ。たぶん」

「じゃあ、みんなを起こして授業再開だ」
 見れば《呪術師》の手もとには、色鮮やかな画が描かれた表紙の、大判の絵本が出現していた。
「タイトルはこれだ!」
 自信まんまんに宣言する。


『幼稚園からの世界史入門』


「おれの言ったまんまじゃん!」

「いい意見だと思ったからそうした」
 悪びれる様子はないな。

「まったく、おまえは。相変わらず『物理法則を無視する』なぁ」
「もちろんさ」

 屈託のない満面の笑顔は。
 まるきり昔と、4年前と変わりはしなかった。

 おれがじっと見つめているのに気づいたんだろう。《呪術師》は、おれを手招きする。
 ついうっかり、ふらふらと前に出てしまった、おれである。

「ねえ。それより、みんな寝てるんだよ」
 《呪術師》は、人差し指を立てて唇に当て、笑う。
 みるみる、ムーンチャイルドの姿になった。おれの可愛い嫁ルナに。
「抱っこして。今だけ」
 華奢な腕を広げて、伸ばして。つやつやの目を潤ませて、こいねがう。
 もちろん、おれは。

 リクエストに応えた。

 腕の中で、ルナは囁く。
「みんなが起きたら。これを見せてあげて。大人たちの勝手な思惑で欺されないように、真実の歴史を、わかりやすく書いておいたから、それで」
「いいから、黙れ」
「じゃあ。キスして」
 神様、いいのか? こんなラブラブな時間。
 いいよね? たまには……。少しだけ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

悪徳領主の息子に転生しました

アルト
ファンタジー
 悪徳領主。その息子として現代っ子であった一人の青年が転生を果たす。  領民からは嫌われ、私腹を肥やす為にと過分過ぎる税を搾り取った結果、家の外に出た瞬間にその息子である『ナガレ』が領民にデカイ石を投げつけられ、意識不明の重体に。  そんな折に転生を果たすという不遇っぷり。 「ちょ、ま、死亡フラグ立ち過ぎだろおおおおお?!」  こんな状態ではいつ死ぬか分かったもんじゃない。  一刻も早い改善を……!と四苦八苦するも、転生前の人格からは末期過ぎる口調だけは受け継いでる始末。  これなんて無理ゲー??

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...