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第1章
その47 幼稚園からの世界史入門
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「さて、レギオン王国に保管されていた古い『祈祷書』が、ここにある。大昔は『聖堂』の礼拝の時に読まれていたそうだよ。今では禁書扱いだけれど」
ジュリエット先生が立っている教壇の傍らに、《呪術師》は、椅子を置き、大きな本を膝に乗せていた。古びた羊皮紙を束ねて綴じたものだ。
表紙には、飾り罫に囲まれた不思議な図が描かれていた。
中央の小さな白い丸の周りに、十の丸い環。
それを見た瞬間、おれは。
強烈な、既視感にとらわれた。
太陽の周囲を巡る十の惑星、および準惑星。
これって、太陽系の図だよな?
……あれっ?
なんで、そんなこと思ったんだろう?
たいようけいって、なんだ?
……あたまが、いたい。
「この本は、どうでもいいことをすごく長々と書いてあるんだけど、最初に序文として簡単にまとめたものが記載されている」
そして《呪術師》は、本を開いた。
※
『かつて虚ろなる空の彼方に、白き太陽神ソリスの加護を受けし古き園あり。』
長きにわたる繁栄を享受し、やがて人々は天地に満ち、遠き虚空へと手を届かせる。
なれど時を経て、人々は堕落し大地を損ない、自ら大気を汚し、毒を放つ。
よって、ついに神々の怒りに触れぬ。
天空の彼方より放たれし神々の矢。
えぐられし大地、人々の築きし栄華の都は、儚く砕けぬ。
破壊の日、と、最後の人類は呼ぶ。
これは約束である。
大地は深き亀裂より熱した血を噴き出したり。人々が呼吸するごとに大気は肺を蝕み、赤く逆巻く海の水は血を毒するなり。
やがて地上の生きとし生けるものは全て滅びたり。
残されしは地下の繭。
繭の中で父母なくして生まれながらに罪を背負いし咎人たち。
この原罪を背負う無知なる嬰児たちを哀れみしは、あまたの神々のうちで夜と死を支配する月の女神のみ。
女神はその白き腕に咎人たちを抱き、虚ろの空の大海を渡り、約束されし青き清浄なる大地セレナンに降臨す。
死者と咎人と、生まれながらに罪を背負いし嬰児(みどりご)の護り手、真月の女神イル・リリヤと、彼女は呼ばれぬ。
清浄なる大地をあまねく照らす青白く若き太陽神アズナワクは慈愛深き恵みの神。
白き腕の真月の女神イル・リリヤは、赦しの神なり。
女神イル・リリヤは古き園より運びし種を育て「別の月」と成し宙に放つ。
空に掲げられしは「魔月」。闇を司りし「魔の月」。その名をセラニス・アレム・ダル。そは、魔物の守護者なり……。
※
「おや」
本を読む手を止めて、顔を上げた《呪術師》は、くすりと笑った。
「みんな寝てしまったね。まだ序文の途中までしか読んでいないのに」
「難しすぎるんだよ」
リトルホークは遠慮のないあくびで、答えた。
「みんな幼稚園児みたいなもんだから。わかるもんか。注意力も集中も続かない。ほら、ジュリエット先生も寝てる」
可憐なミス・ジュリエットは、教壇に顔を伏せて、くーくーと寝息を立てていた。
《呪術師》は、いたずらっぽく目を輝かせた。
「じゃあ、そういう君は理解できたのかな、リトルホーク」
「おれをなんだと思ってる」
胸を張る。
「読み書きはコマラパ師に教わっただけだ。世界史も苦手だった。歴史を知って、なんかいいことあるのか」
いったんは、そう切り捨てて。
「……まあ、おれは。前世の記憶があるから、わざとわかりにくく書いてる文章だなっていうのは推察する。そうだな。むしろ真実を隠したいって感じ?」
「わかった。君の意見を参考にしよう」
《呪術師》は、ノートを開いて何事かを書き付け始めた。
「簡単で端的な内容で。絵本とかにしようかな?」
「それがいいぞ。たぶん」
「じゃあ、みんなを起こして授業再開だ」
見れば《呪術師》の手もとには、色鮮やかな画が描かれた表紙の、大判の絵本が出現していた。
「タイトルはこれだ!」
自信まんまんに宣言する。
『幼稚園からの世界史入門』
「おれの言ったまんまじゃん!」
「いい意見だと思ったからそうした」
悪びれる様子はないな。
「まったく、おまえは。相変わらず『物理法則を無視する』なぁ」
「もちろんさ」
屈託のない満面の笑顔は。
まるきり昔と、4年前と変わりはしなかった。
おれがじっと見つめているのに気づいたんだろう。《呪術師》は、おれを手招きする。
ついうっかり、ふらふらと前に出てしまった、おれである。
「ねえ。それより、みんな寝てるんだよ」
《呪術師》は、人差し指を立てて唇に当て、笑う。
みるみる、ムーンチャイルドの姿になった。おれの可愛い嫁ルナに。
「抱っこして。今だけ」
華奢な腕を広げて、伸ばして。つやつやの目を潤ませて、こいねがう。
もちろん、おれは。
リクエストに応えた。
腕の中で、ルナは囁く。
「みんなが起きたら。これを見せてあげて。大人たちの勝手な思惑で欺されないように、真実の歴史を、わかりやすく書いておいたから、それで」
「いいから、黙れ」
「じゃあ。キスして」
神様、いいのか? こんなラブラブな時間。
いいよね? たまには……。少しだけ。
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