この勇者は世界を救いません

猫男爵

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第8話 一触即発

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 正直、こんな連中、皆殺しにするのは造作もないことだが……。
 昨日あれほどの目に遭ったにもかかわらずノコノコと俺の前に現れるコイツの神経ってヤツが信じられなくて、興味本位もかねて暫く付き合ってみることにした。

「おーおー、昨日俺に腕斬り落とされたくらいで子供ガキみたくピーピー泣き喚いてたが野郎がこの期に及んで偉そうに格好つけてんじゃね……って、あれ? お前、その腕どうしたの?」

 そんな俺の指摘通り、昨日間違いなくぶった斬った筈の右腕がどうしたわけか引っ付いていて……。

「フン……。平民の貴様でも気が付いたようだな」

 気付くに決まってんだろ? マジでバカなのかコイツは⁉

「フ、所詮、平民如きの攻撃など私には意味をなさんということだ。さぁっ、刮目して見るがいい、神の御業によって私の右腕は、コレこの通りっ、再び炎の中より甦ったのだっ‼」

 そういうと大げさにその右腕を振って健在ぶりをアピールしてくる。

 ケッ、何言ってんだこのバカ……。蜥蜴トカゲの尻尾でもあるまいし、大方宮廷魔術師の類に徹夜で治療してくっつけてもらったってなもんだろ?

 しっかし、俺としたことがしくったなぁ~……。ちょいと真っ直ぐ素直に斬り過ぎたか……。どうせだったら二度とくっつかねーように神経諸共をズタズタに斬り潰すやり方で斬っときゃあよかったぜ……。

 そんな後悔が頭をもたげる中、なおもバカ貴族が俺に対して話しかけてくる。

「まぁそれはひとまずおいておくとして……。今日はやって来たのは他でもない……。貴様に吉報を持ってきてやったぞっ‼」

 毎度のこったが、これまたいちいち偉そうに声高に叫ぶバカ貴族。

「お、何だ何だ? 俺の目の前で首でもかっ斬って自殺でもしてくれんのか?」
「ふ、ふざけるなっ‼ き、貴様、わ、私を一体何だとっ……‼ ――くっ、ま、まぁ、いい……。心して聞くが良い――。貴様、カーネリア様の御眼鏡にかなったぞ。私としては渋々ではあるが、貴様の態度如何では取り立ててやってもよいぞ?」

 どうだといわんばかりのバカ貴族に対し、当の本人はというと、

「あん? ふざけろバカ、目障りだからとっとと消えろ」
「なっ⁉」

 それだけ伝えると俺はガラガラの、半ば俺専用とかしているテーブル席へと腰を下ろしていった。

「聞こえなかったのかよ? テメーなんかの不味いツラ見てたらせっかくのウェェルまでもが不味くなっちまうじゃねーかよっ」

 そう言って軽くあしらおうとする俺に案の定激高してくるバカ貴族。

「ふ、ふざけるなっ、貴様っ‼ 平民である貴様をあえて我らの――。延いてはカーネリア様のお役に立たせてやると言っているのだぞっ⁉ そ、それを、それをっ‼」

 最早、余りに興奮しすぎて過呼吸気味に喚くバカ貴族。
 そんな喚き散らす姿にしてもそうだが、俺は心底うんざりしていて……。
 ハァ~~……。てっきり昨日の件に関して詫びでも入れてくる腹積もりなのではと多少なりとも期待していたんだが……。やっぱり所詮バカはバカだったってことか……。
 そう見限った俺は、いつまでもこんなボンクラ共の相手なんかしてられるかとばかりに、あえてバカ貴族を怒らせていくことに決めた。
 もっとも、俺としちゃあ全く以って普通に話してるつもりなんだがな……。何故か相手が怒りだすだけで……。う~~~む、世の中ホント不思議なもんだな……。
 
 ともあれ、激高して近寄ってくるバカ貴族に対し、内心シメシメと思うと同時にもう一声かけていく。

「だから近づいてくんなって……。あん? ――くんくんくん……。よ、よぉ、何か臭わねーか?」

 突然の俺のそんな問いかけに対し、バカ貴族がいぶかしげな顔を見せるも、

「? な、何だというんだ急に? くんくんくん……。べ、別にどこも何ともないではないか?」

 と、

「ん? な、何だ何だ? くんくん、なぁ、な、お前、何か臭うか?」
「い、いや、特には……。お、お前はどうだ?」
「へ? わ、私もこれといって……」

 そんな俺たちにならうように周りのバカ貴族の部下連中もさっきからしきりにも鼻を鳴らしてやがる。

 と、そんな中で、心底小馬鹿にしたような口調でもってバカ貴族に向かって言ってやった。

「おいおい、まだ気付かねーのかよ? 鈍いヤローだな……。要するにテメーが近づくと小便臭くて敵わねーってんだよっ‼」
「なっ――⁉」
「え? し、小便、臭い?」
「……………………」
「…………ぷっ」
「あ、ば、バカッ⁉ お、お前っ――」
「――ッ‼」

 この俺の発言を受け、一部の部下が噴き出しかけたのを睨みつけることで恫喝するバカ貴族。
 ケッ、全く心の狭いヤローだぜ。ハッキリ言って上司にしたくないタイプNo.1ナンバーワンだな、こりゃあ。
 
 そんな中、これ幸いとばかりに駄目押しの一発を畳みかけていく。

「それとよぉ……。おう、そこの兄ちゃん!」
「え? お、俺ぇ?」

 俺たちから割とすぐ近くに立っていた兵士の兄ちゃんに向かって声をかけていく。
 と、突然矢面に立たされ困惑する兵士の兄ちゃんに対し、こんな質問をしてみた。

「おう、オメーだオメー。さっきから気になってたんだけどよう、そこのジョッキの中に入ってるのって一体なんだ?」
「へ、じ、ジョッキ? ジョッキってこの?」

 不安そうな表情も、目の前のテーブルに置いてあった大ジョッキを手に取り、俺の問いかけに答えていく。

「コレは……。さっきまでここで飲んでいた酔っ払い共が飲み残していったウェェルだと思うが……」
「え? ホントかよ? おっかしいなぁ~? 何か、そっからも臭ってくるんだけどなぁ~。ひょっとして、ソレ……。ホントはウェェルじゃなくて、この隊長さんの小便なんじゃねーのかっ⁉」
「――‼」
「へ? ……――うぇええっ⁉ し、しょうべ、き、きったね――」

 俺のそんな指摘を受け、慌てた様子でもって掴んでいたジョッキを手放すなり、

 ガッシャーーーーーンッ‼

 床へと落ちたジョッキが砕け散り、床にウェェルが垂れ流された結果、そこに大きな水溜まりを作っていった。
 と、その水溜まりがこれまた奇跡的にもバカ貴族の足元辺りに出来上がっていき……。

 おーおー、こうやって見るとホントにウェェルなんだが小便なんだか分かんねーもんだなぁ~。

 そんな奇跡に乾杯♪ とばかりに、さっきからワナワナと肩を震わせ黙りこくっているバカ貴族に向けてトドメの一撃とばかりに言い放っていく。

「おいおい、何だオメー? 又漏らしちまったのかよ? 仕方のねー野郎だなぁ~、そんなに緩いんじゃお勤めにも差し支えるだろう? あっ、イイこと思いつたぜ♪ ど~よ、いっそのこと、今後はあの綺麗なお姫様ならぬオシメ様にしもの世話でもしてもらった方がいいんじゃねーの?」

「――‼ き――貴様ぁああああああっ‼」

 バカ貴族の部下コイツらとの合わせ技からの俺の痛恨の一撃ってヤツがどうやらバカ貴族の逆鱗に触れたようで……。
 この一言が決め手となり完全に頭に血が上ったバカ貴族は、昨日と全く同じ構図でもって俺に掴みかかろうとしてくる。
 昨日の俺とのやり取りなどすっかり頭から抜け落ちたかのように激高し、再び剣へと手を伸ばしていく。

 が、そんな姿にしてやったりと内心ほくそ笑む俺……。

 全く、ホント貴族ってヤツは笑っちまうくらいに単純だぜ。クソの役にも立たねー誇りとやらを傷つけられたくらいでホイホイ釣られやがって♪ 入れ食いにもほどがあるってんだ♪
 
 さぁ~~て、昨日はミランダに邪魔されちまったが、こうなりゃあ知ったことか……。とりあえず、この場にいる全員なます斬りにして、今度こそテメーの息の根も確実に止めてやんぜっ‼

 そんなことを考えつつも、今回ばかりは嬉々としてこの戦いに応じるべく、そっと剣に手を伸ばそうとした時だった。

「――止めんかっ、馬鹿者どもがっ‼」
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