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愛は勝てるのか
しおりを挟む俺のバイト先は昔懐かしレトロな雰囲気が売りの喫茶店チェーン。
といって、ドンピシャ世代だけでなく、幅広い年齢のいろいろなお客さんが来店しているが、一人、気になる人が。
朝から夕方まで、大学に入り浸るので、俺が働くのは、夕方から閉店まで。
店に顔をだす、週五日、ほぼカナラズ見かける常連さん。
スーツ姿だから、社会人だろうが、俺と年が変わらなさそうな、二十代半ばくらい?
ちなみに結婚指輪をしている。
若くして結婚、もしかしたら新婚かもしれないものを、まるで浮かれていなく、シアワセオーラをまき散らしてもいない。
むしろ、まわりの空気も重くするほど、いつも暗い顔をしてしょんぼり。
新婚生活を満喫していないのか、顔色ワルク、頬をこけさせ、血色のない唇をし、虚ろな目をしている。
まあ、そもそも、新婚だったら、毎夜、喫茶店で二時間ほど時間をつぶさないだろうし。
気になりつつも、俺の接客スタイルは「店員と客とを線引きし、できるだけ、それを踏み越えないこと」。
常連客に親しげにする店員もいるが、逆に俺は慣れ慣れしくしないよう、気をつけている。
たまに顔をだす人、新規のお客さんに、気がねさせないように。
実際、俺が気がねしたことがあるのだ。
ある店で常連と俺と、あからさまに差のある扱いをされた経験があるに、同じ思いをしてほしくない。
高級店などでは、しかたないとしても、誰でもキガルにこれる喫茶店チェーンなら、丁寧親切にしつつ、お客さんには平等に接したほうがよかろう。
とのことで、関心度の高い常連さんに対しても、ヒツヨウなやりとりをする以外は話しかけず、じろじろと見ないようにもし、にこやかにしながらも、毎夜毎夜、ほぼルーティンのような接客をしていた。
が、イレギュラーな事態に。
「お待たせしました、カフェオレでございます」と注文品を届けたとき。
彼はぼうっとして、ふり向きも返事もせず。
こういうときは、かまわず、そっと置いていったりするものの、テーブルは書類に埋めつくされて。
もう一度、声をかけようとしたら、はっとした彼が「ご、ごめんなさい!」と両手を差しだした。
待たせたのを申し訳なく思い、書類を片づけては時間がかかるに、直接、受けとろうというのだろう。
「謝るほどでないのにな」と内心、苦笑しつつ「熱いので、お気をつけて」と渡したところ。
ずれ落ちたYシャツの袖から、青痣が覗いた。
しかも、両腕に、覗ける奥のほうまでビッシリと。
つい、目を剥いてしまったが「ありがとう」と受けとった彼が、そのあとテーブルの書類を片づけだしたので、助かった。
俺が青痣に気づいたのに、気づいていなさそう。
すぐに顔色をもどして、仕事にももどり、ただ、休憩になって、一人バックヤードでぼんやり。
大学で心理学を学んでいる俺には分かる。
彼の熱心な喫茶店通い、生気がなさそうに憔悴したさま、慇懃すぎて怯えているような態度、袖の下にひそむ腕の青痣。
DVを受けている人の特徴に合致している。
ということは、奥さんに暴力をふるわれているのか?
いや、結婚指輪をしつつ、男のパートナーと暮しているのかもしれない。
どちらにしろ、店員と客との一線を越えるか、超えないか、悩むところ。
DVの被害者は、孤立して思いつめがち。
決して、人に助けを求めず、むしろ、ひた隠そうとし、気づかそうになったら逃げるほど。
多少、強引にアプローチし「あなたは今、正常な判断ができない状態だ!」と説得するヒツヨウがありつつ、行方をくらます危険もあるから「かなり難しいところ」と教授談。
うっかり腕の青痣を見せたほど、そう警戒心もなく、喫茶店に顔を見せてくれているから、まだいい。
ヘタに揺さぶって、訪問が途絶えたらコワイし、もうお手上げた。
かといって、見守るだけでいいのか。
日ごと、風船がしぼむように、生気がぬけていって見えるに、放っておくのもコワい。
夜も眠れず、悩みに悩んで、結局、腹を決めることはできず。
その日の夜も、いつもどおり、接客しながら、あらためて「この人、いいお客さんだよなあ」としみじみと思ったもので。
ぶっちゃけ店員は立場が弱いので、足元を見て、偉ぶる客もいる。
ごく一部とはいえ、問題のないお客さんも、潜在的には、そう意識している。
少少、失礼をしたり、冷たくしたり、荒っぽいふりまいをしても、店員は怒らないし、イヤな顔もしないだろうと、高をくくって。
あまり、よろしくないことだが、お客さんとしては、それがフツーだ。
比べて、慌ててコーヒーを受けとったように、店員にエンリョすることもあり「ありがとう」「すみません」とリチギに伝える彼が、希少で格別なお客さんなわけ。
「どうして、こんな、いい人がフコウなのか」とやるせない思いが募っていき、とうとう会計のとき。
おつりを渡すのに、指が触れあって「あ」と彼はとっさに手を背中に隠した。
腕の青痣を意識したのだろう。
いつもなら「ああ、すみません」とおつりをトレーに置き、にこやかにスルーするところ、たまらず「あの」と切りだして。
「人は、ほんとうに相手がスキなら、突発的ならともかく、延延と痛めつけないと思います」
どうすれば、相手に響くか。
大学で得た知識をもとに、さんざん考えた末、名案が浮かばず、結局、率直な自分の思いを伝えた。
我ながら青臭い物言いで、顔が赤らむようだったとはいえ、彼は驚かず、不審がることもなく「そうですね」と。
いやに穏やかな顔つきなのに、かえって悪寒がしたけど。
「・・・ただ、ぼくは愛情より、独占欲や支配欲といった、生理的または病的欲求のほうが、裏切らないと思うんです。
愛情をそそぐのは飽きやすいけど、ストレス発散に殴るのは飽きにくいでしょ?
それとも、あたなは云いきれますか?
愛情をそそぐ人のほうが、ぼくを見限ることはないと」
思ってもみない反論にして、とんでもなく斜め上をいった内容に絶句。
口をあんぐりしたままでいると、テノヒラからおつりを取り、いつものように小さく会釈して、彼は帰っていった。
案の定、翌日から彼の喫茶店通いはぱったり。
思いわずらっている間もなく、一週間後、アパートの一室、その冷蔵庫から、バラバラ死体になって発見された。
同棲していた男のパートナーは行方不明という。
そりゃあ、あの日、嘘でも勢いまかせでもいいから「愛は勝つ!」と啖呵を切ればよかったと、後悔してもしきれず。
とはいえ、だ。
あらためて考えても「云いきれますか?」の問いに、肯けない自分もいた。
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