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デイジーの受難
前林のお節介③
しおりを挟む三村くんが週刊誌に女性といるところを撮られた時のことだった。
「今度は大丈夫なのかあ?」「また、すぐフられるんじゃないの?」とメンバーに冷やかされるのを、三村くんはスマホに見入って無視をしていたけど、否定はしなかった。
これは誤報ではないなと、判断して、相手が悪い虫でないか見極めるため、僕も冷やかしに混ざった。
大路だけ混ざらなかったものを、前から、この類の話の盛り上がりには乗ってこないタイプだったから、気にしていなかった。
が、メンバーが囃し立てるのに、かき消されつつ「なんで」と大路が呟いたのが耳に入って、何故か、ぎくりとした。
「この前、弟君が結婚したのに、なんで」
話に割って入ってきたのが珍しければ、突拍子もない発言もしたものだから、やかましかったメンバーは一斉に口を閉じ、三村くんもスマホから丸い目を上げた。
メンバー全員に注視されつつ、大路は呆けたまま、つづきを口にすることも、発言を撤回したり弁解をすることもなかった。
デイジーで「王子」の異名を持つスーパーアイドルの輝きが見る影もなく、癇癪持ちだった子供のころのように、あどけない顔をしているのが、僕には危うく見えた。
その発言内容だけでは、訳が分からないけど、三村くんの結婚観と、この前、三村くんの弟君が結婚したこととを考え合わせれば、すこしは筋が見えてきた。
三村くんは、父親がいなく、母親と弟一人を養っていることもあり、なるべく早く結婚をしたがっていた。
結婚や家族への憧れというよりは、「三村」の名と遺伝子を残さねばと、家長として責任を果たすことへの使命感があったのだと思う。
使命感を強く持ちすぎていたせいか、「重たい」とこれまで相手にフラれてきたというけど。
そうして三村くんがフられつづけている間に、弟君が結婚をして、しかも、子供まで授かった。
まだ成人したばかりで若く、おめでた結婚とあまりいい響きでない手順を踏んだとはいえ、家長として一人ですべてを背負いこもうとしていた三村くんにすれば、名や遺伝子を残すのは自分でなくてもいいのだと、弟君の結婚によって、あらためて気づかされ、大分、気が楽になったらしい。
デイジーに弟君の結婚を報告をしたときは、嬉しくてはしゃぐというよりは、「ほんと、よかったよ」と肩の荷が下りて、ほっとしたというような顔をしていた。
メンバーは弟君と面識があったし、遊んだり食事をしたこともあったから、もちろん祝福をした。
心持、三村くんが寂しげに見えたことから、手を叩いて騒ぐのではなく、しみじみと労うように「よくここまで弟を見てやったな」と肩に手を置いて肯いたりしたのだけど、そんな場の空気を読まないで「三村くん結婚願望強いのに、弟君に先越されちゃったね!」と大路だけが、やけに浮かれていた。
祝福するのに適さない発言に、他のメンバーは目で諫めようとしたものを、どこ吹く風で「三村くん、もうおじさんだ!」「お父さんより先に、おじさんになっちゃうね!」と癇癪持ちだった子供に戻ったように、無邪気に邪気をふりまいたもので。
「いい加減にしろ!」と苛立ってもいいところ、「おじさんの響きも悪くないよ」と三村くんは苦笑をして、「お父さんより、おじさんのほうがしっくりきそうだしね!」とさらなるご機嫌な暴言にも、「そう?」と笑って済ませていた。
甘やかしすぎなんだからと、無礼講的のりな大路より、笑って済ませてしまう三村くんにそのときは呆れたとはいえ、今から思うに、大路はおかしかった。
すっかり大路は「王子」キャラが板について、板につきすぎてか、楽屋でメンバーしかいないときでも、プライベートでも、ずっとスマートで大人びたふるまいをしていた。
子供返りをしたように傍若無人に、メンバーを困らせる姿を見せるなんて、ひどく久しぶりで、そうやって我を忘れるくらい、胸を弾ませていたのだろう。
それにしたって、別に大路は三村くんの弟と親しかったわけではない。
幼いころは、「僕だけの兄ちゃんだったらいいのに」とむしろ弟君をライバル視しているようだった。
もう大人なのだから、昔ほど嫉妬はしないだろうものの、元々心証の良くない相手の結婚を、手放しに祝福するとは思えなかった。
じゃあ、大路は何に胸を弾ませていたのか?
胸を弾ませたのはおそらく、三村くんが弟君の結婚に満足して、その分、自分の交際や結婚に興味を失くすだろうと、考えたからだ。
「お父さんより、おじさんのほうがしっくりきそうだしね!」のからかいに、その思いは如実に表れていた。
三村くんの結婚願望が薄まったものと思い込んでいたから、そんなに日が経たずに、また交際しだしたのに、ショックを受けての「この前、弟君が結婚したのに、なんで」という発言だったのだろう。
大路がどうして三村くんに結婚してもらいたくないのか。
なんてことは、分かりきっている。
三村くんの交際の報道を受けての、とんちんかんに思える大路の発言のおかげで、僕は大路の思いに気づくと共に、「そうか、相手は異性に限らずメンバーの可能性もあるのか」と思い知らされた。
気づいてから、あらためて大路の言動を窺ってみれば、報道があった日を境に、明らかに三村くんを避けて、目を合わせようともしなかった。
プロ意識が高い大路だから、不仲説が囁かれるようなへまはしなかたものを、避けられる本人が気づかないわけがなく、三村くんは戸惑いつつも、寂しそうな顔をするばかりだった。
どうやら三村くんの見る目は幼いころから変わっていなく、大路が背を追い越しても先に売れても、慕うより馬鹿にすることが多くなっても、昔、癇癪を起して手が付けられなかったときと同じように「ほんと、しかたがないな」と笑って目を瞑っていた。
正直、大路の思いを知って、どうすればいいか分からなかった僕は、三村くんのその鷹揚とした態度を見て、すこし安堵をした。
三村くんがそういう心構えでいてくれる以上、大路を嫌ったり恐れたりせず、デイジーを巻きこむほど関係をこじらせないだろうし、告白されても、無闇に拒絶することはないと思った。
といって、思いを受け入れて、ほだされてしまうと困るのだけど、その心配はしていなかった。
恋愛音痴というか、無粋にもほどがある鈍感ぶりで、ライブなどファンがいる前で、自分のコイバナをひけらかすような人だ。
「三村くんの担当のファンの人が泣くよ」と指摘してもきょとんとする始末。
ファン泣かせな自意識の欠如に加え、僕とまた違って、強迫観念的に「交際イコール結婚」との考えに捉われているし、大体「なんだかんだ、大路にはできるだけのことをしてやりたいって思う」と呟いた三村くんの弟を見守るような姿勢は、そんじゃそこらのことでは揺らがないように思えた。
何があろうと、三村くんは袖にすることはないし、絆されることもないと、見こんだから、秘めた恋に疲れ果て倒れた大路に「三村くんをみくびっているよ」とささやかに背中を押した。
そのとき大路は釈然としていないような顔をしていたとはいえ、それから一ヵ月も経たずに、とことん避けていたのが嘘のように、三村くんのすっかり引っ付き虫になり、仕事ではどさくさに紛れて、いちゃいちゃしようとし、プライベートでも「ご飯行こ」「家連れてって」と服の裾を掴んで放さなくなった。
唐突な急接近ぶりに「おいおい周りに変に思われるぞ」と心配したものの、王子キャラを崩しても「かわいい」とファンはかえってはしゃいで、美男同士が仲良くしていれば、何でもいいらしく、「目の保養になる」とありたがって拝んでいるとか。
メンバーや昔からのファンにすれば、カルガモの雛よろしく、三村くんの後をどこまでもついて回っていた幼い大路を知っているだけに、今更、驚くことでもないようで、懐かしそうに見守っているという具合だ。
そこまで僕の二の舞になることを不安視していたわけではないとはいえ、「心配して損した」と馬鹿らしくなったほど、二人のことは丸く収まってしまった。
両想いのハッピーエンドにはならなかったけど、三村くんとの関係が修繕してからは、過剰勃起に悩まされなくなり寝不足も直ったようだった。
多分、大路の思いは子供のころに慕っていた延長線上のもので、だから、昔のように親しくできれば、ある程度は心身の不全を解消できるのかもしれない。
恋愛沙汰を経て関係性は進展せずに、時間が逆行したようなものになった。
そのことに一抹の不安を覚えないでもなかったけど、二人とももう大人だしデイジーの名を背負っているのだから、変な欲をだして、周りを道連れに堕落するような道をとることはないだろう。
思いのほか、二人の関係性に支障がなさそうだったから、つい、楽観視してしまったものの、そうは問屋が卸さなかった。
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