デイジーの受難

ルルオカ

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デイジーの受難

前林のお節介②

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結局、今にも死にそうとばかりに弱音を吐き、大泣きをしたのが杞憂もいいところだったわけで、でも、彼女は、あの夜のことを掘り返すことなく、「よかったね」と声をかけてもこずに、何事もなかったように、僕に接してくれた。

あんなにみっともない、赤ん坊のような泣き喚き声を、これまでに誰にも聞かせたことはない。
聞いたら、おそらく多くの人が呆れ返るか慌てふためくだろうものを、僕がわあわあ泣き終わるまで彼女は口を利かずに待っていてくれた。

それだけでも、ぐっとくるものがあるのに、僕に恥をかかせないために、さりげなく素知らぬふりをしてくれたのだから、そりゃあ、ほだされるというものだ。

といって、彼女に初恋はできなかった。

前は彼女に報えないのが後ろめたかったけど、どうせアイドルを職業にしているのだと、開き直ることにした。

早く結婚ができな立場でいるなら、長い時間をかけて彼女を好きになっていって、全盛期を越えて落ち着いたら結婚、という流れはちょうどいいかもしれない。
と、考えるまでに、心は動かされていた。

自分の胸の内で立てた計画でしかなく、彼女に打ち明けはしなかったものの、前より彼女に話しかけ、連絡をとるようになったことから、僕の心境の変化に気づいていたと思う。

なのに、だ。
折角、僕が彼女に心を傾けるようになったのに、むしろ関係性はまずくなっていた。

仕事で女性と接すると「私にはああやって笑ってくれないのに」「男って好意と性欲は別よね」と僕にしか聞こえない小声で、とはいえ、ねちねちと嫌味や皮肉を吐いてくる。

プライベートでも前はすぐに連絡を返さなくても、ほとんど、けちをつけなかったのが「忙しいってずっと忙しいわけじゃないでしょ!」「そんなに連絡を返すのが遅いと、この業界でやっていけないよ?」と少しでも返事するのを億劫がれば、人間失格といわんばかりに責め立てた。

彼女の健気で無欲な姿勢を買っていただけに、面倒くさい女に急変したのには、かなり幻滅して苛立ちはしたものの、これまで彼女の好意にさんざん甘えてきておいて、同じくらい甘えられるのを嫌がるのは虫が良すぎるだろうと思い、なるべく大目に見ようとした。

それにしたって、朝から晩まで監視しているかのように、どこまでも口出しをしてくるので、我慢の限界は割と早くきて、「君は僕が好きなんじゃないか!」と怒鳴りつけてしまった。

怒鳴りつけた傍から、我ながら「何様だ」と後悔したのと、「ごめんなさい」「やっぱり私、あたなの傍にいる資格がないのよ」と「資格」を持ちだされたら、ぐうの音もでずに、結局「僕こそごめん」と謝ることになる。

本当は心にもない謝罪であり、僕はなんだか釈然としていないし、しばらくは、しおらしい彼女がまたヒステリーを起こしだして、また僕が怒鳴りつけ、お互いが謝罪、というパターンを繰り返すだけで、関係改善をすることがなかった。

今まで接してきた女性なら、「結婚は初恋でするもの」と頑なな意志でもって跳ねつけられたものを、報われない恋をしつづける彼女には、なんとなく負い目があって、歯切れが悪くなる。

こうも関係が悪化しては、彼女に初恋する可能性はもうないのだし、一旦、お互い距離をとったほうがいいとは思うのだけど、それでも、どうしてか彼女を手放しきることができなかった。

そして、とうとう、そのときが訪れた。

その日、彼女は連絡もなく突然、僕のマンションの部屋に訪れて「他の女といるところを見たくないから、仕事に行かないで!」と滅茶苦茶な訴えをして暴れまわった。

部屋の物を片っ端から放って、なぎ倒すのを後ろから抱きついて抑えこんでも、足をばたつかせ、腕を振り回し、挙句にその肘を僕の目にぶつけてきた。

顔は商売道具だ。
目とあっては腫れるだけでなく、失明する危険だってあり、それこそ彼女が望むようにアイドルを辞めなければならない事態になりかねない。

彼女がそう意図して肘鉄を食らわしたわけではないだろうけど、かっとなった僕は、体に回していた腕を勢いよくほどくと、よろけた彼女の背中を加減なく、突き飛ばした。

ソファに倒れこんだ彼女は、ねじが切れたおもちゃのように、微動だにしなくなった。
そのことを意外に思いつつ、このままだと自分は彼女を殺しかねないと本気で考え、告げた。

「もう、君とは一緒にいられない」

彼女にとっては死刑宣告のはずが、乱れた髪がかかる横顔は、驚いても怒ってもいなく、彼女が態度を豹変させてから、一度も見せたことのない穏やかなものだった。

不可解に思える表情に、でも、僕は悟らされた。
僕は彼女にまったく関心がなかったのだと。

関心があったのは、好かれているということだけ、だったのだと。

なんなら、ほだされる前のほうが彼女に関心があったかもしれない。

あの大泣きをした日を境に、どんな僕でも受け入れてくれる彼女の好意に味を占めて、もっとくれもっとくれと、麻薬を求めるように見境がなくなった。

その分、前は多少、あった彼女への関心が完全に消え失せたことに、彼女は気づいたのだろう。

だったらと、考えた。
目が釘付けになっている好意を取り上げてしまえば、また自分を見てくれるかもしれないと。

好意を取り上げられたところで、僕は不満を募らせるばかりで彼女と向き合おうとせずに、突き放してしまった。
ぶっちゃけ、僕にとって、好意をくれない彼女は用済みだったということだ。

好意を与えてくれるなら、別に誰でもいいと思えるほどに、やはり、彼女には関心持つことができなかったのだろう。

彼女にはひどいことをしたし、自覚していなかった自分の身も蓋もない現金さを痛感させられた苦い経験だったものの、学習もした。
というか「結婚は初恋でするもの」という意志が強化されたというか。

やっぱり「この人が運命の人だ」「最初で最後の恋だ」と心から思えないのとだめなのだ。

相手になびいて、ほだされても、それは好意の中毒症になっているようなもので、むしろ相手に無関心になる。

相手にすれば、報われないより、無関心にされるほうが耐えられず、中毒症を治そうと好意を取り上げ、「私を見て!」とばかり敵意を向けるようになる。

彼女の場合は迷惑行為で済んだものの、殺傷事件が起こる危険性もあるし、下手したら僕はDVに走っていたかもしれない。

怪我をさせずに済んだのと、彼女が週刊誌に売ったり訴訟沙汰にしなかったのは、運が良かっただけで、僕が脱退し芸能界引退するならまだしも、デイジー解散にまで波及してもおかしくなかった。

今更ながら、そう考えたなら吐き気がする思いがしたし、後悔も深まったわけだけど、自分は二度としないと決意できたとして、問題はデイジーのメンバーだった。

メンバーの熱愛の噂やスキャンダルは多少、ありつつ、僕のようなトラブルを起こしているようではない。
でも、「結婚は初恋でするもの」と意識の高い僕でさえ、容易に相手にほだされ流されたのだから、ある程度アイドルとしての心得があるメンバーでも、知らず知らずに蟻地獄にはまることだってあり得る。

さすがに僕の経験談を語って釘を刺したり、小姑のように詮索し口出しはしなかったけど、もし同じ運命をたどりそうに見えたなら、僕と同じような目に合わせないよう、そしてデイジーに危機をもたらさないよう、死に物狂いで食い止めるつもりだった。

だから、普段から、メンバーをつぶさに観察をして、何気ない会話に聞き耳を立てて、たまにお宅訪問をして探りを入れるという、悪い虫がついていないかのチェックを怠らなかった。

ただ、一つだけ見落としていたことがある。

時代の流れからして考慮にいれないほうがおかしいし、ライブで冗談とはいえ「グループ内恋愛禁止!」とまで口にしていたのに。

僕が結婚を強く意識した恋愛観を持っていたこともあり、恋愛対象が必ずしも異性に限らないことを、その瞬間を目にするまで、すっかり失念をしていた。



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