デイジーの受難

ルルオカ

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デイジーの受難

三村くんの憂鬱②

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大路について、前林と要領を得ない話をしてから、一週間後だった。

デイジー全員揃っての番組収録のために、テレビ局に向かっていたら、道端で一週間ぶりに大路を見かけた。
その姿を見とめた瞬間、「やば」と踵を返しかけたものを、大路の顔色が悪かったのと、向かいに女性がいるのに気づいて踏みとどまった。

よく見てみると大路は腰が引けていて、今にも立ち去りそうな体勢でいるところを、向かいの女性が何かまくしたてつつ、服の袖を掴んでいる。

状況を察したとたん、まだ見下ろせていたころの可憐な大路が、女性ファンに股間を握りつぶされ失神したことを思いだした。
以来、しばらく女性ファン恐怖症になったのを、俺が傍で支えて何かと庇い、女性ファンからその身を守ったものだ。

今や俺のほうが見下ろされ、真っ向から相撲をして勝てるとは思えないほどに、すっかり逞しくなられた。
大路だけに「王子」のようなキャラが板についたこともあって、女性ファンの多少の無礼も、にこやかに、あしらうようになったが、トラウマを克服したわけでなく、ああやって押しつけがましくされると、身をすくませてしまう。

それでも、仕事中は、どうにか、やり過ごすとはいえ、今は移動中で傍にメンバーやスタッフがいないし、仕事が立てこんでいて疲れているようだから、防御力が低くなっているのだろう。

「今すぐ、引き離さないと」と踏みだしたところで、思いとどまった。
俺に助けられたくないかもしれないと思ったからだ。

じゃあ、他にマネージャーを呼ぶか、メンバーを呼ぶかと、スマホを取りだそうとして、女性が袖を引っ張りつつ身を乗りだしたのと、真っ青な大路が悲鳴をあげそうな顔をして、一歩退いたのが目に入った。

気がつけば、駆けていた。

二人とも周りが見えていなかったから、俺が猛ダッシュしてくるのに気がついたのは、直近になってからだ。
大路のほうが、先に振りむいて目を見張る間もなく「大路!遅れる!」と手を掴んで、駆ける足を止めないままに引っ張っていった。

俺の神出鬼没さに呆気にとられたのか、強く引っ張ったせいか、袖を掴んでいた女性の手は、すんなり剥がれたようだった。

大路がよろけるのにかまわずに駆けていき、出入り口に立つ顔見知りの警備員さんに「遅れそうなんで!」と叫んで、テレビ局の中に慌ただしく踏みこんだ。

テレビ局に入れば、もう追ってはこないだろうと思ったものの、「遅れそう」と言った手前、一応、警備員さんの目の届かないところまで廊下を突っきった。

それまで、大人しく引っ張られていた大路は、テレビ局に入ってから「三村くん」「三村くんって」と引き留めようとしてきた。

俺を避けて疎ましがっている大路のことだ。
助けられたことも、こうして手をつないでいるのも癪で、一刻も早く離れたいのかもしれない。

でも、せめて角を曲がるまでと思い、聞く耳持たずに引っ張っていって、角の向こうに踏みこんで、やっと手を離してやろうとした矢先「三村くん!」と声を張られた。

切羽詰まった叫びにぎょっとして、手を離すタイミングを逃しつつ、さすがに立ち止まって振りかえったなら、先と打って変わって大路は顔を真っ赤にして、額に汗を噴いていた。

肩を上下させ、湯気が見えそうに熱く息を切らしているのに唖然としたが、ふと視線を落として、さらに開いた口が塞がらなくなった。

腰パンではいている緩めのズボンの股のあたりがテントを張っていたからだ。

大路のそれを見たことがあるとはいえ、最終形態が腰パンで緩めのズボンを押し上げるほど立派なものだとは、もちろん知らなかった。

「それにしても興奮のしすぎだろ」と感心するやら呆れるやらでいたら、背後から女性の声が聞こえてきた。

とたんに我に返った俺は、咄嗟に近くのドアを開け放って大路を引っ張りこんだ。
が、ドアが閉まると同時に大路に手を振りはらわれて、そのまま突きとばされるようにして床に倒れた。

すこし頭に血が上って「お前」と睨みつけたら、大路こそ顔を真っ赤に眉を吊り上げ、勢いよく口を開き、大量の息を吸ったようだった。
「やばい」と直感が働いて、すかさず立ち上がった俺は、その口を手で塞いで大路の背中を壁に押しつけた。

背中が壁に当たった衝撃音に「え、なに」と廊下にいる女性が声を上げたものの、「どっかで物が落ちたんじゃない」ともう一人の女性が応じたなら、二人の気配は遠のいていった。

女性以外の気配がないか、他に足音や声がしないのか耳をそばだて、念入りに探ってから、ドアのほうに釘付けにしていた目を、やおら大路のほうに向け、口から手をどかしてやった。

俺の目線より、やや高いところにある大路の目は細められ潤んでいた。
顔は真っ赤のままながら、情けなく眉をハの字にして唇をひん曲げている。

密着していることで、相変わらずテントを張っている、その固さと熱を太ももあたりに感じつつ、泣き虫だった幼いころの大路が思い起こされて、すこしだけ感慨深くなった。

人の気も知らないで、しみじみしている俺に、嗚咽が漏れるのを堪えるようにして震える声で言ってきたものだ。
「だ、だから、近寄ら、なかった、のに」と。

恋愛方面で「鈍感だ」「無粋だ」とこきおろされている俺でも、察せられた。

だから、ずっと避けてきたのかと。

もちろん、戸惑いはしたし、にわかには飲みこめなかったが、ほっともしていた。
大路に嫌われていたわけではないと分かったから。

ほっとしたことで、あらためて不憫にも思った。
グループのことを考えて、その思いを秘めつつ、葛藤や苦悩を一人で抱えこんできたのだろうと想像するに、胸が引き裂かれそうに痛む。

大路が可哀そうというよりは、いたいけな弟分のメンバーに、何もしてやれなかったことがやるせなくて、だから。

「大路」

生唾を飲みこんでから、声が震えないようにして、そう呼んだ。
居たたまらなさそうに瞼を閉じていた大路が、涙を散らして目を見開いた。

察しのいい大路のことだ。
俺がまっすぐ見つめるのに、「うそ、まさか」と言いたげな顔をしたものの、ズボンのウェスト部分に手をかけるのを止めようとはしなかった。

息を飲んだまま、目を見張っている大路から、俺も目を離さないまま、ズボンのウェストのゴムをかるく指で引っ張り下ろそうとした。

が、下着越しに指先が頂点をかすってしまい、「う」と微かな呻きが漏れ、固く熱いそれが脈打つように痙攣したなら、濡れた布が俺のズボンに張りついた。

泣きそうに顔をひしゃげて目を瞑り、ひたすら唇を噛む大路が身じろぎすると、太ももに擦れて生々しい水音が立った。

そりゃあ、大路は罰が悪そうに肩を縮めていたが、俺はそれを気にしてもいられず「お前!」と思わず肩を掴んで、つめ寄った。

「替えの下着とズボンあるのか!?」

幼いころに世話をしていた習性は、まだ抜けていないらしい。

着替えを忘れてきて「びちょびちょの下着が気持ち悪い」と半泣きだったのは、もう十年も前のことなのに。

とはいえ、気が動転していたこのときは、場違いなことを口走っているとの自覚はなく、我に返る暇もなく、大路に思いっきり噴き出されてしまった。

噴き出した唾を浴びつつも、間抜けにぽかんとしている俺に、肩を揺らし笑いながら大路は寄りかかってきた。
俺の肩に顔をうずめて「く、く、く」と発作でも起こしたように、しばらく笑いつづけて「はあ」と勢いよく息をついたなら弱弱しく呟いた。

「三村くん、ありがとう」






テント事件があってから、大路の俺への態度は変わった。

俺が幼いころに世話をしていたときのように、鬱陶しいほどのかまってちゃんになって、なにかと付きまとって、すがりついてくる。

甘えられるのは満更でないものを、幼い時と違って、俺より雄々しく鍛えられ体で、密着したり抱きついてこられるのは、いささか困りものだ。
いつテントが張るものかと、はらはらさせられる。

テントが張るのを恐れて、あれだけ神経質になり避けていたのではないか。

今はもう大丈夫なのかと、聞いてみたくはあったが、あらためて二人で額を突き合わせて話すのが、なんとなく躊躇われて、とりあえず、大路が籠から放たれた鳥のように生き生きとしているので良しとした。

まあ、良しとした、で済まされる話ではないのだけど・・・。

ライブのステージで大路にキスされた頬を撫でながら、そんなことを考えていたら「よかったね」と言われた。
振りむけば上半身裸の前林が、汗に光る大胸筋と笑顔を向けてくる。Tシャツはファンに投げてしまったらしい。

「何が」

「何がって、もうつれないなあ」

やはり、前林は大路から、おおよその事情を聞いていたのだろう。
相談をされていたのかもしれない。

もちろん、他言無用だったろうから、俺には話せなかったのだとは思うが、それにしても、訳知り顔をされるのは癪だった。
というのが半分、秘密を共有できるメンバーがいることの安堵も半分あり、肩の力を抜いた俺は「ちょっと拍子抜けしたよ」とため息を吐いた。

大路を触ろうとしたときに、覚悟を決めたのだ。
行き場のない大路の思いをどうするか。

グループのことを考えれば、大路が望む関係にはなれないし、大路自身、グループを無下にして関係を深めることを求めはしないだろう。

だったら、グループのためにも、大路のためにも自分がしてやれることは一つしかない。
大路が望めば、いくらでも、この手を差しだしてやるということ。

「拍子抜けして、ほっとした?」と前林に探るような目を向けられた。
すこしだけ、プレッシャーのようなものを覚えながら「どうかな」と頭をかく。

「べつに自分を犠牲にしているような感じはないし。
なんだかんだ、大路にはできるだけのことをしてやりたいって思う」

「わあ!親みたいだね!」と割と痛めに肩を叩かれた。
手の力の込めようにも、その物言いにも引っかかるものを覚えたが、俺が応じる前に前林は逃げるように早足になった。

そして、すこし前を歩いていた大路の背中も思いっきり叩いて「道のりはまだまだ険しいなあ!」と廊下に響かせて、そのまま通り過ぎていった。

足を止め、叩かれた背中を手で擦りながら、大路が振り向いた。
直前に前林と話していた内容が内容だけに、つい身構えたものを、幼いころを思い起こさせるような屈託ない笑顔を向けられ、こちらも頬が緩んでしまう。

懐かしくて胸が温かくなる思いをしつつ、「このままではいけないんだろうなあ」と内心はため息をつかざるを得なかった。





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