デイジーの受難

ルルオカ

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デイジーの受難

前林のお節介⑤

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収録が再開され、やきもきをしつつも、早く大路を捕まえたかったので、ミスがでないよう気合をいれて仕事をこなした。

やや心配だった大路も、収録がはじまればプロらしくふるまって、三村くんに目を向けないようにしていたとはいえ、周りに違和感を持たれることはなかった。

他のメンバーもへまをしないで、ゲストの女優さんも、そつなく、ふるまってくれたおかげで、すんなりと収録は終わりを迎えることができた。

「今日の収録はこれまででーす。ご苦労様でした!」とスタッフの呼びかけに、挨拶を返してから、メンバーが立ち上がりはじめる。
身長差のある大路を、まともに力で抑えることは難しいから、立ち上がる前に腕を掴みたかったものの、その手は空振りをした。

トイレを我慢していたという三村くんが真っ先に走っていったせいだ。
そりゃあ、獲物を狙う獣の目をした大路は、素早く後を追おうとするというもので。

こうなったら、引きずられてもかまうものかと、大路の腰に抱きつこうとしたのだけど「前林さん、あらためて挨拶をさせてもらっていいですか」とゲストの女優さんが前に立ちはだかった。

「それどころじゃない!」と突きとばし、そのままの勢いで大路にタックルをかましたかったところ。
デイジーの冠番組のゲストに無礼を働くわけにいかないし、「今度、舞台を一緒にさせてもらうことになりまして」なんて礼儀正しく詰め寄られたら、どうしようもない。

なるべく、焦っているのを悟られないようにしつつ「そうですか」「そうですね」と相槌を打つだけで、話を広げなかったものを、舞台への意気込みが強い女優さんは、察してくれずに、長々と熱弁をふるってきた。

「自分の評価、デイジーの評判」と「三村くんの処女」とをかけた天秤が、そりゃあ揺れに揺れて、ついには「三村くんの処女」のほうに勢いよく傾いて、「お話の途中すみません!僕、トイレ我慢していて!」とこれまた勢いよく頭を下げた。

女優さんが呆気にとられているうちに、背を向け、一目散に駆けていった。
足を止めないまま、途中で椅子に置かれていた自分のバックを片手に取って、三村くんが消えた通路のほうへ向かう。

三村くんが向かったのは、普段、あまり使われていないトイレだろう。

狭いバックヤードの奥にあるトイレで、スタジオまで最短の距離にありながら、暗く古びてホラー的雰囲気があるから、忙しいスタッフも駆けこまないのだとか。

他の部屋につながっているわけでなく、トイレがある辺りで行き止まりになっているので、通路とは名ばかりに物置小屋と化している。
一応、通路を開けつつ、段ボールが所狭しと置かれ積み上げられ、それら段ボールの山が連なった奥にトイレがあるとなれば、声や物音は響きにくい。

一度、スタッフがトイレの水が溢れて止まらなかったのに、必死でモップで掃きつつ、助けを呼んで叫んだのを、スタジオにいる誰にも気づかれなかったくらいだ。
そう、大路にとっては、うってつけの場所。

高く積まれた段ボール箱の両壁に肩を擦れさせながら、できるだけ早く足を進めていたところで、通路の先にあるドアが開いた。
ぎくりとしつつ、すかさず詰まれた段ボールの裏に身を潜めると、ドアの閉まる音がして、足音が近づいてきた。

段ボールからすこし顔を覗かせて見やれば、ちょうど横切ったのは大路だ。
先のように殺気だってはいないものを、目は暗いまま、物憂げな横顔をして、股間に近い太ももを右手で擦っていた。

その仕草は、ちんポジがしっくりきていないときにする、大路の癖のようなものだ。

トイレをした後なら、ちんポジがずれて落ちつかなくなることもあるだろう。
けど、「あんな汚いトイレでするくらいなら、漏らしたほうがまし」と断言していた大路だ。

その言葉に嘘がないのなら、本来の目的以外で、ちんポジが気になるようなことをトイレでしたことになる。

大路の足音が遠ざかってから、「遅かったか」とバッグに深々と顔を埋めて、そのまま後悔の念に苛まれていたら、またドアの開く音がした。

先より足音は弱弱しく、ちょうど通り過ぎようとしたところを片目で見やったところ、三村くんが利き手の左の掌をぼんやりとしたように見つめながら、歩いていた。

とたんに僕は「三村くん!」と段ボール箱を倒す勢いで立ち上がって、三村くんの背後に躍りでた。
そりゃあ驚いた三村くんも、傍らの段ボールを倒しそうに跳ねた肩をぶつけたものの、振り返ってバックを抱える僕を見たなら、「あちゃあ」という顔をしたのもつかの間「ごめん」と目を伏せた。

別に僕は咎めるつもりも諫めるつもりもなく、バックに手を突っこんで取りだした、黒く重量のあるそれを、三村くんの胸を突くように差しだした。

腕に押しつけられたものを見て、息を飲んで退きかけた三村くんは、でも、すぐに察したようで「いや、でも」と目を泳がせ僕を見てきた。
そこで、僕はあえて怒ったように告げた。

「大路の思いを無駄にしたくないなら、ここまでしないと」

僕の真意が伝わったかは分からない。
ただ、腹をくくれていない自覚があったのだろう、三村くんは辛そうに顔を歪めながらも、胸に食いこんだそれを受け取った。

「デイジーグループ内で強姦事件」の見出しがスポーツ紙の一面を飾り、解散まで追いこまれる惨事になるのは、もちろん避けたい。

大路にだって「今の自分を見て欲しい」と躍起になるあまりに、道を踏み外すようなことをしてほしくはない。

そして、三村くんには是非、向けられる好意への執着を勇気をもって断ち切ってほしいと、僕ができなかったことだけに余計に、願ってしまうのだった。




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