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デイジーの受難
三村くんの決断②
しおりを挟むデイジーのメンバーの一人にして、同性の大路の思いに気づかされた。
同時に「もしかしたら、俺は同性愛者なのでは」と普通に恋愛できない理由にも気づかされたように、一瞬、思ったのだけど、股間にテントを張る大路を見ても、気分は上がらず下半身の具合は相変わらず枯れた爺だった。
期待しただけ、また落ちこんだし、ただでさえ理解しがたい恋心を、同性から向けられて、さらに俺の頭はこんがらがった。
同性の恋愛には、結婚、出産、家庭という、建前上にしろ、先にあるゴールのようなものがない。
異性の恋愛以上に目的に向かおうとする、意欲や情熱が掻き立てられないわけで、俺にすれば「その心は?」と真顔で問いかけたいところ。
俺と大路は対照的すぎる人間だった。
まさに、真に恋愛をしたくて恋愛をしている大路が「どうして、そこまでやる気になれる?」と俺には未知の生物のように見えたし、大路にすれば「それでも人間?」と不感症的な俺に呆れかえるかもしれない。
普通、好意を向けらると胸が弾むものだけど、初歩的な感覚さえ欠落しているものだから、大路の思いをどう思っているかなんて、分かるわけがなかった。
ただ、俺のいいところは、成したい目的がはっきりとしていれば、迷わないことだ。
大路をどう思っているのかは分からなくても、対して自分がどうしたいかは、分かっていた。
デイジーの崩壊を招くことをしたくない。
そして、大路を拒絶したくはない。
股間にテントを張りつつも、「三村くんがいなくちゃいやだ」と泣きついてくる大路を、拒むことなんてできなかった。
「王子」が見る影もなく、幼いころのように、ぶさいくな泣き面になって、幼気に震えるのを、「気持ち悪い」なんて誰が言えようか。
というより、昔のように縋ってくれるのが、それについては満更でなく、もっと慕ってほしいと望んだのかもしれない。
「三村くんがいなくちゃいやだ」と請われれば、なんでも、いくらでも、求めに応じたいと、いささか盲目的になりそうなほどに。
そのはずが、ステージのバックヤードで人目を忍んで、熱く深い口づけをされて、気がつけば、乳首を容赦なくつねっていた。
できるだけのことを、してあげたいと思ったのは嘘ではない。
でも、そう思う相手は大路であって、雄々しさを剥きだしにした獣じみた男に対してではなかった。
俺の知っている大路は、経験の豊富さを窺わせる、熟練された口付けをする子ではなかったはずだ。
当たり前だったのに。
「三村くんがいなくちゃいやだ」と泣いていたのは十年も前のことで、今や体も心も成長しきって、俺は力で敵わず、口でも負けることもある。
俺がいなくても仕事はできるし、恋愛もするし、セックスだってしていただろう。
にも関わらず、俺は大路を童貞どころか、精通もまだな子供のままに見ていた。
だから、性的なアプローチをされても「なんでも、してあげたい」なんて傲慢ぶっていたわけで、それでいて、強姦されなかったのは運が良かっただけだ。
じゃあ、今後、大路が強行突破しようとしてきたら、自分はどうしたいのか。
いくら想像しても、思い及ばない。
そもそも、地上に舞い降りた天使と、昔はファンに感涙されていた大路を、身も心も人並みに手垢がついた成人男性と想像するのが難しい。
望んで体を開きたいとは思わないと思うけど、無理してでも受けいれてあげたいのか、頑として拒みたいのか、この先の関係性をどうしたいのか、何が何やら、またもや俺は目的を見失った。
いつまでも迷子になっていては、なし崩しに、迫られるまま体を許しそうだったけど、深い口づけを交わした後、意外に大路は行為をエスカレートさせることなく、しばらくは、ファンに新たにつけられた愛称「わがまま王子」らしく、俺に無邪気に懐いていた。
ライブでの秘め事を忘れたかのように、素知らぬふりをするのに、違和感を覚えないでなかったけど、猶予が与えられたものと前向きに考え、アダルトな男としての大路の一面に、目を向けようとした。
が、恋に恋をして突っ走る大路は待ってはくれなかった。
収録が終わって、我慢しきれないで、普段人が寄りつかない、古くさびれたトイレに跳びこんだときのこと。
用を済ませて、ほっと息を吐きつつ、手を洗っていたところ、トイレのドアが勢いよく開け放たれた。
滅多に人がこないから、そりゃあ驚いたとはいえ、相手が「漏らしてもいいから、使いたくない」と豪語していた大路ともなれば、流水に手を当てたまま、目が点になるというもの。
ただ、さすがに恋愛音痴の俺でも、大路がトイレに本来の用があって、ドアを叩きつけたのではないと、察することはできた。
斜に構えたような佇まいは、今にも漏らしそうという風には見えなかったし。
感情を読ませない表情をしつつも、ちくちくした視線を寄こしてくるものだから、「何か怒らせることをしたか?」とここでは、ぴんとこず、頭を巡らせているうちに、寄ってきた大路に、流水に当てている片手をとられた。
濡れたまま大路の頬にくっつけられて、一呼吸ほど置き、またやってしまったと、気づかされた。
さっきの収録の「一番胸キュンする男性のふるまいは?」というコーナーで、俺はゲストの女優に「ご飯粒ついているよ」とさりげなく頬を触ったのだ。
「セクハラだ!」「訴えられる!」とやかましく野次るメンバーに囲まれ、そう、大路の目の前で。
前にも、ライブで前林と大路をキスさせようとして、不意打ちで俺がキスをされた。
キスをされた時点でさえ、大路の逆襲だと分かっていなくて、タイトな衣装のズボンのあそこが膨らんでいなか、そのことばかり心配していた。
だから尚更、気づくのが遅れたわけでけど、それにしたって、バックヤードのカーテンで仕切られた小部屋に連れこむなど、自殺行為をよくしたもので、大路に「三村くんが悪いんだよ」と囁かれては、ぐうの根もでなかった。
自ら罠に跳びこむ真似をしては、降参するしかなかったのと、下手に大路の心をかき乱した詫びをするためにも、深い口づけを受け入れたのだった。
なんてことが、少し前にあったのに、懲りずにまた、やらかしてしまった。
今回は、自分から人目を避けて密室に招いたわけではないとはいえ、俺の無神経さに耐えかねて、目の色を変えて迫ってくるだろうことは、予測できたはずだ。
はずだけど、俺の濡れた手に頬ずりして濡れた瞳を揺らめかす大路は、俺がこれまで見たことのない艶っぽい表情をしている。
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