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デイジーの受難
大路の旅立ち②
しおりを挟むぶっちゃけ、人目があろうが仕事中だろうが、所かまわず襲いかかりたかったけど、人並みに保身はしたかったし、極力、デイジーに迷惑をかけたくなかったから、しばらくは状況を窺うことになった。
個人的に映画撮影の仕事が入ったのと、三村くんもドラマ撮影で忙しかったので、顔を合わせる機会が少なかったというのもある。
ただ、実のところ、踏ん切りがつかなかったのは、三村くんの態度のせいだったかもしれない。
「あ、大路。今からダンスレッスンか?」
ライブまで一ヵ月を切り、本格的に歌やレッスンをはじめたころ。
映画撮影の合間を縫って、レッスンに駆けつけるとなると、他のメンバーと合同練習することができずに、一人寂しく歌い踊っていることがほとんどだった。
けど、その日は、三村くんも遅れて一人でレッスンに入ったようで、ちょうど帰るところを入れ替わるように鉢合わせた。
上半身、裸で首にタオルをかけている格好に動揺したのもあるけど、気負いもてらいもないような挨拶に「あ、え、うん」とまともに、返事ができなかった。
自慰を手伝わせてから、一ヵ月も経っていないはずだ。
のに、三村くんは、演技しているようでもなく、すっとぼけてみせ、俺と向き合っても、汗に光る上半身を隠そうとせずに、きれいさっぱりとした表情をしていたものだった。
熱く固い男の象徴を握らされても尚、過去にしがみついて、「所詮ポークビッツサイズ」と強がっているのか。
濡れた上半身裸と、起った乳首を晒して憚らないあたり、僕を侮っているようにしか思えなかったけど、どこか違和感もあった。
胸がもやもやする、その正体がつかめないまま「大変だな、じゃ、お疲れ」と通り過ぎながら俺の肩を叩いて、三村くんは去っていってしまった。
夜中の人気のないスタジオなら、そこらの小部屋に連れこんで、いたしても良かったのではないかと、気づいたのは、三村くんの背中が消えて、大分経ってからだった。
なにが自分を躊躇わせたのかは分からないけど、相変わらず無防備に見える三村くんに、でも、「所詮ポークビッツサイズ」上等と躍起になって詰め寄るのは得策ではないように思えた。
逆に三村くんを「所詮ブラコン体質」となめてかからないほうがいいとも。
三村くんと廊下ですれ違うという、些細なことながら、自分が思う以上に逆上しているのを自覚させられ、同時に「落ち着け」と冷や水を浴びせられたようだった。
計画を練り準備を整え、慎重に期して行動にでる必要があると、考えさせられる、きっかけになったもので。
それから、三村くんについては脇に置いて、ライブに神経を注いで取り組んだ。
隙だらけのようで、どうにも一筋縄でいきそうにないから、もっと油断させたほうがいいと判断をしてのことだった。
まあ、三村くんがしれっとしているのに、すこし対抗心を燃やして、「俺だって、あれしきのこと、なんでもないですよ」というポーズを取りたかったのもあるのだけど。
取り立ててトラブルやミスなく盛況にライブを終えて、ホテルに泊まる予定だったこともあり、メンバーやスタッフは興奮冷めやらぬまま、飲み会になだれこんだ。
前林が挨拶と音頭を取り乾杯したなら、飲み会の場はやかましくしっちゃかめっちゃかになったものの、適当にそんな周りに合わせつつ、俺は三村くんが、そっと離脱したのを見逃さなかった。
予測通りだ。
三村くんは翌昼の番組の生放送に出演するから、疲れをとるためと、顔がむくんだりするのを避けようと、途中退場すると見こんでいた。
乾杯してから間もなくと、意外に早かったとはいえ、その分、メンバーやスタッフがホテルに戻るまで、時間が空くとなれば好都合だった。
三村くんのすぐ後を追えば、事情を知る前林に見咎められるかもしれない。
そう考えて、酒を飲んでるふりをして、しばし、酔っ払いどもについあい、鬱陶しく熱弁してくるのを、いちいち肯いてやったり、一発芸をするのに大袈裟に手を叩いて笑ってやったり、肩を組んで歌ったりしてやった。
で、大方、酒が回り、前林の目が虚ろになってきたところで、「トイレェ!」とバックを見えないよう抱えて立ち上がった。
一旦トイレに入って、帽子と眼鏡をかけてから扉を開け、店の出入り口に向かったなら、メンバーや関係者呼とすれ違うことなく、店員や客に呼びとめられることもなく、脱出することができた。
夜の繁華街の通りにでて、一応マスクをつけ、店の前からも望める高層ホテルへと向かった。
ホテルについても早足を緩めず、フロントを素通りしてエレベーターに乗りこむ。
俺の部屋がある階と、その上の階と下の階は、すべての部屋が貸し切りになっている。
上の階と下の階は、スタッフなど関係者にあてがわれて、ほとんど部屋は埋まっているけど、真ん中の階は、メンバー分だけしか部屋が取られていなく、後は空室だ。
防犯上そうなっていて、エレベーターのボタンの下にある機械に専用のカードキーをかざさないと、メンバーの部屋がある階にはいけない仕組みになっていた。
スタッフのいくらかは、飲み会に参加せずにホテルに戻っているかもしれない。
けど、メンバーはあの場で中心になって馬鹿騒ぎしていたし、「飲んで笑って泣かないとやってられない!」とやさぐれアイドルな一面もある彼らだから、まだまだ飲み会で発散をすることだろう。
そう、ということは、ホテルのメンバー専用階にいるのは三村くんだけ。
俺がいけば、二人きりになって、多少声を上げたり物音を立てても、誰かが駆けつけてくるなんてことはない状況になる。
到着したエレベーターから、廊下に踏みだしてみせば、昼間にメンバーと連れだってきたときより、寒々として、耳が遠くなりそうに、閑寂としていた。
生唾を飲みこむのも、音が立ちそうで憚られ、息をつめて一歩一歩踏みしめるように歩いていって、ドアの前に立った。
寝つきの悪い三村くんなので、まだ起きている可能性は高かったけど、寝ているかどうか、ドアを開けてくれるかどうかは、賭けだった。
どうしても上がる心拍数を、すこしでも宥めようと深呼吸をしたなら、映画ドラマ主演する演技力を総動員して、冷たげな顔つきになってみせ、ドアをノックした。
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