23 / 32
デイジーの十字架
⑤
しおりを挟むライブ終了後、すぐにトイレに籠ってスマホを見ながら時間をつぶし、一時間くらい経ってから楽屋へと足を向けた。
深呼吸してドアを開ければ、私服に着替えた三村くんだけが振り返った。
他のメンバーは見当たらない。
僕と三村くん以外は、明日の昼の生番組に出演するというので、「ライブ後すぐに飛行機に乗って帰らなきゃ」と大路などは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
時間に余裕があれば、ご当地グルメに舌つづみを打ちたかったのだろうし、三村くんと地酒を飲み交わしたかったのだろう。
「おみやげ、なんか買ってきてよ」と恨めしそうに見られたものだけど、帰る時間に余裕があるといって、僕はとても三村くんとご当地グルメ巡りをする気にはなれなかった。
気だるそうに椅子に座る三村くんも、その気はないようで「なに、相談があるって」と手に持っていたスマホをテーブルに置く。
たまたま僕と三村くん以外のメンバーが、すぐに会場を後にするのを好機とし、ライブ後すぐに話し合いをしたかった僕は、事前に「相談があるから、楽屋に残っていて。一時間後くらいに僕もいく」とラインをしておいたのだ。
傍にいながら、口頭で伝えなかったことや、ラインの内容から、秘密裏にしたく焦っている僕の思いを読みとったのだろう。
表向きは、かまえているように見せずとも、背もたれから上体を起こした三村くんは、問い詰めてくることなく、場を和ませようと、軽口を叩いてもこなくて、口を結んで僕を見てくる。
「恋愛音痴のくせに、こういうときは慎重なんだから」と胸の内で、ぼやきつつ、ドアの前に立ったまま「ライブのトークのことなんだけど」と口を切った。
「ドキュメンタリーの話をしたら盛り上がるのは分かる。
ただ、僕のことで、あまり時間が割かないほうがいいと思って」
「メンバー平等に」とつづけようとしたのを「なんで」と遮られた。
思いがけず口を挟まれ、言葉に詰まってしまい、二の句が継げなくなる。
あくまで仕事の話し合いの場であって、僕に裁きが下される場ではない。
はずが、神に告解している気分だ。
「カメラスタッフの豪田さんのことが、気になるのか」と図星を突かれたら尚更。
アイドルのくせに救いようのない恋愛音痴の三村くんは、オージとの一件があって、多少、そういった方面に勘が働くようになった。
恋愛音痴を抜きにすれば、元々、メンバーの調子の良し悪しには目敏かったし、MCで僕の口数が少なかったのも、気になっていたのだろう。
「年長だからって、俺はリーダー向きでないから」なんて口先だけで、メンバーが誰にも相談できないで、一人で思いつめているときは、多少、踏みこんで、お節介を焼きたがる人だ。
と分かっていても、観念して事情を打ち明けるのが躊躇われる。
三村くんから相談してこなかったとはいえ、大路との一件を僕は知っていて、その行く末を見守った。
アイドルグループ内の恋愛事情なんて、決して口外が許されない秘密を共有していた仲間なのだから、僕の複雑な恋心についても耳を傾けてくれるとは思う。
自分も同性に好意を寄せられた経験のある三村くんが、偏見まみれの否定的な意見を口にするとも思わない。
でも「相談したって、結ばれないのに変わりがないのだから、無意味だ」と意固地な考えを捨てられなかった。
三村くんに心配させ、たとえデイジーに迷惑をかけようとも、口を割りたくなかったもので。
ドアに背中を張りつかせたまま、すっかり貝になった僕と、根競べするように、三村くんも口を利かずにいたものを、ついには苦笑して、首をふった。
自分が座る向かいに顔を振って「マエバ、座りなよ」と顎をしゃくる。
意地っ張りな僕に苛立つことなく、呆れて見限ることもなく、笑って目を瞑ってしまう三村くんは、弟がいるせいか、なんだかんだ年下には弱い。
そういう点は、たしかにリーダー向きでないのかもしれないけど、まんまと肩の力を抜けさせられた僕はすすめられた通り、椅子に腰を落ち着けた。
あらためて向かい合っても、三村くんは前のめってくることなく、逆に背もたれに寄りかかって僕からやや視線をずらし、遠い目をした。
「俺はどうも、結婚するために恋愛をしていたらしい」と僕に問うのではなく、自らの話をしだす。
「って、弟が結婚して気づかされたよ。
弟が子供、しかも息子までもうけて、三村家の跡継ぎができたってことで、もう結婚する必要はなくなった、と思ったみたいだ。
三村家の跡継ぎをもうけるためだけに、俺は結婚したかったんだよ。
その目的がなくなって、ぶっちゃけ、勃起しなくなって、恋愛をする意欲もなくなった」
三村くんが、どうして結婚前提の恋愛にこだわり、「重い」と相手にふられても、めげずに恋人を探し求めつづけたのか。
なんとなく察しがついていたとはいえ、あらためて、その理由を本人の口から聞かされるのは、中々衝撃的だ。
「だけ」というほど、ストイックな考えをしていたとは、思いもしなかったし、僕は女性ではないけど、そりゃあ「重い」と突き放したくもなるだろうと、えらく共感できた。
つい頬を引きつらせたら、三村くんは微かに笑いを漏らしただけで「まあ、色々考える、いいきっかけになったよ」と話を進める。
「目的があって結婚を望んで、結婚するために恋愛をするのは、そんな、変なことなのかなって。
周りを見てみると、恋愛したくて恋愛したり、別に結婚を考えていないけど、恋愛しているように見えた。
でも、そう見えるだけで、その人たちにも、目的があって関係を結んでいるんだよな。
定期的に会って、セックスをするため。
他になびかないよう、人から言い寄られないようするため。
人に自慢したいため。
独占したいから束縛したいから。
そうしても許される立場になりたいから。
いい年して世間体が悪いからとか、親に認められたいからってのもありそうだ」
恋愛音痴でリアリストの三村くんに恋愛を語らせると、ロマンも糞もない。
ただ、真の両想いを遂げている人は少なく、大半は妥協して恋愛し結婚しているのではないかとの、僕の考えにも通じるものがあるから、「恋愛や結婚はもっと崇高なものだ!」と声高に訴えることができなかった。
「初恋で結婚を」と酒の席でくだを巻いていた僕だ。
反発してくるものと思い、反応を窺っていたような三村くんだけど、僕が苦い顔をして口を一文字に結んでいるのに、首を傾げつつ「俺がオージと恋人にならなかったのは」とつづけた。
「恋人にならないと、目的を果たせないってわけじゃなかった、からだと思う。
一緒に居たい、大切にしたい、面倒を見てやりたいっていう望みは、恋人にならなくても、叶えられそうだったから」
「じゃあ、オージには目的があったわけ?」
「ていうか、俺が悪い。
オージはたぶん、三村家の家長の務めとして、俺が結婚前提に恋愛してるのが、分かっていたんだろ。
で、弟が結婚して子供もできたから、これで俺の恋愛体質も直ると思っていた。
なのに、弟の結婚後も、スキャンダルをだしちゃったから。
一安心しただけに、余計に焦ったんじゃないか」
三村くんは、アイドルとして致命的に恋愛関連に鈍感で無粋とはいえ、人に指摘されれれば飲みこみ、省みて考えを改めるあたりは、偉いところだ。
比べて、自分の頭が固いように思えて、すこし悔しさを噛みしめながら「今のオージは、恋人になる必要性はないと思っているの」と聞く。
「そうなんじゃないか。
昔から、兄弟みたいに仲良くて、デイジーの中でも他のメンバーが入り込めないような、特別な関係にあっただろ、俺ら。
わざわざ恋人にならなくても、元々、そんな、かけがえのない結びつきがあるわけだし。
セックスは、俺が反応しないから、相手してやれないけど、処理を手伝うことはできて、それで、うまくいっている。
それに正直、俺はオージが恋人を作ってセックスしても平気だ。
俺が恋人になって縛りつけて、オージが結婚したり子供を作る機会を奪うほうが嫌だ」
「いや、三村くんが、そう思っていても、オージは違うかもしれないでしょ。
三村くんが他の人と恋愛したりセックスするのに、耐えられないんじゃないの」
「かもな。
ただ、言いきれることではないけど、たぶん、俺はもう恋愛も結婚もしないんじゃないかと思う。
三村家の血が断たれる心配はなくなったし、オージを泣かせたくないと思ったら、余計に意欲は湧いてこなさそうだから」
0
あなたにおすすめの小説
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる