デイジーの受難

ルルオカ

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デイジーの十字架

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ライブ終了後、すぐにトイレに籠ってスマホを見ながら時間をつぶし、一時間くらい経ってから楽屋へと足を向けた。

深呼吸してドアを開ければ、私服に着替えた三村くんだけが振り返った。
他のメンバーは見当たらない。

僕と三村くん以外は、明日の昼の生番組に出演するというので、「ライブ後すぐに飛行機に乗って帰らなきゃ」と大路などは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

時間に余裕があれば、ご当地グルメに舌つづみを打ちたかったのだろうし、三村くんと地酒を飲み交わしたかったのだろう。

「おみやげ、なんか買ってきてよ」と恨めしそうに見られたものだけど、帰る時間に余裕があるといって、僕はとても三村くんとご当地グルメ巡りをする気にはなれなかった。
気だるそうに椅子に座る三村くんも、その気はないようで「なに、相談があるって」と手に持っていたスマホをテーブルに置く。

たまたま僕と三村くん以外のメンバーが、すぐに会場を後にするのを好機とし、ライブ後すぐに話し合いをしたかった僕は、事前に「相談があるから、楽屋に残っていて。一時間後くらいに僕もいく」とラインをしておいたのだ。

傍にいながら、口頭で伝えなかったことや、ラインの内容から、秘密裏にしたく焦っている僕の思いを読みとったのだろう。

表向きは、かまえているように見せずとも、背もたれから上体を起こした三村くんは、問い詰めてくることなく、場を和ませようと、軽口を叩いてもこなくて、口を結んで僕を見てくる。

「恋愛音痴のくせに、こういうときは慎重なんだから」と胸の内で、ぼやきつつ、ドアの前に立ったまま「ライブのトークのことなんだけど」と口を切った。

「ドキュメンタリーの話をしたら盛り上がるのは分かる。
ただ、僕のことで、あまり時間が割かないほうがいいと思って」

「メンバー平等に」とつづけようとしたのを「なんで」と遮られた。
思いがけず口を挟まれ、言葉に詰まってしまい、二の句が継げなくなる。

あくまで仕事の話し合いの場であって、僕に裁きが下される場ではない。
はずが、神に告解している気分だ。

「カメラスタッフの豪田さんのことが、気になるのか」と図星を突かれたら尚更。

アイドルのくせに救いようのない恋愛音痴の三村くんは、オージとの一件があって、多少、そういった方面に勘が働くようになった。

恋愛音痴を抜きにすれば、元々、メンバーの調子の良し悪しには目敏かったし、MCで僕の口数が少なかったのも、気になっていたのだろう。

「年長だからって、俺はリーダー向きでないから」なんて口先だけで、メンバーが誰にも相談できないで、一人で思いつめているときは、多少、踏みこんで、お節介を焼きたがる人だ。
と分かっていても、観念して事情を打ち明けるのが躊躇われる。

三村くんから相談してこなかったとはいえ、大路との一件を僕は知っていて、その行く末を見守った。
アイドルグループ内の恋愛事情なんて、決して口外が許されない秘密を共有していた仲間なのだから、僕の複雑な恋心についても耳を傾けてくれるとは思う。

自分も同性に好意を寄せられた経験のある三村くんが、偏見まみれの否定的な意見を口にするとも思わない。
でも「相談したって、結ばれないのに変わりがないのだから、無意味だ」と意固地な考えを捨てられなかった。

三村くんに心配させ、たとえデイジーに迷惑をかけようとも、口を割りたくなかったもので。

ドアに背中を張りつかせたまま、すっかり貝になった僕と、根競べするように、三村くんも口を利かずにいたものを、ついには苦笑して、首をふった。
自分が座る向かいに顔を振って「マエバ、座りなよ」と顎をしゃくる。

意地っ張りな僕に苛立つことなく、呆れて見限ることもなく、笑って目を瞑ってしまう三村くんは、弟がいるせいか、なんだかんだ年下には弱い。

そういう点は、たしかにリーダー向きでないのかもしれないけど、まんまと肩の力を抜けさせられた僕はすすめられた通り、椅子に腰を落ち着けた。

あらためて向かい合っても、三村くんは前のめってくることなく、逆に背もたれに寄りかかって僕からやや視線をずらし、遠い目をした。
「俺はどうも、結婚するために恋愛をしていたらしい」と僕に問うのではなく、自らの話をしだす。

「って、弟が結婚して気づかされたよ。
弟が子供、しかも息子までもうけて、三村家の跡継ぎができたってことで、もう結婚する必要はなくなった、と思ったみたいだ。

三村家の跡継ぎをもうけるためだけに、俺は結婚したかったんだよ。
その目的がなくなって、ぶっちゃけ、勃起しなくなって、恋愛をする意欲もなくなった」

三村くんが、どうして結婚前提の恋愛にこだわり、「重い」と相手にふられても、めげずに恋人を探し求めつづけたのか。
なんとなく察しがついていたとはいえ、あらためて、その理由を本人の口から聞かされるのは、中々衝撃的だ。

「だけ」というほど、ストイックな考えをしていたとは、思いもしなかったし、僕は女性ではないけど、そりゃあ「重い」と突き放したくもなるだろうと、えらく共感できた。

つい頬を引きつらせたら、三村くんは微かに笑いを漏らしただけで「まあ、色々考える、いいきっかけになったよ」と話を進める。

「目的があって結婚を望んで、結婚するために恋愛をするのは、そんな、変なことなのかなって。
周りを見てみると、恋愛したくて恋愛したり、別に結婚を考えていないけど、恋愛しているように見えた。

でも、そう見えるだけで、その人たちにも、目的があって関係を結んでいるんだよな。

定期的に会って、セックスをするため。
他になびかないよう、人から言い寄られないようするため。

人に自慢したいため。
独占したいから束縛したいから。

そうしても許される立場になりたいから。

いい年して世間体が悪いからとか、親に認められたいからってのもありそうだ」

恋愛音痴でリアリストの三村くんに恋愛を語らせると、ロマンも糞もない。

ただ、真の両想いを遂げている人は少なく、大半は妥協して恋愛し結婚しているのではないかとの、僕の考えにも通じるものがあるから、「恋愛や結婚はもっと崇高なものだ!」と声高に訴えることができなかった。

「初恋で結婚を」と酒の席でくだを巻いていた僕だ。
反発してくるものと思い、反応を窺っていたような三村くんだけど、僕が苦い顔をして口を一文字に結んでいるのに、首を傾げつつ「俺がオージと恋人にならなかったのは」とつづけた。

「恋人にならないと、目的を果たせないってわけじゃなかった、からだと思う。
一緒に居たい、大切にしたい、面倒を見てやりたいっていう望みは、恋人にならなくても、叶えられそうだったから」

「じゃあ、オージには目的があったわけ?」

「ていうか、俺が悪い。

オージはたぶん、三村家の家長の務めとして、俺が結婚前提に恋愛してるのが、分かっていたんだろ。
で、弟が結婚して子供もできたから、これで俺の恋愛体質も直ると思っていた。

なのに、弟の結婚後も、スキャンダルをだしちゃったから。
一安心しただけに、余計に焦ったんじゃないか」

三村くんは、アイドルとして致命的に恋愛関連に鈍感で無粋とはいえ、人に指摘されれれば飲みこみ、省みて考えを改めるあたりは、偉いところだ。

比べて、自分の頭が固いように思えて、すこし悔しさを噛みしめながら「今のオージは、恋人になる必要性はないと思っているの」と聞く。

「そうなんじゃないか。
昔から、兄弟みたいに仲良くて、デイジーの中でも他のメンバーが入り込めないような、特別な関係にあっただろ、俺ら。

わざわざ恋人にならなくても、元々、そんな、かけがえのない結びつきがあるわけだし。
セックスは、俺が反応しないから、相手してやれないけど、処理を手伝うことはできて、それで、うまくいっている。

それに正直、俺はオージが恋人を作ってセックスしても平気だ。
俺が恋人になって縛りつけて、オージが結婚したり子供を作る機会を奪うほうが嫌だ」

「いや、三村くんが、そう思っていても、オージは違うかもしれないでしょ。
三村くんが他の人と恋愛したりセックスするのに、耐えられないんじゃないの」

「かもな。
ただ、言いきれることではないけど、たぶん、俺はもう恋愛も結婚もしないんじゃないかと思う。

三村家の血が断たれる心配はなくなったし、オージを泣かせたくないと思ったら、余計に意欲は湧いてこなさそうだから」




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