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三日目・調査パート⑥
しおりを挟む新病棟の受付にもどるまで、ちらりと休憩スペースが見えた。
(脱走防止用の)細長い窓から、燦燦と陽光が差しこみ和やかな雰囲気。
入院服を着た人同士が談笑していれば、家族と語らっている人も。
まあ、相変わらず、みんな異性だけど・・・。
受付に到着したところでシイナさんにお伺いを。
「さっき患者さんたちが、わいわい集まっているのが見えたんですが。
あそこですこし、患者さんと話してもいいですか?」
はじめて精神病棟にきたに勝手が分からず。
ただ、家族でもない部外者が患者と接触するのはよろしくないのでは?と思ったのだが「いいわよ」とあっさり了承。
拍子ぬけしたのがばればれで、苦笑したシイナさん曰く「あそこにいるのは症状がかるかったり、退院が近い人だから」とのこと。
どうやら、彼女らは鉄格子の扉を通りぬけられる一部の人らしい。
それにしたって、セキュリティ甘くないか?
そういえば、さっきシイナさんも、ユキオの内部事情を駄々洩れにしていたし・・・。
まあ、精神病棟のしくみについて考えこむ暇はないので「守秘義務があってはゲームが成りたたないしな」と片づけ、休憩スペースへ聞きこみ調査。
患者さんの年齢は全体的に高く、異性不慣れな俺には、そのほうがありがたく。
また「ミキオのつれ」だと自己紹介すると、芋づる式に情報を寄こしてくれた。
はじめは「カンザキさんがタブー的な存在だったら、どうしよう」と身がまえたのだが。
「この病院の守秘義務はどうなっているんだ?」とさっき首をひねったものを、なんてことない。
女子だらけの学校で一二を争うほど、おしゃべりで人懐こいミキオが、自ら吹聴していたよう。
といって、狼少年的にまわりに迷惑をかけたのではない。
その口から語られたのは、奇跡的にユキオと家族が再生の歩みを果たした感動の経験談。
それに心をふるわせ涙し、勇気づけられた人が多くいるという。
「ミキオくんがすっかり元気になって、みんなが祝福するなか、親御さんが抗議をしたのよ。
『地下の座敷牢にいるような気ちがいに会わせるなんて!』って。
まあ、親御さんにしたら心配でしかたなかったんだろうけど、そのまえからお父さんもお母さんも、ひどく神経質だったから。
しょっちゅう看護婦を怒鳴りつけて、お医者さんに噛みついていたの、いやでも耳についたもんよ。
ミキオくんが云うには、由緒正しい、お堅いお家事情のせいだって。
どうも父方の祖父母や親戚に『できそこないを生んで』『おまけに育てかたを間ちがえて、精神病院になど』って責められつづけていたみたい。
その辛さを抱えきれなくて、看護婦やお医者さん、ミキオくんに『この親不孝め!』って八つ当たりしてたのね」
「といっても、まわりに当たりちらしても、なんの解決にもならないし。
こういっちゃなんだけど、ミキオくんが不安定になったのは、親御さんが追いつめたせいもあるんじゃないかってね。
でも、カンザキさんに会って生まれ変わったようなミキオくんは偉いもんで、親御さんに歩みよっていった。
『一度カンザキさんと話してほしい』って粘り強く説得したの。
もちろん親御さんは拒んだけど、医者も後押ししてね。
『病院を責めるにしろ、会ったうえで、あらためて判断していただければ』って。
『その判断に、全面的に病院は従う』とまで云ったもんだから、ついに座敷牢にいった。
そしたら、もう、すごいのなんの!
医者には喧嘩を売るは、わたしたち患者を蔑むように見るは、そんな、いつも鬼みたいな顔をしていた人がよ!
『これまで大変、失礼な態度をとり申し訳ありませんでした。どうか、ミキオのことをよろしくお願いします』って深深と頭をさげたの!
医者や看護婦だけじゃなく、わたしたちにまで!
しかも、これまで、どこか接し方がよそよそしかったのが、帰るときにミキオくんをぎゅうって抱きしめて!」
「そりゃあ、涙がちょちょぎれたとはいえ『悪霊退散でもしたの?』ってくらい驚いてね。
みんなミキオくんに、なにがあったの?って聞いたら。
どうもカンザキさんが、母方の両親、ミキオくんの祖父母について語ったらしいのよ。
二人はこう思っているって。
『わたしたちはミキオが生まれてきてくれただで、うれしい。今もそばで成長を見守っているのが、とても幸せだ』
お母さんのほうの祖父母はもう亡くなられてて。
だから、守護霊?の言葉になるわけだけど、親御さんにしたら、とても、ありがたかったのでしょうね。
なにせ、父方の祖父母や親戚は弱視で生まれたこと、精神病棟にはいったことを『面よごし』『恥さらし』ってこきおろしたんだから。
比べてけちくさく文句をつけないで、ミキオくんの誕生と成長を手放しに祝福してくれたんだし。
きっとカンザキさんに会うまで、とくにお母さんは、自分を責めに責めていたんじゃないからしら。
亡きご両親の思いを知って『悪夢から覚めたよう。ミキオ、今までごめんね』って、どっちが子供か分からないほど、泣きじゃくったらしいわよ」
「え?カンザキさんはイタコや霊媒師なのか?って。
あーまー、そう思われてもしたかないけど、わたしたち、病院の人たちは、そういう特殊な人と見なさなかったかな。
お医者さん以外に悩みを打ちあけられて、説法を聞かせてくれる住寺の職みたいな?
霊的な話が嘘でも本当でも、彼女と話した人はミキオくんのように助けられたのよ。
症状がよくなったり、家族と和解したり、病院と揉めていたのが収まったり、そのまま経過が順調で退院できた人もいて。
お株をうばわれたようなお医者さんは黙認していた。
噂では、お医者さんも、なにかと相談しにいって頼りにしていたから、とか」
「といってもね『医学で救えない人を癒す奇跡のパワーが!』って騒がれたわけじゃないの。
わたしはミキオくんに聞いたくらいで、会いにいったことないし。
ほかにカンザキさんと対面した人にしろ、得意になって話すことなかったし、噂になっても大袈裟にしたり広めたりするのが、どこかためらわれたし。
ほら、わたしたちは世間から奇異に見られやすいじゃない。
そのことが気分のいいものじゃないって知っているから、カンザキさんを見世物のように扱いたくなかったのかもね。
そうやって、カンザキさんのことは大々的に知られていなかったのだけど、座敷牢に訪れる人はあとを絶たなかったとか。
訪れるというか、引きよせられるというか。
だからか、座敷牢のある部屋のドアも、地下のフロアのドアも鍵がかかっていなかったんだって。
患者が訪問するのにメリットがあるから黙認されていたのもあるし、噂では医者や看護婦、スタッフもちょくちょく、話にいっていたというからね」
「病院の外の人からしたらインチキ宗教みたいに思えるかもしれないけど・・・。
ただ、カンザキさんは、どれだけ人から感謝されても、地下の座敷牢からは、でられなかったから。
インチキ宗教の教主なら、もっと自分の待遇をよくさせて、病院を支配もできただろうに。
もちろん高い壺を売りつけたり、お布施を要求しなかった。
むしろ相手のほうが、お礼をしたがって、なにか差しいれても受けとらなかったんだって。
病院では、十分によくしてもらっているし、自分は善行をしているつもりはない。
わざわざ座敷牢まで足を運び、話しにきてくれて、逆にこちらのほうがお礼をしたいほど、ってね。
わたしも一回、対面したけど、なんか不思議だったわ。
ただでさえ曰くありげな精神病棟、さらに物物しい座敷牢にこもっている人と思えないほど、情け深く、分別もあって、なにより、ずっと朗らかに笑っていて。
なんなら、わたし、生きてきたなかで、あんな崇高な人格者に会ったのは、はじめてかも・・・」
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