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四日目・探索パート④

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一瞬、視界が白くなり、十秒ほど空けて、けたたましい地響きが耳を打ち、我にかえった。

まえから雷鳴がしていたのが迫ってきて、近くに落ちたのを皮切りに雨脚が強くなる。
厚い雲におおわれた空はより黒黒となり、そろそろ日がしずむころだろう。

「口裂け男のビフォワーアフターのギャップ萌えにときめている場合じゃないだろ!」と犬のように頭をぶるぶる。

本格的な夜になり、月明かりがなければ、外灯も心もとないような雨打つ暗闇に包まれるまえに、口裂け女メリーゴーランドを突破しないと。

懐中電灯が必要になると、もっと状況が不利になるし、トラウマのある西洋風の屋敷にも、まだ明るいうちに辿りつきたいところ。

自分に喝をいれて向きなおったなら、水も滴るなんとやらな口裂け男に、つい見惚れつつも、あることに気づく。
マスクからはみだした口の深い傷と縫い糸が、雨で口紅が流されたことで見やすくなったことに。

目を丸くすることしばし、彼が小首をかしげたのに肩を跳ねて「あ、ま、また、壁のむこうを覗いてくれる!?」と慌てて催促を。

「きみみたいに化粧が雨に流されて、素顔とまではいかないけど、口の裂け目が見えやすいと思うんだ。

俺が袖をひくまでマスクからはみでた、裂け目のある彼女がいないか覗いてくれる?
で、見かけたら手をあげてくれる?」

きょとんとしていた彼は、その指示を聞くと、顔をひきしめ、重重しくうなずいてみせた。

まぬけな愛嬌ある大型犬が、やるときはやると毅然とした態度を見せたようなギャップ萌え。
「うう・・・!」とまたもや心臓を打ちぬかれながらも、頬を緩めることなく、俺も気を引きしめててスタンバイ。

結果、思ったとおり、一周十分の間、手をあげたのは一回だけ。

見た目がほぼ同じ口裂け女軍団のなかで、口の裂け目があるなしが、おそらく唯一の差異なのだろう。
ただ、姉妹のほうは偽物軍団と見分けがつかないよう。

いや、姉妹を炙りだせなくても、口裂け女の行列をやりすごせるかも。

ほんとうに口が裂けているのは一人だけと、ほぼ確定できたことで、凝り固まっていた思考が巡りだして。

横道にはいって一周するルートは、ほぼ正四角形。
四本ある道のそれぞれは、おおよそ似たような距離。

で、数えた限り、並ぶ口裂け女の総数は二十人くらい。

ゲーム的には、一人横道にはいったら、一人が横道からでてくる配分にするだろうから、単純に考えると、六、七人の列のうち三姉妹の一人をまぎれこませるはず。
通りぬける俺との遭遇率を高めるために。

すくなくとも三姉妹を並べないと思う。
というか、ゲーム制作側が、そこまで裏をかいた博打をするとは思いたくない。

そう疑いを持たせるゲーム制作側だから、変化球な仕掛けを組みこむ可能性もある。
「遭遇率を高くする配置をするだろう」とプレイヤーが読むのを逆手にとるとか・・・。

そのリスクを念頭にいれつつ、だとしても、三姉妹の間には一人偽物が配置されるはずと見こんで、ショルダーバックからシャボン玉の容器と吹き口を。

駄菓子屋のクジで当たった景品で「今回、使えそう」と持ってきて大正解。
まさか口裂け女の行列が待ちかまえているとは予想だにしなかったが・・・。

シャボン玉セットをにぎりしめ、口裂け男を屈ませて作戦の伝達を。

「口の裂けた一人が横道からでてきた瞬間、手をあげて知らせて。

それから彼女が背をむけたら、すぐに壁のむこうにでて、屈みながら足音を立てないように急いで列にむかう。
俺も離れず、あとにつづくから。

で、あらためて聞くけど、彼女たちの列の間には二人はいれるんだね?

そう、じゃあ、口の裂けた彼女のうしろに、できるだけ距離をとって、屈んだまま並んで歩いて。
きみと背後の偽口裂け女との間に、俺がはいれるように。

そのあとは、彼女たちの歩調にあわせて、すすむ。
むこうの横道まできたら、列から抜けだして、道のすこし先にあるゴミいれのボックスに身を隠すんだ」

小刻みにうなずいたとはいえ、もう一回、説明し「じゃあ、いこう」と口裂け男が前方に、俺は後方に位置変え。

壁のむこうに顔を突きだすのを見守りながら、痛いほど心臓が打つのと、止まらない冷や汗に、発熱するやら悪寒がするやらで、獣に食べられる直前の小鹿のようにがくがくぶるぶる。

胸を絞めつけるのは、今までのとまた異なる恐れと緊張。

ホラーゲームをしているとき、案外、一人より二人プレイのほうが重荷なのだ。
自分一人だけがダメージを食らうより、相棒が負傷し、ピンチに陥るほうが「ああああああ!だめえええ!」と半狂乱になって、ちびりまくり。

たかがゲームなれど、されどホラーとあって、相手の生死が、自分の一挙一動で左右されるとあって、やたら責任感を覚えてしまう。

コントローラーを持って画面越しに臨場感を覚える以上に、今は吐きそうなほど胸が重苦しいし、膀胱が破裂しそうに腹が痛い。

今の相棒は敵か味方か定かではない、むしろ人食い猟奇的殺人犯の疑いがある亡霊なのにな・・・。

にも関わらず「俺が守らねば!」と気負っているのが阿呆らしく、苦笑したなら、やや開きなおって、内股だったのを強く踏んばる体勢に変える。

この攻略では足手まといの口裂け男を置いていくという発想がないのに、我ながら不思議なれど。
ゲームでも途中で、相棒と離れ離れになるのが耐えがたい俺だけに、ここまで目的地に近づけば、別れるなんてとてんも。

そう、俺は口裂け男と最後まで走るぬけてみせる!

決意を新たにしたところで、彼が手をあげて壁のむこうへと踏みだした。
間髪いれず俺もついていき、液体をつけた吹き口を咥える。

本物のうしろに並ぶ偽物が横道からでてくるより先に、通りぬけようとしつつ、彼の頭上あたりに細かいシャボン玉をいくつも。

それらが弾けるまえに屈んでよこぎり、横道からでてきた偽者を追い越して、列に割りこむことに成功。

列の間は思ったより距離があったし、雨音と雷鳴で俺らの足音や物音は消されているからか、五歩ほど先を歩く本物にも、行列にも異変なし。

ほっとする間もなく、また吹き口に液体をつけてシャボン玉を散らす。
列は道の右に寄っているに、左の空いたスペースに。

雨が降っていても、かまわずシャボン玉が浮かぶのは不自然な光景とはいえ、あくまでゲームのアイテムだから。

駄菓子屋に買いに行ったとき、頭に浮かんだ説明には「雨霰雪、槍が降ろうが弾けない!」と謳い文句があったし。

という頑丈なこのシャボン玉は、どうしても口裂け女に接近しなければならず、すくなくない時間、そばにいることが必至なときに、うってつけのもの。
彼女はシャボン玉が好きなのか、宙に浮いている間は目を釘づけにするのだ。

だから横道を突っきるとき、偽物の背後にいるかもしれない姉妹の視線をそらさせるために使用。
今も、壁の役割、背後の偽者から、俺たち、とくに口裂け男がはみだして見えるもしれないので、絶えずシャボン玉を散らしているわけ。

この作戦が功を奏しているのか、道の半分まできても口裂け女の行列の粛々とした歩みに変わりはない。

もし、うしろにいる姉妹がシャボン玉に目を奪われているなら、このまま夢中にさせて、ゴミいれのボックスへ・・・。

と、いきたいところだが、あいにく、シャボン玉の容器は小さく、親指ほどのサイズ。
少量の中身が、むこうの横道までなくならないか、ぎりぎりっぽい。

なるべく節約しつつ、途切れずシャボン玉を吹きつづけたなら、なんとか少量をのこして横道あたりに到着。

口裂け男が列から抜けだそうとしたのに合わせ、上のほうに最後の一吹きをしようと。
そのシャボン玉が浮遊している間に、二人してゴミいれのボックスに走りこむために。

ほとんどが偽物と分かりつつ、口裂け女軍団に混じって、喉元に刃物の先が突きつけられたような緊迫感をずっと覚えていたからか。

気がゆるんだのと「早く脱したい!」との焦りがない交ぜになり、手元を狂わせ、容器を落としてしまい、肝心要の最後の一吹きがきでず。

息を飲みつつ、まえを向けば、口裂け男が屈んだまま走りだそうと。
すぐに、その背中を追いかけたいところ、後方に姉妹がいたら視界にはいる確率が高いし、かといって、シャボン玉がなくては列にもどり、歩きつづけるのは不可能。

ほんの逡巡したあと「後方の近くに姉妹がいないことを願うしかない!」と腹を決めて踏みだすも、容器を落とした直前とあって、体勢を崩したまま、変に力んで足を滑らせてしまい。

まさかの濡れたアスファルトにスライディング。

重大な局面での万死に値するしくじりに我ながら開いた口が塞がらず、足をとめて振りかえった口裂け男と見つめあうことしばし。

背後の頭上から「ねえ」と雨とともに、かすれた色っぽい声が降ってきた。


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