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消えた友人
壱
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周囲一体の影を呑み込み一つの塊と化した黒は、どろりと天に向かって聳え立つようだった。例えばそれは事情を知らない人間の立ち入りを禁ずるには十分の迫力を持っていたし──あるいは事情を知りたがる人間の召喚を叶えるにも十分魅力的な相貌であった。
「おおーうっ、フインキたっぷりですなあー!」
つまりは、無鉄砲で純粋な度胸試しの挑戦者──佐竹を迎えるに相応しいシチュエーションを檜垣高等学校の赴き深い木造校舎は演出していた。
檜垣高校は歴史ある学校だ。時代に適応し木目の廊下をリノリウムに改築したり古くなったグラウンド倉庫を取り壊して運動部の為の更衣室へと新たに建て直す計画があったりと変化を柔軟に取り入れつつも、やはり初見での印象は古臭い化石の学校だ。だがしかし不便とするほど最新技術に取り残されているわけでもないので、近隣の適応年齢の子供はまず檜垣高校を進学先の一つとして視野に入れる。ようは特別目指す学校がない限りゆるりとした青春が約束された滑り止めに人気の公立高等学校なのである。
かくいう佐竹もその口であり、程好く勉強して程好く受験して程々の距離にあるありふれた高校に程々の期待をもって流されるままに入学した。その先でこれまた共にいると居心地の良い程好い距離感の友達も得られた。現在の佐竹は非常に満ち足りていた。──そう、満ち足りていた。足りるということは、満ちているということは、すなわち怪物を佐竹の心に棲まわせてしまうということだ。怪物の名を、人は『退屈』と呼ぶ。
新生活に満足してしまった佐竹が次に求めるのは、当然『刺激』なのだ。
「倉橋のバーカバーカ、よっわむし~」
佐竹としてはすっかり親友気分でいる一番の友達にフラれた腹いせに、ビデオを回して己の声が問題なく録音されていることを確認した上で特定の人物へ向けた名誉毀損ソングを口ずさむ。だって、そうしないと、
──ヒタ
「うひゃあ、暗……これ、ちゃんとビデオ録れてる?」
玄関スロープを抜けて習慣のままに上靴に履き替えて。どの教室にも繋がる廊下へと踏み出したそこは、数多もの声にあふれ賑わっていた昼間の面影など闇に濡れ、まるで世界の裏側にでも迷い込んでしまったかのようだ。もしかすると『学校』とは昼と夜、二つの顔を持つのかも知れない──なんだからしくもないセンチメンタルな感想を佐竹は胸に懐いた。現実に抱いているのは父親の部屋から勝手に拝借した画質重視のHDビデオカメラである。
「懐中電灯ないとやってらんねぇな……」
──ヒタ、ヒタ
たったひとり分の足音がさびしげに空気を揺らす。空気。質感を持たないはずのソレを足で掻き分けているかのような感覚に陥る。そうしないと、前には進めないのだと。
無音の暗闇に残される自身の吐息がまるでこの世に独りきりであるような錯覚を起こさせる。佐竹の子供じみた無邪気な熱が急激に残酷に冷めていく。
──やべえ。ちょっとこれ、本気で怖ぇかも。
とうとう、佐竹は恐怖のシミが心に広がったことを認めた。やはり無理矢理にでも倉橋を連れてくるべきだったか、と見当違いな甘えをここにいない人へ差し向けた。
心細い。暗い。なんだか、冷たい。息苦しい。けれど、立ち止まれない。引き返せない。振り返られない。だから、進む。いっそのこと一周してしまおうと自分の笑い方を思い出そうとする。
──ヒタ、ヒタ
階段だ。左に曲がる。
──ヒタ、ヒタ
自分の教室だ。誰もいない。
──ヒタ、ヒタ
また階段だ。ここを上がれば最短で職員室に辿り着くことを知っている。
──ヒタ、ヒタ
。
──ヒタ、ヒタ
──ヒタ、ヒタ
ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ……
ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ……
ヒタ……ヒタ……
ヒタ……
────────ペタ。
「──え?」
佐竹は立ち止まろうとした。できなかった。──それは、後ろにいる。
──ヒタ、ヒタ……
──ペタ、ペタ……
──ヒタ、ヒタ……
──ペタ、ペタ……
──ヒタヒタヒタ……
──ペタ、ペタ、ペタ……
「……っ」
──タッタッタッタッ!
──ペタペタペタペタ……
「────っう、わあああッ!!」
後ろにいる。それがいる。音が居る。水が居る────佐竹は走った。だって、立ち止まれない。いるから。それがいるから。ならば、進むしかない。
足音の形をした水音は児戯に耽る子供のように佐竹の音にリズムを合わせてくる。嫌な音だ。水の音だ。誰かが溺れる音だ。水が追ってくる。
「っ来るな────来るなあッ」
走れ。走れ。脳が本能が命ずる。走れ──────走れッ!!
〝お前は、この水音を知っているだろう?〟
暗い廊下には、ひび割れたHDビデオカメラだけが転がっていた。
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