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神のいない山
弐
しおりを挟む──清海野旅館について、ですか?
そう、作業の手を止めて小首を傾げる作務衣姿の女性へとヘラリと笑う。清海野旅館の門の前、アポイントメント無しの来客にも関わらず快く対応してくれた彼女は清海野旅館の従業員だ。たぶん、仲居さんだ。女将さんは僕達に注意を投げ掛けた後、別の場所へと向かったらしく、宿へは戻っていなかった。そこで、一番に対応してくれたのがちょうど表の掃き掃除をしていた彼女というわけだ。
「ええ。こいつの学校の宿題でしてね。周りは美岬館のことばかり書くから自分は清海野旅館を調べる、てバカな闘争心燃やしてるんですよ。まあ、学校の課題ですからここは一つお願いします」
適当に身なりを整え保護者ぶった顔をする時政さんに無理やり頭を下げさせられる。
「うぉっ──願い、します……!」
羞恥をかなぐり捨てて子供っぽくニッコリする。子供っぽく、どこまでも子供っぽく、だ。──中学生に見えるように。
……うん。なんだってこんなことになっているのかというと──所謂『設定』の為である。
僕は学校の宿題で周りにある職業を調べる事になった中学生。時政さんはその保護者。素直に探偵だと明かせばいいじゃないかとごねる僕に探偵様はおっしゃいました。「お前、探偵とか名乗る不審な第三者が自分から根掘り葉掘り情報を訊き出そうとしてるとしたら、どう思う?」と。──まあ、警戒するよね。わざわざ紀美子さんに対して副担任とかいう嘘八百を吐いた理由をここに来て知る事になろうとは。
理由はわかる。納得もした。だがしかし。
──っこれはないでしょう! 僕、一応こんなでも高校生なんですけど!?
「あらあら、勉強熱心なのねえ! 今ならお客さんも眠ってる人のほうが多いし……ええ、少しならいいですよ」
仲居さんは人好きのする明るい笑顔を浮かべると、突発的な話にも関わらず掃除の途中だった庭へと僕達を迎え入れてくれた。善い人だ。そんな彼女の良心につけ込む事実に僕の良心がシクシクする。……なるべく手短に済ませよう。
「何が聞きたいのかな?」
本格的に箒を立て掛けて、柔らかに問う対象は勿論、宿題をしに来た(設定の)僕だ。えーと。口ごもる。──ちょっと待ってよ、時政さん、何を聞けばいいの!? ここから先のことなんて打ち合わせしてないよ!
「ほら、清海野旅館と美岬館の違いとか、清海野旅館の歴史とか、そういうことが聞きたいって言ってただろ? ちゃんと自分の口でお姉さんに聞きなさい」
時政さんが朗らかにお兄さん風を吹かせながら横槍を入れてくる。髪は野暮ったいくせに実に涼しげな顔だ。
なんだよもう、恥ずかしい思いをするのは僕ばかりじゃないか。だったら最初から自分で聞いてよぉ!
「お、お願いします……」
「うふふ、恥ずかしがり屋さんなんですねえ。──美岬館と清海野旅館の違いは、やっぱり時間と歴史かしら。美岬館は出来てからまだそれほど──そうね、二十年と少しといったところかしら。この業界では比較的新しくて綺麗な旅館です。だけど、それはつまり歴史が浅いということだし──清海野旅館は反対に、古くからの旅館で貫禄も風情あるけれど、そのぶん利便性──ああ、利便性ってわかるかな。便利かどうかという意味なんだけどね。その辺り、もしかしたら親切じゃないところもあるかもしれないわね。スロープだとかの設置はまだまだ先になりそうだし。バリアフリーってもう習ったかな?」
子供相手に噛み砕いて説明してくれる仲居さんに必死にメモを取りながらも、横目で時政さんを伺う。その懐にはボイスレコーダーがある。
「清海野旅館の歴史は──うーん、そうねえ。昔はここら代表の宿屋といえば清海野旅館だったのよ? まあそれも、跡取りが絶えてからは活力が……ね。今は落ち着いてるけれど、女将も当時は随分と落ち込んでねえ。夫と息子と立て続けに、なんて……あの頃は大変だったわ────て、こんな話しても面白くないね。ごめんね。それじゃあ、気を取り直して当館の創業から掻い摘んでいきましょうか!」
サッと憂い顔を払拭した仲居さんは、再び愛想好く笑顔を浮かべると歴史の授業さながらに清海野旅館の設立から今日までを語った。そこには接客のプロとしてのテクニックとプライドが見えた。けれど──一度投げ掛けられた不穏の波紋を見逃す探偵ではない。
跡取りが絶えた──? それって、つまりは────いいや、これはまだ聞くべき事じゃない。中学生が宿題で質問するには、あまりに不躾すぎる。それよりも、だ。
「──なるほど、代々身内間で受け継ぐ形で清海野旅館は維持されてきたんですね。……あの、それじゃあ美岬館のことはどう思ってるんですか? けっこう、その──比べられてるじゃないですか。雑誌とかで。老舗の清海野と最先端の美岬館、みたいなかんじで。……やっぱり、目障り、とか、憎い、とか、ありますか──?」
「まさか! ライバル関係だとか因縁の仲だとか好き勝手言われてますけど、そんなことは全然! 七年前までは交流も盛んに持っていましたし、何より女将同士が姉妹同然に仲良くて……今は、難しくなっちゃいましたけどね」
そこでふっと瞳は伏せられる。これ以上語るつもりはないと彼女の目が語る。
──七年前。確か、美岬館が急激に勢力を上げ始めた年でもある筈だ。まさか無関係だとは思っていなかったけれど──七年前に今までの関係のなにもかもを覆す程の〝何か〟があったんだ。
「他に聞きたい事は?」
「えっと」
完璧に表情を切り替えて僕へと尋ねる仲居さんにさてどうしようと冷や汗をかく。ねえ、次はなにを聞けばいいの!? もう代わってよ、時政さぁん!
「──気になってたんですけど、庭のお花、綺麗ですね。これ、手入れ大変でしょう?」
僕の必死の思いが通じたのか──いや、僕のあまりの使えなさに諦めただけかもしれない──時政さんが世間話をするように沈黙を拾った。彼が指す先は例のスカビオサだ。
「ええ。スカビオサというんです。暑さに弱いのでそろそろ手を入れてあげなくちゃいけませんね」
「へぇ、箱入りお嬢さんってわけだ。……ああ、そういえばさっきそこの山の麓でも、この、ええと──スカビオサ、でしたか。これを見たんですよ。着物を着た女性が眺めていましてね。彼処になにか思い入れでもあるんですかねぇ」
「──!」
胡散臭い。そして白々しい。時政さんの実にスバラシイ演技力に目をしらっとさせる。対して仲居さんは、ナチュラルな色を乗せた瞼も全てをハッとさせると、誰に向けるでもなく呟いた。
「そうですか…………まだ、三ヶ月だものね」
──三ヶ月? これまた気になる反応だ。
七年前に、三ヶ月──おそらく無関係の数字ではない筈だ。
「──あっ、いけないわ」
ふと、腕時計を確認した彼女は急ぎ立ち上がった。
「そろそろお開きにしましょうか。私も仕事に戻らないといけないので。──ごめんね、気の利いた話できないで。こんなので先生に怒られたりしない?」
「い、いえ、十分です! ありがとうございました」
彼女の業務を邪魔してしまった事への謝意と感謝を心から示す。時政さんも隣できっちりと頭を下げているのが見えた。
十分だ。きっと、僕達は大きな成果を得られた。その証拠に。
「本当にありがとうございます。貴重な話を沢山聞けて、こいつも私も楽しかったです。宿題も心配ないでしょう。……さ、行こうか」
──クツリと。時政さんの口元には例の不敵な笑みが浮かんでいた。少なくとも、時政さんの中で情報と情報が繋がった。ならば──ここからは探偵の仕事だ。
「──あ、そうだ」
最後に、一つだけ。清海野旅館の門を超えた所で立ち止まる。門先まで見送りをしてくれた仲居さんへと振り返る。
どうしても尋ねておきたかった質問がある。どうにも僕の中で痼となって巣食うもの──山に住まう、神のことを。
「あなたは────氏神の存在を信じますか?」
去り行く二つの背を眺めながら、悲劇の役者に選ばれてしまった彼の人を想って作務衣の女は淡く笑む。
「信じるよ。氏神様はあの方を連れていってしまったんだから。────ねえ、圭司さん」
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