彼女に死ねと言われたら

浦登みっひ

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グリーンフォレスト

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 グリーンフォレストへの参加を意志を示すと、バーテンダーは携帯端末でどこかに連絡をとり、それから数分後、派手な服装に身を包んだスキンヘッドの男が店内に入ってきた。バーテンダーが言う。

「ここではあまり込み入った話はできませんので、彼について行ってください」

 なんか、すんなり話が進みすぎて拍子抜けだな……。
 スキンヘッドの男に連れられて店の外に出ると、男はそのまま『ダンスインザダーク』の店舗の裏側に回り込んだ。
 ネオンの灯された正面とは対照的に、光の差さない真っ暗な店舗裏。スキンヘッドの男は、無言のまま『ダンスインザダーク』の裏口のドアノブに手をかける。ドアの両脇には生ゴミでも入っていそうな大きなポリバケツが並んでいて、一見すると何の変哲もないありふれた飲食店の裏口だ。
 あれ、結局店内に戻るんだったらわざわざ外に出る必要はなかったんじゃ――と思ったけれど、その疑問はすぐに払拭された。裏口のドアの向こうにあったのは、地下室へと続くと思われる下り階段だったのだ。
 スキンヘッドの男は、その風貌からは想像もつかないほど丁寧な口調で言った。

「暗いので、足元にお気を付けください」

 男が言う通り、階段の天井にはぽつりぽつりと小さな電球が取り付けられているだけで、その光は足元までは届いていない。なんだか、いかにも怪しげな秘密組織のアジトという雰囲気だ。
 スキンヘッドの男はそのまま静かに階段を降り始め、僕たちも続いて仄暗い階段へ足を踏み出す。裏口に入ったときには聞こえていた店内のBGMも、地下に入ると完全に途絶えた。コンクリートの階段を一歩降りるたびに、コツコツと五人分の足音がカノンのように繰り返し反響して、さらに不安を増幅させる。
 暗くてあまり距離感が掴めないが、およそ10メートルぐらいは降りたのではないだろうか。地下への階段は、地上の店舗の佇まいからは想像もできないほど長かった。街中にこれだけ大規模な地下室を作るには、結構な費用がかかるはず。グリーンフォレストの活動資金はいったいどこから湧いているのだろう……?
 階段を降りた先に黒い鉄の扉があり、先を歩いていた男は、その扉の前でこちらへ振り返った。

「この先に足を踏み入れたら、我々は同志。裏切りは許されません。もし少しでも決心が揺らいでいるのなら、引き返せるのは今だけです。もう一度確認しますが、我々の同志となる覚悟はできていますか?」

 ミヤビ様は小さく肩を竦めて答える。

「くどいわね~。入れてほしいからここまで来たんじゃないの」

 これが今から組織に入れてもらおうという人間の態度だろうか、とは思ったけれど、これはきっと、ミヤビ様なりの演技なのだろう。たしかに、こんな派手な格好をした女の子が、ここまで来て急にかしこまった態度を見せたら、それはそれで怪しまれるかもしれないし――ただ、人を食ったような態度はいつものことだから、単に素で答えている可能性も無きにしも非ず。
 しかし、こういう返事に慣れているのか、スキンヘッドの男は眉一つ動かさずに頷くと、地下室のドアノブに手をかけ、分厚い扉を開けた。

 扉の向こうには、テロリストのアジトというイメージからは想像もつかないほど広い空間があった。この広間の面積だけでも、地上の店舗より広いのではないだろうか。間接照明で薄暗い室内、その一角に置かれた大きなテーブルの周りを囲むように高級そうな革張りの椅子が並び、七、八人のガラの悪い男女が屯している。ある者は床に寝そべり、またある男女は椅子の上で絡み合い。テーブルの上には様々な種類のアルコールの空き缶、空き瓶がびっしりと並んでいて、酒の臭いが部屋中に充満しているようだ。それに、アルコールだけじゃない、もっと異質な臭いも――。
 僕たちが入ってきたことに気付くと、その男女はねめつけるような、しかしどこか胡乱な目つきで、僕たち四人をジロジロと見ながら、ひそひそと言葉を交わす。

(クスリやってるね、あれは)

 ミヤビ様が小声で僕に耳打ちした。

(クスリ――クスリって、ドラッグってこと?)
(そそ。地球を守るとかなんとか、お題目だけは立派だけどね。結局はならず者を集めて犯罪の片棒を担がせてるだけ。シャダイ王国での奴らの主な資金源は詐欺と違法薬物なのよ)
(そ、そうなんだ……)

 スキンヘッドの男は、狂ったような宴が繰り広げられているテーブルに声をかけることもなく、横目で一瞥しただけで、そのまま広間の奥へと歩いていく。その先には、黒い扉があった。ツヤ消しの加工がされているためか、いやに重厚感があって、ブラックホールみたいに暗く沈んで見える。
 扉の前で、男は再びこちらに振り向いた。

「ここが我々のボスの部屋です。皆様のことは伝えておりますので、どうぞ、お入りください」

 いよいよ、敵の親玉のお出ましか。緊張で足が震えそうになるのを必死に抑えながら、僕はサングラスの下から皆の表情を窺った。ロザリーは相変わらず無表情。こういう潜入任務には慣れているということだろうか。レイさんも、不機嫌そうな演技の表情を崩していない。どこからどう見てもそこいらのヤンキーだ。
 ビビってるのは僕だけなのか――と思いつつミヤビ様を見ると、彼女はレイさんの服をぎゅっと強く握り締めながら、固く口を結んでいた。
 やっぱり不安なんだ、ミヤビ様も。
 いつもふてぶてしいまでに勝気な彼女が一瞬だけ見せた意外な表情に、何故だろう、僕はほんの少し安堵を覚えた。


 スキンヘッドの男がノブを捻り、扉は重々しく押し開かれる。
 部屋の中は、広間の薄暗くいかがわしい雰囲気とはうってかわって、まるで病院の一角のように明るく、白を基調とした清潔感のある内装だった。面積は広間の半分もないだろうけれど、物が少なく整頓されているせいか、実際の広さ以上に広い印象を受ける。
 部屋の中央にある応接セットと、その向こうにあるグレーのスチール机。いずれも、ハンロ高校の職員室に置いてあるものと然して変わらない代物だ。テロリストのアジトのリーダーの部屋というイメージとはかけ離れていて、僕はまた拍子抜けしてしまった。オレオレ詐欺グループの事務所とかなら頷けたかもしれないが。

 そして、スチール机に肘をつきこちらを見つめる男。黒髪をオールバックに固め、高級そうなグレーのスーツに身を包んだその男は、テロリストのリーダーというより、勤勉なビジネスマンに見える。年は三十前後だろうか、若くは見えるが、その佇まいが発する威圧感は、とても二十代とは思えない。男は端正な顔立ちに柔和な表情を浮かべながら言った。

「ようこそ、我がグリーンフォレストへ。私はリチャード。港湾支部のチーフを任されている者です。我々は君達を心より歓迎します――どうぞ、そこへかけて」

 リチャードと名乗った男は滑らかな手つきで応接セットの椅子を指し、僕たちはそれに従って椅子に腰掛ける。リチャードはおもむろに椅子から立ち上がり、バレエダンサーのように滑らかな動作で部屋の中をゆっくりと歩き始めた。身長は高いが痩せ型で、体にピッタリフィットするタイプのスーツ。意図的に高くしているとしか思えない声色が、どことなくオカマっぽいな、と僕は思った。

「どうです、驚かれましたか?」

 リチャードは両手を広げ、口辺に笑みを浮かべながら僕たちに尋ねる。その芝居がかった仕草が、何だか妙に鼻についた。質問の意図が計りかね、誰も何も答えずにいると、リチャードはさらに滔々と続ける。

「いえ、初めてここに来る方には、よく驚かれるのです。寂れたバーの地下にこんな大きな地下室があること、それに私についてもね。なんというか、その、テロリストっぽくないってよく言われるのですよ」

 まあ、たしかに驚いたけど、それ自分から言われるとちょっと引くなあ。

「おや、大人しいですね、皆さん。緊張しておられるのかな? そんなに肩肘張らず、リラックスしていただいて結構ですよ。我々は既に家族ファミリーも同然。グリーンフォレストはアットホームな組織ですから――ところで皆さん、ここの情報はどこで知られました?」
「……あたしたちは、クスリやってる友達から、組織に入れば安くクスリが手に入るって聞いて。ここに来れば組織に入れてもらえるんでしょ?」

 ミヤビ様が答えた。きっと、これぐらいの質問はされるだろうと想定して、予め返答を用意しておいたのだろう。自然な理由のように思えるけど、テロ組織に入る目的が違法薬物ってどうなんだろう。リチャードは一瞬苦笑したように見えたが、すぐにまた人好きのする笑顔に戻った。

「ええ、もちろん、家族ですからね。お安く提供することはできますよ」

 そんなに驚いた様子もないところを見ると、同じ理由でグリーンフォレストに入る輩は結構多いのだろうか。ついさっき、それっぽい人たちを目にしたばっかりだし。リチャードは今度は僕とロザリーを見た。

「そちらの、真面目そうなカップルさんは? どこで我々のことを?」
「え、ま、真面目?」
「ええ。サングラスの下で、さっきからずっと目をキョロキョロさせているし、服装も全然似合っていない。私ね、人を見る目には自信があるんですよ。浮いて見えないように変装してきたけど、本当は真面目な学生さん――違いますか?」

 す、鋭い。僕は思わず息を呑んだ。
 さすがチーフを任されるだけのことはある。それだけの観察眼がなければ、組織の長は務まらないということか。いや、もしかして傍から見たら一目瞭然なのだろうか。服が似合ってないとは自分でも思うし、黒いサングラスとか、普通に考えて怪しすぎるし。
 でも、真面目な学生に見えるのなら(実際そうなんだけど)、ミヤビ様と同じ理由は使えないということだ。どうしよう……。
 ロザリーは相変わらず固く口を結んでいる。彼女にグリーンフォレストの幹部と話をさせるのは酷だろう。相手は彼女の両親の命を奪った組織の人間、睨み付けてしまいそうになるのを必死で堪えているに違いない。つまり、ここは僕が何とかしなければならないのだ。
 ここを知った理由――僕の脳裏に、珍しくいいアイディアが浮かんだ。

「あ、あの、僕は、地球環境についてのグリーンフォレストの理念に共感して、興味を持ちました!」
「ほう……」

 リチャードは興味深げに目を細める。よっしゃ、これはイケそうだ! 僕はたたみかけるように言葉を継いだ。

「僕たち人類は、社会を発展させる過程で、地球に、そして自然に大きな負担を強いてきました。森を伐採し、海を埋め立て、大気を汚して――人類の進化は、環境破壊の歴史だったと言ってもいい。でも、マナをエネルギーとして扱うことの危険性は、これまでの比ではないと僕は考えます。自然界に流れる、得体の知れない生命エネルギー。それを浪費することは、古代の生物の死骸から得られる化石燃料を使うことより遥かに危険な行為かもしれない」

 自分でもびっくりするぐらい、すらすらと言葉が溢れてくる。現に、リチャードの反応はミヤビ様の時とは明らかに違っていた。小さく頷きながら、まじまじと僕の目を見据えている。

「以前、ネットでグリーンフォレストのことを知って、貴方達の主張を知ってから、僕はずっと興味を持っていた。いえ、心の中では密かに応援していたと言っても過言ではないかもしれない。シャダイ王国は世界に先駆けてマナのエネルギーとしての実用化に漕ぎつけた国。そのシャダイ国民である僕たちが、マナの危険性に無頓着であることは大きな罪だと思い、険しい道なのは承知の上で、是非グリーンフォレストに参加したいと思ったのです」

 いつから僕はこんなに上手に嘘をつけるようになったのだろう。僕の主張に感動したのか、リチャードは大きく手を叩いた。

「ブラボー。素晴らしい。君のような若者こそ、我々が求めていた人材だ。率直に言って、今この国に於ける我々の現状は厳しい。国家存亡の危機から息を吹き返したシャダイ王国は、グリーンフォレストに対する警戒を強めています。実際のところ、ここ数か月で、我々は何人もの仲間を失った。この苦境を切り抜けるためには、君のように情熱を持った若者が必要だと、私はずっと思っていたのです」
「あ、ありがとうございます! 廃倉庫の一件の時も、バスジャックの時も、グリーンフォレストの活動家が死んだと聞いて、僕は胸が痛かった――働かせてください、僕を、このグリーンフォレストで!」

 就活でもこんな風に自己アピールできたら、きっと内定間違いなしなんじゃないだろうか。全て出まかせとはいえ、我ながら上出来すぎるほどに完璧な返答だったと思う。リチャードもきっと心を動かされたに違いない。
 しかし、何故だろう、リチャードの表情からは、つい先程までの大らかな笑顔が消えていた。眉根を寄せ、顎に手を当て、探るような視線を僕とロザリーに向けている。ふと周りを見ると、レイさんは苦笑い、ミヤビ様はうんざりしたような顔で天井を見上げ、ロザリーは深いため息をついた。
 え? なんで?

 困惑する僕に、リチャードの、まるで別人のようにドスを利かせた一言が突き刺さる。

「君、バスジャックの事件は、公にはされていないはずだが……その情報は、どこから得たんだね?」
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