彼女に死ねと言われたら

浦登みっひ

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港湾地区

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 『スリープレスナイト』での潜入捜査から数日後の夜。僕たち四人は、再び例のチャラい変装をして、捜査対象となっている次のナイトクラブへと向かった。

 チトセシティ中心部から郊外へ向かって走るセダン。その助手席に座ったミヤビ様が、スマホの地図アプリを見ながら言う。

「今回行くのは『ダンスインザダーク』ってクラブね。一応位置送っとくわ」

 スマホの通知が鳴り、画面に表示された通知をタップ。すると、スマホにデフォルトで搭載されている地図アプリが起動し、赤いピン型のアイコンによって『ダンスインザダーク』の場所が示されていた。
 前回の『スリープレスナイト』は郊外と呼ばれる地域の中でも元は工業地区だった場所にあったけれど、今回の『ダンスインザダーク』は港湾地区。海岸沿いのエリアには商社のビルや観光客向けの商店が並んでいるが、『ダンスインザダーク』はその裏手、清濁併せ呑む繁華街の中にある。

 一口に郊外と言っても、『スリープレスナイト』とはかなり離れているし、工業地区と港湾地区とでは街並みもだいぶ違う。
 化石燃料の価格高騰によって、シャダイ王国のあらゆる産業が大きなダメージを受けたことは確かだけれど、分野によって現在の状況は少し異なる。
 メイダン首長国連邦などの産油国によって突然発表された化石燃料価格の大幅な引き上げに、シャダイ王国のようにエネルギー資源を持たない国々は皆、大きな経済的打撃を受けた。株価は連日ストップ安を記録し、生産力は急激に低下。それに比例して失業率も増加し、治安の悪化に伴って、富裕層は逃げるように産油国へと移住していった。

 科学的にも経済的にも先進国の一つに数えられていたシャダイ王国が、急転直下、いつ明けるとも知れない暗黒時代に突入してしまったのだ。主要銀行の相次ぐ破綻、GDPの減少、貧困層の拡大。政府は財政出動でどうにかこの難局を切り抜けようとしたが、焼け石に水だった。
 この未曽有の危機を救ったのが、新エネルギー・マナの発見と、マナ・チャージ技術の確立。つまり、ロザリーを巡る研究の成果だったのだ。

 燃料価格が引き上げられる数年前から、シャダイ王国は新たなエネルギー資源の研究に巨額の予算を投じていたらしいが、ロザリーのおかげでそれがようやく結実したことになる。
 学会でマナに関する研究の成果が発表されて以降、エネルギー問題に喘ぐ世界中の国々からシャダイ王国に注目が集まったが、政府はマナに関する技術や情報を国家機密として扱った。そして数年後、マナ・チャージ技術の確立によって、国内の関連企業の株価は大幅に上昇。シャダイ王国は不死鳥のごとく復活を遂げたのだ。
 そして現在。マナ・チャージ機構の組み込まれたバッテリーの国外輸出によって、シャダイ王国は昨年、数年ぶりに貿易赤字を解消した。貿易額の増加に伴って港湾地区の再開発計画が持ち上がり、一時は工業地区同様に荒廃していた港湾地区が、ここ数か月は見違えるような賑わいを見せている。

「港湾地区ならもともと人の出入りも多いし、外国人も多く出歩いている。グリーンフォレストが工作員を送り込むのにこれ以上ない条件が揃っているわ。本命はこっちかもしれないわね」

 ミヤビ様が流れる景色を目で追いながら言った。
 港湾地区は工業地区と比べると宅地の割合が少なく、その代わりに、物資を保管しておくための大型の倉庫が立ち並んでいる。しかし、燃料危機以降長らく使われていないものも多いらしく、建物の壁に深く刻まれた大きな罅やスプレーの落書きが目につく。ヘッドライトが照らす先には、痩せたホームレスや、見るからにガラの悪い男たちの姿が見え隠れしており、好況に沸くイメージからは程遠い。
 僕はふと前の任務のことを思い出し、隣のロザリーに声をかけた。

「なんか、思い出しちゃうね、最初の任務」
「……そうだね。荒廃ぶりはあまり変わらないかも。でも、人が多い分、こっちの方が性質が悪いかも」
「でも、港湾地区って、今すごく儲かってるところなんじゃないの? 再開発計画もあるんじゃなかったっけ」
「そう、確かに一部の商社やマナ・チャージ関連機器を扱う電器メーカーは今とても潤っているし、その経済効果はこれから少しずつ港湾地区全体に波及していくと思う。でも、少なくとも現段階でその恩恵を受けているのは、まだ海岸付近のエリア一帯だけらしいね。貿易額が増大したことによって多くの外国人が訪れるようになったけれど、港湾地区の治安の悪さは国内外に広く知れ渡っているから、港周辺の比較的安全な地域より奥には立ち入ろうとしないし、チトセシティの中心部に向かう人は信頼できる相手に送迎を頼む――そんな風に、スラムエリアと海岸一帯は見えない壁で分断されていて、決して交わることはないの」
「へぇ……たしかに、チトセ市民の僕でもこの辺を歩くのは怖いもんな」
「港湾地区の再開発計画は、そういう現状を解消するためのものでもある。もちろん急増する船舶数に対応できるよう環境を整備するのが主な目的だけど、港湾地区で暮らす貧困層に職を与え、治安を改善する。それはグリーンフォレストを始めとする不穏分子やその他のマフィアを、平和的な手段で一掃することにも繋がるからね」
「なるほど……」
「港湾地区の再開発計画が成功すれば、それをモデルケースとして、次は工業地区の再開発計画も持ち上がってくるはず。経済成長によって貧困層が減少すれば、私たちの任務も必要なくなる。それを成功させるためにも、今のうちにできるだけグリーンフォレストの拠点を叩いておきたい。シャダイ国内の貧困層を唆し工作員として利用しているグリーンフォレストは、必ず再開発計画を妨害してくるからね」

 マナ、そしてロザリーを巡る研究の成果であるマナ・チャージが、シャダイ王国を救い、また貧困に喘ぐ多くの国民を救おうとしている。この小さく細い体で、彼女はシャダイ王国の命運を背負っているのだ。僕は改めてロザリーの存在の偉大さを思い知った。

 僕たちを乗せたセダンは、廃倉庫群を滑るように駆け抜け、湾岸エリアへとやってきた。今のシャダイ王国の中で最も活気がある場所。海岸沿いを眺めると、埋め立て地に積み上げられた無数のコンテナと、それを運ぶための巨大な輸送船が何隻も停泊しているのが見える。
 陸の方へと視線を転じれば、ずらりと居並ぶ観光客向けの商店と、その向こうに聳え立つ高層ビル。地上200mを超えるその巨大なビルには数十を超える商社が入居しているらしく、もうすっかり夜も更けているのに、不夜城の如く煌びやかに無数の光を纏っていた。
 こんな時間まで残業か、大変だなぁ。でも、土産物屋もまだ開いてるし、ここではこれが普通なのだろうか。僕は何気なく呟いた。

「港湾地区のお店って、コンビニでもないのに、こんな夜遅くまでやってるんだね。ちょっと羨ましいな」

 すると、ミヤビ様は呆れたように大きくため息をついた。

「はぁ……あのねぇ。……まあ、あんたにはわからないか。あれはね、昼間は一応普通の商店として営業してるけど、それは仮の姿で、夜になると売春宿に変わるの」
「えええ? 売春……宿って、その、つまり、女の人を買うところ?」
「そう。港町ではよくある風景よ。経済的に厳しい地域では特にね」
「で、でも、シャダイ王国ではそういうの、禁止されてなかったっけ?」
「だから表向きは普通の土産物屋として店を構えてるわけよ。まあ実際は、政府や警察も実態を把握しながら黙認してるってところでしょうね。まあ、港湾地区の再開発が始まる前に、今ある店は一斉に摘発されるかもしれないけどね」
「そ、そうなんだ……」
「それでもきっと、需要と供給が成立する限りこういう商売がなくなることはない。形を変えてまた営業を再開するでしょう。失業率が改善され、貧富の差が解消するまで、女にとってはこれも一つのセーフティネットだから」

 海岸沿いの道路から陸の方向の道に入り、高層ビルの横を抜けてさらに奥に進むと、海岸エリアの輝きは瞬く間に闇に飲まれる。

「目標のナイトクラブはそろそろね」

 スマートフォンの画面に目を落としたミヤビ様が呟く。
 それから交差点を二つほど曲がると、ネオンに彩られた『Dance in the Dark』の文字が目に飛び込んできた。倉庫群の切れ目に縮こまるようにして建つそのナイトクラブは、前回の『スリープレスナイト』よりこじんまりとした佇まい。駐車場もなく、店の前の狭い路地に車が何台か路上駐車されている。

「ここか……前のところと比べたら随分狭そうだね」
「でも、活動拠点に向いているのは、むしろこういう狭くて目立たない場所のはずだよ。油断しないで、気を引き締めていこう、モーリス」

 笑みの消えたロザリーの表情に頷き返しながら、僕も気合を入れ直した。


 前回は店外にもガラの悪い集団が屯していたけれど、この店の周囲には人影がなく、妙にしんみりした印象を受ける。他の車に倣って店の近くの路肩に停車すると、ミヤビ様がバックミラー越しに言った。

「じゃあ、ここから先はこの間と同じ。あたしとレイが探りを入れるから、ロザリーは変に目立たないよう注意して。モーリスはロザリーのボディーガードね」
「うん、わかった。ミヤビ様たちも気をつけて」
「……一番心配なのはあんたなんだけどね……さ、行きましょう」

 車を降りた僕たちは、前回同様、ミヤビ様とレイさん、僕とロザリーの二組に分かれて、『ダンスインザダーク』の入り口をくぐった。

 店内は『スリープレスナイト』と比べるとやはりだいぶ狭い。入って正面にバーカウンターがあり、中年ぐらいと思しき男性のバーテンダーが一人立っている。テーブルは五、六卓ぐらいだろうか。ムーディーな音楽はかかっているがステージはなく、ダンスフロアに相当するようなスペースもここにはなかった。
 僕たち以外の客は若いカップル一組だけで、一口にナイトクラブと言っても、ここはかなり落ち着いた雰囲気の店だということがわかる。

 ミヤビ様とレイさんは、店に入ると真っ直ぐカウンターに向かい、バーテンダーに話しかける。わざとタイミングをずらし、二人より遅れて店に入った僕とロザリーは、二人とは他人を装いながら静かにテーブルについた。
 僕はロザリーの耳元に口を寄せ、小声で囁いた。

「なんか、平和そうなお店だね。今回もハズレかな」

 店自体も落ち着いた雰囲気だし、ヤンキーっぽい奴もいないし、ここはどう見ても普通のバーっぽいな、と僕は思ったのだ。しかし、ロザリーは小さく首を横に振る。

「いいえ、怪しい。外にあった車の数に比べて、客があまりにも少なすぎる」
「……えっ」

 ロザリーに言われて、僕はもう一度店内を見回しながら、店の外の風景を思い出してみた。僕たち以外の客はカップルが一組だけ。そして、外に停められていた車は、少なく見積もっても四、五台はあったはずだ。見たところ、店員はあのバーテンダー一人。仮にあのカップルがそれぞれ別々の車に乗ってここに来ているとしても、カップルとバーテンダーで合わせて三台。カップルが同じ車に乗ってきたなら、合わせて二台という計算になる。そもそも、従業員が店の前に車を停めるだろうか?
 車だけこの店の前に停めてどこかに行ったんじゃないか、という考えもちらりと浮かんだが、この辺りは真っ暗だったし、他に人が集まるような場所なんてなかったはずだ。そう考えてみると、確かに車の台数と人数には大きなズレがある。

 どういうことだろう――と、ふとカウンターを見ると、ミヤビ様が僕たちを手招きしている。

「行こう、モーリス」
「あ、ああ……」

 ロザリーに手を引かれ、僕たちはミヤビ様たちと並んでカウンターに座った。
 遠目では中年に見えたバーテンダーだけれど、肌の感じや血色から察するに三十代前半ぐらいだろうか。ワックスで後ろに撫でつけられた髪と逞しく伸びた口髭のせいで、実際より老成した印象を受けたのかもしれない。バーテンダーは僕たちの顔をしげしげと眺めると、口元に意味深な笑みを浮かべながら頷き、BGMにかき消されない程度のギリギリの小声で言った。

「あなたたちも、我々の組織に興味がおありなのですね?」
「……!」

 来た……!
 口から飛び出しそうになった悲鳴をぐっとこらえ、僕は隣のロザリーと顔を見合わせた。ライトブラウンのカラーコンタクトの下で、彼女の瞳の色もきっと激しく動いているだろう、と僕は思った。
 
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