彼女に死ねと言われたら

浦登みっひ

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秘密の花園

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 僕とロザリーは、任務を遂行するため、誰もいない広大な屋敷を出た。

 初めて足を踏み入れた時にはとても豪奢なお屋敷だと思っていたはずなのに、今ではその全てがどこか滑稽で物寂しく感じられる。誰も見ないタペストリー、誰にも踏まれない赤絨毯、誰も踊らないがらんどうの大広間。

 人を雇う余裕がない、なんてことはないはずだ。アルバローズ家の財産は莫大なものだったはずだし、すぐ近くには後見人となる伯父のダイヤモンド侯爵もいる。それに、彼女は『任務をこなすことで生活を保障されている』というようなことを話していた。それはつまり、彼女の任務には何らかの報酬が発生しているという意味ではないのか。

 それに、ロザリーはマナ技術の研究には欠かせない重要人物のはずだ。セキュリティとかはどうなっているんだろうか。使用人は置かないにしても、警備員は必要なのではないか。ロザリーは雪舞がガードマンだと言っていたが、これだけの広大な屋敷を守るのが、たったの馬一頭なんて……。

 幼い頃テロの標的となったロザリー。今はうまく身を隠すことができているとしても、いつまた狙われるかわかったものではない。彼女はただでさえ目立つ容貌の持ち主なのだから。

 色々と疑問は尽きないけれど、それをロザリーに直接問いただすのはためらわれた。何か深い理由があるようにも思えるし、待っていればそのうちきっと彼女の方から話してくれるのではないかと思ったからだ。

 屋敷を出ると、ロザリーはすかさず日傘を差した。太陽は未だに高く、冬晴れの空から柔らかい日差しを降らせている。庭に咲き乱れた色とりどりの花、その中を歩くロザリーの後姿は、まるで印象派の絵画のように眩しくて、浮世離れしていて……。
 高い煉瓦塀に囲まれたアルバローズ邸の庭は、誰の目にも触れることがない秘密の花園。鮮やかなパンジーの植え込みから二頭のモンシロチョウが飛び立ち、踊るようなその軌跡に、僕は暫く目を奪われていた。

 気付くと、ロザリーの背中は遥か前方にあった。花畑の向こう、蜃気楼のようにぼうっと浮かび上がる白いドレスの後姿。

「モーリス? どうしたの?」
「あ、ごめん、ちょっとぼーっとしてて」

 僕は慌てて彼女の背中を追う。
 並んで門扉の前に立つと、ロザリーは突然声を上げた。

「雪舞! おいで!」

 すると、再びけたたましい蹄の音を立て、雪舞がこちらに駆けて来た。
 何事かと見ていると、雪舞はそのまま、門扉の近くに置いてある踏み台の横に立った。ロザリーはその踏み台に上り、一番上に立って、鞍も乗せていない雪舞の背中に、ドレスのまま跨がってしまったのだ。

「モーリス、あなたも乗って!」
「え、え、ちょっと……まさか、馬に乗って行くの?」
「そうよ。大丈夫、雪舞はいい子だから」

 ロザリーの言葉に応じるように、雪舞はブルルッと鼻を鳴らした。
 いやいや、馬なんて一度も乗ったことないんですけど。しかも、いきなりこんなに大きい馬に?

 踏み台の前で躊躇する僕に、ロザリーと雪舞の急かすような視線が突き刺さる。乗るよ、乗るってば!
 トントンと音を立てて踏み台を昇ると、ロザリーは少し後ろに下がり、自分の前に座るようにと指差した。バイクの二人乗りなら運転手が前に座るイメージがあるんだけど、馬は違うのだろうか?

「え、僕が前?」
「そう。乗りさえすれば、後は雪舞が自分で走ってくれるから」

 言われるまま、僕は恐々と雪舞に跨がる。
 雪のように白い雪舞の背中は、見た目に反してとても温かかった。背後から伸びてきたロザリーの腕が、蔓のように僕の体に絡みつく。体中をチクチクと刺す昨日の感触が思い起こされて、僕は思わず身震いした。

「歩き出したら、雪舞のたてがみをしっかり掴んでね」
「え、いいの? そんなことして、雪舞は怒らない?」
「平気平気。馬はたてがみを引っ張られても全然痛くないんだよ」

 僕は、目の前にある雪舞のたてがみを掴んだ。乳白色をした雪舞のたてがみは、よく手入れされているのか、サラサラとして最高の触り心地だった。

「雪舞、行くよ!」

 ロザリーの号令と共に、雪舞はゆっくり歩き出す。いったいどこまで人間の言葉を理解しているのだろう。雪舞は鼻先を器用に使って門扉の横にあるレバーを操作し、鍵を外して押し開けた。

「すごい……馬ってこんなに賢いんだね」
「雪舞は特別」
「へえ……これからまっすぐ任務に向かうの?」
「ううん……任務は夜。それまで、のんびりデートしましょう?」
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