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監獄島の惨劇 ジャンル:ホラー
17時 真紀
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逢魔が時。
夕焼け色に染まっていた空が、徐々に宵闇に蝕まれていく。
闇夜を跋扈する魑魅魍魎が現世に姿を現し、人と遭遇しやすくなる――逢魔が時、或いは、大禍時とも呼ばれるこの時間帯。
または、黄昏時とも表現される。その語源は「誰そ彼」、つまり、暗さで相手の顔が判別しにくくなる時間帯という意味だ。
それを初めて逢魔が時と呼んだ人物は、一体どんな化け物と出会ったのだろう。いや、それは果たして本当に人外の化け物だったのだろうか。
闇の中で、人の隠された本性が顔を出す。よく知っているはずの相手が、普段とは全く別の顔を見せる。それがもし、魔性のように得体の知れないものだったら……。
暮れ行く空を仰ぎ見ながら、私はそんな空想に耽っていた。私も既に、大禍時に飲まれているのだろうか。
横目でこっそりと瞬を盗み見る。彼は、自分自身の事についてあまり多くを語らない。
しかし、つい先日、深夜まで続いた飲み会の帰りに、私が住むマンションの近くまで送ってくれた時のこと……夜空を見上げながら、瞬は突然訥々と語り始めた。
彼は、暗闇が好きだ、と言った。何からも隠れなくて済む、本当の自分で居られる。そんな気がするから、と。
その時、たまたま通りかかった自動販売機のライトを浴びて、暗闇の中に浮かび上がった彼の横顔は、どこか真剣で熱を帯びていた。あれは、私が知っている瞬だったのだろうか。でも、そんな彼に怖さは感じなかった。寧ろ嬉しかったのだ。少しずつ彼が心を開き始めてくれている。もっと知りたい……そう思った。
私は、もう一人の私の、無意識の海の中から生まれた存在。彼女に作られた、彼女の中から発生した人格だ。彼女の、たくさんの人に愛されたい、という欲求を叶えるために、私は生まれてきた。それなのにいつの間にか、たった一人の青年に心を奪われている。いつの間にか、他の人間なんてどうでもよくなってしまった。
もしもこれが恋だとしたら、彼女は今の私をどう思っているのだろう。勝手な真似をするなと怒っているかもしれない。もしその所為で彼女に消去されてしまうとしても、私にはもう止められないのだ。
気付けば、島はもう眼前に迫っていた。監獄島と呼ばれるその島が、暗い海の上にその黒い巨体を横たえている。岸辺には、木枯らしを浴びた裸木が数本その裸身を晒し、枝が毛細血管のように、空に根を張っているように見えた。不意にどこからか、カラスの群れがバタバタと飛び立つ音がした。
そしてその向こう、島の中央付近に黒々と、こちらを睥睨するように聳え立つ大きな建物が見えた。予想していた以上の大きさだ、と真紀は思った。
菅山先輩が得意げに言う。
「あれが監獄島名物の収容所跡。東京ドームと同等の広さがあるらしいぜ」
「へぇぇ、でっけえ……」
鮫太郎くんは目を丸くして、感嘆の声を上げた。
岸から伸びた桟橋に接岸し、私達は順番にボートを降り始めた。木造のまだ新しそうな桟橋だが、歩くとキィ、キィ、と不気味な音を立てる。桟橋の向こうにはコンクリートの岸壁が作られ、その向こうには、プレハブの小屋だろうか、いくつかの小さな建物が見えた。その建物のさらに先に、細く伸びる緩やかな坂道が、収容所跡の方角へ伸びている。
真紀は不意に、黄泉比良坂の伝説を思い出した。古事記に描かれている、現世と黄泉の境界線にある坂の事だ。余りにも不吉な連想を、すぐに頭から振り払う。
先頭を歩く菅山先輩が歩くリズムに合わせて、桟橋がギシギシと音を立てた。
「おいおい、大丈夫かよこの橋……」
大柄の加藤先輩が、不安そうに足元を見ている。
「菅山が歩いても踏み抜かないんだから、大丈夫だろ」
華奢な松野先輩は、スタスタと歩いて行った。菅山先輩は、そんな二人の声を意にも介さぬ様子で話し始めた。
「親父はな、この島を再開発して、リゾート地として生まれ変わらせる計画なんだそうだぜ。そこいらにあるプレハブの小屋も、その工事の準備のために最近作ったものさ。あの収容所跡だって、そのうち取り壊しになるだろう。もしかすると、俺達が最後の訪問者になるかもしれないな」
「ええ~、壊しちゃうの? せっかくいい雰囲気の廃墟なのに……」
福田先輩の高い声が、寒空に響き渡る。斎藤先輩と鹿島先輩は、先を歩く松野先輩を追いかけて早足で歩いていく。
瞬は、自分のキャリーケースと、私の大きなキャリーケースを両方引きずって歩いている。
「ごめんね、ありがとう……ここからは、自分で引くから……」
自分のキャリーケースを受け取って手を合わせると、瞬は肩を竦めて、
「この中に誰かもう一人入ってるのかと思ったよ」
と答えた。その表現は、強ち間違ってはいないかもしれない。私には二人分の荷物が必要なのだ。
小雨と鮫太郎くんが最後にボートを降りた。
「お~い瞬、私の荷物は持たないのかぁ?」
「姉貴は真紀さんみたいにか細くないだろ」
「うっ……私だって女なんだぞ?」
鮫太郎くんがいるせいか、小雨はいつもより少し饒舌だった。
全員が桟橋を渡り切った頃、菅山先輩が勿体ぶったようにゆっくりとこちらを振り向いて、妙に慇懃な声音で言った。
「監獄島へ、ようこそ」
その時、島全体がゴゴゴゴゴ……と唸ったように、私には聞こえた。
夕焼け色に染まっていた空が、徐々に宵闇に蝕まれていく。
闇夜を跋扈する魑魅魍魎が現世に姿を現し、人と遭遇しやすくなる――逢魔が時、或いは、大禍時とも呼ばれるこの時間帯。
または、黄昏時とも表現される。その語源は「誰そ彼」、つまり、暗さで相手の顔が判別しにくくなる時間帯という意味だ。
それを初めて逢魔が時と呼んだ人物は、一体どんな化け物と出会ったのだろう。いや、それは果たして本当に人外の化け物だったのだろうか。
闇の中で、人の隠された本性が顔を出す。よく知っているはずの相手が、普段とは全く別の顔を見せる。それがもし、魔性のように得体の知れないものだったら……。
暮れ行く空を仰ぎ見ながら、私はそんな空想に耽っていた。私も既に、大禍時に飲まれているのだろうか。
横目でこっそりと瞬を盗み見る。彼は、自分自身の事についてあまり多くを語らない。
しかし、つい先日、深夜まで続いた飲み会の帰りに、私が住むマンションの近くまで送ってくれた時のこと……夜空を見上げながら、瞬は突然訥々と語り始めた。
彼は、暗闇が好きだ、と言った。何からも隠れなくて済む、本当の自分で居られる。そんな気がするから、と。
その時、たまたま通りかかった自動販売機のライトを浴びて、暗闇の中に浮かび上がった彼の横顔は、どこか真剣で熱を帯びていた。あれは、私が知っている瞬だったのだろうか。でも、そんな彼に怖さは感じなかった。寧ろ嬉しかったのだ。少しずつ彼が心を開き始めてくれている。もっと知りたい……そう思った。
私は、もう一人の私の、無意識の海の中から生まれた存在。彼女に作られた、彼女の中から発生した人格だ。彼女の、たくさんの人に愛されたい、という欲求を叶えるために、私は生まれてきた。それなのにいつの間にか、たった一人の青年に心を奪われている。いつの間にか、他の人間なんてどうでもよくなってしまった。
もしもこれが恋だとしたら、彼女は今の私をどう思っているのだろう。勝手な真似をするなと怒っているかもしれない。もしその所為で彼女に消去されてしまうとしても、私にはもう止められないのだ。
気付けば、島はもう眼前に迫っていた。監獄島と呼ばれるその島が、暗い海の上にその黒い巨体を横たえている。岸辺には、木枯らしを浴びた裸木が数本その裸身を晒し、枝が毛細血管のように、空に根を張っているように見えた。不意にどこからか、カラスの群れがバタバタと飛び立つ音がした。
そしてその向こう、島の中央付近に黒々と、こちらを睥睨するように聳え立つ大きな建物が見えた。予想していた以上の大きさだ、と真紀は思った。
菅山先輩が得意げに言う。
「あれが監獄島名物の収容所跡。東京ドームと同等の広さがあるらしいぜ」
「へぇぇ、でっけえ……」
鮫太郎くんは目を丸くして、感嘆の声を上げた。
岸から伸びた桟橋に接岸し、私達は順番にボートを降り始めた。木造のまだ新しそうな桟橋だが、歩くとキィ、キィ、と不気味な音を立てる。桟橋の向こうにはコンクリートの岸壁が作られ、その向こうには、プレハブの小屋だろうか、いくつかの小さな建物が見えた。その建物のさらに先に、細く伸びる緩やかな坂道が、収容所跡の方角へ伸びている。
真紀は不意に、黄泉比良坂の伝説を思い出した。古事記に描かれている、現世と黄泉の境界線にある坂の事だ。余りにも不吉な連想を、すぐに頭から振り払う。
先頭を歩く菅山先輩が歩くリズムに合わせて、桟橋がギシギシと音を立てた。
「おいおい、大丈夫かよこの橋……」
大柄の加藤先輩が、不安そうに足元を見ている。
「菅山が歩いても踏み抜かないんだから、大丈夫だろ」
華奢な松野先輩は、スタスタと歩いて行った。菅山先輩は、そんな二人の声を意にも介さぬ様子で話し始めた。
「親父はな、この島を再開発して、リゾート地として生まれ変わらせる計画なんだそうだぜ。そこいらにあるプレハブの小屋も、その工事の準備のために最近作ったものさ。あの収容所跡だって、そのうち取り壊しになるだろう。もしかすると、俺達が最後の訪問者になるかもしれないな」
「ええ~、壊しちゃうの? せっかくいい雰囲気の廃墟なのに……」
福田先輩の高い声が、寒空に響き渡る。斎藤先輩と鹿島先輩は、先を歩く松野先輩を追いかけて早足で歩いていく。
瞬は、自分のキャリーケースと、私の大きなキャリーケースを両方引きずって歩いている。
「ごめんね、ありがとう……ここからは、自分で引くから……」
自分のキャリーケースを受け取って手を合わせると、瞬は肩を竦めて、
「この中に誰かもう一人入ってるのかと思ったよ」
と答えた。その表現は、強ち間違ってはいないかもしれない。私には二人分の荷物が必要なのだ。
小雨と鮫太郎くんが最後にボートを降りた。
「お~い瞬、私の荷物は持たないのかぁ?」
「姉貴は真紀さんみたいにか細くないだろ」
「うっ……私だって女なんだぞ?」
鮫太郎くんがいるせいか、小雨はいつもより少し饒舌だった。
全員が桟橋を渡り切った頃、菅山先輩が勿体ぶったようにゆっくりとこちらを振り向いて、妙に慇懃な声音で言った。
「監獄島へ、ようこそ」
その時、島全体がゴゴゴゴゴ……と唸ったように、私には聞こえた。
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