91 / 126
京谷小雨の日常&Fall in the moonlight ジャンル:コメディ&ホラー
9月13日(2) 小雨
しおりを挟む
「瀬名さんが旅行に行くの、明日だっけ?」
バイト帰りの私が少し遅めの夕飯を食べ終えた頃、唐突に母がそう切り出した。
「ああ……うん、そうだけど」
「社長さんはいいわねえ、平日に旅行ができて。私もいっぺん行ってみたいもんだわ」
瞬の父親は、広告代理店を経営している。決して大きな会社ではないが、この不景気な世の中でしぶとく生き延びているのだから、優良企業と言っていいのではないだろうか。多分。
「ところであんた、瞬くんのお手伝い頼まれてるんでしょ?」
「うん、そうね」
「粗相のないようにしなさいよ」
この言葉、母にだけは言われたくない。砂糖と塩と重曹を時々取り違える人にだけは。そう思ったが、もちろん口には出さない。
「へいへい」
まあ、ある意味、既に何度も粗相はしてるんだけどね。ある意味。
「新婚生活の予行演習みたいじゃん、姉貴」
いったいどこから湧いてきたのか、廊下から鮫太郎が茶化すような口ぶりで話に割り込んできた。そういえば、こいつは真紀とも顔見知りのはずだけど、二人が付き合ってることを知っているんだろうか? 少なくとも、私は言っていない。瞬だって、両親に話していないぐらいだから、鮫太郎にも教えていないのかもしれない。
もし知っていながらさっきの発言をしているなら、それは嫌味に他ならないわけだが。まあ、こんな悪趣味な嫌味を言うほど性根の腐ったやつじゃないはずだから、きっと知らないんだろう。無邪気なもんだ。
「そんな甘ったるいもんじゃないよ」
「お? 照れ隠しか? 姉貴にそんなかわいらしいところがあるなんてな。明日は地震か台風か……」
「ぅるっさい! ガキはさっさと寝ろ!」
「はあい。瞬さんね、昨日ぼそっと『カレーライス食べたい』って言ってたぜ。んじゃ、おやすみぃ〜」
鮫太郎は、手をひらひらと動かしながら去って行った。おやすみぃの言い方が妙に憎たらしい。
カレーか。子供かよ。
なぁんて、悪態をついてはみたが、その実、瞬の食べ物の好みが昔から全く変わっていないことに、ほんの少し安心してもいた。カレーが好きなくせに、辛いものは食べられないのだ。酒が飲めるようになっても、その傾向は変わらない。
明日、バイトの帰りにスーパーで買い物していかなきゃな。
なんだかんだ言って、やっぱり楽しみにしている自分がなんだか悔しい。母が淹れてくれた食後のコーヒーを啜りながら、ぼんやりと明日の予定を考えていた。
はあ。
今日のコーヒーは、塩味か……。
バイト帰りの私が少し遅めの夕飯を食べ終えた頃、唐突に母がそう切り出した。
「ああ……うん、そうだけど」
「社長さんはいいわねえ、平日に旅行ができて。私もいっぺん行ってみたいもんだわ」
瞬の父親は、広告代理店を経営している。決して大きな会社ではないが、この不景気な世の中でしぶとく生き延びているのだから、優良企業と言っていいのではないだろうか。多分。
「ところであんた、瞬くんのお手伝い頼まれてるんでしょ?」
「うん、そうね」
「粗相のないようにしなさいよ」
この言葉、母にだけは言われたくない。砂糖と塩と重曹を時々取り違える人にだけは。そう思ったが、もちろん口には出さない。
「へいへい」
まあ、ある意味、既に何度も粗相はしてるんだけどね。ある意味。
「新婚生活の予行演習みたいじゃん、姉貴」
いったいどこから湧いてきたのか、廊下から鮫太郎が茶化すような口ぶりで話に割り込んできた。そういえば、こいつは真紀とも顔見知りのはずだけど、二人が付き合ってることを知っているんだろうか? 少なくとも、私は言っていない。瞬だって、両親に話していないぐらいだから、鮫太郎にも教えていないのかもしれない。
もし知っていながらさっきの発言をしているなら、それは嫌味に他ならないわけだが。まあ、こんな悪趣味な嫌味を言うほど性根の腐ったやつじゃないはずだから、きっと知らないんだろう。無邪気なもんだ。
「そんな甘ったるいもんじゃないよ」
「お? 照れ隠しか? 姉貴にそんなかわいらしいところがあるなんてな。明日は地震か台風か……」
「ぅるっさい! ガキはさっさと寝ろ!」
「はあい。瞬さんね、昨日ぼそっと『カレーライス食べたい』って言ってたぜ。んじゃ、おやすみぃ〜」
鮫太郎は、手をひらひらと動かしながら去って行った。おやすみぃの言い方が妙に憎たらしい。
カレーか。子供かよ。
なぁんて、悪態をついてはみたが、その実、瞬の食べ物の好みが昔から全く変わっていないことに、ほんの少し安心してもいた。カレーが好きなくせに、辛いものは食べられないのだ。酒が飲めるようになっても、その傾向は変わらない。
明日、バイトの帰りにスーパーで買い物していかなきゃな。
なんだかんだ言って、やっぱり楽しみにしている自分がなんだか悔しい。母が淹れてくれた食後のコーヒーを啜りながら、ぼんやりと明日の予定を考えていた。
はあ。
今日のコーヒーは、塩味か……。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる