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京谷小雨の日常&Fall in the moonlight ジャンル:コメディ&ホラー
9月15日(3) 真紀
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「……というわけなの……二人は、どう思う?」
その日の昼休み、昼食の後で、私は瞬と小雨にベランダで見た怪異のことを相談してみた。二人は私とは学科が違うため時間が合わないこともあるのだが、都合の合う時は大抵、構内にあるこの学食で三人揃って昼食をとっている。
「う~ん……」
瞬は、テーブルに肘をついて、掌に顎を載せたままの姿勢で小さく唸った。
「難しいな。そもそも、真紀の頭脳を以てしてもわからない謎が、俺達に解けるかどうか、という問題もあるが。でも、やっぱり屋上が怪しいんじゃないか? 地上から壁を伝っていくのは効率が悪いしリスクも大きすぎる。屋上から真紀のベランダに降りてきた、と考えるべきじゃないかな」
彼の返答は最も妥当なものだと思われた。もしもベランダで目にしたものが確かに人間だと確信できたなら、それがやってきたのは屋上からだと、私も断言していただろう。だが、私にはあれが人間だとはあまり思えなかった。私はその旨を二人に伝えてみる。
「まあ、そうだな……それが超科学的なものだと考えれば、もう何でもありになってしまうけど」
「お化けとか、私はちょっと苦手……」
小雨が、肩にかかるぐらいまで伸びた髪をかき上げながら言った。元々どちらかといえばホラー映画や怖い話が苦手だった小雨は、監獄島での事件の後、それまで以上に心霊現象の話を避けるようになった。この話はここでやめたほうがいいだろうか……。
「それが亡霊か何かだったら、それはもう俺らの理解の範疇を超えているよ。不審者か、あるいは物理的に存在するものとして考えよう」
空気を読んだ瞬が、話を現実的な方向へと引き戻す。小雨への気遣いか。
瞬と小雨は幼馴染み、小雨は私の親友。私と瞬が知り合えたのは小雨のおかげなんだから……と、最初は嫉妬なんて微塵も感じることはなかったのだが、どういうわけか、最近は二人の距離が妙に気になるようになった。そう、今だって……。
「仮に不審者だとすると、どうやって真紀のベランダまで行ったのか、が問題になる。地上三十一階だから、さっきも言ったけど、地上から壁をよじ登っていくということは考えづらい。しかしその一方で、屋上から降りてきたものだとすると、どうやって鍵のかかった扉を開け、屋上に上がったのかが問題になる。これは、管理人が犯人でなければ、の話だけど……ということでいいかな、真紀?」
私は小さく頷いた。
「うむ。俺の考えでは、可能性はもう一つあるよ。昼間のうちに屋上に上がり、地上までロープのようなものを垂らしておいた上で、夜になってから地上からそれを伝って登ってゆく、という方法」
たしかに、私もそれは考えたけれど……。
「だが、この方法には色々と問題がある。まず、そもそも昼間のうちに屋上に上がる事ができたかどうか、という点だ。例えば、屋上には大抵貯水槽や電気系統の設備があったりするから、その点検や修理を装って屋上に入ることは可能かもしれないが、仮にそうだとしても管理人に話を通さなければならない。それに、明るいうちはこのロープが人目に曝されてしまうわけだ。屋上から地上まで怪しげなロープがぶら下がっていたら、さすがに怪しまれるだろう。これは、管理人に確認してみればすぐにわかる話じゃないかな?」
瞬の意見は私の考察と概ね一致していた。今朝、田中さんと話したときはまだここまで考えが整理できていなかったのだが、次に会った時に確認してみようと思っている。
「あとは、それが本当に人なのか、それとも人を模した何か……人形のようなものである可能性だ。仮にそれが人形である場合は、何らかの仕掛けを使って動かせば、地上からでも屋上からでも操作はできそうだ。その不審な物影は、じっと真紀を見つめているだけだったんだね?」
「うん。直立不動のままで……」
「でもさ、地上から操作するにしても、真紀の部屋は三十一階だよ? 地上からじゃ見えないんじゃないの?」
現実的な事象の考察に戻って、小雨も再び会話に参加する気になったようだ。
「それは、人形にカメラを取り付けておくとか……その気になれば、方法はあるんじゃないかな」
「その辺りのことは、私も考えてみたの。でも、じゃあ具体的にどういう方法で人形をあそこまで吊り上げたのか、と考えると、私のベランダより上の場所から糸で吊るか、あるいは小型のクレーンみたいな機械を設置するか、もしくは予め屋上から垂らしておいた糸に結んで操作するか……って感じで、結局はどうやって屋上、もしくは私の部屋のベランダにその仕掛けを設置したのか、という問題に戻ってきてしまう」
「あ、そうだ、わかったよ。あれじゃない? ドローン!」
小雨は一度パシンと手を叩いた。いかにも自信ありげだ。
「うん、たしかに、それが今のところ一番蓋然性の高い推理だと思う。けど、その……人形の重量とドローンの大きさという問題が残るわ。現在普及しているドローンでは、せいぜい2、3キロ程度の重さのものしか運べないらしいの。それに、たったそれだけのものを運ぶだけでもドローン本体は結構大きくなってしまう。人形は小さく見積もっても150センチぐらいはあったし、それだけの大きさの物体を自在に運搬できるドローンがあるかと考えると、ちょっと疑問ね……それに、私、ドローンみたいなものを見なかったし、音も聞こえなかった。昨日はお母さんも周りを確認していたけど、何も見なかったって言っていたわ」
発泡スチロールやウレタンのような軽い素材ではどうか、とも考えてみたが、私が見たのはそんなハリボテではなかった。とはいえ、これは完全に主観なので、絶対に有り得ないかと問われると、そうとも言いきれないのだが……。重量の問題をクリアしたとしても、どうやってドローンと人形を隠したのか、という問題が残る。
階下の住人がドローンを飛ばして、ベランダからそれを回収した、と考えれば一応筋は通るのだが、納得はできない。それに、昨日はあれの姿が見えなくなってから母がベランダに出るまでのタイムラグが極めて短かった。ドローンというものは結構騒音が大きいらしいので、どんなに手際よくドローンを回収していたとしても、音ぐらいは聞こえていたはずだ。
「とりあえず、管理人さんが屋上を調べてくれるんだろ? その結果を聞いてからまた考えてみても遅くはないんじゃないかな。まあ、その管理人が犯人だったら、話は早いんだけどね」
瞬の一言でこの話は打ち切りになって、話題は私の母親へと移っていった。
その日の昼休み、昼食の後で、私は瞬と小雨にベランダで見た怪異のことを相談してみた。二人は私とは学科が違うため時間が合わないこともあるのだが、都合の合う時は大抵、構内にあるこの学食で三人揃って昼食をとっている。
「う~ん……」
瞬は、テーブルに肘をついて、掌に顎を載せたままの姿勢で小さく唸った。
「難しいな。そもそも、真紀の頭脳を以てしてもわからない謎が、俺達に解けるかどうか、という問題もあるが。でも、やっぱり屋上が怪しいんじゃないか? 地上から壁を伝っていくのは効率が悪いしリスクも大きすぎる。屋上から真紀のベランダに降りてきた、と考えるべきじゃないかな」
彼の返答は最も妥当なものだと思われた。もしもベランダで目にしたものが確かに人間だと確信できたなら、それがやってきたのは屋上からだと、私も断言していただろう。だが、私にはあれが人間だとはあまり思えなかった。私はその旨を二人に伝えてみる。
「まあ、そうだな……それが超科学的なものだと考えれば、もう何でもありになってしまうけど」
「お化けとか、私はちょっと苦手……」
小雨が、肩にかかるぐらいまで伸びた髪をかき上げながら言った。元々どちらかといえばホラー映画や怖い話が苦手だった小雨は、監獄島での事件の後、それまで以上に心霊現象の話を避けるようになった。この話はここでやめたほうがいいだろうか……。
「それが亡霊か何かだったら、それはもう俺らの理解の範疇を超えているよ。不審者か、あるいは物理的に存在するものとして考えよう」
空気を読んだ瞬が、話を現実的な方向へと引き戻す。小雨への気遣いか。
瞬と小雨は幼馴染み、小雨は私の親友。私と瞬が知り合えたのは小雨のおかげなんだから……と、最初は嫉妬なんて微塵も感じることはなかったのだが、どういうわけか、最近は二人の距離が妙に気になるようになった。そう、今だって……。
「仮に不審者だとすると、どうやって真紀のベランダまで行ったのか、が問題になる。地上三十一階だから、さっきも言ったけど、地上から壁をよじ登っていくということは考えづらい。しかしその一方で、屋上から降りてきたものだとすると、どうやって鍵のかかった扉を開け、屋上に上がったのかが問題になる。これは、管理人が犯人でなければ、の話だけど……ということでいいかな、真紀?」
私は小さく頷いた。
「うむ。俺の考えでは、可能性はもう一つあるよ。昼間のうちに屋上に上がり、地上までロープのようなものを垂らしておいた上で、夜になってから地上からそれを伝って登ってゆく、という方法」
たしかに、私もそれは考えたけれど……。
「だが、この方法には色々と問題がある。まず、そもそも昼間のうちに屋上に上がる事ができたかどうか、という点だ。例えば、屋上には大抵貯水槽や電気系統の設備があったりするから、その点検や修理を装って屋上に入ることは可能かもしれないが、仮にそうだとしても管理人に話を通さなければならない。それに、明るいうちはこのロープが人目に曝されてしまうわけだ。屋上から地上まで怪しげなロープがぶら下がっていたら、さすがに怪しまれるだろう。これは、管理人に確認してみればすぐにわかる話じゃないかな?」
瞬の意見は私の考察と概ね一致していた。今朝、田中さんと話したときはまだここまで考えが整理できていなかったのだが、次に会った時に確認してみようと思っている。
「あとは、それが本当に人なのか、それとも人を模した何か……人形のようなものである可能性だ。仮にそれが人形である場合は、何らかの仕掛けを使って動かせば、地上からでも屋上からでも操作はできそうだ。その不審な物影は、じっと真紀を見つめているだけだったんだね?」
「うん。直立不動のままで……」
「でもさ、地上から操作するにしても、真紀の部屋は三十一階だよ? 地上からじゃ見えないんじゃないの?」
現実的な事象の考察に戻って、小雨も再び会話に参加する気になったようだ。
「それは、人形にカメラを取り付けておくとか……その気になれば、方法はあるんじゃないかな」
「その辺りのことは、私も考えてみたの。でも、じゃあ具体的にどういう方法で人形をあそこまで吊り上げたのか、と考えると、私のベランダより上の場所から糸で吊るか、あるいは小型のクレーンみたいな機械を設置するか、もしくは予め屋上から垂らしておいた糸に結んで操作するか……って感じで、結局はどうやって屋上、もしくは私の部屋のベランダにその仕掛けを設置したのか、という問題に戻ってきてしまう」
「あ、そうだ、わかったよ。あれじゃない? ドローン!」
小雨は一度パシンと手を叩いた。いかにも自信ありげだ。
「うん、たしかに、それが今のところ一番蓋然性の高い推理だと思う。けど、その……人形の重量とドローンの大きさという問題が残るわ。現在普及しているドローンでは、せいぜい2、3キロ程度の重さのものしか運べないらしいの。それに、たったそれだけのものを運ぶだけでもドローン本体は結構大きくなってしまう。人形は小さく見積もっても150センチぐらいはあったし、それだけの大きさの物体を自在に運搬できるドローンがあるかと考えると、ちょっと疑問ね……それに、私、ドローンみたいなものを見なかったし、音も聞こえなかった。昨日はお母さんも周りを確認していたけど、何も見なかったって言っていたわ」
発泡スチロールやウレタンのような軽い素材ではどうか、とも考えてみたが、私が見たのはそんなハリボテではなかった。とはいえ、これは完全に主観なので、絶対に有り得ないかと問われると、そうとも言いきれないのだが……。重量の問題をクリアしたとしても、どうやってドローンと人形を隠したのか、という問題が残る。
階下の住人がドローンを飛ばして、ベランダからそれを回収した、と考えれば一応筋は通るのだが、納得はできない。それに、昨日はあれの姿が見えなくなってから母がベランダに出るまでのタイムラグが極めて短かった。ドローンというものは結構騒音が大きいらしいので、どんなに手際よくドローンを回収していたとしても、音ぐらいは聞こえていたはずだ。
「とりあえず、管理人さんが屋上を調べてくれるんだろ? その結果を聞いてからまた考えてみても遅くはないんじゃないかな。まあ、その管理人が犯人だったら、話は早いんだけどね」
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