アンダンテ

浦登みっひ

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フューネラル ジャンル:ミステリ

西野園真紀の述懐

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「あの……よろしいですか」

 熱心にファイルを読み込む西野園に、里見は声をかける。

「はい、何でしょう?」
「本当に、そんなものが今の若者たちの間で流行っているのですか? その作品なんて、『雪』というテーマが活かされているのは川端康成の『雪国』の引用だけで、文中には雪なんて全く出てこないじゃありませんか。それに、内容だってひどいものです。それがいわゆる『異世界もの』なんですか?」

 西野園は苦笑した。
「いや、まあ、さすがにここまで下品な作品は滅多にありませんよ。ただ、私は全く興味がありませんけれど、異世界ものが流行っているのは確かなようですね。これは主人公がそのまま異世界へ行ってしまう『異世界転移』ですが、どちらかというと、現実世界で命を落とした主人公が異世界に生まれ変わり特殊な能力を得る、などの『異世界転生』もののほうが主流なようです。異世界ものが流行する背景には、現代の若者が抱える社会への絶望感があるのではないでしょうか。この世界はもう詰んでいるから、全てリセットしてもっと恵まれた環境でやり直したい。環境さえ変われば、自分はもっと輝けるはずだ……異世界ものの流行は、その願望の表れだと思います」

「はあ、そんなものですか……私はどうしても、若者だからこそもっとまともなものを読むべきなんじゃないかと考えてしまいますが」

「今は本が売れない時代です。流行におもねるのは当然でしょう。むしろ、ライトノベルの存在意義が読書人口の間口を広げることにあるのだとしたら、この『小説を書こう!』は立派にその役目を果たしていると思いますよ。文学を気取りながら悪魔に魂を売り渡し、芸能人に賞を与えて話題作りをするよりはね」

 随分手厳しい、と里見は思った。西野園はなおも続ける。

「率直に言って、市場としての文学は緩やかな自然死へ向かっていると思います。かつての文学には、社会に対する風刺やアイロニーであったり、古い価値観を破壊し新たな思想を生み出そうという気概がありましたし、それが求められてもいました。でも、今はどうでしょう? 高度に発達した現代社会には、もう正しく壊せるところがどこにもなくなってしまったように思えます。価値観が固定され、思想の変化は技術の発展を追従するだけ。文系廃止が議論されるのも無理はないかもしれません。私たちはもう自らが作品の中に昇華されるほど芸術的な存在ではないことを知ってしまいましたし、自分を肯定してくれる作品の心地よさを覚えてしまいました。文学作品の存在意義がいったいどれほどあるのでしょう」

「ふむ……」

「つまり、文学は既に学問と言えるほど高尚なものではなく、社会の変化と共に娯楽の一ジャンルに成り下がってしまったのだと思います。そして、娯楽の一つとして見た場合の小説は、決してポテンシャルの高いものではない。もっと手軽に楽しめる娯楽との競合になった場合、小説は極めて弱いと言えます。にも拘わらず、それを取り巻く人々はあまりに純粋すぎるように私には思えます。少し前に、お笑い芸人がネット上に無料の絵本を公開して炎上しましたね。言動は典型的な炎上商法でしたが、彼に向けられた批判の趣旨は主に『創作には正当な対価が支払われるべきで、そのシステムを破壊しかねない無料での作品公開には賛同しかねる』というものでした。しかし、無料でさえ読まれないものに対価が払われるはずがありませんから、無料で公開することで読者を増やしたいというアプローチが間違っているとは私には思えません。物の価値を決めるのは常に消費者ですからね。どうも、『買い支え』という幻想に囚われている人が多いような気がするのです」

「幻想……ですか」

「少なくとも、日本的文脈の上に立って日本語で作品を綴っていく限り、少子高齢化と所得格差の拡大で加速度的に縮小してゆく市場の中で戦っていくしかありません。可処分所得が目減りしてゆく社会情勢の中で、娯楽はさらに多様化していくでしょうし、好きな作家を買い支えられるだけの財力を持つ人も減っていくでしょう。新刊を千円前後の価格で出し、これまでと同じ感覚で『買ってください』とお願いすればどうにかなるという問題ではない。本を売るということ、作品を読んでもらうということを根本的に見つめ直す必要があるでしょう。そして、市場が縮小し、商売として成り立たなくなったら、あとは文化として残していけるかどうかが問題となってきます。多くの伝統文化がそうであるようにね。その意味では、こういった小説投稿サイトの存在こそが鍵を握っていると言えるでしょう。無料で執筆され公開され続ける作品群は、小説という一つの文化にとって巨大な資産となる。物を書く、読むということに商業的利益が発生するか否かに係わらず、書く人も読む人もいなくなってしまったら、文化そのものが完全に廃れてしまいますからね」

 淡々と言い切った西野園は、再びファイルへと目を落とした。
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