白砂の咎人

杏仁みかん

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第一章 荷台に棲む獣〈こども〉たち

#2:野菜とドレッシング - 3

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 アステリオン達が戻る頃には、いつもと違う芳醇な香りのするスープが出来上がっていた。
 組み立て式のテーブルの上にはバスケットに乗った長パンと、人数分の皿にみずみずしい野菜が乗っている。
 子供たちは生唾を飲みこむので必死だった。

「ドレッシングを作ってみたの」

 クニークルスはテーブルの上に瓶を置いた。何やらドロッとした、透明感のない赤い液体で満たされている。

「どんな材料で作ったの?」

 アステリオンは瓶を覗き込みながら尋ねた。

「さっき野菜と一緒に買ってきた草苺よ。それにオイルとタマネギ、……何とかって香草、酢、シロップで味付けね」

 コシュカも瓶を取って観察する。

「香草のところが気になるけど、聞いた限りでは美味そうだな」
「美味そう、じゃなくて美味いのよ」クニークルスは訂正した。「さ、そんなにジロジロ見てないで食べましょう?」

 まずクニークルスが長パンを手にし、パン用のナイフで斜めにカットし、自分の皿に置いた。
 次に二枚目を切り、それを横に座るスクァーレルの皿の上に乗せると、スクァーレルは嬉しそうにパタパタと耳を動かした。

「はい、アスティ」

 クニークルスから向かいのアステリオンにパンとナイフが渡される。
 どのくらい取ればいいのか迷ったので、クニークルスと同じ長さに切り、そのまま隣のコシュカに手渡した。
 コシュカはパンを手に持ったまま、口をへの字に結んだ。

「……なあ、ちょっとは長さを考えてくれよ……」

 一番幼いスクァーレルよりも少ないパンの長さに、コシュカは不服を申し立てた。
 クニークルスがぷっと笑い出したので、釣られてスクァーレル、アステリオンもお腹を抱えて笑い、終いにはコシュカまで加わった。

「楽しそうね」

 ルーシーがスープの入った寸胴鍋を運んできた。

「真ん中を開けてくれる?」

 各自が皿を退けられ、そこに鍋敷と寸胴が置かれた。
 子供たちは一斉に中身を覗き込む。数種類の野菜が入った野菜スープだった。

「じゃあ、先にパンに見放されたコシュカからどうぞ」

 今度は逆順でコシュカにおたまが手渡された。
 コシュカはこれでもかと具を碗に乗せてからアステリオンにおたまを渡した。
 アステリオン、スクァーレル、最後にクニークルスが存分に取ったが、まだ余っている。

「ルーシーたち、食べたの?」

 クニークルスは振り返って尋ねた。

「私は食べたわ。デュランはプラント見学に行ったんだからまだよ」
「そうだったわね」

 クニークルスは別の碗にデュランの分を注ぎ、手渡した。

「気が利くな。ありがとう」
「残念ながらパンは無くなっちゃったけど」
「構わねえさ。後はお前たちで食べてくれ」

 アステリオンはこの食卓の風景を客観的に観察して、思わず笑みを零した。
 目の前に座るクニークルスは怪訝そうにアステリオンを見つめた。

「……何で笑ってるのよ。にやにやして気持ち悪いわね」
「いやさ、こういうのってなんかいいなって思ったんだ」
「こういうの?」
「ぼく、一人っ子だったからさ。同じパンを皆で分ける習慣なんて無かったんだ」
「ああ、なるほどね」

 納得したクニークルスも、どこかニヤついた顔になった。

「アタシも、アスティが増えたことで食卓が変わったかなって思った」

 コシュカも頷いて同意を示した。

「いっそ、街の皆で食事できたらいいのにな」
「それはさすがに無理よ。考え方がバラバラだもの」
「その気になりゃ、変わらねーと思うけどなー」

 確かにその通りだ、とアステリオンは思った。
 この他人の寄せ集めの家族と、他人同士が集まるのと、一体何が違うのだろう。
 家族か、そうでないか、それだけのように思えるのだ。

「つまり、気が合うか、合わないか。それだけのことじゃない?」
「いや、もしもだぜ。もしもアスティがこの家族と気が合わないんだったら、その時はどうなってた?」

 クニークルスは難しい顔をした。
 スクァーレルも何の話か理解出来ないようで、クニークルスとコシュカを見比べながら、きょとんとした顔を向けている。

「どうって……家族にならなかった、と考えるのが自然じゃない?」
「まあな。でもオレは、それでもアスティを家族に入れてたぜ」

 と、コシュカは急にアステリオンの肩に腕を回した。
 アステリオンは危うくスープの器を落としそうになった。

「アスティはどうなんだよ。お前も気が合わなきゃ家族にならなかったか?」
「……ぼくは、そんなことない、と思ってる」

 アステリオンはしっかりと答えた。
 その答えを聞いたルーシーとデュランはアステリオンに注目した。

「だって、ぼくを助けてくれたでしょ。人を助けるなんて、そうそう出来ることじゃないと思うんだ」
「うん、それもそうだ」と、コシュカは同意し、デュランに顔を向ける。「デュランはあの時、何でアスティを助けたんだ?」

 デュランは首を横に振った。

「さあな。助ける決断をしたのは俺だが……実は俺もよく分かっちゃいないんだ。
 ……つまり、そういうことだろ? 何だか分からねえが、そういう気分にさせてくれた何かが、アスティにはあったってことだよ」
「何か……ね」

 曖昧な答えに気分がもやもやする。
 そんな中、クニークルスはお構いなしに自分で作ったドレッシングを全員分の野菜に振りかけた。

「勝手にかけるなよ……」コシュカが愚痴た。
「ペチャクチャ喋ってばかりだからよ。どうせ食べるんでしょ?」
「そうだけどさ」

 そんな二人のやり取りに苦笑したデュランは、何かに納得したように小さく何度か頷き、話を続けた。

「ああ、そうだな。強いて言えば、クニークルスのドレッシングがいい例だ」
「へ?」クニークルスは素っ頓狂な声を上げた。
「本来混ざらないはずの食材が一つのタレになる。その方法はどうやったんだ?」
「……どうって……振って混ぜるしかないでしょ……?」
「そうだ。混ぜるしかない。ただ、その前に混ぜるという行為を実行に移すには、食材の相性を考えたりするよな。コイツは合うだろうな、合わないだろうな……ってさ。だが、入れるモンが相当強烈じゃなきゃ、似た者同士を入れるだけで大抵は上手くいくもんなんだよ。
 アスティを仲間に入れた理由も同じなんだ。家族になってくれたら楽しいだろうって思ったし、何より歳の近い子供ってだけで似た者同士だ。大人の関係は複雑だが、子供はまだまだ純粋だし、若いうちから知り合っちまえばいつまでも友人や兄弟姉妹としてやっていける。
 まぁ、アスティの場合、きっかけは偶然みたいなもんだが、アスティ自身の気持ちも確認したから、間違いねえって思ったんだ。……だろ、ルーシー?」
「まったく、その通りよ」

 ルーシーは腕を組んだまま満足に頷いた。

「あなたがいなければ、こんなドレッシングの話も出来なかったでしょうね、アスティ」
「そうだね」

 アステリオンは照れ臭そうに笑い、それを誤魔化すために野菜を口に入れた。
 食べた瞬間、予想外の甘酸っぱさが口の中で弾けた。

「美味しいよ! 野菜も、ドレッシングも!」

 耳を真っ赤に染めたクニークルスは目を逸らし、手元の野菜を何回も掻き混ぜた。

「そ、それは良かったわ。あなたが野菜嫌いだったらどうしようって思ってたもの」
「まさか。干し肉よりは断然好きだよ」
「オレも。これなら毎日だって食える」

 便乗するコシュカに、クニークルスは呆れた目を向ける。

「……あんたはさっき、勝手にかけるなって言ったでしょ」
「冗談だってば……」



 そんなやり取りを微笑ましく観戦していたのはスクァーレルだ。
 相変わらずの黒いフードを被ったままで黙々と野菜を頬張っている。

 まだ六歳の彼女でさえ、ここ数日で家族に起こり始めている変化に気付いていた。
 むしろ、変わりつつある当人たちは気付かず、常に傍観者を決め込んでいたスクァーレルだからこそ気付けたのかもしれないが、スクァーレルにとっては心地いいものであると感じていた。

 スクァーレルは顔を上げ、気まぐれにアステリオンの顔を見た。
 自分が作った初めての仮面。まるでずっと昔から付けていたように、違和感なく一体となっている。
 何より、アステリオンが気に入ってくれたということと、笑うようになったということが、スクァーレルにとっては一番嬉しい変化だった。

 スクァーレルはもう一度ボウルに視線を落とし、スプーンでぐるりと掻き混ぜた。

「ドレッシング……まぜて食べる……」

 おまじないのように呟きながら、掬っては乗せ、掬っては乗せを繰り返す。
 そうしてドレッシングがしっかり絡みついたサラダを見て、スクァーレルは小さく笑った。

「……うん。仮面のお兄ちゃんだ」

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