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第6話 勇者、季節の節目に立ち向かう
〜6〜
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日が落ちた頃になって、リリーナとコルダはやっと小競り合いを止めて静かになった。
リビングでそのまま寝てしまった2人に追加の毛布を掛けて、コルダの絵本を出来るだけ目に付かない、コルダが気付かなそうな戸棚の奥に片付ける。
チコリとペルラとミミ-の3人は、掃除と洗濯と料理を一通り片付けて帰って行った。
チコリは肉屋の子だから料理が出来るだろうと思っていたが、ペルラとミミ-まで家事が出来るのは驚いた。聞いたところによると、ゼロ番街で働く前は、ホーリア市のホテルの下働きや金持ちのメイドなんかをしていたらしい。
ミミ-は反射的に人のポケットから財布を頂戴する癖があるが、決して悪意はない。ちゃんと約束すれば誰彼構わず盗んだりしない、とチコリに説明されて、俺はミミ-が家に入ることを許した。
現時点では被害は確認されていないが、俺が渡した3人分のバイト代の半分をペルラとミミ-に黙って懐に入れたチコリの言う事だから、全然信用していない。
+++++
ニーアが寝ているのは、いつもは誰も使っていない部屋だ。
埃っぽくて風邪が悪化しそうだったが、あの3人が掃除をしてくれたお蔭で、病人のニーアが寝るのに相応しいくらい綺麗になっている。
俺が部屋のドアからベッドに寝ているニーアに呼びかけると、ニーアはもごもごと返事をして半身を起こした。いつもは光を反射する赤い髪がくしゃくしゃに跳ねていて、緑の目が溶けるように潤んでいる。
チコリが来てすぐに収まったけれど、ぼろぼろ泣いているニーアを見てしまった。日頃は寝っ転がったまま背中で返事をしている俺だが、今日は丁重にニーアに話しかけた。
「ニーア、家に帰るか?俺の移動魔法なら一瞬で着く」
首を傾げたニーアの顔色は赤くも青くもなく、元の健康そうな顔に戻っている。潤んだ目も、ただ欠伸をして涙が出ただけなのかもしれない。
しかし、いつも冷ややかに俺を見下ろして来るニーアが弱っているのを見ると、こっちまで心配になってくる。
「あの……多分、弟がうるさいので、泊まってもいいですか……」
「でも、ママがいた方が良いだろ?」
「母は3年前に死にました」
「そうか」
それなら仕方ない、と俺はニーアの部屋を出ようとした。
しかし、ドアノブに手を掛けて、今の反応はマズかったんじゃないかとふと気付く。
俺はわからないけれど、家族を亡くした話なんてしたくないはずだ。俺でいう前世の話と同じくらい、思い出したくなくて辛く身を裂かれるような話題。俺も、風邪で弱っている時に前世の話をされたら、例え三條相手でもキレる。
「アイス食べるか?」
俺はニーアのご機嫌をとるつもりで言ったが、「もう食べたのでいいです」と眠そうなニーアの声が毛布の隙間から返って来た。
「絵本でも読もうか?」
「結構です……」
「もしかして、体を拭いて欲しいとか」
「勇者様……うるさい」
ニーアにぴしゃりと言われて、俺は部屋を出て静かにドアを閉めた。
+++++
俺が渡した体温計を見て、ニーアの目が大きく見開かれた。
勇者って、風邪ぶり返すんだ。
と、声に出さなくてもそう言いたいのが良く分かる。俺もワンシーズンで2回風邪をひく勇者の話はまだ聞いたことがない。恐らく噂になっていないだけで案外いるはずだ。俺が養成校を首席卒業した時、体力判定もAAだったのだから。
「あの、勇者は1回なった病気は抗体が出来て二度とかからないとか、考えてまして…………でも、私達の看病をして悪化したんですから、勇者様は悪くないですよ!」
ニーアが俺を慰めるように言ったが、風邪をひくのに良いも悪いも無い。
「勇者様ーご本読んであげるのだー」
コルダはまだ風邪が治り切ってないようで、ぶえくしゅ!とくしゃみをして犬のように顔をぷるぷると振った。
鼻を啜りながら俺の上に乗ると、俺が隠したはずの絵本を広げて声に出して読み始める。風邪で鼻が詰まっているだろうと、コルダの嗅覚を舐めていた。熱に浮かされた頭に、過激な人権思考の英才教育が染み込んで来る。
「はい。これ、ニーアの分」
風邪をひいた反省が全然生かされていないリリーナは、俺の看病というコスプレチャンスを逃すはずがなく、腿と胸元の露出が激しいナース服を着ていた。同じナース服をニーアに渡して、巨大な注射器をニーアの分も含めて2本抱えている。それはミシンで作れるコスプレ衣装ではなく、大道具レベルだ。リリーナの部屋がどうなっているのか、いよいよ心配になってきた。
そして、リリーナはまだ注射器の謎が解けていないらしく、「これは何に使うのかしらね」とニーアに相談している声が朦朧とした意識の合間から聞こえてくる。
それはただの飾りだと、すぐに教えるべきだった。人体のどこに刺すか、真面目なニーアが真剣に考え始めているだろうが。
俺は、ニーアとリリーナを部屋から押し出して、コルダを放り出して部屋の鍵を閉めた。
リビングでそのまま寝てしまった2人に追加の毛布を掛けて、コルダの絵本を出来るだけ目に付かない、コルダが気付かなそうな戸棚の奥に片付ける。
チコリとペルラとミミ-の3人は、掃除と洗濯と料理を一通り片付けて帰って行った。
チコリは肉屋の子だから料理が出来るだろうと思っていたが、ペルラとミミ-まで家事が出来るのは驚いた。聞いたところによると、ゼロ番街で働く前は、ホーリア市のホテルの下働きや金持ちのメイドなんかをしていたらしい。
ミミ-は反射的に人のポケットから財布を頂戴する癖があるが、決して悪意はない。ちゃんと約束すれば誰彼構わず盗んだりしない、とチコリに説明されて、俺はミミ-が家に入ることを許した。
現時点では被害は確認されていないが、俺が渡した3人分のバイト代の半分をペルラとミミ-に黙って懐に入れたチコリの言う事だから、全然信用していない。
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ニーアが寝ているのは、いつもは誰も使っていない部屋だ。
埃っぽくて風邪が悪化しそうだったが、あの3人が掃除をしてくれたお蔭で、病人のニーアが寝るのに相応しいくらい綺麗になっている。
俺が部屋のドアからベッドに寝ているニーアに呼びかけると、ニーアはもごもごと返事をして半身を起こした。いつもは光を反射する赤い髪がくしゃくしゃに跳ねていて、緑の目が溶けるように潤んでいる。
チコリが来てすぐに収まったけれど、ぼろぼろ泣いているニーアを見てしまった。日頃は寝っ転がったまま背中で返事をしている俺だが、今日は丁重にニーアに話しかけた。
「ニーア、家に帰るか?俺の移動魔法なら一瞬で着く」
首を傾げたニーアの顔色は赤くも青くもなく、元の健康そうな顔に戻っている。潤んだ目も、ただ欠伸をして涙が出ただけなのかもしれない。
しかし、いつも冷ややかに俺を見下ろして来るニーアが弱っているのを見ると、こっちまで心配になってくる。
「あの……多分、弟がうるさいので、泊まってもいいですか……」
「でも、ママがいた方が良いだろ?」
「母は3年前に死にました」
「そうか」
それなら仕方ない、と俺はニーアの部屋を出ようとした。
しかし、ドアノブに手を掛けて、今の反応はマズかったんじゃないかとふと気付く。
俺はわからないけれど、家族を亡くした話なんてしたくないはずだ。俺でいう前世の話と同じくらい、思い出したくなくて辛く身を裂かれるような話題。俺も、風邪で弱っている時に前世の話をされたら、例え三條相手でもキレる。
「アイス食べるか?」
俺はニーアのご機嫌をとるつもりで言ったが、「もう食べたのでいいです」と眠そうなニーアの声が毛布の隙間から返って来た。
「絵本でも読もうか?」
「結構です……」
「もしかして、体を拭いて欲しいとか」
「勇者様……うるさい」
ニーアにぴしゃりと言われて、俺は部屋を出て静かにドアを閉めた。
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俺が渡した体温計を見て、ニーアの目が大きく見開かれた。
勇者って、風邪ぶり返すんだ。
と、声に出さなくてもそう言いたいのが良く分かる。俺もワンシーズンで2回風邪をひく勇者の話はまだ聞いたことがない。恐らく噂になっていないだけで案外いるはずだ。俺が養成校を首席卒業した時、体力判定もAAだったのだから。
「あの、勇者は1回なった病気は抗体が出来て二度とかからないとか、考えてまして…………でも、私達の看病をして悪化したんですから、勇者様は悪くないですよ!」
ニーアが俺を慰めるように言ったが、風邪をひくのに良いも悪いも無い。
「勇者様ーご本読んであげるのだー」
コルダはまだ風邪が治り切ってないようで、ぶえくしゅ!とくしゃみをして犬のように顔をぷるぷると振った。
鼻を啜りながら俺の上に乗ると、俺が隠したはずの絵本を広げて声に出して読み始める。風邪で鼻が詰まっているだろうと、コルダの嗅覚を舐めていた。熱に浮かされた頭に、過激な人権思考の英才教育が染み込んで来る。
「はい。これ、ニーアの分」
風邪をひいた反省が全然生かされていないリリーナは、俺の看病というコスプレチャンスを逃すはずがなく、腿と胸元の露出が激しいナース服を着ていた。同じナース服をニーアに渡して、巨大な注射器をニーアの分も含めて2本抱えている。それはミシンで作れるコスプレ衣装ではなく、大道具レベルだ。リリーナの部屋がどうなっているのか、いよいよ心配になってきた。
そして、リリーナはまだ注射器の謎が解けていないらしく、「これは何に使うのかしらね」とニーアに相談している声が朦朧とした意識の合間から聞こえてくる。
それはただの飾りだと、すぐに教えるべきだった。人体のどこに刺すか、真面目なニーアが真剣に考え始めているだろうが。
俺は、ニーアとリリーナを部屋から押し出して、コルダを放り出して部屋の鍵を閉めた。
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