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第11話 勇者、忘れたものを思い出す

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 勇者養成校は、首都アウビリスの端の魔獣が多く生息する森を塞ぐように、細長く敷地を広げている。

 中心には、授業が行われる教室や教官の部屋が入っている巨大な石造りの古城が建っている。
 歴史がある城だと聞いてるが、真ん中に切れ目を入れて真っ二つにして、少しずらして空けた隙間に半透明の巨大な積み木をデタラメに積み重ねたような、現代アートのような形をしている。馬車から覗くと変わらずにその奇妙な形で佇んでいた。
 広い森の真ん中にあるからどこまでが学校の敷地なのか判別できないが、森の中で魔獣を倒す訓練をしたり、罰として山を何周かさせられたりするから、広大な森と山が全て養成校の敷地のように使われている。

 俺とニーアを養成校の前に下した馬車は、生徒に絡まれては堪らないとでも言うように素早く森の道を引き返して行った。

「すごい……!本物だ!」

 俺にとっては大した思い出も無く、懐かしくも無い校舎。
 しかし、一般人のニーアは森を抜けて養成校の前に来るのは当然初めてで、校舎を見上げて歓声を上げながら飛び跳ねていた。

「勇者様、顔色悪いですよ!せっかく来たのに!!馬車酔いですか?」

 苦手な上司を称える話をずっと聞かされていれば顔色も悪くなるものだ。しかし、テンションマックスのニーアに言っても伝わらないだろうから、俺は黙って首を横に振った。
 早くライセンス証を取って来ようと、森の湿った地面から城に続く白い石畳の道に進む。
 真っ二つに分かれた城から広がる建物の、右の方に生徒の寮室がある。オグオンの話だと、俺が使っていた部屋に制服もライセンス証もそのまま置かれているらしい。
 当然ニーアも付いて来ると思ったのに、ニーアは石畳の前で足を止めて俺に手を振った。

「では、ニーアは、ここで待ってます!勇者様!戻って来る時は、中で出来るだけ大きく息を吸って止めたまま出て来てください」

「そんな気持ち悪い事をしなくても、ニーアも入ればいいだろ」

 思わず日頃ニーアに抱いている本音が漏れてしまったが、そんなことは意に介さず、ニーアは必死な表情で俺のマントの胸倉を掴んだ。

「え……?に、ニーアも、入って良いんですか?!」

「勇者の仲間なんだから部外者じゃないし、大丈夫だ」

「……う…………嘘ぉ……!」

 感激の余り地面に膝を付きそうになっているニーアを、俺は寸前で支えた。
 卒業生の勇者が学校の前で女の子を地面に跪かせているのを見られたら、日々の勉強に飽きている生徒達の恰好の話のネタになってしまう。
 ニーアは俺に縋るようにして立ったかと思うと、今度は俺の首に抱き着いてきた。これはこれで、噂になりそうだ。

「ニーア、初めて勇者様の仲間になって良かったって思いました……!」

「初めてか」

「あ、いえ。アウビリス様とエイリアス様と会った時にも思いました!」

 ありがとうございます!と俺の首に抱き着いてぴょんぴょん跳ねているニーアに悪い気はしない。
 しかし、誰かに見られる前にニーアの腕を外して養成校の中に進んだ。


 +++++


 城の中庭に面した幅の広い廊下は、アーチ状の大きな窓から日差しが差し込んでいる。外から微かに声が聞こえて来るから、生徒たちは剣の鍛錬でもしているのだろう。

「この廊下、どこに続いてるんですか?教室は?」

「教室は授業がある時に魔術で開く。受講する生徒以外は入れない」

「えー……残念……授業やってるところ、見たかったです」

「道が勝手に変わるから、1人で行くと迷うぞ」

 周りを見回しながら歩いているニーアが離れて行かないように、俺は腕を掴んで引き寄せた。
 長い一本道の廊下を歩いていても、振り返ると背後は壁になっていて曲がり角に続いていたりする。
 道が度々変わるのは侵入者を防ぐ目的もあるが、その程度で迷子になる奴は教える価値もないと魔術師の教官が言いだしたから、とも聞いている。

「勇者様って、授業がない時は何してたんですか?」

 ニーアに聞かれて答えようとしたが、歩いていた廊下の先が突然十字路に変わり、角から女の子が姿を現した。
 俺の顔を見ると首を傾げるだけのお辞儀をして、新緑のような薄いグリーンの髪が縁の無い眼鏡にかかる。

「どーも、風見鶏先輩」

「ああ、ポテコか」

 俺と一緒に入学して、俺が先に卒業したから後輩になった、この眼光が鋭い奴の事は覚えている。魔術の試験で1回負けた屈辱的な記憶があるからだ。
 俺が養成校にいた時のいつもの呼び方で呼ぶと、分厚い眼鏡の奥の瞳を細めて俺を睨んできた。

「まーたその呼び方。こっちの人はすぐ略す」

 ニーアは、俺の横で控えながらも、勇者養成校の制服を着たポテコを興味津々に見つめている。俺が促すと、緊張で少し表情を硬くしながらポテコの前に出た。

「は、はじめまして。ホーリアの魔法剣士のニーアです」

「そ。ポドゥティティユ・ルリシャコルディーリです」

「ポ、ポデ……ポヅテテ……」

「ポテコでいいし。今日は、オグオン教官から、風見鶏先輩の見張りという名の案内を任せられました。どーぞよろしく」

「よ、よろしくお願いします……風見鶏先輩って……何ですか?」

 ニーアに尋ねられて、天気を当てるのが得意だったからとか俺は適当な言い訳をしようとした。しかし、ポテコがそれを遮って勝手に説明を始めてしまう。 

「賭けで儲けまくってたから」

「賭け?」

「戦争の勝敗とか被害数を当てるヤツ。負け無しだったから、戦火の風見鶏ってあだ名」

「へぇ……」

 戦争で遊んでいたのか、とニーアが俺を冷ややかな目で見て来た。
 ポテコも本当に酷い話だとでもいうように頷いていたが、こいつも賭けに一枚噛んでいる。

 養成校の中で金銭を対象にした賭け事は禁止されているが、戦況を判断することも重要な訓練ということで、玩具の銅コインを使って賭けを行っている。
 ポテコのようなアムジュネマニス出身の生徒は、何故かその銅コインを買い取ってくれる。
 ただの玩具のコインを買い取ってくれるなんて妙な話だが、偶然にも必要としている人がいるのだから、求めている人に渡った方がいい。賭けをする生徒は皆、せっかくだから買い取ってもらっている。
 簡単に言えば、換金所だ。

「先輩、今度は予想屋でもやったら?」

「それはいい商売になりそうだな」

「荒稼ぎした先輩がいるって生徒の間で伝説になってるから。教師からも、先輩が来たら呼ぶように言われてるし」

 ポテコがそう言った時、廊下の壁の一部が揺らいでフードを被った小柄で枯れ木のように細い老人が壁から出て来た。
 名前は覚えていないが、確か黒魔術の教官だ。一度本気で怒らせて、縦だか横だかわからないような分厚い魔術書で殴られた事がある。
 教官は、棒きれに似た姿には不釣り合いな鋭い眼光をフードの影から覗かせていた。

「……校内で現金を用いた賭けは禁止している。ホーリア、反省文200枚」

 そんな事を言われても、俺はもう教官の教え子ではなく、正式な勇者だ。
 首席卒業のこの俺に反省文を書かせようとは。一介の教官が偉くなったものだと、俺は鼻で笑ってみせた。

「……遡って退学にするぞ」

 教官が隙間風のような擦れ声で恐ろしい事を言いながら手を掲げると、骨と皮の細腕では持ち上げることも不可能そうな分厚い魔術書が空中に出現する。
 すぐに提出します、と俺は姿勢を正して答えた。何て無駄な宿題なんだ。
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