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第14話 勇者、街を視察する

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 部屋で変装を解いて一休みしていると、ドアノブが壊れているドアを押してリリーナが入って来た。
 リリーナは、何故か風邪をひいた時に着ていた黒猫の着ぐるみを着ている。
 そして、同じ黒猫の着ぐるみを腕に抱えていた。リリーナが着ている物よりも少し小さくて、ちょうどクラウィスに、その変装をしていた俺にも合うくらいのサイズだ。

「あれー?!戻ってるー!」

 リリーナは元の姿に戻った俺を見て、何やら不満そうに唇を尖らせた。
 リリーナの姿と手に持っている物を見れば、何をしたかったのか予想できる。
 リリーナは一応クラウィスに遠慮しているところがあるから、お揃いで着たくても言い出せないのだろう。それで俺を代わりに使うのは意味がわからないが、リリーナならやりそうだ。
 どちらにしても、クラウィスは正統派の可愛いフリフリした服が好きだから、着ぐるみなんて頼んでも着てくれないと思う。

「リリーナ、これ、読めるか?」

 俺は試しに『労基に駆け込むぞ』と書いてあるスケッチブックをリリーナに見せた。
 イナムの文化に親しんでいるリリーナが、実際はどこまで知っているのか確かめるつもりだった。
 日本のアニメキャラのコスプレ服ばかり持っているから、リリーナにイナムの知識を教えた奴の前世は日本人だと予想している。労基なんてそこそこ難しい日本語だから、少し言葉を教えてもらった程度では理解できないだろう。イナムで尚且つ日本人でなければ知らないはずだ。
 ここでなんでそんな物を持っているのかと逆に聞かれたら俺も窮地に立つことになるが、ホテル・アルニカで拾ったとか、俺も意味は分からないとか、適当な言い訳で誤魔化すつもりだった。
 しかし、リリーナはスケッチブックをちらりと見てすぐに「当然でしょ」と頷く。

「え?読めるのか?」

「当たり前じゃない!意味はちょっとアレだけど、分かるに決まってるでしょ!」

 驚いて聞き返した俺に、リリーナは声を荒げて足を踏み鳴らした。しかし、目は泳いでいるし持っている身を守るように着ぐるみを盾にしている。
 その様子に違和感を覚えて、試しにスケッチブックを捲って『その子、誰?』とヴィルドルク語で書いてあるページを見せた。

「これは?」

「…………」

 リリーナは文字を見つめて黙った。暫く沈黙した後、唸り声と一緒に「こ、子供が……っ」「それ……とは……?」と途切れ途切れの単語が出て来るが、この調子だと翻訳には時間がかかりそうだ。
 俺はスケッチブックを捲って白いページに『私は白魔術師のリリーナです』とヴィルドルク語で書いてリリーナにみせた。

「これは?」

「…………ッだぁー!!!」

 リリーナは暫く黙り込んでぷるぷる震えていたが、堪えきれなくなったらしく突然大声を上げて、腕に抱えていた着ぐるみを俺に投げつけて来た。
 俺がスケッチブックを落とした隙に、部屋を飛び出して行く。

「勇者がいじめるー!!」

 リリーナは泣きながら、自分の部屋に飛び込んで行った。
 リリーナがドアを叩き閉めた衝撃による事務所の揺れが収まった後も、部屋の中からぎゃーぎゃーと泣く声が聞こえていた。

「勇者様……リリーナさんをいじめちゃ駄目ですよ」

 帰る準備をしていたニーアが、リリーナの叫びを聞きつけて階段を上がって俺の部屋を覗いて来た。
 俺を責めるような事を言っているが、リリーナがこうやって大袈裟に泣いている時は、5分程度放ってからこっちから謝ればスッキリした顔で出て来る。
 だから、リリーナの泣き声はあまり気にせずに、落ちたスケッチブックを拾い上げた。

「リリーナ、ヴィルドルク語を読めないのか」

「あの……それはその、言い辛いのですが、勇者様の字が……」

「俺の字が汚いからではなく」

 ニーアの言葉を先回りして、今さっき書いたばかりの『私は白魔術師のリリーナです』のページを見せる。
 ヴィルドルク語は、外から見ると丸と線がぐちゃぐちゃに絡まっているようにしか見えない。国外の人間が読めないように意図的に難解にしているらしく、第1言語にしている国民にしか読めないとまで言われている。
 そして俺は、養成校時代に教師から叱られる理由の1位が字が汚すぎて読めないだった。
 しかし、急いで書いた他のページは国内の人間がギリ読める程度の雑さだが、今書いた字は俺にしては丁寧な仕上がりだ。
 ニーアはその文字を見て、特段驚いた様子も無く頷いた。

「あー、確かに。リリーナさんに魔術を教えてもらう時は、書くのも話すのもアムジュネマニスの魔術語です。でも、そういう人、ホーリアには多いですよ」

 ニーアの言う通り、観光地のホーリアは3か国語くらい併記されている。市内に限っては、他の言語が出来ればヴィルドルク語を読めなくても困らない。

「勇者様も、リリーナさんと2人で話す時は、時々魔術語になってますよ」

「そうだったか?」

「ええ、この前。クラウィスさんのポシェットを壊して遊んでる時とか。クラウィスさん、ホテルで働いてたから聞き取れるみたいですけど、コルダさんは通じてないみたいですね」

 それは、ニーアに言われて初めて気付いた。
 勇者養成校の魔術教師の多くは気難しくてプライドが無駄に高い魔術師だから、魔法言語以外で話しかけると無視される。
 それで、魔術師を相手にする時は誰でも魔法言語で話していた。魔術師以外の人間が混じればそうならないが、リリーナと会話をする時はその癖が出ていたらしい。

「リリーナさん、そういう事を指摘されたら怒りますよ。ニーア、少し慰めておきますね」

「ああ、頼む」

 リリーナは4歳でモべドスに入学したと言っていた。幼い頃から魔術語しか使わない環境にいれば、ヴィルドルク語が使えなくても不思議はない。
 ともかく、あの反応ではリリーナはヴィルドルク語も日本語も読めないらしい。
 希望的観測だが、ホテル・アルニカのオーナーも読めない可能性がある。俺が落としたスケッチブックに書かれたのがイナムの文字だと気付かなかったことを期待しよう。

 しかしそうなると、ヴィルドルク語の読み書きができないリリーナに代わって、勇者が白魔術師を募集している求人ポスターを見て、履歴書を書いて、面接に行くように指示した誰かがいるということだ。
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