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第15話 勇者、過去と対峙する

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 俺はエルカの低レベルな嘘に騙された時から、イナムに関しては少し慎重になっていた。

 エルカは世間話のついでのように突っ込んで来るし、リコリスは何やら俺を疑っているようだし、ボロを出すわけにはいかない。
 今の今まで、勇者同士のシリアスな会話をしていたから、その空気感を維持しようとした。
 しかし、どうやら、首席卒業の勇者といえども突発的な事態に弱いらしい。「いや、違いますけど???」と異常な早口でそう言ってしまった。

「そうか」

 100%違わないとわかる俺の反応を見ても、オグオンは短く返事をしてそのまま仕事を続ける。言い訳を並べることもできない。
 それに、さっきのオグオンの言葉は確信を持っていたから、今更俺が否定しても無駄だ。

「……いつから、気付いていたんだ?」

「ホーリアが入学して、しばらくしてからだ」

「どこで、気付いた?」

「孤児院とはいえ優良な施設で育ったのに、妙に殺気立って死にそうになりながら勉強していたから、もしかしてと思っていた」

 それは仕方ないだろう、と俺は反論をしそうになった。
 オグオンだって、誰にでも出来る仕事や他人がやり残した仕事のために休みもなく連日12時間以上職場に拘束されて、そのまま過労死すれば、嫌でも怨み辛みを来世まで引き摺るはずだ。

「あとは、何となくわかるんだ。過去に数人イナムと出会ったことがあるが、みんなこの世界と何の繋がりも無いような様子をしている」

「身内がいないってことか?」

「そういう意味ではないけれど、似たようなものだ」

 オグオンは珍しく曖昧に答えた。オグオンも、言葉にできる程はっきりイナムを見分けられるわけではないらしい。
 エルカの時のように俺の愚かさ故ではなく、オグオンの鋭い観察眼故だと知って、俺は少し冷静になる。

「イナムの勇者は、俺の他には?まさか、俺はイナムだから養成校に入学できたのか?」

「いや、わかっていたら、入学させなかった。私が知っている限りでは、ホーリアだけだ」

 それは、危ないところだった。入試面接の時に無駄に個性をアピールしていくタイプでなかったのが幸いだった。

 しかし、オグオンはまるでイナムについて探っているような言い方だ。
 この世界の為に身を粉にして働いているオグオンが、別世界で死んだイナムだとは思えない。
 まさか、全然関係無いのに、誰かさんのようにイナムを集めてお茶会とか考えているのだろうか。それか、オグオンの事だから、解剖してこの世界の人間とどこが違うか並べて間違い探しでもしようとしているのではないだろうな。
 オグオンの目的を聞いていいものか、それとも聞かない方がいいのか。
 俺が迷っているとオグオンは仕事を続けながら俺にちらりと目を向けた。

「個人的に調べているだけだ。イナムの異世界が現実にあるのか、それともただの集団幻覚なのか。どちらにしても、この世界に変革をもたらす力ではある。事実、トルプヴァールはイナムを使って、魔法無しで大国になった」

 俺は、オグオンが先程からペンで書類にサインをしていることに気付いた。
 国内の仕事はもちろん、国家間のやり取りでも、そんなまどろっこしい方法を使わないで魔法でやり取りをしている。
 わざわざペンで書いているということは、この山になっている書類は、魔法を使えないトルプヴァールに関する仕事。首都の勇者に休日出勤させるほどの仕事があるくらい、国際政治で力を持った国になっている。
 そして、この世界の人間が、仕組みも説明できない電気だの自動車だのをゼロから作り出して、魔法など不要だと証明しつつある。

「ホーリアが危険な素振りを見せたらすぐに退学にするつもりだった。だから、特に厳しくしたのに、叛逆を起こすこともなく耐えていた。それで、勇者にしても大丈夫だと思って卒業させた」

 言われてみると納得だ。
 集団幻覚によって結束力があり、未知の技術を持っているイナムは、トルプヴァールにつく可能性がある。
 国を裏切るかもしれない人間を勇者にはできない。オグオンが俺の人権を無視した扱いをしていたのは、俺が力を持っても国や上司に逆らわないか試していたのか。俺が耐え切れたのは、前世から染みついた社畜精神のお蔭だ。
 しかし、トルプヴァールに俺がイナムだと知られたところで、根っからの文系F欄事務職の俺に文明の発展に貢献できるほどの知識は無い。
 あえて言うなら、エクセルのマクロを組むのが少し得意だったが、残念ながらこの世界にマイクロソフトオフィスは来ていないだろう。
 しかし、今はWindowsの新地開拓を願っている場合ではない。

「それで、俺がイナムだってのは……誰にも言わないでくれ」

「言わない」

 オグオンは仕事の手を止めないままそう言った。しかし、オグオンをどこまで信じられるか、俺にはもう判断できない。
 晴れて卒業して、今更ライセンスを取り上げて首になることもない。オグオンも、信用は出来なくても一応認めてくれているらしいから、勇者の地位をはく奪される危険性は無いと思う。

 しかし、俺は前世やらイナムやら、もう関わり合いになりたくない。オグオンに前世のことを聞き出されるのも絶対に嫌だし、エルカみたいな奴らが集まって来るのも御免だ。
 それに、勇者として、否、勇者だから俺を尊敬してくれているニーアに、俺の惨めな前世を知られるのは、もう一度死んだ方がマシなくらい嫌だ。
 仕方ないと、俺はマントを整えた。もうこの世界で2回土下座したし、何回やっても同じだ。

「ホーリア」

 3土下座目もやっておくかと床に膝を付こうとした時、オグオンが俺に呼びかけて自分の顔に付けた眼帯を指差した。

「私の目だが、」

「ああ、魔獣にやられたんだろう?」

「そういう事にしているが、本当は父にやられた」

 初めて聞いた事実に俺がどう反応していいものかわからず返事に窮していると、オグオンは一つだけ残った瞳で俺を見つめる。

「小奇麗な小娘が偉くなると文句を言う奴が出て来るから箔が付くように、と。それも一理あると、今は納得している」

 オグオンは悲壮感を隠して無理に微笑んだように見える表情を作る。
 他家の教育方針に口出しするつもりはないが、随分厳格な勇者の家庭だ。俺は誇れるような出自ではないけれど、オグオンの家に生まれなくて良かった。

「頼む。絶対に、誰にも言わないでくれ」

 当然演技だろうが、オグオンはまるで縋るような口調でそう言った。
 俺の秘密を知っている代わりに自分の秘密を教えるからフェアにやっていこうと。そう言いたいらしい。
 今オグオンが明かした秘密が真実かどうか俺にはわからないけれど、オグオンはそこで嘘を吐くほど根性が曲がった人間ではない。
 どこまでも誠実な人間だ。いつでも国の繁栄を一番に考えて、自分以上に教え子の勇者たちを思っている。

「わかった。信じる」

「ありがとう。ホーリア」

 オグオンは心からの友愛を示すように言ったが、養成校の2年間、オグオンの下で働いていた俺にはそれもそう見せるための演技だとすぐにわかった。
 もう少し話を聞きたかったが、ちょうど鳴り響いた通信機にオグオンが応える。
 オグオンが何か言う前に、アルルカ大臣の怒鳴り声が聞こえてきた。また獣人の権利がらみで、どこかの勇者が問題を起こしたのだろう。これは長く続きそうだ。
 ホーリアに、自分の仕事に戻ろう。俺は議事堂を出た。
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