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第15話 勇者、過去と対峙する
〜8〜
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事務所に帰ってくると真夜中を回っていて、俺と入れ違いにリリーナが仕事に出掛けるところだった。
相変わらず、ホーリア市は小型の魔獣が年中出現して、勇者が仕事をしないせいで家の屋根が壊れたとか、花壇が荒らされたとか、毎日事務所の通信機に苦情が届いている。
ほとんどは魔獣を追い払おうと格闘したせいだったり、精度の低い魔法で攻撃しようとして目標を誤ったからからだ。俺に文句を言う暇があったら魔術の腕を上げるべきだろう。
そんな風に、市民自ら破壊した街をリリーナは夜の散歩のついでに修理している。
「あたしが帰って来た時に紅茶を淹れてる約束でしょ。赤い缶のやつね」
新しく雇用契約に組み込んだ条件を言って、外出用のワンピースを着て白い帽子を被ったリリーナは、俺を置いて事務所を出て行こうとした。書面にサインをしたのは確かに俺だから、キッチンに行って準備をしようとしたが、少し考えていたことがある。
「俺も行く」
「はぁー?なによ。見張りのつもり?」
リリーナは一瞬膨れ面になったが、すぐに自分の腕前を披露するチャンスだと気付いて、俺の腕を掴んで先に立って歩き出した。
+++++
リリーナが夜の散歩に出る時は、俺が知らない内に窓から出て行くし、数分で帰って来ることもある。魔術の腕は信用に値するものの、勇者の部下としての仕事ぶりはどんなものかと思っていた。
しかし、誰もいない街で鼻歌を歌いながら歩くリリーナは、通信機に苦情が来ていた場所の修理を漏れなく片付けていた。
リリーナが歩いた後には、割れた石畳が治って、倒れた植木鉢が元に戻っている。屋根を少し指差したかと思うと、屋根から微かな音がして修理が終わっていた。
「あーあ、すっごい働いた!」
5分程度の散歩をして、噴水広場に到着する。リリーナはペンキが剥げかけたベンチの天板を綺麗にして腰掛けた。いつもウラガノがひっくり返って寝ていて、エルカがハープを弾いているベンチだ。
「それで、あたしと一緒に散歩したかったの?」
リリーナは大きく広がった服の袖からクリームサンドを2個取り出して、1つを俺に差し出して来る。リコリスと同じように魔術で取り出した物だと信じて、それを受け取ってリリーナの隣に座った。
観光地でも歴史的建築物と街並みを見学する人が訪れる大人しい街だから、深夜に騒いでいる人間はいない。いつもは気にならない噴水の水音が大きく聞こえていた。
「リリーナ、姉と仲が良かったか?」
「う……」
俺がリコリスの事を聞いていると思ったらしく、パンを咥えたリリーナの表情が硬くなった。リコリスの事を聞いていると思って、俺の目の前で長女に怒られて大泣きしたことを思い出したのだろう。
「御姉様は、ちょっと厳し過ぎる気がするけど……美人で優秀で、尊敬してるわ」
「リュリスは?」
俺は続けて尋ねた。真ん中の子の名前をどうして知っているんだと問い詰められたり、リコリスのように二度と聞くなと凄まれるかと思ったが、リリーナは普通の顔をして普通に嬉しそうに答える。
「お姉ちゃんは優しいし、色々教えてくれるし!御姉様と同じくらい美人だし、私と同じくらい可愛いし…………」
リリーナの弾んだ声が徐々に小さくなって、今にも泣き出しそうな顔に変わった。パンに視線を落として、もそもそと食べながら言葉を続ける。
「でも、あんまり、あたしたちのことが好きじゃないみたい……」
食べ終わったリリーナがベンチから立ち上がる。俺に背を向けてスカートを大きく振ってパン屑を払った。
「みんなで一緒にいても、魔術を勉強してても、別のことを考えてるみたいなの」
リコリスと同じくらい美人でリリーナと同じくらい可愛い子で、世の中つまんなそうな目をして寂しそうな顔をしていた子。
もう死んでしまった子だ。今更知ってもどうしようもないが、確かめておきたい。
「リュリスは、変な事を言ってなかった?」
「変な事って?魔法を使う時はピンク色のスティックが必須とか?」
それもだいぶ変な事だ。それから、風邪の時は卵酒とか、看病をする時はナース服とか。
考えてみれば、幼い頃から閉鎖的な魔術師の家庭とモべドスで育って重度の人見知りのリリーナが、他人の言う事を素直に信じるはずがない。上司で勇者の俺の言う事も聞かないくらいなのに。
「例えば、前世の記憶がある、とか」
リリーナがスカートの裾を大きく膨らませながら振り返った。街灯を背にしていてもわかるくらい青い瞳が大きくなる。
「あれ?なんで知ってんの?」
勇者の勘かな、と俺はリリーナの顔を見ないように夜空を見上げて言った。
相変わらず、ホーリア市は小型の魔獣が年中出現して、勇者が仕事をしないせいで家の屋根が壊れたとか、花壇が荒らされたとか、毎日事務所の通信機に苦情が届いている。
ほとんどは魔獣を追い払おうと格闘したせいだったり、精度の低い魔法で攻撃しようとして目標を誤ったからからだ。俺に文句を言う暇があったら魔術の腕を上げるべきだろう。
そんな風に、市民自ら破壊した街をリリーナは夜の散歩のついでに修理している。
「あたしが帰って来た時に紅茶を淹れてる約束でしょ。赤い缶のやつね」
新しく雇用契約に組み込んだ条件を言って、外出用のワンピースを着て白い帽子を被ったリリーナは、俺を置いて事務所を出て行こうとした。書面にサインをしたのは確かに俺だから、キッチンに行って準備をしようとしたが、少し考えていたことがある。
「俺も行く」
「はぁー?なによ。見張りのつもり?」
リリーナは一瞬膨れ面になったが、すぐに自分の腕前を披露するチャンスだと気付いて、俺の腕を掴んで先に立って歩き出した。
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リリーナが夜の散歩に出る時は、俺が知らない内に窓から出て行くし、数分で帰って来ることもある。魔術の腕は信用に値するものの、勇者の部下としての仕事ぶりはどんなものかと思っていた。
しかし、誰もいない街で鼻歌を歌いながら歩くリリーナは、通信機に苦情が来ていた場所の修理を漏れなく片付けていた。
リリーナが歩いた後には、割れた石畳が治って、倒れた植木鉢が元に戻っている。屋根を少し指差したかと思うと、屋根から微かな音がして修理が終わっていた。
「あーあ、すっごい働いた!」
5分程度の散歩をして、噴水広場に到着する。リリーナはペンキが剥げかけたベンチの天板を綺麗にして腰掛けた。いつもウラガノがひっくり返って寝ていて、エルカがハープを弾いているベンチだ。
「それで、あたしと一緒に散歩したかったの?」
リリーナは大きく広がった服の袖からクリームサンドを2個取り出して、1つを俺に差し出して来る。リコリスと同じように魔術で取り出した物だと信じて、それを受け取ってリリーナの隣に座った。
観光地でも歴史的建築物と街並みを見学する人が訪れる大人しい街だから、深夜に騒いでいる人間はいない。いつもは気にならない噴水の水音が大きく聞こえていた。
「リリーナ、姉と仲が良かったか?」
「う……」
俺がリコリスの事を聞いていると思ったらしく、パンを咥えたリリーナの表情が硬くなった。リコリスの事を聞いていると思って、俺の目の前で長女に怒られて大泣きしたことを思い出したのだろう。
「御姉様は、ちょっと厳し過ぎる気がするけど……美人で優秀で、尊敬してるわ」
「リュリスは?」
俺は続けて尋ねた。真ん中の子の名前をどうして知っているんだと問い詰められたり、リコリスのように二度と聞くなと凄まれるかと思ったが、リリーナは普通の顔をして普通に嬉しそうに答える。
「お姉ちゃんは優しいし、色々教えてくれるし!御姉様と同じくらい美人だし、私と同じくらい可愛いし…………」
リリーナの弾んだ声が徐々に小さくなって、今にも泣き出しそうな顔に変わった。パンに視線を落として、もそもそと食べながら言葉を続ける。
「でも、あんまり、あたしたちのことが好きじゃないみたい……」
食べ終わったリリーナがベンチから立ち上がる。俺に背を向けてスカートを大きく振ってパン屑を払った。
「みんなで一緒にいても、魔術を勉強してても、別のことを考えてるみたいなの」
リコリスと同じくらい美人でリリーナと同じくらい可愛い子で、世の中つまんなそうな目をして寂しそうな顔をしていた子。
もう死んでしまった子だ。今更知ってもどうしようもないが、確かめておきたい。
「リュリスは、変な事を言ってなかった?」
「変な事って?魔法を使う時はピンク色のスティックが必須とか?」
それもだいぶ変な事だ。それから、風邪の時は卵酒とか、看病をする時はナース服とか。
考えてみれば、幼い頃から閉鎖的な魔術師の家庭とモべドスで育って重度の人見知りのリリーナが、他人の言う事を素直に信じるはずがない。上司で勇者の俺の言う事も聞かないくらいなのに。
「例えば、前世の記憶がある、とか」
リリーナがスカートの裾を大きく膨らませながら振り返った。街灯を背にしていてもわかるくらい青い瞳が大きくなる。
「あれ?なんで知ってんの?」
勇者の勘かな、と俺はリリーナの顔を見ないように夜空を見上げて言った。
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